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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第8章:忠義と仁義
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第68話:リチェランテの真意と流れ着いた者

 クルードさんが牢に来るまでその場で待ち続ける事数分、ようやく廊下の向こうからクルードさんが歩いてきた。リチェランテさんからの裏切りを受け、かなり精神的に消耗していたが、大分持ち直してきている様だった。


「クルードさん、少しいいか?」

「自分ですか? ええ、まあ……」

「牢屋に向かってるんだろう?」

「そうですが……」


 シーシャさんは誰にも聞かれていない事を確認するために周囲を見渡した。幸いここには私達以外誰も居らず、聞かれているという心配は無かった。


「頼みがある。私達も一緒に話を聞きたいんだ」

「……えっと、それは好きにすれば宜しいのでは?」

「えっとですね、その……レレイさんが入っちゃ駄目って言って話をさせてもらえないんです。どうしても確認したい事があるんですけれど……」

「ねー頼むよー」

「そう仰られても……自分はどうすればいいんです?」

「ただ一緒に話を聞きに来たとだけ言ってくれればいい。それと公言しないでくれると助かる」


 クルードさんは怪訝な顔をしていたが「分かりました」と承諾してくれた。とはいえ、あくまでこれは牢屋を見張っているであろう看守の人を説得する事を目的としているため、そこからレレイさん達にバレないという保証はどこにも無かった。

 話を手短に終えた私達は牢屋へと繋がっている扉を開き、中へと入った。内部は廊下や他の部屋とは違い、やや薄暗くじめっとした雰囲気が漂っていた。牢自体はそこまで数がある訳では無いらしく、三つ程しか確認出来なかった。

 クルードさんは牢の前に立っている看守の人に話しかける。


「クルード・アルタミナです。面会をお願いしたい」

「クルードさんですか。副船長からお話は伺っています。どちらと面会を致しますか?」


 クルードさんはこちらを振り返る。


「両方共です。それと申し訳ないのですが、彼女達にも同席して頂きたいのです」

「確かヴァッサ氏の娘さんとダスタ村の方ですよね? 申し訳ないのですが副船長と隊長から面会はさせない様にと指令が出ているのです」

「お願いします。掴まっているあの二人は重要な何かを隠している可能性がある。それを聞き出すのに彼女達の力が必要なのです」

「しかし……」

「責任は自分が取ります。お願いします」


 クルードさんは深々と頭を下げ懇願した。リュシナから逃げてきた人物とはいえ客人、それも軍人から頭を下げられたためか、看守の人は動揺していた。やがて根負けしたらしく、今回は見逃してくれるという事になった。

 チャンスを手に入れた私達はまずリチェランテさんの入っている牢へと向かった。クルードさんはやや顔を合わせる事に躊躇している様子だった。そのため、クルードさんにはリチェランテさんの視界に入らない位置で待機してもらい、私達だけで話を聞く事にした。


「リチェランテ・キッドレス、面会だ」


 看守の人からそう告げられると薄闇の中に座っていた人影が腰を上げ、片足を引き摺りながらこちらに歩み寄って来た。その表情には恨みや怒りなどというものは一切見られず、むしろ余裕のある落ち着き払ったものだった。


「おやおや誰かと思えば双子達か。私に何か用かな? 個人的な復讐でもしに来たか?」

「リチェランテさん、私どうも引っ掛かる事があるんです」

「何かな?」

「あなたが各地でやってる事です。レレイさん達はテロだって言ってましたけれど……」

「ああその事か。全く愚か極まりないな。私からすれば何を被害者ぶっているのかと言いたくなるな」


 リチェランテさんの顔には嘲笑と侮蔑が入り混じっていた。彼が言っている言葉の意味が分からない私からすれば狂人の戯言にも見えたが、ただそれだけではないという確信が心のどこかにあった。


「なーんも反省してないみたいだねその感じだと」

「ふふっ、反省だと? 反省すべきは彼らだというのにか? 迂闊にあれに手を出した彼らの方がよっぽど

反省すべきだと私は思うがね」

「リチェランテさん、私が気になってるのはその部分なんです。あなたは自分がやってる事が正しい事だと主張してる。その根拠は何なんですか? あなたが隠してる本当の目的は何なんですか?」


