第64話:混ざり合う純血
外へと出た私達は街のあちこちを見て周った。ちょっとした食事を露店で済ませ、ふとシャルさんと出会ったあの広場に行ってみると、私達が見た月の様なオブジェクトの横に星を模した様な形の作品が隣り合っていた。それは以前見た時には間違いなく存在しなかった物だった。しかし、別に気に留めるべき物ではないと感じた。これが間違いなく彼女達の姉妹の形なのだろうから。
「ヴィーゼ、それでどうすんの?」
「えっとね、まずは、だよ……最初にキャンバスと筆を手に入れないといけないかな」
「ヴィーゼが言ってた事が本当なら普通のやつでいいんだよね?」
「うん。ルナさんが錬金術を使って作ってたのは、多分購入履歴とか目撃証言からシャルさんにバレるのを防ぐためだったんだと思うの」
「てことは、そこら辺の店で買えばいいのかな?」
画材を売っている店は見て周っている間にいくつも見た。ここは芸術家の人が沢山居る街だから、そういった物はいくらでも手に入りそう。お金も多少はあるし、一から作るよりも買った方が早いかも。船がいつ出るのかもはっきりと分からないし、キャンバスも筆もどれくらいで調合出来るかも予想出来ないし……。
「ヴィーゼ、どこで買うんだ? そういった店はそこかしこで見るが……」
「そうですね……なるべく安い所がありがたいですけれど……」
「んー……どうしよっか? 見て周る?」
「そうだね。ちょっと大変かもだけれど、それが確実かも」
私達は確実性を求めて今までに自分達が見付けた画材店を一つ一つ見て周った。どの店も品揃えはそこそこ良かったが、やはり専門店という事もあってかどこもそれなりの値段がした。買えない値段では無かったものの、なるべく安く済ませたかった私は中々決められなかった。
最後に目撃した店から出る。
「うーん……」
「ヴィーゼェ、結構高いんだね筆とかって……」
「うん……どの店もあんまり変わらない感じだったし……」
「しかしどうする? これくらいしか見ていないぞ? 他の店を今から探すか?」
「うーん……最悪シャルさん達が工房に戻ってくるまで待って、工房にある物を借りるっていうのも手かなって思ったんですけれど……」
その時、聞き覚えのある音色が響いた。音がした方を見てみると路地の壁にもたれる様にしてミーファさんが立っていた。
「あっ、ミーファさん」
「やぁ、お困りみたいだね?」
「ゲェ~……下手下手詩人じゃん……」
「どうしたんだミーファ?」
ミーファさんはポケットに手を突っ込むと中から布製の包みを取り出すとこちらに向けて放った。シーシャさんはそれをしっかりと受け取ると、一瞬包みを見てすぐにミーファさんに視線を戻した。
「……どういうつもりだ?」
「ボクからのちょっとしたプレゼントさ」
「何なのか知らないけど、あたし下手下手詩人からは受け取りたくないんだけど~」
「ちょっとプーちゃん!」
「まあボクの事を嫌いならそれでも構わないよ。ただボクとしては借りを返しておきたいんだ。それがその一部さ」
「ミーファ、これはお前の物だろう。何なんだ」
ミーファさんは私達の後ろにある店に顎をしゃくる。
「必要なんだろう? 理由は聞かないけど」
「えっ、もしかしてその中身……」
「ミーファ、別に金が無い訳ではないんだ。これは受け取れない」
「君も頑固だねぇ。いいから使いなよ。ボクも借りを作ったままだと嫌なんだ」
「……ヴィーゼ、どうする?」
「え、えっと……」
ミーファさんの顔を見る。目が合うとこちらに小さく頭を下げて微笑んだ。
実際ミーファさんは私達に借りがある。だけれど、別に見返りを求めて手伝った訳じゃない。それに……下手をすれば本当に正しい事をやったとは言えないかもしれないんだ。それなのに、受け取ってしまってもいいのかな……。
そう考えているとプーちゃんはつかつかと歩いていき、シーシャさんが持っていた包みを掴む。
「……これで貸し借りは無しにしよ」
「いいのかい? ボクとしてはまだ返しきれてないんだけど」
「あたしは下手下手詩人に借りを作りたくないの」
