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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第7章:ペーパームーン まやかし
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第57話:姉妹の工房

 シャルさんと別れた私達は一休みするためにベンチに座り、体を休めていた。どうやらこの場所は憩いの場の様な役割を持っているらしく、私達意外にも何人もの人々が各々のんびりとした時間を過ごしていた。そんな中私はシャルさんから渡された地図に再び目を通す。


「それ地図だよね?」

「うん。そうみたい」

「何かすっごい描き込んであるね」


 プーちゃんがそう言うのも最もだった。周囲にある建物まで細かく描かれており、彼女の工房を鳥の様に真上の視点から捉えたかの様に描かれていた。植えられている木や、ここからは見えないが恐らく存在しているのであろう川まで恐ろしく精密に描き込んでいた。それだけ複雑に描いてあるにも関わらず、その地図は非常に読みやすいものだった。


「これどうやって描いたんだろう……」

「どういう意味だ?」シーシャさんが答える。

「だってこれ……実際に上から見た事があるとかじゃないと描けないですよ。屋根の質感や坂道の傾斜なんて実際にこう見ないと描けない筈です」

「見せてみろ」シーシャさんは私から手紙を受け取ると一通り目を通し、周りを見渡した。


「一応不可能ではないな」

「え?」

「恐らくだが、彼女は……シャリーナは空間を正確に把握する力があるんだろう」

「空間?」プーちゃんが素っ頓狂な声を上げる。

「私が居たダスタ村にある狩人が居たんだ。彼は一目見ただけで、物の距離や広さを正確に認識出来たらしい」


 そういえば何かの本で見た事がある。私の国に居たある測量士の人は、測量に使う道具を一切使わずに正確な距離を測れたって。何かの冗談だと思っていたけれど、でもシーシャさんの今の話と合わせて見れば事実なのかもしれない。私が単にそういう才能が無いから分からないだけで、実際にそういう力を持って生まれた人がいるのかもしれない。その一人が、さっきのシャルさんなのかも……。


「あくまで可能性の話だがな」

「いえ、もしかしたら本当にそうなのかも……」

「それか、ホントに何か凄い方法使ったとかかもね!」


 プーちゃんの言う他の方法という言葉が少し引っ掛かったが、いくら頭を働かせてもその答えが出なさそうだったので素直に諦め、シーシャさんの言う様に空間を正確に認識する力に長けているという結論を出した。

 その後、しばらく休んだ私達は一度シャルさんの工房を見ておこうと立ち上がった。少し小腹が空いていたので近くの露店で売っていた食べ物を一つずつ買った。小麦粉を使った生地に様々な物を挟んで食べるという物だった。私は野菜をプーちゃんはチーズをシーシャさんはハムを挟んで食べた。小腹を満たすには程良い量であり、味も満足のいくものだった。



 しばらく歩き続け、ようやく地図に描いてあった工房へと辿り着いた。住宅街から少し外れた川の近くにその工房は建っており、その見た目はこの街で見かけた他の建物と比べてもかなりな奇抜だった。

 外壁は様々な色のペンキが不規則な形で塗りたくられており、芸術に詳しくない私にはただ適当に塗った規則性のない落書きの様にしか見えなかった。工房の周りには木が植えられていたが、その周囲には乱雑な配置で様々なオブジェクトが置かれていた。恐らくシャルさんが作った物であり、あの広場で見た月の様なオブジェ以上に不可解な形で理解に困難を極める物ばかりだった。


「これは……凄いな」

「え、ええ。何というかその……個性的って感じですね」

「だね。でもなかなかイカしてない?」


 プーちゃんのセンスがシャルさんと似ている事に少し納得しながら、私は工房のドアをノックした。中からは何の反応も無く、作品制作に集中しているのだろうかと思っていたが、少しすると走る様な音が聞こえ、ドアが開かれた。


「おー! 来てくれたんだね! 思ってたよりも来るのが早かったけど、でもそんな事はどうでもいいんだ! ささっ入って入って!」

「あ、あの……来ちゃった私がこんな事言うのもなんですけれど、作品とか作らないといけないんじゃ……」

「いーのいーの! 姉さんは頭が固すぎなんだよ。彫刻用の石より固いよあれは。今私はそういう気分じゃないんだよね」

「は、はぁ……」

「さっほら遠慮とかいいから! 『遠慮は必要である。しかし行き過ぎれば侮辱である』。ほら早く!」


 私達はシャルさんに促されるままに工房の中へと招き入れられた。中は外観通りの広さであり、どこかノルベルトさん……今はリチェランテさんだが、彼が使っていた工房を思い起こさせた。至る所に彫刻や絵画などの作品が置かれており、そのどれもが美しくそれでいて奇抜だった。そして工房の奥に行かれている机の側にはルナさんの姿があった。背を向けており、こちらにはまだ気が付いていない様だった。