 リチェランテさんの視線が横に少しずれる。


「……クルード、居るんだろう? 出てきたらどうだ? 私が知ってる君はそこまで腰抜けではない筈だがな」

「リチェランテ、質問に答えろ」

「その質問に答えるには彼も必要だ。彼には私の発言が正しいと証言してもらう必要がある」


 クルードさんは冷や汗を流しながら出てくると、私の隣に立った。何を話したらいいのか分からないらしく、口元が震えていた。


「久しぶりだな。顔色も悪くない。それなりに持ち直したか?」

「ノルベルト……」

「そうか、君にはその呼び名が馴染み深いか。なら好きに呼べばいい」リチェランテさんはその場に座り込み、私達にも座る様にと手で促してきた。

「クルード、君もこの子達と同じ様に思ってるんだろう? 何故私があんな事をしたのか、とね」

「……そうだ。君は……あの戦争を終わらせてくれると思ってた。それなのに……」

「まあそれも目的だったのは事実だ。信じてくれはしないだろうがね。ただ真の目的は別にある」


 リチェランテさんは私達の後ろで立っていた看守の人に顔を向けると、突然そちらに話を振った。


「君、あれはどうなった?」

「何の話だ?」

「リュシナの提督さ。どうなった? あの後は?」

「遺体の損壊が激しかった。既に水葬は終えている」

「そうか。ふむ……ならいい」


 リチェランテさんは何かに納得した様子を見せるとこちらに視線を戻した。


「今のが理由だ」

「リチェランテ、分かる様に言え」

「君達は疑問に思わなかったか? あれだけ肉体が炎上しているのに彼が動いていた事に」


 確かにそれは私も感じていた。恐らくあの場に居た誰もがあの人の異常性に驚いていた筈だ。でも、あの時はリチェランテさんをどうにかする事に集中していて細かく考える事が出来なかった。


「私も変だとは思いました。でもあの時は……」

「私が裏切ったから、か? まあそう思うよな」

「事実だろう」

「シーシャ、君はもっと視野を広げるべきだな。人生の先輩からのアドバイスだ」

「話を逸らすな」

「逸らしてなどいない。あの時はああでもしなければ私が殺されていたかもしれない」


 その言葉を聞き、私の中にある憶測が生まれた。それはあの時の私の考えを根底から覆すものだった。

 まさか……あの提督さんは、リチェランテさんを追ってシップジャーニーに接近してきた? あの時はてっきり自分達を裏切ったクルードさんを追ってきたんだと思っていたけれど、今のリチェランテさんの言葉とあの時の絵筆を使った隠れ方を考えると、その可能性の方が高い気がする……。


「そっちの子は気がついたか。流石に頭が回るね」

「えっ、どういう事なのヴィーゼ?」

「あの時あの人は……リュシナの提督さんは、クルードさんじゃなくてリチェランテさんを追ってきてたんだ……」

「そんなまさか! 提督は自分を始末するために来た筈じゃ……!」

「そのまさかだ。御名答だよ。彼は私を追ってきてたんだよ。正直あの爆発で死ななかったのは意外だったがね」


 それが事実だとするなら、リチェランテさんの目的はあの提督を殺す事だったっていう事になる。この人があの提督を狙う理由はどこにあるの……? あの人が居なくなったらいったいどんな得があるの……?


「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃああの燃えてた提督を最初から……」

「そう、殺す気だった。まあリュシナ自体に損害を与える理由もあったがね」

「ノルベルト、何なんだ? いったい何でそんな……」

「……クルード、副官だった君なら知ってる筈だな? 彼は毎日の様に薬を呑んでた。そうだろう?」

「そ、そうだが……それが何なんだ? あれは気付けの薬だと……」

「ほう、彼はそう言っていたのか? これは笑えるな、私より騙すのが上手いんじゃないのか」

「いったいどういう……」


 リチェランテさんは溜息を吐くと私とプーちゃんの顔を交互に覗き込んだ。シーシャさんは私達を守ろうとしてくれたのか、少し後ろに下がらせてくれた。


「君達、錬金術とは何だ?」

「えっ?」

「君達にとっての錬金術とは?」


 全く予測していなかった質問をぶつけられ、私もプーちゃんも上手く返答が出来なかった。小さい頃から当たり前の様にやってきた事が何なのかと改めて言われると、どう答えればいいものか思い浮かばなかった。


「え、えっと……技術です」

「どんな技術だ?」

「そりゃ、釜に材料入れてぐるぐる~ってしたらポンって道具が出来て……」

「便利だよな?」

「べ、便利ではありますけれど……でも結構複雑というか危険だったりもしますよね。分量を間違えたら爆発する事もあるし……」

「何気にあれこれ覚えなきゃいけない事が増えたりするんだよね……」


 プーちゃんは少し嫌そうな顔をして答えた。実際錬金術はまだ完全には細かい理論が解明されていない技術であるが故に、未だに新しいレシピや反応が発見され続けている技術である。そのため私達でも時折、初めて見る道具や反応を目撃する事がある。


