第71話:天地救ノ杖
甲板へと飛び出した私達の目の前には戦闘準備を進めている船員の人達の姿があった。三日月島からは数隻の海賊船がこちらに向かってきていた。時折こちらに向かって砲弾が飛んできており、何発かの砲弾が船の部品をいくつか吹き飛ばしていた。
クルードさんはレイさんやリチェランテさんと共に一部の船員達に指示を出していた。捕まっていた二人は拘束を解かれており、自由が許されている状態になっていた。しかし、流石に武器までは渡されておらず、完全に丸腰の状態だった。二人の立場を考えれば真っ当な判断であるものの、この状況を考えるとやや心配になる状態だった。
「レイ! どうすればいい? 彼らはどういう風な攻め方をするんだ?」
「……今は攻め方を決めあぐねてる筈だ。何も考えずに攻撃してくる筈はない。今は恐らく様子見で撃ってきてるんだろう」
「本当にただの様子見とは思えんがね? 私からすればそんな事をする意味がない」
私達はなるべく人が多く居る場所へと移動し、不測の事態にすぐ備えられる様に構えていた。そんな私達に気がついたらしく、戦闘態勢に入っていたシーシャさんが私達の側に来てくれた。リオンさんは部下の隊員達を引き連れ、いつでも攻撃が仕掛けられる様に指示を出していた。
「ヴィーゼ、プレリエ、ヴァッサさん、大丈夫か?」
「は、はい。でも、どうすれば……」
「向こうはあの場所から動こうとしていない。恐らくシップジャーニーがどういう集団か知っていて、敢えてそうしてるんだろう」
「どういう意味、シー姉?」
「レイの話が事実だとするなら、奴らは相当計算高い。シップジャーニーは本来、漁や交易を行っている集団だ。戦闘専門の組織では無いし、襲われてもあくまで防衛しかしない。だから必要以上の攻撃はしてこないんだろう」
確かに、相手からすればあの島を攻められるのを防げばいいだけだから、必要以上に攻撃するのは無意味な事になる。よく考えてみれば、あれだけの数の砲弾が撃たれているのに、ほとんどが当たっていないっていうのは不自然な気がする。この船を遠ざけるのが目的なんだとすると、その不自然さにも納得がいく。
リチェランテさんはクルードさん達の側を離れると、片足を引き摺りながらも足早に操縦桿を操っているヴォーゲさんの元へと向かっていた。
「船長殿、ちょっと話がある」
「今はお前の話を聞いている暇は無い! 状況が分からないのか!?」
「それに関する話だよ。私からのアドバイス、というよりちょっとした気付きだ」
リチェランテさんは懐からいつの間にか持ってきていた海図を取り出すと、目の前で広げて見せた。それとほぼ同時のタイミングで、レイさんは甲板から身を乗り出し、船の下を覗き込み始めた。
「お前勝手に持ち出したのか!?」
「緊急事態だ、大目に見なよ。それよりここの海域なんだが、ほらこれを見て」
「……まさかっ!?」
ヴォーゲさんが声を上げた直後、船全体が何かにぶつかったかの様に大きく揺れた。私達は咄嗟に近くにあったマストにしがみつき、何とか船からの落下は免れた。顔を上げると先程まで遠くから様子を窺っていた海賊船達が一斉に動き始めた。
「……遅かったか」
「これを……狙ってたのか?」
「この海域は座礁事故が多い。そのほとんどが暗礁によるものなんだろう船長殿?」
「あ、ああ。だが、とても目に見える物では……」
「それはまぁ……アレだろうなぁ」
リチェランテさんはヴォーゲさんが持っていた望遠鏡をひったくると海賊船団を観察し始めた。クルードさんやリオンさん、レレイさんは混乱している船員達に声を掛け指示を出し始めた。レイさんは焦りを隠せない様子でこちらに近付いてきた。シーシャさんが間に入る。
「何だ?」
「……話がしたい」
「そこから動かずに話せ」
「二人に聞きたい。錬金術は無から物を作りだす事は出来るのか?」
「え? い、いえ……素材が無いと無理ですし、それに釜が無いと調合も出来ないですよ」
「そうそう……無からって、そんなん無理でしょ……」
いったい今の質問の真意は何だろうか? 何故レイさんはこの状況でそんな事を急に聞いてきたんだろう?