「ふふっ、分かったよ。それじゃあ、そうしよう。これで終わり」
「……ありがと」
プーちゃんはプイッと顔を背けると包みを持ったままこちらに歩いてきた。私の手の上にその包みが置かれ、ずっしりとした重みを感じた。いったい中にどれだけの量が入っているのだろうか。
「あの、ミーファさん。ありがとうございます」
「いいんだよ。君達にはお世話になったからね」
ミーファさんは私達に別れの挨拶をすると広場の方へと歩いていき、人混みに姿を消した。やがて人混みの中からは楽器の音色が聞こえ始めた。
「さっ、ヴィーゼ。お金もあるし、行こ?」
「う、うん。大切に使おうね」
「どの店にするんだ? まあどこもあまり変わらないが……」
ミーファさんから貰ったお金を持って、私達はさっき出てきたばかりの店の中に再び入ると、そこで売られていた大きめのキャンバスと筆を一本購入した。今までにこういった物は買った事が無かったため、実際に持ってみると意外と重たかった。
買い物を終えた私達は店を出ると、船へと向かって歩き出した。最初は私一人でキャンバスを持っていたものの、あまりに重そうな顔をしていたのかシーシャさんが変わってくれた。キャンバスを持ったまま港を歩いていると、流石に怪訝な顔で見られた。普段こちら側に画材を持ってくる人はそこまで居ないのだろう。
「シーシャさん、大丈夫ですか?」
「ああ。問題無い」
「ヴィーゼ、多分ヴィーゼが力無いだけだと思うよ?」
「えっ!? そ、そうなのかな……?」
「うん。だってこれ木と紙だよ?」
「ま、まあそれはそうだけれど……」
「ねぇシー姉、ちょっと貸して」
「気をつけるんだぞ」
そう言ってシーシャさんがプーちゃんにキャンバスを渡した。一瞬バランスを崩しはしたものの、プーちゃんはすぐに安定した形で持ってみせた。
「ね?」
「うん……そうだね」
「ヴィーゼはもうちょっと鍛えた方がいいよ?」
「プレリエは鍛えてるのか?」
「ううん。あたしは何もやってない」
プーちゃんは昔から活発な子だったし、まあ意識して鍛えなくてもそれなりに力があるんだろうね……。私は家に居る事が多かったし、プーちゃんと比べると力は弱くもなるか……まさかここまでだとは思わなかったけれど……。
やがて私達は船の中に入り、各々の部屋へと戻った。シーシャさんはまた外に出る時になるまで、少し部屋で休むつもりらしかった。そもそもまだ怪我が完全に塞がっている訳でもないのだから、むしろ付いてきてくれているだけありがたかった。
「よっし! じゃあ調合やろっか!」
「あっうん。ちょっと、待ってね。先にレシピ書かないと……」
「レシピって……これそんなに難しい物じゃないんでしょ?」
「それはそうだけれど……ちゃんと記録は取っておかないと」
私はささっとレシピ集の空白になっているページに今回作る事になる物のレシピと今までに作って来たオリジナルの道具のレシピを記入した。時間がある内に書いておかなければ、また書くタイミングを逃しそうだった。
書き終えてプーちゃんの方を見ると既に釜に火を点けて準備をしてくれていた。
「……よし、これでいいかな。お待たせプーちゃん」
「終わった? じゃあやろっか」
「うん。まずは、だよ……キャンバスと筆をこの中に入れてね」
「はいはい。ひょひょいっと……」
「それで次が……」
私は鞄開けると中から護身用に持っていたナイフを取り出した。
「えっとヴィーゼ?」
「うん?」
「あのさ……本当に血じゃなきゃダメなの?」
「もしかしたら他の物でもいいのかもしれないけれど、でも確実に成功させたいし……」
「ヴィ、ヴィーゼ……これあたしもやらなきゃダメ?」
「うーん……あの絵にはルナさんの血が使ってあったんだし、多分プーちゃんの血が入らなかったら、プーちゃん自由に出入り出来ないよ?」
私はナイフを抜くと、刃先を左手の人差し指をちょんと刺し傷付ける。血が泡の様にぷくりと顔を出した。私は多少の痛みを感じながら、釜の上に左手を伸ばすと親指で人差し指を少し押し、血を釜の中へと絞り出した。
