第67話:失踪へと誘う模様
シップジャーニーの資料室に辿り着いた私達は手分けして様々な本を開き、あの釜に彫られていた模様が何なのかを調べていた。プーちゃんはあまりこういった事が得意ではないという事もあってか、途中で何度も読むのを止め、休憩を挟んでいた。
「ヴィーゼ、どう~?」
「まだ見つからない。うーん……これ何なんだろう」
ここの資料室には色々な本が置かれているけれど、そのどれにも載っていない。考古学の本にも歴史書にも載ってないとなると、古代文字じゃないって事なのかな? だとしたら何かの暗号? もしそうなら、解きようが無い……。
プーちゃんは目の前に開いている本から目を離し、広告の裏に描いてある模様を見ていた。いずれの文字にも当て嵌まらない形をしており、何をモチーフにしている物なのかも分からなかった。
「これさ、水の精霊の居た遺跡にあった文字とも違うよね」
「うん。プーちゃんが言ってたみたいに、ただのデザインっていう可能性の方が高いかも。それか、記録にも残ってない様な相当昔の文字か」
もしこれが文字の一種だとして、記録にも残っていない様な大昔の物だとしたら解読のしようがない。どれがどういった意味を持つのかが理解出来ない限りはどうしようもない。
その時、ふと私の頭の中にある考えが浮かんだ。
「……ねぇプーちゃん」
「ん?」
「もしこれが記録にも残ってない様な時代の文字だとしたらさ……これを作った人はどうやって知ったんだろう?」
「どういう意味?」
「あの釜が作られた時代ってさ、多分そこまで昔じゃないと思うんだ。見た感じ大して劣化してない感じだったし」
「うん、それはあたしもそう思うけど……」
「もし、もしもだよ? あれを作ったのがルナさんとシャルさんの言う先生なんだとしたら……その先生はいったいどうやって模様の意味を知ったのかな?」
「んー…………分かんない。ただ単にそういうデザインなだけじゃないかなぁ……」
考えすぎなのかな……? 確かに今思いついた事は何の確証も無い説だし、完全に見当違いな可能性だってある。だけれど……。
プーちゃんが持っているメモを覗き込み、そこに描いておいた模様を見る。
「私、これが気になってるの」
そう言って私は描かれた模様の一つを指差し、紙面上に描かれているもう一つの模様の方へと指を動かす。
「この二つの模様、全く同じ見た目してるよね」
「それが?」
「他の模様はそれぞれ全部違う模様なの。それなのにこの二つだけ、何故か共通してる」
「あー確かに。他のやつは一つずつしかないもんね」
「何となくだけれど、この並びが文字っぽい気がするんだ。もしそうだった場合、その先生がどうやってこれを知ったのかが引っ掛かるんだよね」
もちろん憶測に過ぎない。ただのデザインであると言われてしまえばそれまでだが、この並びには何か意味がある様に感じてしまう。きちんとした言葉としての意味が……。
「でもさヴィーゼ、もう散々探したよ?」
「うん……もしかしたらここには無いのかも。取り合えず、ここで探すのは諦めようか」
「まあこれから会ったりした人達に聞いていけばいいじゃん」
「そうだね。じゃあ戻ろうか」
私は一旦ここで探すのは中止し、散らかしてしまっていた本をそれぞれの正しい位置へと戻すとプーちゃんと共に資料室から出た。そのまま私達は部屋へと戻り、出発する時が来るまでの間、各々ゆっくりと休む事にした。
その時は意外にもすぐに訪れた。私達が部屋に戻ってから数十分後にお父さんが外から戻り、それから更には数十分後には鐘が鳴らされ、出港の時間が訪れた事を船内外に知らされた。時間にして、凡そ一時間程だっただろうか。
私達は美しい街との別れをするために甲板へと上がり、尾部から段々遠くなっていく街を眺めた。砂浜はかつての様には輝いてはおらず、あくまで普通の綺麗な砂浜という程度になってはいたが、それは決して美しさが失われたといった感じではなかった。
港に集まっている人影の中にあの二人の姿が見えた。こちらに手を振ったりはしていなかったものの、豆粒の様に小さくなって見えなくなるまでは見送ってくれていた。
「いい所だったね」
「うん。いつかまた来たいな」
「そん時はさ、あたし達も何か作らせてもらおうよ! 今度は錬金術無しで!」
「ふふっ、そうだね。余裕が出来た時にはいつかまた……」