「では今のは……」
「レイさん、僕から少しいいですか?」
「何だ?」
「僕もここの人達に同行する事になった時に少し海図を読んだんです。だからあなたの言いたい事は分かります。……暗礁の数が合わないんですね?」
「……ああ」
暗礁の数が合わない? 私自身そこまで真剣に海図を読んだ事がある訳じゃないから詳しくは分からないけれど、全部の暗礁が記録さてる訳じゃないんじゃないのかな? 偶然載ってない暗礁に引っ掛かってしまっただけで……。
「あ、あのぉ……」
「俺達は、普段からここの海域を使っている。だから分かる。ここに暗礁なんて無かった。いつも使っていたんだ、今になって気が付くなんて訳がない」
「で、でもそれってどういう意味さ? 急にその……あんしょう? っていうのが出てきたって事?」
プーちゃんのその言葉を聞いてレイさんの質問の意味が分かった。もしもそれが事実だとするなら、いったいどうやったのかが問題になる。錬金術で作れる物には大きさの限度がある。遺跡みたいに少しずつ組み立てていくならまだしも、急にこんな巨大船を止められる程の大きさの暗礁を出現させられるとは思えない。
しかしその方法が考えつく前に、私達の乗っている船は海賊船に取り囲まれてしまっていた。その内の一隻が完全に船を横付けし、そこから一人の男性が乗り込んできた。それに続く様に数人の部下と思しき人物も侵入してきた。
リーダーと思しき人物はごわごわとした堅そうな口髭をしており、その体は縦にも横にもがっしりとした強靭さがあった。腰のベルトからは曲刀が差してあり、胸元に巻いているベルトにはリチェランテさんが使っていた様な小さな筒状の武器が二本差し込んであった。
「総員戦闘態勢!!」
リオンさんの号令が響き渡り、防衛部隊の船員達は一斉に武器を構え侵入者を取り囲んだ。リオンさんの横ではレレイさんが武器を抜いており、一触即発といった雰囲気が漂った。
大男はレイさんの方へと視線を向けると、分厚い唇を開いた。
「レイ、生きていたのだな」
「首領……」
「何故俺が貴様を海に捨てたか……分かるな?」
「俺が……あの杖を調べようとしたから、ですか?」
「レイ、貴様は分かっていない。あれは必要な物だ。貴様の過去は知っている。それでも、断言出来る。あれは必要だ」
どうやらレイさんの考えは合っていたらしく、本当に彼らがその杖を所持しているらしかった。しかし問題は彼らがそれを何に使うのかが問題だった。
リチェランテさんは操縦桿の前にある手摺を乗り越えると首領に向けて歩き出した。クルードさんは護身用に渡されていた剣を抜いた。
「悪いね海賊さん。私としてはそういうのは困るんだよ」
「貴様は?」
「私が誰かなんてのはどうでもいいだろう? どうせ君が知ったところで無意味なんだから」
「……おい」
首領が合図を出すと部下達は武器を抜き、一斉に隊員達に切り掛かった。それを皮切りに戦闘が始まった。あくまで海賊である事には変わりないためか、特にリオンさんやヴォーゲさん達が苦戦している様子は無かったものの、戦いのどさくさに紛れて首領の姿がいつの間にか見えなくなっていた。リチェランテさんは足が悪く武器も持っていないからか、巻き込まれない位置へと移動しておりレイさんは首領によってけしかけられた部下を相手にするのに精一杯だった。
シーシャさんは時折こちらに向かってくる相手に矢やナイフを刺して私達を守ってくれていた。更にプーちゃんに気を遣って殺さない様にしてくれている様だった。
「ヴィーゼ、あいつはどこだ?」
「わ、分かりません……いつの間にか居なくなってて……」