「プーちゃんが嫌ならどうしてもとは言わないよ。無理にしなくてもいいし……」
プーちゃんは少し青ざめていたが、やがて自分でナイフを持つと私と同じ位置に傷をつけようとしていた。しかし手が震えており、そのまま放っておけば下手すれば指をざっくりといってしまいしまいそうだった。
「プーちゃんストップストップ!!」
私は慌てて止めに入り、ナイフを取り上げた。取り上げた後も右手はカタカタと震えており、とても自分で出来るという雰囲気では無かった。
「ご、ごめんヴィーゼ、あたし自分じゃ無理かも……」
「いいんだよプーちゃん。私一人でやるから……」
「い、いやっ! あたしもやる! で、でもさ……! あたし一人じゃちょっと出来そうにないから手伝ってくれないかな~って……」
「プーちゃん本当に無理しなくていいよ? お手紙を受け取るための絵を作るだけなんだから」
「やだよ! あたしも自由に入りたい!」
何でそこまで拘るんだろう……別に私達までルナさんがやってたみたいな幻を作る力が使えるとは限らないのに……。でも、この子の事だし、多分説得するのは難しいよなぁ……。
「わ、分かったよ。じゃあ、手出して?」
「う、うん」
プーちゃんは恐る恐るといった様子で左手をこちらに出した。私はその手を掴むと、動かない様にプーちゃんの左腕を左脇で挟み、その手に向けてナイフの刃先を向けた。
「い、いくよ?」
「う、うんっ……!」
私はなるべく必要以上に傷付けない様にとゆっくり刃を動かし、プーちゃんの左手人差し指にチクリと刺した。一瞬プーちゃんの体がビクリと跳ねたものの、腕を抑えていたため余計な怪我をさせる事は無く、何とか血を出させる事に成功した。
「プ、プーちゃん、大丈夫……?」
「う、うん……平気……」
明らかに平気ではない表情をしていたが、プーちゃんは釜の前に立つと私の真似をする様にして血を垂らし始めた。私もそれに並んで同じ様に血を落とす。時間が掛かるやり方ではあるものの、下手にざっくり切って死んでしまっては元も子も無いため、安全策としてこうするのが一番だと感じ、このやり方をする事にした。
30分程掛けて血を垂らし続けた私達はようやくその作業を終えた。すぐに鞄に入れていた応急処置用の箱から包帯を出し、それぞれの指に巻く。この程度の傷なら放っておいてもいいのかもしれないが、念には念を入れておきたかった。
「ふぅーっ……し、死ぬかと思った……」
「大袈裟だなぁ……」
「ヴィーゼ、こういう所は妙に強いよね……」
「いや……ちょっと傷を入れるだけでしょ? そんなバッサリ切る訳じゃないんだから……」
「そりゃそうだけどさぁ……」
私は全ての工程を終えた事を確認し釜の蓋を閉める。私の計算が正しければ、大体30分もあれば完成する予定だった。
「はぁ……これでいいんだっけ?」
「うん。ただ、最後にシャルさんかルナさんの力がいるかも」
「どういう事?」
「今私達が血を入れたのは、絵の中に自由に出入り出来る様にするためなの」
「うん。それは分かってるけど……」
「完成した絵に私達が自由に出入りしたりする事は出来るよ。だけれど、それだとシャルさん達からのお手紙を絵の中に入れられないでしょ? だから完成した後に、シャルさんかルナさんの血を絵に付着させる必要があるんだ」
「待ってよそれだと……またステラ姉かルナ姉が代償を……」
「ううん。それは無い。絵を作ったのは私達だから、何かあるとしてもあの二人には何も起こらないよ。ちゃんとその辺は計算して作ってるから、安心して」
プーちゃんはやや不安そうな顔をしていたものの、私の計算を信用してくれたらしく「分かった」と頷いた。
私達に流れてるのが本当に水の精霊の言う『純正の血』だとしたら……きっと私達には何も代償は発生しない筈。それにシャルさん達には少し血を付けてもらうだけでいい。私達の血の方が多く使われてるから、絵をコントロールする力は私達の方に生まれる筈。問題無いよ、計算はばっちりなんだから。
私は30分も経てば丁度お昼過ぎくらいになる事を確認し、絵が出来るまでの間プーちゃんと待機する事にした。




