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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第8章:忠義と仁義
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第72話:輪廻開花ノ杖

 リチェランテさんとヴォーゲさんは首領相手に付かず離れずの距離を保ち、攻撃の機会を伺っていた。あの杖がどんな現象を引き起こすか分からない以上、迂闊な攻撃をするのは危険であるため、それが現状一番いい方法なのだろう。実際、戦い慣れている筈のリオンさんも迂闊に近寄らず様子を見ている状態だった。

 もし私のさっきの推察が合ってるなら……私達に勝ち目は無い。未来を予知するんじゃなくて、未来を作り出す、未来を確定させる杖……そんなもの、いったいどうすれば止められるの……?


「どうした? 大層な口を叩いていた割には何もしないのか?」

「考えてるんだよ。君を血祭りに上げる方法をね」

「っ!」


 首領の意識が一瞬リチェランテさんの方へと逸れた瞬間、ヴォーゲさんは素早く踏み込み切り掛かった。その太刀筋は完全に相手を殺傷する事を目的としたものだった。杖の力を考えれば、手加減が出来ない相手なのは当然かもしれない。

 首領はすぐさま反応し杖で剣撃を防ぎ、甲板を杖で叩こうとしたその時、今度はリチェランテさんが切り掛かった。その動きはとても普段足を引き摺って歩いている人物とは思えない程素早いものであり、剣も素人とは思えない動かし方だった。

 しかし、そんな二人をあしらう様に杖が振るわれると、見えない壁か何かに弾かれる様にしてヴォーゲさん達は後退りした。


「まずい……まずいよ。どうすれば……」

「ど、どーしよヴィーゼ……?」

「二人共、頼むから危険な真似はしないでおくれ……」


 お父さんの気持ちは最もだ。だけれど、今のまま、ただ黙って見ている訳にはいかない。私達は錬金術士だ……あの杖に対処出来る道具を作れる唯一の人間だ……。だったら、それが役目なら何とかしないと……。

 シーシャさんが身を屈め、耳打ちをする。


「ヴィーゼ……あの杖の力、分かってるんだな?」

「え、えぇ……憶測ですけれど、多分合ってると思います……」

「材料があればいいんだな?」

「え?」

「少し待て……」


 シーシャさんは矢を一本弓につがえると、首領の方へと狙いを定めた。この距離ならシーシャさんの腕も考えると外す筈も無かったが、発射までに若干の猶予がある矢は、この状況では使わない方がいいのではないかと感じた。

 しかしそんな事を伝える暇も無く矢は発射された。それに気付いた首領は案の定その矢を避けると、胸元に差していた小さな大砲の様な武器を一本抜き、シーシャさんの方へと向けた。その直後、リチェランテさんは素早く首領の懐まで潜り込むと、空いている左手でもう一本の筒を抜き取り、すぐさま首領に向けた。

 船上では静寂が訪れ、次に誰が行動に移すか分からない状態になっていた。


「形成逆転かな?」

「貴様最初からこれが目的だったのか」

「悪いけどその武器を最初に作ったのは私だ。君はあくまで使う側だったんだろ? だったら創造主に文句は言うなよ?」


 一発の炸裂音が響き、杖の水晶の部分が少しだけ欠け、破片が甲板上に転がった。


「リオン!!」

「はい!!」


 ヴォーゲさんの声に答え、リオンさんも首領の側に近寄り、完全に取り囲んだ状態になっていた。一見すれば追い詰めた様にも見える状況だったが、まだ海賊船の方には部下達が残っているという事と、あの杖はまだ無力化されていないという事実が残っていた。


「諦めろ、その杖を置くんだ。さぁ!」

「……分かっていないなシップジャーニーの首領よ。貴様らはまだ勝った訳ではないぞ?」

「そうかもね、だからその杖をさっさと置きなよ。そうすれば私達の勝ちだ」


 しばらくの間、お互いを牽制しあっていたためか誰もその場から動かなかったが、そんな中真っ先に動いたのはシーシャさんだった。矢を放つ訳でもなく、ナイフを抜く訳でもなくただ滑り込む様に動くと、甲板上に転がっていた水晶の破片を拾った。首領の武器はシーシャさんの方へと向けられ、それに気付いたリオンさんが腕を掴んで止めに掛かろうと動いた。

 しかし、シーシャさんに向けられていた武器は突如として予想外の方向へと向けられた。リオンさんが触ったから動いただとか、波に揺られて標準がずれただとかではない、首領本人による意図的な動きだった。

 音が炸裂した。



 信じたくなかった。予想してなかった。

 あたしの目の前にはヴィーゼが倒れていた。脇腹の辺りから真っ赤な、真っ赤な血が流れ出ていた。どくどくどくどくと……シー姉があの嘘つきに撃たれた時みたいな傷が出来て、そこから……。

 シー姉がこっちに来る。視界の端では皆が戦っていた。杖からは時折光みたいなものが出て、誰もあいつには勝てそうになかった。

 お父さんがヴィーゼを揺さぶる。ヴィーゼが何か言ってる、でも聞こえない……あたしの耳がおかしくなった……? 聞きたいのに、何も聞こえない……大好きな家族の声が、何も聞こえない……。