ナティリアから離れていく私達は不思議な運命と深い絆によって繋がれた姉妹の事を思いながら、青々と広がる海へと旅立っていった。
部屋へと戻った私達はお父さんにあの模様の事について尋ねてみる事にした。錬金術を使えたお母さんなら何か知っていたかもしれないと考えたからだ。
「お父さん、ちょっといい?」
「どうしたんだい?」
「あのね、これなんだけれど……」
お父さんは私から渡されたメモを受け取ると、そこに描かれている模様をじっと見つめた。やがて顔を上げると真剣な顔をしてこちらを見た。
「これをどこで?」
「えっ? えっと、実はあの街に居る時に仲良くなった芸術家の人が居て、その人からもし良ければ調べて欲しいって言われたんだけれど……」
私はあの絵画の事は口に出さない様に気をつけながら、重要であろう事だけを述べた。お父さんの顔はいつになく真剣であり、普段の優しい表情とは少し違った印象を受けた。
「そうか……」
「お父さん何か知ってんの?」
「……僕もはっきりと関係していると言える訳じゃない。あくまで憶測に過ぎないんだけどね、これに似た模様を見た事があるんだよ」
「えっ、本当!?」
「あくまで似たものだよ。同じものかは分からない」
「ねーねー! どこで見たの?」
お父さんは深く一息つくと、眉間の辺りを指で揉みながら口を開く。
「……ブルーメの元に来た手紙に、これと同じ模様の入った指輪が付いてたんだ」
「お母さ、ん……?」
お父さんの口から出たのはお母さんの名前だった。何か知っているどころか、それと何か関係している間柄だった様だ。
「お、お母さんは、何か知ってるのかな?」
「そこまでは分からない……ただ、あの手紙と指輪が届いた数日後に彼女は居なくなった」
その言葉を聞き、背中に悪寒が走った。その途端にあの模様が酷く不気味なものに思えてしまった。プーちゃんも同じだったらしく、少し青ざめた様子を見せていた。しかしお母さんの行方にも関係している事だと分かり、私は話を続ける。
「ど、どこに行っちゃったのかな?」
「僕にも見当がつかない……。どこを探せばいいのかも分からないんだ」
「お、お母さんの故郷とかは……」
「彼女は……どこの出身なのかも分からないんだ」
「えっ?」
「僕はヘルムート王国で彼女と出会った。彼女はどこからやって来たのかも、どこの出身なのかも教えてはくれなかった。いつも誤魔化していたんだ……」
お母さんは自分の出身地を隠していた。もしかしたら、それが失踪の理由と関係してるのかもしれない。何か故郷に戻らなきゃいけない理由があって、でもそれと同時に自分の故郷を伝えられない理由もあった。
「お父さんは、お母さんの事どこの人だと思う?」
「……分からない。これまでも色んな場所に行く度に聞いたりはしてたんだけど、未だにいい情報は手に入ってない……」
「あ、あたし、どこでもいいよ……お母さんがどこの人かなんてどうでもいいじゃん……」
「ああ、その通りだよ。でも故郷が分かれば、探しやすくなるかもしれない」
「お父さん、その手紙がどこから来たのか分からないの?」
「調べられなかった。あの時はブルーメが……彼女が居なくなるなんて思いもしなかったから……。それに手紙も指輪も彼女が持って行ってしまった……」
という事は、その指輪にはお母さんが持っていなきゃいけない理由があったって事だ。その指輪をどこかに届けるためか、あるいはそれを持ったお母さんがどこかに行く必要があった。それがどんな理由なのかは分からないけれど、でも逆に言えばこの模様の出所を辿ればお母さんの所に辿り着けるって事でもある。
「とにかく、その模様は彼女の行方を調べるのに役立つ筈だよ。もしかしたら、その芸術家の人も僕達と同じ様に居なくなってしまった人を探しているのかもしれないね」
そう言えば、ルナさんとシャルさんの先生は今どこに居るんだろう? シャルさんは昔この街にも錬金術士が居たって言ってたけれど、あの言い方だと先生はどこかに行ってしまったかの様に聞こえた。だとすると、もしかしたらお母さんと同じ様にある日突然居なくなってしまったのかもしれない。
「じゃあこれを辿っていけば……」
「彼女を見つけられるかもしれない」
「プーちゃん、やったよ! もしかしたらお母さんすぐ見つかるかも!」
「う、うん。そうだね!」
「ありがとう、ヴィーゼ、プレリエ、二人のおかげで探しやすくなったよ。これからはこの模様も聞き込みの際に聞いてみる事にするよ」