「……やはり私の見込みは合っていたか」

「どういう事ですか?」

「彼らは君達とは違ったという事さ。あの提督も今まで私が殺してきた国の連中もね」

「ノルベルト、どういう意味なんだ……?」

「クルード、君の上司が使っていたあの薬、あれは錬金術で作った物だ」

「えっ……いやそんな筈は無い。あれは普通に売っている薬だと……」

「では君は実際にその薬が店に並んでいるのを見た事があるのか? 実際に彼が購入しているのを見た事があるのか?」


 クルードさんはリチェランテさんからの質問に答える事が出来ず、ただ口籠る事しか出来ていなかった。


「あの薬は自身の肉体の性能を大幅に向上させるという代物だ。ちょっとやそっとじゃ死ななくなる」

「そうは言うが、君は見たのかノルベルト! その薬が本当に君の言う物だという証拠はあるのか!?」

「あるとも。私は事前にリュシナに潜入してあれこれと調べた。私が作った道具だ、間違える筈が無い」

「ちょっと待ってください。何でリチェランテさんが作ったそのお薬がリュシナの提督さんに渡ったんですか?」


 リチェランテさんは顎を触り始める。


「……私があれを作ったのは、自分みたいに生まれつき足が悪かったり、体のどこかに問題がある人が普通に暮らせる様にするためだった。だから私はあれを初めて作った時、そのレシピを公表したんだ。恐らくそのレシピが彼に渡っていたんだろう」

「また同情を誘う気か?」シーシャさんが睨む。

「そう思いたいなら思えばいい」

「でもだからって何で殺そうとまで……」

「彼らは何も分かっていない愚か者だからさ」


 この時初めて私は、リチェランテさんの瞳の中に怒気が籠っているのを見た。今まで彼が一度も見せた事が無かった、本物の怒り。それがはっきりと見て取れた。


「二人共、これは忠告だ。絶対に道を踏み外すな。君達は今のままで居ろ」

「意味が分かりませんよ……リチェランテさんがあの人達を狙った理由をちゃんと教えてください。もう隠さないで……」

「……追究し続けるんだ」

「えっ?」

「真理を追究し続けろ。君達はそのまま続けるんだ。彼らみたいになるな。錬金術は便利な技術なんかじゃない」


 そう言うとリチェランテさんは腰を上げ、足を引き摺りながら牢の奥へと戻っていった。こちらから何を話し掛けてもそれ以上は返事をしてはくれなかった。しかし、私の中にはある確信があった。それは、まだ彼は諦めた訳ではないという確信だった。

 これ以上話は出来ないと判断した私達は一旦牢から離れた。クルードさんはリチェランテさんの本当の狙いと自らの上司が使っていた奇妙な薬の話を聞いて、酷く混乱している様子だった。


「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。大丈夫ですよ……少し整理に時間が掛かるかもしれませんが、問題ありません……」

「クルードのおっちゃん、一回休んだ方がいいんじゃない?」

「いえ……いえ、彼の方にも聞きたい事があるんです」


 そう言うとクルードさんは別の牢へと目を向けた。全員で近寄ってみると、中には藁で作られた簡素なベッドの上で眠っている一人の男性の姿があった。年齢はクルードさんと同じ位で、決して若くは無さそうだった。革製の堅そうな服を着ており、所々に剣やナイフを差していたであろうベルトが巻かれていた。


「お知り合いなんですか……?」

「遠い遠い……昔の知り合いです」

「まだ意識は戻っていません。恐らく海に浸かって体が冷えていたのでしょう。今は先生からも診て頂いたので、状態は安定している様ですが」


 看守の人の説明によれば今のままで問題は無いらしいが、どうしても一つの疑問が頭から離れなかった。それは恐らく事情を知らないここに居る誰もが考えていたであろう事だった。


「この人は何をしたんですか? ちゃんと医務室で寝かせた方がいいんじゃ……」

「彼は……」

 

 看守の人が喋る前にクルードさんが遮る様にして答えた。


「彼は海賊だ。この辺じゃ有名な一団の一人なんだよ」


 その答えは衝撃的なものだった。話には聞いていた海賊が今目の前に倒れている人物であり、更にはクルードさんの知り合いだというのだから驚くなという方が無理がある。

 私達が動揺する中、静寂を守っていたその手がピクリと動いた様に見えた。

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