もう一度探そうと目を凝らした瞬間、爆発音が響いた。音の方を見てみると防衛部隊の一人が炎に包まれており、悲鳴を上げていた。レレイさんがすぐさま魔法を使ったからか、海水が一部跳ね上がり、その炎を消化したため大事には至らなかった。
その一連の動きを見て私の中に違和感が生まれた。それは先程の爆発の原因だった。海水を掛けられただけで簡単に消えてしまうあの炎には見覚えがあったからだ。
「総員爆弾を捨てろ!!」
リオンさんの指示に従い、全員が素焼き爆弾を船外に投げ捨てた瞬間、四方八方から爆発音が響き渡った。
やっぱりおかしい……あれは外殻の部分が割れて中の液体が外に出て初めて発火する爆弾の筈……。それなのに今のは急に勝手に爆発した様に見えた。私がリオンさんから教えてもらった特性と食い違ってる……。
「下がれお前達」
爆発音が止まり静まり返った頃、海賊船の方から首領の声が聞こえたかと思うと海賊達は武器を収め、一人また一人と船へと戻って行った。それと同時に首領が姿を現し、再びこちらの甲板に立った。その手にはレイさんの話に聞いていたあの杖が握られていた。
「首領! それを離してくれ!」
「レイ……貴様は何も分かっていない。この杖さえあれば、より良い世界が作れるのだ。貧富の差も無い。身分の差も無い世界がな」
「なるほどな。説明どうも海賊さん、君のお陰で確信に変わった。やはりそういう事か」
レイさんはリチェランテさんの言葉で何かに気が付いたらしく、戦いの中で手放されていた曲刀を拾うと素早く杖に向かって切りかかった。しかし、首領が杖の底を甲板に軽く叩きつけると、いつの間にか足元にあった縄に足を引っかけ、レイさんは倒れ込んだ。首領は素早くその縄に繋がれていた銛を掴むとマストの上部目掛けて投げた。すると銛は帆をつける横棒、ヤードへと縄の部分を引っかけ、そのまま真っ直ぐに甲板へと落ち突き刺さった。
ほんの一瞬の出来事であったため誰も対処が出来ず、レイさんはあっという間に逆さまに吊るし上げられてしまった。
「レイ、そこで見ているがいい。これがいかに素晴らしい力を持っているか見せてやろう」
「首領……!」
「これさえあれば世界は……」
一連の出来事を見て疑惑が確信に変わった私はプーちゃんに耳打ちした。
「プーちゃん……」
「ど、どうしたの?」
「やっぱりあれは未来予知の道具なんかじゃないよ」
「どういう意味? あいつはああなるのが分かってたからあそこから避けようとしなかったんじゃないの?」
「違う……避ける必要なんかなかったんだ」
「必要が無かった?」
「あれは予知なんかじゃない……あれは、未来を作ってるんだ……」
クルードさんはレイさんを守る様にマストの側へと寄り、リチェランテさんはレイさんが落とした曲刀を拾うとその剣先を首領に向けた。
「やっぱりな。さっ、早く渡してくれるかな? そうしてくれるとお互いに余計な争いは避けられると思うぞ?」
「さっきから貴様は何者だ? そっちの男と同じか?」
「私がクルードと同じ? 笑わせる……こんな馬鹿と同じにされちゃ溜まったもんじゃないな」
「自分が賢いと言うのなら下がれ。俺達の邪魔をするな」
「くくっ……悪いけどそれは出来ない。私の仁義に反するからな」
「仁義だと……?」
リチェランテさんの反対側でヴォーゲさんが首領に剣を向ける。
「リチェランテ、お前からそんな言葉が出るとはな……」
「まあ君達には永遠に私の気持ちは理解出来んだろうさ。だがこんな私にも譲れない部分がある。それが今だ」
一瞬リチェランテさんの視線がこちらに向いた様な気がした。それは私だけではなく、プーちゃんやシーシャさん、そしてお父さんにも向けられた視線の様に感じられた。
「さあ始めようか。君の理想が勝つか、私の独善が勝つか……その杖に聞いてみようじゃないか?」
杖が甲板を叩き、戦いは始まった。




