第66話:彩られた世界
私とプーちゃんは頭の中で様々な美しい景色などを思い浮かべながら真っ白な世界を彩っていた。
美しい花々に囲まれた巨木と机や椅子、キラキラと輝く綺麗な湖や川、可愛らしい見た目をした鳥達、真っ青な青空、常に空に昇り続けている虹、どれもこれも私達が作り上げたものだった。
「何かあれだね。適当に作ってたけど、あの夢みたいだね」
「シルヴィエさんの夢の事?」
「そうそう! あの場所もさ、川とかは無かったけどこんな風に色んな花が咲いてたじゃん?」
思い出してみればそうだ。別に意識して作った訳ではないけれど、いつの間にか似てしまった。綺麗な場所だったし、無意識の内に真似しちゃってたのかな?
「何か似ちゃったね」
「うん。でもあたしはいいと思うな。綺麗な方がいいもん」
確かに綺麗な方がいいのはその通りだ。でも、これだけだと何かシルヴィエさんを優遇してる様に感じてしまう。別にそういう他意がある訳ではないけれど、折角だし……。
「ねぇプーちゃん」
「何?」
「私、ちょっと作りたい物があるんだけれど、いいかな?」
「いいけど……何作るの?」
「えっとね……」
私は湖の近くに移動すると頭の中にかつての景色を思い浮かべ、手をかざした。すると湖の底がせり上がる様にして浮かび上がり足場の様な物を作ると、水が一部空中へと浮かび上がり、まるで大きなガラス窓の様に長方形の形になった。
「これって……」
「うん。前に私がプーちゃんに話した場所。シュトゥルムさんと会った場所だよ」
「こんなだったんだ……」
「多少の違いはあると思うけれどね……」
その違いは正直表現したくなかった。最早人とも思えない程膨れ上がった変色した死体……そんなものはこの場には似つかわしくないく、この場所には人柱は必要ないからだった。
「何か神秘的な感じするね」
「うん。あくまで再現だから、海の中を見たりは出来ないんだけれど……」
「でも何でこれ作ったの?」
「あのねプーちゃん。私、この旅を始めてから色んな物を見て来たでしょ? 時には酷いものも見て来たし、綺麗なものだって見て来た。そのほとんどに錬金術が絡んでた。だから私残しておきたいの。今までの記憶を」
「そっか……」
そう言うとプーちゃんは私が作り出した遺跡の側に行くと、足場と水面の丁度境目辺りの壁面に手をかざした。するとその場所には黄色の小さな卵が現れた。忘れる訳も無い、あの小さな卵が。
「だったらヴィーゼ、これもだよ」
「プーちゃん……」
「きっとあの卵を作った誰かはさ、ただ願いを聞いてやったんだと思うんだよね。正直あたしには分からない考え方だし、ちょっと気持ち悪くはあったけど……でもこれもさ、残しておくべきじゃない?」
「そうだね……これも錬金術の産物。別に悪意があった訳じゃないんだもんね。ただただ……善意だけだった筈だもん……」
私は卵を見つめる。それはただ壁面に引っ付いたままで、何の反応も見せなかった。何かを生み出す訳でもなく、蠢くわけでもなく、ただその場に居るだけだった。それが誰も触れていないからなのか、それともただの記憶からの複製に過ぎないからなのかは私には分からなかった。
ある程度作り終え、やるべき事を終えた私達は最初に作った巨木の側へと移動する。枝には小鳥達が止まっており、周囲を取り囲む鼻からは甘い香りが放たれていた。
「これでいい感じ?」
「うん。後は出入り口を作れば終わりかな?」
「え? 絵に触ればいいんじゃないの?」
「それだとどこに出るかが分からない気がするんだ。この世界がどこまで広がってるかは確証が持てないし、もし離れた所に出ちゃったら意味が無いと思うし」
「あーそっか。今回あたし達が最初に出たのがここだったって可能性もあるのか」
「うん。だからこの辺りに作ろうかなって」
私は木の根元に手をかざす。するとその場に一枚のキャンバスが出現した。それは私達やルナさんが作った白い絵と同じ見た目をした物だった。他の物にするのも少し考えはしたものの、なるべく分かりやすい物にした方がいいだろうと思い、この形にする事にした。
