第7話:いつかは枯れ行く森
家から出た私達はシーシャさんに連れられて村の外へと出ていた。
「本当にすまない……彼女も焦っているんだと思う」
「いえ、いいんです! こんな状況だと私だって焦っちゃうと思いますし……」
「もちょっと言い方があると思うけどねー?」
でも確かに私だって、国の周りがあんな事になってたらトヨさんみたいに焦っちゃうと思う。私達錬金術士にとって植物が採れなくなる事は死活問題だしね。植物からは特に色んな特性が抽出出来るし……。
「でもさぁ、何で土地が枯れちゃったのかな? 昔からこうやって森の中で住んでた人ならそういう事知らない筈ないよね?」
「ああ、村の皆は知ってた。ちゃんと枯れない様に気を付けてもいたんだ」
「それなのに枯れちゃったんですか?」
「ある日突然だった。急にだ、急に枯れたんだ」
うーん……どうしたらそんな事が起きるんだろう? ちょっとずつ枯れていくなら分かるけれど、急になんて事あるのかなぁ……? もしあったとしたら、その土地の栄養が一気に無くなったって事になるよね……。
「さて、この話はここまでにしよう。それで私はどうしたらいいんだろうか? 何か手伝うべき事はあるか?」
「えっと、待ってくださいね」私はもう一度お母さんのレシピ集に目を通す。
「まずは何でもいいから果実が必要みたいです」
「果実か?」
「ねぇヴィーゼ、それって甘さとかはどうでもいいの?」
「うーん、それはどうなのかな? ここには何も書いてないけれど……」
多分、果物を使うのはそこに蓄えられてる糖分を使うためなのかな。だとしたら甘い物の方が良さそうだけれど。
「一応甘いやつにしとこうか?」
「オッケオッケ! 果物ね!」
「よし、任せてくれ」
そう言うと二人はそれぞれ別々の方向に向かって歩き出した。私もレシピ集を鞄に納め、探し始める。
やっぱり果物だから木の上とかにあるよね。この辺りは木がいっぱい生えてるから探せばいくらでもありそうだけれど、これだけ多ければ逆に見つけるのが難しいかも。
しばらく歩き回っていると、木の上に赤くて丸い果実を見付けた。ここからではとても届かない位置にあり、落ちている枝を使っても採れそうになかった。試しに落ちていた小石を拾って投げてみたものの、掠りもしないどころか、私の非力な腕では届きもしなかった。今度は木を掴み、体全身を使って揺らしてみる。
「や、やーっ……!」
力の限り揺らしてみたものの、地にしっかりと根を張っている木はビクともしなかった。
む、無駄に体力を消耗しちゃった……。やっぱりそう簡単には採れないよね、この高さだし……。でも折角だしあれ採りたいな。何か近くに足場とかに使えそうな物は……。
何か無いかと近くを見渡そうとした時、近くの木陰からプーちゃんが顔を覗かせていた。その表情は面白い玩具を見付けた子供の様に無邪気で、そしてイタズラっぽいものだった。
「な、なっ……!?」
「フフフ……見ーちゃった見ーちゃったっ」プーちゃんは踊る様に木陰から出てくるとこちらに近寄ってきた。
「なーにしてたのかなー?」
「べべべ、別に変な事してないよ! くく、果物採ろうとしただけだって!」
「よちよち、ヴィーゼちゃんは非力でちゅね~?」プーちゃんは私の頭を撫でてくる。
は、恥ずかしすぎる……! まさか見られてたなんて……! そりゃ確かに私はプーちゃんと比べれば非力だし、プーちゃんもそれは知ってるけど、でも改めて見られると恥ずかしいよ……!