「シャリー、誰だったの?」そう言って振り返ったルナさんの目が一瞬揺らぐ。

「あ、え、えっとすみません。お邪魔ですよね……?」

「そんな事ないってば! 丁度行き詰ってたんだ、ちょっと待っててよ」


 シャルさんは困った様子のルナさんを無視するかの様に机の上に置いてあった何かの資料や設計図を乱雑に近くの棚に収め、机をこちらへと運んできた。机にはこびり付いた絵の具や彫刻刀で出来たものと思われる傷が随所に残っていた。そのどれもが偶然付いたものというよりは、意図的に付けられたものに見え、少しぎょっとした。


「さぁさほらほら座って!」シャルさんは椅子を人数分持ってくると机を囲う様に配置した。

「あのシャルさん、本当は忙しいんじゃ……」

「そう思ってるのは姉さんだけだよ。姉さん! ちょっと休憩しようよ!」


 シャルさんがそう言うとルナさんは小さく溜息をつき、諦めた様な顔をして工房の奥に見える階段へと上って行った。


「ステラ姉、ルナ姉上行っちゃったよ?」

「お茶取りに行ったんだよ。私達、ここの二階に住んでるんだ」

「二人で住んでるのか?」

「うんそう。姉さんと二人」

「両親は居ないのか?」

「シーって結構ずけずけ聞くんだね。そういうのも素敵だよ。『真に重要なのは生まれではない、育ちである』」

「……どういう意味だ?」


 シャルさんがシーシャさんの問いに答えようとした時、丁度ルナさんが上から戻って来た。手に持っているお盆にはティーポットやカップ、皿に盛られたクッキーなどが乗っていた。シャルさんの意識は既にそっちへ向いてしまったらしく、シーシャさんの問いに答えそうには無かった。


「あんまり大した物は置いてないけど、ごめんなさいね?」

「い、いえすみません……勝手にお邪魔しちゃったのに……」

「いいのよ。私もちょっと……休憩するべきなのかもしれないし」

「そうそう。姉さんはもっと気楽に生きなよ」そう言うとシャルさんは皿から一枚クッキーを取り、口に運んだ。

「こら、行儀悪い!」

「はいはい……」


 何ていうか……シャルさんって見た目はすっごく綺麗な人なんだけれど、こういう所はちょっと残念な人だなぁ……。別にそれが悪いって訳でも無いし、むしろそういう所が親しみやすい人でもあるんだけれど……。

 そんな事を考えている間にルナさんによってカップにお茶が入れられ、それぞれに配られた。配り終えたルナさんは開いている席、シャルさんの隣に座った。


「どうぞ、召し上がれ」

「あっはい、いただきます」

「ありがとルナ姉!」

「悪いな」


 私達がそれぞれお茶を口にするとシャルさんは前髪を捩じり始めた。


「ところでさぁ、二人はどこから来たの?」

「えっ?」

「シーは自分で森の中にある村から来たって言ってたよね? でも二人は? 出身違うでしょ?」

「シャリー、シップジャーニーの方じゃないの? 今港に来てるんでしょ?」

「それは無いよ姉さんそれは無い。よく見なよ。双子ちゃんはもう年齢的には14くらいはいってる筈だよ。あそこの出身ならもう既に仕事を手伝ってる筈だ。それならこんなにぷにぷにじゃないよ」


 シャルさんは体を乗り出し、クッキーを食べていたプーちゃんの二の腕辺りを軽く摘まんだ。プーちゃんは特に気にしている様子も無く、頬をもぐもぐと動かしていた。


「よく見てるわね本当……」

「姉さんは観察力が無さすぎだよ。もっとよく注意して見ないと」

「シャリーが見過ぎなだけだと思うけど……」

「……で、どこから来たの?」

「えっと……」


 私は特に隠す理由は無いと考え、ヘルムート王国から来た事を伝えた。しかしシャルさんはその名前に特に反応を示す事は無く、更に質問をしてきた。


「……理由は?」

「えっ!?」

「理由だよ。『万物には全て理由がある。理由無き行動など、存在しないのである』」

「それ、は……」


 自分が迂闊に答えたばっかりにあまり言うべきではない事まで聞かれてしまい、動揺してしまった。疑いたくはないものの、シャルさん達に本当の事を言っても大丈夫なのだろうかと確信が持てなかった。