「えー……芸が無くないヴィーゼ?」
「分かりやすい方がいいと思ったんだけれど……ダメかな?」
「んー……何ていうかさぁ……」
プーちゃんがそう言うと、その手にはいつの間にか筆が出現していた。プーちゃんは筆を手にしたままキャンバスへと近付き、何かを描き始めた。一切の迷いなく筆は動き続け、やがてその動きは止まった。
「よし! 出来た!」
その言葉を聞き後ろから覗き込んでみると、そこには私達姉妹とシーシャさん、そしてシャルさんとルナさんの姿が描かれていた。まるで本物であるかの様に精に描かれており、我が目を疑った。
「プーちゃん……こんなに絵が上手だったっけ……」
「もうそこは突っ込まないの! ここは絵の世界なんだから何だってアリでしょ!」
「あ、そっか……」
そういえばそうだった……頭の中で思い浮かべてしまえばそれだけで作れるんだし、別に実際に絵が上手くなくてもこういうのが作れるんだ。
「ほら、こっちの方がいいでしょ?」
「うん。そうだね、こっちの方がずっといい」
白い絵のままでしか想像出来なかった自分の想像力が情けない……。まるで自分が薄情な人間な様に感じてしまう。やっぱりシャルさんが言ってたみたいに感性って大事なんだなぁ……。
「さってと、それでヴィーゼ、これで終わりなんでしょ? どうやって帰るの?」
「あっそうだね。多分なんだけれど……」
私はプーちゃんの手を掴むと、今しがた作られた絵に手を触れた。するとこちらに来る時と同じ様に体が霧散し、少しずつ意識が薄れ始めた。
やっぱりこれで間違いなかった。他に思いつかなかったし、これで問題ない筈だよね。
ふと気がつくと私達はシャルさん達の工房へと戻ってきていた。椅子に座っていたシャルさんとルナさん、シーシャさんはこちらに気付くと急いで駆け寄って来た。
「おっ戻って来た。どう?」
「はい。作ってきましたよ」
「シー姉、ちゃんと綺麗なお花畑作っといたよ!」
「あ、ああ。ありがとう」
「ルナさん、中への入り方は分かりますよね?」
「ええ」
「それで出方なんですけれど、一応見印として木の側に絵を一枚置いてあります。そこから戻れる様になってますよ」
「木の側の絵ね……分かったわ」
ルナさんはシャルさんに手を引くと絵の側へと寄るとそれに手を伸ばした。
「ちょっと見てみるわね」
「双子ちゃんの感性を見るのが楽しみだよ!」
二人は霧散し絵の中へと入って行った。残された私達は椅子へと座り、机に用意されていたお茶をカップに注ぎ、一息つく事にした。一口お茶を飲んだところでシーシャさんが口を開いた。
「ところでヴィーゼ、プレリエ、少しいいか?」
「えっ、何ですか?」
「どしたの?」
「実は二人はあっちに行ってる間にシャリーナ達に見せてもらった物があるんだが、少し見てくれるか?」
そう言うとシーシャさんは席を立ち、工房の奥へと歩き始めた。私とプーちゃんも急いでその後を追いかけていくと、やがてシーシャさんはまだ何も彫刻されていない石が並んでいる場所で立ち止まった。シーシャさんの前には布が被せられた何かが置かれていた。
「これだ」
シーシャさんの手によって布が捲られると、そこには錬金釜があった。大きさなどから考えても錬金術に使う物に間違いなく、中には掻き混ぜ棒が立て掛けられていた。私達が持っている物とほとんど見た目は同じだったが、少し違ったのは表面に何かの紋様の様なものが彫ってある事だった。
「これって錬金釜じゃない?」
「うん……ルナさんが使ってた物かな」
「どうもそうらしい。さっきルナからこっそり教えてもらったんだ。先生から譲ってもらったと言ってたな。シャリーナはここにこれがあるのは知らないらしい」
「でもどうしてシーシャさんに?」
「それがな……」
シーシャさんは屈みこむと紋様を指差した。
「ルナはどうもこれが気になってたらしいんだ」
「その模様がどうかしたの?」
「どうやらルナ達が言ってた先生という人物の手帳に、これと同じ様な模様が書かれていたらしいんだ」
同じ紋様が……。考えられるのは何かの暗号だけれど、でもそうだとしたら何の暗号なんだろう? わざわざこうやって釜に彫る様な意味があるって事? そうだとしたらこれの意味っていったい……。
