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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第7章:ペーパームーン まやかし
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第59話:月明かりに酔わされて

 気が付くと私はいつの間にかある街中に立っていた。それは私やプーちゃんがよく知っている街……私達が生まれ育ったヘルムート王国の街だった。建物も木々も全て何もかも見覚えのある、懐かしい街並みだった。


 そうだ……私、お家に帰らなきゃ……。


 私の頭に最初に浮かんだのは家に帰るという選択だった。何もおかしな事なんてない。ここは私が生まれ育った街なんだ。何も変じゃない。家に帰りたいと思って何がいけないのか。

 私は妙に軽くなった足取りで見知った道を歩いた。街往く人々はどれも見知った人ばかりで、私を見ると笑顔で挨拶をしてきた。私もそれに今までの様に笑顔で返す。


 日が沈み始めた……早く帰らないとお母さんに怒られちゃう……。


 いや……お母さんはもう居ないんだっけ……あれ? でも何で私ここに居るんだろ? 私、プーちゃんと一緒に家を出て、お父さんを追いかけて、それから……。


 鈍く働く頭の中であれこれと考えていると、いつの間にか家に到着していた。私の手は吸い込まれる様にしてドアノブへと伸び、我が家の中へと入って行く。


「おかえりなさい」


 お母さんだった。私の前にはお母さんが居た。私のよく知る、綺麗な栗色の長髪をしたお母さんが優しい笑顔で目の前に立っていた。例え目を擦っても、その姿が消える事は無かった。


「えっ……何で……」

「どうしたのヴィーゼ?」

「えっ、えっ……だってお母さんは……」

「もう……何で泣いてるの?」


 お母さんは私の側に近寄るとハンカチで私の頬を拭った。その感触はとてもリアルであり、夢などではないと確信させる程だった。

 何故お母さんが居るのかと困惑しているとお母さんの細くて綺麗な手は私の頭に伸ばされ、髪の流れに沿う様にして優しく撫でた。


「プレリエから聞いたわよ。今日は一人で採取に行ったんだね?」

「えっ……あれ……?」


 手元を見てみるといつの間にか私の手にはかごが握られており、その中には様々な植物や鉱物、その他様々な素材が入っていた。

 そう、だ……プーちゃんがいつもは採取に行ってくれてるんだ。だから偶には私がやるよって言って……それで家を出てたんだった……。


「えっと、プーちゃんは?」

「ふふっ、あの子ね、ヴィーゼを送り出したはいいけど心配になっちゃったらしくて、ずっとそわそわしてたのよ? でも疲れちゃったみたいでね、今はベッドで寝かせてる」


 そう言われてベッドを見てみると確かにその上ではプーちゃんがすやすやと寝息を立てていた。しかし私が視線を向けてから数秒後、突然パチリと目を覚まし、ベッドから跳ね起きるとこちらへ駆け寄って来た。


「ヴィーゼ!!」

「あっプーちゃんっ!?」


 私は勢いよく胸に飛び込んできたプーちゃんの力に押され、バランスを崩して尻餅をついてしまった。


「遅いよ! もう夕方じゃん!」

「ご、ごめんね……ちょっと色々選別してたら遅くなっちゃって……」

「もうヴィーゼは一人で行くの禁止! 今度からは行くんならあたしと一緒に行くの! いい!?」

「う、うん」

「ふふっ、はいはい二人共、そろそろお父さんが帰ってくるからご飯の支度するわよー」


 お母さんにそう言われた私達は籠を片付けると三人揃って台所へと向かった。お母さんは人参等の野菜を切り始め、私は塗り火薬を使って火を起こし、お湯を作ろうとしていた。何となくお母さんの方へ目を向けると、プーちゃんがお母さんの隣に立ち、包丁の使い方を教わっている様だった。


「プーちゃん?」

「ん、どしたの?」

「えっプーちゃん確かその……前に料理失敗した時から、もうやりたくないって言ってなかったっけ……?」

「はー? 何言ってるのヴィーゼ? あたしそんな事言ったっけ?」


 あれ……言ってなかったっけ? お家を出てからメルヴェイユでルーカスさんから部屋を借りた時に久し振りに私と一緒に料理をしてた筈……。いや……そもそもメルヴェイユってどこだっけ? ルーカスさん人、知り合いに居たかな……?