「しょーがないなーヴィーゼは~。最初っからこのあたしに頼めば良かったんだよ」
そう言うとプーちゃんは木にしがみ付き、よじ登っていった。その身軽さは運動神経のいいプーちゃんらしかった。やがて上まで上ったプーちゃんは別れている枝の又部分に立つと、そこから伸びている枝を片手で掴みながら果実に向けて手を伸ばした。
「ぷ、プーちゃん! む、無理しないで!」
「大丈夫だって! あと少しなんだけどねぇっ……!」
ギリギリまで手を伸ばしていたプーちゃんはやがて果実を掴んだ。ここからは正確な大きさが分かってなかったが、どうやらあの果実は片手で掴める程の大きさらしかった。
「やった!」
「早く降りて!」
「分かってる、わっ!?」
返事を返そうとした瞬間、プーちゃんは足を滑らせた。私は体から血の気が引くと共に自然と動いていた。落ちてくるプーちゃんを受け止めようと両腕を伸ばしたものの、私の非力な腕では受け止めきれず、プーちゃんの重さに押し潰されてしまった。
「きゃっ!?」
「あいたぁっ!?」
私は完全にプーちゃんに圧し掛かられている状態になり、体中が痛んだ。プーちゃんが落下した時の衝撃に驚いてか、鳥達の羽ばたく音が聞こえた。
「ご、ごめんヴィーゼ……大丈夫?」
「う、うん……何とか……」私達は起き上がりながら服に付いた土を払う。
「いたた……な、何とか採れたよ」
「うん。ありがとねプーちゃん」
私は近くに落ちていた大きめの葉に果実を包むと鞄に収めた。
よし。何個かあった方がいいかもだけれど、一先ずはこれだけでいいかな? シーシャさんも何個か採って来るかもしれないし。
「どーする? シー姉待つ?」
「シー姉?」
「あのお姉ちゃんの事」
何だろう……一応私もお姉ちゃんだからか、ちょっと妬けちゃうな……。まだ会って間もない人の事そう言われちゃ……。
「ヴィーゼ?」
「あっ、ごめんごめん。そうだね、うん、とりあえずシーシャさんが戻ってくるまでは次の物探そう?」
「んっ、いいよ! 次は何がいるの?」
「えっとね、次は気付け薬だって」
「気付け薬? それってあれ? たまに依頼で来るやつ?」
「そうだね。これはそこら辺で適当に材料採って後で調合しようか」
「そだね」
気付け薬。心臓が弱い人や動機が激しい人のための粉薬だ。心臓の鼓動をその人の本来の正常なものに戻す作用がある。ヘルムート王国に居る時、よく依頼されてたけれど、いったい誰が頼んでたんだろう? 持って行くのはお父さんが仕事ついでにやってくれてたからなぁ……。
「そんで次は?」
「後は中和剤だね」
「何だそんじゃもう簡単に出来るじゃん」
中和剤は色んな素材に含まれている成分を抽出して、それを水に溶かす事で出来る、らしい。実際は釜の中で起こっている現象だから、私自身もどうなって出来上がっているのかは分からない。合成中は釜の蓋を取っちゃ駄目ってお母さんも言ってたし、確かめた事は一回も無い。お母さんは見た事があったのかなぁ?
「そうだね。意外と簡単に出来るかも」
「じゃあどうする?」
「まずは、だよ……シーシャさんを待とう?」
「そだね」
私達は素材を採りに行ったシーシャさんを待つために近くの木陰で腰を下ろし休む事にした。
不思議だなぁ……ここはこんなにも綺麗な緑で覆われているのに、シーシャさんのあの村だけがあんな事になってるなんて……。これも未知の生物が関係してるのかな? このままだと、この綺麗な緑が見れなくなっちゃうのかな……。
しばらく待っているとシーシャさんが戻ってきた。沢山の果物を抱える様にして持っており、腰に付けているベルトからは首筋から血を流しているウサギがぶら下がっていた。
「待たせてすまない。持ってきたぞ」
「ありがとうございます。戻りましょう」
私はなるべくウサギの方を見ない様にした。別に菜食主義でも無ければ、博愛主義な訳でも無いし、お肉だって普通に普段から食べていた。しかし、いざそうゆう物を見てしまうとあまりいい気分はしない。自分でも都合のいい性格だと思ってしまう。
プーちゃんは歩きながらシーシャさんが持っている果物に顔を近付ける。
「随分いっぱい採ってきたんだね?」
「ああ、どの辺りに生えているかは知っているからな」
「ふーん……これを食べてればあの村も飢餓にやられなかったんじゃないの?」
「プーちゃん、いくらこの森が広くても食べ物の量には限界があるよ。それにすぐに育つ訳じゃないし……」
「だったらさ、この森をちょっとだけ畑にしちゃうとかすればいいじゃん?」
シーシャさんは首を横に振る。
「それもしたんだ。だが、駄目だった。そうやって開拓した途端に、そこだけ同じ様に土地が枯れるんだ」
うーん……そこまで行くとちょっとおかし過ぎるかな? それだとまるで誰かが狙って土地枯れを起こしてるみたいだもん。でもそれを起こす理由って何? 土地が枯れちゃったら他の動物だって生きていけなくなっちゃうのに……。
「まるで呪いだね」
「そう、これはあの村に掛けられた呪いなんだ。だが、私達が何をしたと言うんだ……」
「シーシャさん……」
「まあまあ、今からあたし達美少女双子錬金術士が助けてあげるんだからさ、元気出しなよ」
「……ふっ、そうだな。君達が居れば大丈夫、だな」
「あーっ! 今馬鹿にしたぁー!」
プーちゃんはプンスカ怒っていたが、シーシャさんはそんなプーちゃんを見て優しく笑っていた。しかしその顔は馬鹿にしているというよりも、愛しく思っているといった表情だった。
ずるいなぁ本当……。酷い事言われたり、失礼な事言われても何故か許せちゃうし、許されちゃうんだもん……。本当、妹気質って言うか……無意識で甘え上手っていうか……。
「ほらプーちゃん、こっち来なさい」
「酷いよヴィーゼー……シー姉が馬鹿にする~……」
「少しは馬鹿にされない様に努めるのも大事だよ?」
「ヴィーゼまでぇ~……」
がっくしと肩を落とすプーちゃんを連れて、私達はダスタ村へと材料を持って歩いていった。