「うん。私達もそうするね」
一歩……本当に小さな一歩だけれど、お母さんに近付く事が出来た様な気がする。この模様を知る事が出来たのはルナさんが教えてくれたからだけれど、もし教えてもらえてなかったら、きっと私達はまだ足踏みを続けている状態だったかもしれない。
新たな情報を手に入れた私達は船に揺られて、新たなる場所を目指して海原を進んでいった。
数日後、ふと目を覚ますと船内が妙に慌ただしかった。お父さんはもう既に起きていたらしく部屋には居なかったものの、プーちゃんはまだぐっすりと夢の中に居る様だった。
私はこっそりと扉を開け、廊下に目を向ける。するとぐったりとした様子の誰かが船員数人に連れられどこかへと運ばれている様だった。その数秒後には忍び足で歩くシーシャさんが後を追う様に通り過ぎていった。
「プーちゃん……! プーちゃん起きて……!」
「んー……?」
私はプーちゃんの体を揺すり夢から覚醒させた。まだ眠たい様子だったが既に朝であるため、遅かれ早かれ起こす必要はあった。
「どうしたのさ、ヴィーゼ……」
「誰かが連れて行かれてる。ぐったりしてたし、変な感じだったの」
「……具合悪いんじゃない……?」
「でもシーシャさんが後ろからこっそり追い掛けてたの。何か変な感じがしない……?」
「シー姉がぁ……?」
プーちゃんはうんと伸びをすると目を擦った。どうやら眠たさはまだあるものの、私の言った事が気になっている様だった。
「んじゃ、行ってみる……?」
「うん、行ってみよう?」
私とプーちゃんはこっそり部屋から出ると、シーシャさん達が向かっていた方向へとひっそり歩き始めた。まだ朝早いためか廊下に人気は無く、簡単に後を追う事が出来た。
しばらく進んでいると壁に背を付け、廊下の奥を見張っているシーシャさんの姿があった。私達はシーシャさんの側に寄ると、小声で話し掛けた。
「シーシャさん……」
「……二人か、どうしたんだ?」
「こっちの台詞ですよ。何かあったんですか?」
「ああ。どうやら漂流している人間が見つかったらしいんだがな……」
「漂流ですか?」
「ああ。しかしどうも、そいつは名の知れた犯罪者だったらしくてな、今牢に入れられたところだ」
「は、犯罪者って……。で、でも何でシーシャさんは追い掛けてたんですか?」
「ふと思った事があってな」
そう言うとシーシャさんは廊下の向こう側を少し覗き込んだ。向こう側には奥の方に階段があり、どうやら船の底の方に繋がっているらしかった。
「ノルベルト……いや、リチェランテの事を覚えているか?」
「は、はい……忘れる訳にはいきませんよ。あんな事しちゃったんだし……」
「……だろうな。それでなんだが、あいつは確か二人と同じで錬金術士だったろう? 実力に差はあった様だが」
「確かそうでしたね。その筈です」
「もしかしたらあいつなら、あの模様を知ってるんじゃないかと思ってな」
それは考えもしなかった。確かに言われてみれば、今現在一番身近に居る錬金術士と言えば、プーちゃんを覗けばあの人しか居ない。それにあの人は何か事情があってテロを起こしてる様に思えた。ただの悪人とは少し違う様なそんな感じがした。
「でもレレイさんは会っちゃ駄目って言ってましたよ。場所も教えてくれなかったですし……」
「だろうな。だからこうやって追跡してきたんだ」
「な、なるほど……。でもここからどうやって入るんですか?」
「それなんだがな、漂流していたあの男がこの船に運び込まれた時、少し変わった反応をしている男が居たんだ」
「だ、誰ですか?」
「クルードだ。あのリチェランテとも関係があるリュシナ王国の海軍に所属していた男だ」
クルードさんが……? いったいどういう事だろう……知り合いだったって事かな? 知り合いが漂流してたら誰だって驚きはするかもしれない。でもその人はこうやって牢屋に運ばれた……。
「酷く取り乱していた。きっとクルードはここに来る筈だ。彼なら事情を聞く名目で中に入れるかもしれない。その時に頼めば私達も入れる可能性がある」
そうか……レレイさんやリオンさん以外の人は私達があの牢屋に近付こうとしてるって知らない可能性がある。それにクルードさんから一緒に入れてもらえる様にお願いすれば上手く入れるかもしれない。
私達は計画を実行に移すために、クルードさんの到着をその場で待つ事にした。




