第70話:計算された海賊達
部屋へと戻ってしばらくするとお父さんが戻ってきた。お父さんは私達に漂流してきた人……つまりはレイさんの事を話した。私達はなるべく初めて聞いたかの様な反応を返し、感づかれないない様に気をつけた。
幸いにも嘘がバレる事は無く、私達は各々部屋で自由に過ごした。お父さんは仕事を進めるために机に向かっており、私とプーちゃんはお母さんが残したレシピを確認していた。
レシピの中にはやはりと言うべきかレイさんの話に出てきた杖の姿はどこにも無かった。お母さんがそれの作り方を知らなかっただけなのか、あるいは知っていて敢えて書かなかったのか、そこまでは分からなかった。
プーちゃんがお父さんに聞こえない様に小声で話し始める。
「載ってないね」
「うん……多分危険な道具なんだろうし、知っててもお母さんなら書かないかも」
「それはあたしもそう思うけどね」
あの杖も気になるところではあるけれど、もう一つ気になるのは杖を売りに来た人だ。クルードさんの話によると警備に一切引っ掛からずに侵入してきたらしい。実際に現場を見た訳では無いけれど、そんな事って可能なのかな? 何かの道具を使えば可能なのかもしれないけれど……。
「ねぇプーちゃん。あの話に出てきた商人の人って何者なのかな?」
「あたしもそれに気になってるんだよね。警備してたのに見つからなかったなんてさ、どう考えてもおかしいよね?」
「うん。抜け道があったとかじゃないだろうし……」
「ん~……もし抜け道があったら、相当詳しい人だよねそれ」
「そうだね。それだったら顔が知れてる人って事になるだろうし……」
結局この疑問に答えが出る事は無かった。既に過去の話である上に、現場を見た訳でもない私達がこれ以上あれこれ考えたところで、明確な答えなど出る筈も無かった。
その後私達は特にこれといった話をする事なく、レシピを読み続けた。それからどれくらい経ったかは分からなかったが、突如扉がノックされた。
お父さんが返事をし扉を開けると、そこにはシーシャさんが立っていた。
「ああ、シーシャさん。どうしたんですか?」
「すまないがヴァッサさん。全員で広間まで来てもらえるか?」
「全員ですか?」
私達はシーシャさんから呼び出されるままに部屋から出ると、廊下を歩きだした。シーシャさんの歩く速度は速く、かなり急ぎの用事である事が伺えた。恐らくレイさんの件であろうと何となく予想が出来た。
やがて最初にこの船に入った時に自己紹介をした広間へと通された。そこには船長であるヴォーゲさんや副船長のレレイさん、防衛部隊隊長のリオンさん、そして今回の件に深い関りのあるクルードさんとレイさん、更にリチェランテさんが居た。レイさんとリチェランテさんは手を後ろで縛られていた。
「ご迷惑を掛けてしまいすみません」ヴォーゲさんが頭を下げる。
「どうしたんですかこれは?」
「……クルードさん、説明をお願い出来るかしら?」
「はい」
クルードさんはレレイさんから言われた通りに説明を始めた。既に私達が聞いていたものと同じ内容だったが、なるべく初めて聞いたかの様に振舞った。ヴォーゲさんは既にクルードさんから聞かされてこの場に来ていたのか黙って聞いていたが、レレイさんやリオンさんは初めて聞いたらしく、やや眉間に皺を寄せていた。
「……それで協力をお願いしたいのです。お願いです、彼が所属していた海賊団……彼らが持っている杖、それを破壊出来ればいいのです! どうか!」
「話は分かったわクルードさん。だけど、私達はあくまで商船団なのよ。海軍じゃないの」
「レレイの言う通りです。私が任されている防衛部隊もあくまで身を守るための部隊です。軍隊ではないんです」
レレイさん達の言う事は最もだった。漁をしたり交易をしたりしてシップジャーニーの人達は生きている。避けられるのなら無用な争いは避けたいというのは当然だった。
「……俺からも頼む。終わったら首を刎ねてくれても構わない。今のままじゃ……死にきれないんだ……」
「私からもお願いしたいところだな。まあ首を刎ねるならもう少し後にして欲しいが」
「大人しくしないさいっ!」
威圧する様にリオンさんが怒鳴ると広間は静まり返った。それからしばらくするとヴォーゲさんが口を開いた。
「……クルードさん、お話は分かりました。我々としても海賊団は非常に厄介な存在です。ですがレレイやリオンが言った様に我々は海軍ではありません。あくまで身を守る為の最低限の装備しかない。もしやるのだとしても、精々その杖を奪うのが精一杯です」
「それでも構いません。お願いします……厚かましい事を言っているのは十分承知しています。ですがそれでも……」
「……分かりました。ではその杖をあくまで奪うだけ。それでよろしいですね?」
「え、ええ! ありがとうございます!」
クルードさんは姿勢をピシャリと正し、頭を下げた。レレイさんとリオンさんは今一気が乗らないらしく、少し微妙そうな顔をしていた。
「クルードさん、少し質問があります」
「はい。何でしょうか?」
「我々に助けを求めるのは分かります。では何故ヴァッサさん達を呼んだのですか?」
「先程もお話した通り、レイの姉の死因になったあの杖……あれには錬金術が関わっている可能性が高いのです。そこで錬金術の知識があるお二人にも協力して頂きたくて……」
クルードさんはさも初めてここでお願いするかの様に事情を話した。私達としては荒事をしなくて済むのなら協力するつもりだった。