「ねーお母さん。あたし言ってないよねそんな事」

「えっと~そうね。言ってないと思うんだけど……」

「……えっと、ごめん。私の勘違いかも」


 妙なしこりを感じつつも私は水を煮る作業へと戻った。

 さっきのは気のせいかな。まあよく考えてみれば、お母さんと一緒にやって、プーちゃんが失敗する筈ないもんね。失敗しそうになったらお母さんが指摘する筈だし。私何であんな事言っちゃったんだろ。

 そうして調理を進め、料理が出来上がり始めた頃に鍵が開く音が聞こえ、ドアを開けてお父さんが帰って来た。プーちゃんは我先にと駆け出し、お父さんに飛びついた。


「うわっ!? っとと、ただいまプレリエ」

「おかえりっ! ねーねお父さん! もうご飯出来るよ! あたしね、お母さんとヴィーゼと一緒に作ったんだ! ねっねっ、ほら早く食べよーよ!」

「ああ、うん……分かったよ」お父さんは困った様な表情でプーちゃんの頭を撫でる。

「おかえりなさい。今日は早かったのね」

「うん。まあ今日は長引く仕事じゃなかったしね」


 私の目の前には家族の団欒が広がっている。私のよく見知った家族の暖かい団欒……それに混ぜてもらおうと歩み寄る。


「おかえりお父さん」

「ああヴィーゼ、ただいま。三人で作ってくれたんだって? ありがとう」

「う、うん」


 気が付けば頬に涙が伝い、雫となって床へと落ちていた。突然涙を流した私を見てお父さんもお母さんも驚いた様子だった。プーちゃんは驚きはしなかったが、少し心配している様な顔をしていた。


「ど、どうしたんだいヴィーゼ?」

「どこか怪我でもしたの?」

「どうしたのさヴィーゼ? も、もしかしてお父さんとぎゅってするの先が良かった……?」


 これだ……これなんだ……私が欲しいのはこれなんだ……皆で一緒に暮らす……これだけでいいんだ。


「ううん。何でもないよ。目にゴミが入っちゃっただけ」


 目を擦り笑顔を向ける。果たして私の嘘がどこまで通じるものなのかは想像も出来ないが今の私にはそれが精一杯だった。

 何とかその場を取り繕った私は「ご飯早く食べよう」と皆を食卓へと向かわせた。お母さんと一緒に机に料理を並べていき、全て並べ終えると全員で席について食事を開始した。どれもこれも当たり前ではあるが美味しい味で、これからもずっと食べたいと思える味だった。

 食事をしながら談笑をしている際中にふと窓を見ると、外には綺麗な三日月が昇っていた。そこから差す月光は窓から私達の家の中へと入り込み、家の中を美しく彩ってくれた。


「綺麗な三日月……」

「どしたのヴィーゼ?」

「ほらプーちゃん見て。綺麗なお月様だよ」窓の外を指差す。

「……何言ってんの?」

「えっ?」

「あのさヴィーゼ、ここから月が見える訳ないじゃん。まさかお月様がここまで沈んできたとか言う気?」


 あ、れ……? そうだ、プーちゃんの言う通りだ。ここは一階……ここにある窓からお月様を見ようと思ったら窓の側まで寄らなきゃいけない。この椅子に座ってて見える筈がない。でもそれじゃあいったい……今私の目に見えてるのは何……?


 月明かりがまばゆく差し込む。



 わたしはプーちゃんにちゅういした。


「プーちゃん髪ちゅーちゅーしちゃ、めっ! だよ」

「んー……!」


 わたしがちゅういしたのにプーちゃんはかみをすうのをやめようとはしないで、むくれたかおですいつづけた。


「おかーさんにまた怒られるよ!」

「おしおきだもん! お母さん怒んない!」

「おしおきって何の事なの……? 私何かした?」

「ヴィーゼだけ調合褒められてずるい! あたしも頑張ったもん!」


 どうやらプーちゃんがおこってるのはわたしだけがちょうごうのときにほめられたからだった。プーちゃんはちゃんとはからずにやるから、おかーさんはほめなかったんだとおもうけれど……。


「ヴィーゼだけずるいー! あたしもじゃなきゃやーっ!」

「私はプーちゃんも頑張ってたと思うよ? お母さんだってきっとプーちゃんに、えっと……期待してるんだよ、だから厳しくしたんだよ」


 プーちゃんはかみをすうのをやめてはくれたものの、かわらずむっとしたかおのままだった。


「ね、プーちゃん。私仲直りしたいな」

「……」

「プーちゃん、仲直りしよ、ねっ?」

「ん……」


 プーちゃんはほっぺにチューをして、わたしはプーちゃんのほっぺにチューをした。いつものわたしたちのなかなおりのあいず。おかーさんもいってた。かぞくだから、チューしたらなかなおりって。

 わたしはプーちゃんといっしょにまどぎわにいく。おそとにはおっきくてきれいなおつきさまがでてる。おかーさんがいってたっけ。たしか、『はんげつ』っていうらしい。


「お父さん遅いね……」

「お父さんお仕事だからしょうがないよ。お母さんもうすぐ依頼終わって帰ってくるから大丈夫だよ」

「うん……」


 あれ? おつきさまってあんなにおっきかったっけ? たまにおっきくなることもあるっておかーさんがいってたきもするけれど、でもでも、あんなにおっきくなるのかな? いっつもよりもぜんぜんおっきいきがする。


 おつきさまがまぶしい。



 くらい。まっくら あったかい おかーさん。 みえない。いる。すぐそばに、ずっといっしょに。て、ふれる。ゆび、にぎる。おなじ て。まんまるおつきさま ある。おかーさん、なか。あったかい ずっとここがいい。おかーさんの なか。おつきさまもあって。


 違う……違う違う違う! そんな訳ない! 私は、私はもう十五歳なんだ! お母さんのお腹の中に居るなんてありえない! お母さんはもう居ないんだ! どこに居るのかも分からないんだ! 人間の身体の中に月があるなんてありえない! そんな訳ない!