「何か知ってるか?」
「いえ……何かの暗号ですかね?」
「私は古代文字の一種かとも思ったんだが、自分の知識の中には無くてな」
「ただ飾りとかじゃないの? 意味は特に無かったりとか」
「その意見も捨てきれないが、ルナはどうも気になってるらしんだ。先生とかいう人物の手帳に書かれていた物と同じらしいし、何か意味があるんじゃないかとな」
手帳にも書いてあったって事は何かの文字の一種の様な気がするけれど、でも何とも言えないなぁ……。もしかしたら本当にプーちゃんが言ってるみたいにデザインとか飾りの類なだけかもしれないし……。
「んー……一応メモしとく?」
「そうだね。後でシップジャーニーの資料室に行って調べてみよう」
「そうしてくれると助かる。ルナも知りたがってるみたいだったからな」
私はシャルさんから貰っていた展覧会の広告の裏にその模様をメモした。時折全く同じ形のものもあり、ますます文字にしか感じられなくなった。
全てを書き終えた私は広告を折りたたんで仕舞った。それと同時にシーシャさんは再び布を被せ、釜の姿を隠した。
「そろそろ戻るか。シャリーナに感づかれたら質問攻めに会いそうだ」
「そ、そうですね」
「んー……模様なだけだと思うけどなぁ……」
私達が絵画のある場所へと戻ると、丁度そのタイミングで二人が戻って来た。シャルさんは酷く興奮した様子だったが、すぐに絵の具の匂いを嗅ぎ、落ち着きを取り戻した。
「いやぁ凄かった! 特にあの遺跡みたいなのはいいね! センスの塊だ!」
「二人共ありがとう。凄くいい場所だと思うわ」
「あ、ありがとうございます。それじゃああの机の辺りにお手紙を置いてもらえますか?」
「ええ」
ルナさんは慌ただしく紙やペンを取りに行くと机の方へと戻り、何かを描き始めた。どうやらシュトゥルムさんと出会った場所をモチーフにしたあの遺跡の様な場所を気に入ったらしく、記憶を基にスケッチしている様だった。
「シャリー少し落ち着きなさい」
「そうはいかないよ! あの場所、凄いセンスだ! 参考にしたい!」
「……ごめんなさいね。あの子、あの場所を見た時からずっとあの調子で……」
「い、いえいいんです。あの、ルナさん……」
「何?」
「……紋様の事ですけれど、何か分かったらこちらからお手紙をお出ししますね」
「……ええ、ありがとう。こっちも一週間おきに手紙を出すわね」
「はい」
私達が話し終えたのを見たシーシャさんは口を開いた。
「そろそろ戻るか? あまり遅くなっても良くないだろう」
「あっ、そうですね。それじゃあルナさん、また!」
「じゃあねルナ姉!」
「ええ、またね」
私達は凄まじい勢いでスケッチをし続けているシャルさんの所へと移動し、少しその勢いに気圧されながらも声を掛ける。
「えっと……シャルさん、私達そろそろ帰りますね?」
「……もう帰るの?」ペンを持つ手がピタリと止まった。
「は、はい。いつ出港するかも分からないですし、お父さんも心配してるかもしれないので」
「そっか……。まああの絵で会おうと思えば会えるかな。じゃあ気をつけてね?」
シャルさんは私達三人を順々に抱擁すると外に出るまでの間、ルナさんと共に見送ってくれた。
外へと出た私達は様々な場所でシャルさん以外の人、恐らくルナさんや他の芸術家の人達によって作られたと思しき作品が、シャルさんの作品と一緒に飾られたりしている様子を見ながら帰路についた。船に乗る前には砂浜を見たが、最早そこにはかつての星の様な煌めきは存在していなかった。どこにでもある、普通の綺麗な砂浜になっていた。
「変わっちゃったね」
「うん。でもこれが本当の姿なんだと思う。私はこのままでも十分綺麗だと思うな」
「そうだね。これだって綺麗!」
船へと乗った私達は各々の部屋へと戻って行った。お父さんはまだ戻っていない様だったので、今の内に資料室に行って調べてみる事にした。
既に戻ってきている事を伝える書置きを残した私達はあのメモを持って資料室へと足を踏み出した。