 シー姉がヴィーゼを担ぐとお父さんはあたしの手を引いて船の中へ走り始めた。あたしは言葉一つ出せずにただ引っ張られるままに後を付いていくしかなかった。

 

 シー姉はヴィーゼを医務室に運ぶと、あたしとお父さんと一緒にあたし達の部屋に来た。あたしはお父さんにベッドに座らされた。頭の中が真っ白で今見ているものが全て夢であって欲しかった。目が覚めたらいつもみたいにヴィーゼが側に居てくれる……そんな現実であって欲しかった。


「プレリエッ!」


 あたしの意識をはっきりと覚醒させたのはシー姉の声だった。いつの間にかシー姉はあたしの目の前で屈んで、両肩を掴んでいた。その後ろにはお父さんが立っていた。


「プレリエ、大丈夫か?」

「だ、ヴィーゼ、が……あ、あたし……ヴィーゼのとこ、行かないと……」

「プレリエ、落ち着いて……あの子は今、先生が見てくれている。僕達が居ても邪魔になる。今はあの先生に任せるんだ」


 それくらいあたしにも分かってた。でも、何もしない訳にはいかない……あたしが今まで生きてこれたのはヴィーゼのおかげでもあるんだ。お父さんが仕事で遅くなった時も、ヴィーゼが居たから寂しくなかった。


「そ、そうだ薬……薬作らないと……」

「プレリエッ!!」


 シー姉の大きな声に体が跳ねる。


「……今はそれよりも優先する事がある」

「な、何言ってるの……? ヴィーゼが……」

「そのヴィーゼからの頼みなんだ」


 そう言ったシー姉があたしの前で手を開く。その手の平の上には綺麗な欠片が乗っていた。それは間違いなく、あの戦いの時に欠けた水晶の一部だった。


「いいかプレリエ……ヴィーゼによると、これがあの杖を攻略する鍵になるらしいんだ」

「こ、これ……?」欠片を受け取る。

「私は錬金術に詳しくはないからどう関係するのかは分からないが、あの子が言うんだ。間違いないだろう」

「プレリエ……僕も専門じゃないからよく分からない。だけど、あの子は確信を持てない事をプレリエに頼む様な子じゃないと思ってる」


 目の前にある欠片を見る。

 一見するとよくある水晶にしか見えないのに、よく見てみると水晶の中では様々な景色が次から次へと移り変わっていた。

 震える手を抑える様にして欠片を両手で握り込み、立ち上がる。向かう先は決まっていた。あたし達の独壇場、そこしかなかった。


「そうだねお父さん……ヴィーゼはいつだって賢いもん。きっとさっきのだって……」

「さっきの?」

「ヴィーゼが撃たれたでしょ? あれもきっと狙ってやったんだよ。あたし達が違和感無くここに戻れる様に……」


 きっとあいつはあたし達みたいな子供があの場所に居た事におかしいと思ってたんだ。だからあの杖の対策を知ってるかもしれないって考えてヴィーゼを攻撃したんだ。そうすれば、後はクルードのおっちゃん達だけになるから……。

 

「お父さん、そこの椅子一個使うよ」

「え、ああ、うん……」


 あたしは釜に火を点け、椅子を一つ持って釜の前に立つ。ある程度釜が温められたのを確認し、中に欠片と椅子を一つ丸々入れた。そしてあたしはヴィーゼが使っている鞄を開けると、中に入っていたナイフを取り出す。


「プレリエ、何をする気だ?」

「お父さん、シー姉……止めないで」


 もしあたし達に『純正の血』っていうのが流れてるっていうのが本当なら、あたし一人でも出来る筈だ。ヴィーゼと一緒に作った、あの部屋の端に置いてある真っ白な絵……あの時と同じ様にすればきっと凄い物が作れる筈……他の人じゃ出来ない様な凄いのが……。

 刃先を手の平に当て、一思いに引いた。鋭い痛みが走り、手からは真っ赤な血が流れ始めた。お父さんはあたしを止めようとしたものの、シー姉がそれを止めてくれた。


「出来る……」


 釜の上で手を握り込み、血を絞り出し釜の中へと落とし込んだ。数秒入れた後、あたしは鞄の中にしまわれていた応急処置箱から消毒液と包帯を取り出し処置を済ませ、釜の蓋を閉めた。


「プレリエ、今のいったい……」

「ごめんお父さん聞かないで。絶対にこれで間違いないから」

「聞かないでって……どうして血を入れるのか知らないと親としては心配だよ」

「偶然調合してる時に気付いただけだよ。これやったら凄いのが出来るって……」


 そう話している間に釜から出る煙が無くなり、完成したらしかった。明らかに今までしてきた調合よりも早かったけど、そんな事は気にしていられなかった。

 釜の奥へと腕を突っ込み、何かを掴んで引っ張り上げると、一本の杖が出てきた。あの杖と同じ様に綺麗な真ん丸な水晶が付いており、その上には花を模したものと思われる花型の装飾が付いていた。


「これだ、これなら……」


 あたしはさっき手当したばかりの手を見ながらそう言った。何となく口にしたものではなく、自分にはっきりと言い聞かせるためのものだった。


「出来たのか?」

「うん。これで完成。効果もきっと……」


 あたしは手を握り込み覚悟を決め、お父さん達と共に部屋を飛び出した。

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