「すまないがシャリーナ、こっちにも事情があるんだ」

「言えない事情?」

「コラッ、シャリー!」

「言えない様なやましい事してるの?」


 シャルさんはこちらを真っ直ぐに見つめてきた。その美し過ぎる瞳は、まるであらゆるものを見抜けるかの様にキラキラとしており、迂闊に目を合わせれば自分の中の全てが見られてしまうのではないかと思う程だった。応えようにも喉が詰まったかの様に声が出なかった。


「まっいいか」シャルさんは乗り出していた体を元の位置に戻す。

「え、えっ?」

「そんなに綺麗な目をしてるんだから、悪い事なんてしてる訳ないよ」

「な、何でそんな言い切れるんですか?」

「『物事は多角的な見方がある。どれかが絶対的に正しいなどという事は無い』だね」

「シャリー的には悪い事をしてる目じゃないって言いたいんだと思うわ。多分……」


 シャルさんはルナさんの方を一瞥すると微笑んだ。


「姉さんも分かる様になってきたね」

「一緒に居れば嫌でも分かるわよ」

「その調子だよ姉さん……感性をもっともっと……」

「ところで二人は錬金術士なのよね!?」ルナさんはシャルさんの言葉を無理やり遮ったかの様に私達に話しかけて来た。

「え、ええ」

「それがどうかしたの?」

「えっと……錬金術ってどんな感じなのかしら? ほら私、そういうのは知識が無いから……」


 ルナさんのその態度は明らかに嘘をついているものだった。特別自分の観察眼が優れているとは思ってはいなかったが、それでも彼女のあからさま過ぎる反応はそうとしか思えなかった。

 シーシャさんも同様に思っていたのか、目つきが少し鋭くなっていた。恐らくリチェランテさんという前例が居たからだろう。


「どんな感じって言っても難しいなぁ……材料ドーンって入れて、棒でぐるぐる~ってして、蓋閉めてグツグツ~ってして、そしたら完成! みたいな?」

「プーちゃんそれじゃ分かりにくいって……えぇっとですね……まずはそれぞれの道具に必要な材料を集めてきてですね……」


 プーちゃんの直感的過ぎる説明を補うために代わりに話していると、そこにシャルさんが割り込んできた。


「姉さん、お茶もう無いよ」

「えっ! あ、そうね……じゃあもう一杯分淹れてきましょうか」


 そう言うとルナさんはティーポットを持ってやや急ぎ足で階段を上って行った。それを横目に見ていたシャルさんは、ルナさんが完全に二階に上ったと思しきタイミングで身を乗り出し、こちらに耳打ちしてきた。


「君達を友達と見込んでお願いがあるんだ」

「何ですか?」

「明日の朝、この街にある美術館に来て欲しい」

「そんなのあるの?」

「うん。詳しくはそこで話すよ」

「……少し待て。ここで目的を話せ」

「無理。姉さんが居ないとかじゃないと……」


 ルナさんに聞かれたらまずい事をしようとしてるって事? リチェランテさんの前例があるから少し不安ではあるけれど、何となくこの人は悪い人には思えない。とても変わった人だとは思うけれど……。

 シャルさんは素早く立ち上がり本棚へと近寄るとそこからビラの様な物を一枚抜き取り、それを持って元の位置へと戻って来ると私にそれを手渡した。


「持っといて。そこに場所が描いてある」


 見てみるとシャルさんが描いたものと違う描き方の地図が載っており、そこで芸術家達の展示会が開かれると書いてあった。

 物音に気付いたシャルさんは姿勢を違和感のない形に戻し、まるで内緒話などしていなかったかの様に振舞った。


「淹れてきたわよ。三人とも飲める?」

「あっはい! いただきます」私は咄嗟に地図を膝元に隠し、なるべく普通を装って答えた。

「あたしもいけるよ~」

「……頂こうか」

 

 こうして私達の休憩と称したお茶会は夕方まで続き、工房を出る頃にはすっかり街は橙色に染まっていた。そんな中私達三人はシャルさんルナさん姉妹に見送られ、船へと戻って行った。

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