「彼女達はまだ子供です。こんな事に巻き込むべきではない」
「それには私も同感です。ヴィーゼとプレリエは関係ありません!」リオンさんがヴォーゲさんに同意した。
「……杖の壊し方を一緒に考えてくれるだけでいいのです。お願いします!」
このままでは私達が協力出来ない流れになってしまう事に気付いた私は話に割って入る。
「あ、あのっ……私も少し気になるので協力したいです」
「あー、あたしも!」
「二人共、やめた方がいいよ。危ないから……」
「お父さん、心配してくれてるのは嬉しいよ。でもきっとお母さんなら……困ってる人を見捨てたりしないと思うんだ」
「そーそー! ここで断ったらお母さんに会った時胸張れないじゃん!」
お父さんは何も言い返す事はなく、私達二人を見つめた。やがて眼を閉じると小さく溜息を吐いた。
「……そうだね。ブルーメならきっとそうするか……」
「じゃあ、いいの?」
「うん。ただし、危なくなったらすぐに逃げる事、いいね?」
「うん。ありがとう」
私達が自分の意思で協力するという事を伝えるとレレイさんもリオンさんも諦めたらしく、それ以上は止める様な事は言ってこなかった。
「それでクルードさん、問題はその海賊がどこに居るかですが……」
「そうですね。レイ、君は分かるか? あそこに居たんだろう?」
「……彼らなら、恐らく数日後に三日月島から発つだ。あの場所が一応根城だからな」
「三日月島というと?」
「……その名の通りの島だ。見た事が無いのか?」
「いや知ってる。しかし、あそこが根城だと? そういった目撃証言は無かった筈だが……」
リチェランテさんは嘲る様な顔をする。
「君は馬鹿か船長殿? 海賊が全員頭が悪いとでも思ってるんじゃないだろうな?」
「リチェランテッ!!」
「待ちなさいリオン。……どういう意味かしら?」
「ふんっ……簡単な話だよ。彼らは君達やその他の商船達のルートを記録していて、それを基に行動してるんだよ。君達はいつも決まった時期に決まった場所で漁をして、決まった場所に売りに行く。そうだろう?」
「つまりこちらの行動は筒抜けだって言いたいのね?」
レイさんが答える。
「その通りだ。彼らはいつも計算をしながら行動している。どのタイミングでどう動けば効率良く盗めるか、全て分かってるんだ」
「そうだろうとも、そうじゃないと長く活動出来ない。そして今が正に彼らを止めるチャンスでもある」
「どういう意味だリチェランテ?」ヴォーゲさんはリチェランテさんに鋭い目を向ける。
「私がここに来てから色んな事が起きた筈だ。リューベに寄ったのも当初の予定から外れた行動だった筈だ。私がマストに穴を開けたから修理をしなくてはいけなくなった。全てここの人間からすれば想定外だった。そうだろう?」
「ああ……そうだな」
「つまり、だ。レイが所属してたとかいう海賊達からすれば、今この船団は予想外の行動を取っているという事になる。そして恐らくだがまだその動きを観測出来ていない」
そうか。確かに全て計算づくで行動している人達からすれば、予想外の行動は対処が出来ない筈。出来るにしてもすぐに対応出来るとは思えない。それなら今が攻め時なのかもしれない。
「リチェランテ、お前の理屈は分かった。レイ、嘘は言ってないんだな?」
「言うメリットが無い。……言ってどうなるんだ?」
「分かった。ではその島に向かおう。レレイ」
「はい」
「他の漁船に一時的に付近の港に避難しておく様に伝えろ。戦うのはこの船だけでいい」
「かしこまりました」
レレイさんは命令を受けてすぐに部屋から出て行った。
「では向かおう。リオン、二人を牢に戻せ」
「はい!」
「ヴァッサさん達はお部屋にお戻りください。危なくなったら一度甲板へ来てください」
「はい」
実際にリチェランテさんと戦った際に、海戦中に部屋に居るのは危険だと感じた。もし大砲を撃たれでもしたら、そのまま弾に巻き込まれたりする可能性があるからだ。甲板に居れば少なくとも白兵戦に気をつければいいため、そちらの方が安全だった。
途中でシーシャさんと別れた私達は部屋へと戻り、いざという時のために準備をする事にした。塗り火薬や中和剤、その他簡単に作れる薬などを作っておき、いつ戦いになってもいい様にしておいた。そこまで材料が大量にあった訳ではないため大量生産までは出来なかったが、それでも無いよりかはずっとマシだった。
「一応これも……」
私は絵筆の先端に紙を巻き鞄の中にしまった。使う事が無ければそれに越した事は無いが、もしもの事を考えると不安だったため入れておく事にした。
それ以外には身を守るためにナイフも入れておいた。使わなくていいならそれが一番ではあるのだが、相手は海賊であるため、念には念を入れておく必要があった。
準備を終えてから数日後、いよいよ船はレイさんの話に出てきた三日月島へと近付いていた。その形故に家などは建っておらず、外から見れば固い岩肌しか確認出来なかった。
シップジャーニーの他の船達は近くにある人が住んでいる島へと避難していたため、三日月島に向かっているのはこの巨大船だけだった。そのため、いつもよりもシップジャーニーの船団はそこまで目立つ事は無かった筈だった。
しかしある程度近付くと船が大きく揺れた。船内に居た私達でも何が起こったのかはすぐに分かった。船が撃たれたのだ。
「プーちゃん、お父さん!」
「うん!」
「ここは危険だ、行こう」
私達は各々荷物を持つと部屋を飛び出すと廊下を駆けていき、甲板へと向かっていった。