 私は自分の物とは思えない程、勝手の悪い体を動かしてもがいた。狭くて目も見えないが、それでもどこに何があるのかは感覚的に理解出来た。私の足元やや斜め前、プーちゃんの頭の斜め前、つまりお互いの足と頭の間に位置する場所にそれはある。月に見せかけた何かが……。

 私は力の限り足を引き、それに向かって蹴りを放った。足先には何も当たった感触はなかったものの、それでも足がそれに命中したという確信は持てた。位置的に当たらない筈がないのだ。


「……!」


 恐らく声になっていない声を上げた。

 世界はぐるぐると渦を巻く様に回転し始める。私はそれに引きずり込まれる様にして抵抗も出来ずどこかに流された。


 月明かりはもうない。



 はっと目を覚ますとあの美術館の床の上だった。側ではシャルさんがあの白い絵の前で歩き回り、何やら考え込んでいる様子だった。しかし、私に気が付くとすぐに駆け寄ってきた。


「ヴィー! ああ、良かった……」

「シャルさん、私いったい……」

「あの絵が持つ力に引き込まれたんだと思う。でも、確かあの絵は見る人間によって写るものが違うっていう部分が本質だった筈……」

「私、何か夢でも見てるみたいでした……」

「夢って……でも君はここにいなかったんだよ? 私の目の前で急に霧みたいに消えたんだ。それって本当に夢なの?」


 実際のところどうなのかは分からない。もしかしたら夢とは違う、別の何かなのかもしれない。だけれど、一つだけはっきりと言える事がある。それは、私が見たあれは間違いなく現実じゃなかったって事だ。


「少なくとも現実じゃないと思います」

「おかしいな……そんな力ある筈が……」

「……あれ? シャルさん、プーちゃんとシーシャさんは?」

「君と同じく急に消えたんだ。もし君が言ってる事が事実なら、二人もきっと夢みたいな何かを見せられてるんだと思う」


 だとしたら早く助けに行かないと。私もあのままだったら完全にあの世界に取り込まれるところだった。暖かくて、心配する事なんて何もない。私の望みが叶った世界。皆が居る平和な世界。帰りたくなくなる世界。もしあの二人があの世界に溺れてしまったら、きっと帰ってこれなくなる。私が助けないと。


「私……助けに行きます」

「助けにって……どうやって?」

「……きっとあの世界は全部繋がってるんです。私が見たプーちゃんは何も違和感が無かった。小さい頃から変わってない。感触も匂いも何もかもがあの子と同じだった。きっと私があの世界で見たプーちゃんは本物だったんです」

「まさかもう一回あの世界に行くって意味?」

「はい。あの子が自力で戻れないなら、現実を受け入れられないなら、私が一緒にあの子の苦しみを背負って助け出すべきです。それにシーシャさんも、一人じゃ耐えられない現実なら皆で分かち合えばいい。シーシャさんを助けるのも私達の旅の目的の一つなんですから」


 上手くいく確証はどこにもない。その後どうやってこの絵に対処すればいいのかも分からない。でもだからって何もしないでいいって理由にはならない。私がどうにかしないと、あの二人はもう二度と帰ってこない気がするから。


「シャルさん……シャルさんの目的が分かった気がします。この絵を、壊して欲しいんですよね?」

「……うん。これを壊せばきっとこの街にかけられた幻は消え去る。きっと大混乱になると思う。でも私はそうあるべきだと思うんだ。『真の美しさとは、醜い現実の中にあるものである』」

「何か方法とかあります?」

「何も考えてないよ。迂闊に何かすれば、どんな事をしてくるか予想出来ないんだ。幻覚だけじゃすまないかもしれないし」

「そうですね……じゃあ二人を助けてる間に考えましょう」


 私はシャルさんと共に絵の前に立つ。真っ白なそれは再びその純白の中に何かを浮かべ始めた。シャルさんは私の手を握る。


「付いていくよヴィー。一人で行ったら今度こそ取り込まれるかもしれない」

「そうですね……惑わされそうになったら、どっちかが正気に戻しましょう」

「そうしよう」


 再び私達の身体は霧散し始める。薄れゆく意識の中視界に一瞬映ったのは綺麗な満月だった。

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