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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第7章:ペーパームーン まやかし
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第56話:美に魅せられた芸術家、シャリステラ

 翌朝目を覚ました私達は食堂で朝食を摂ると、停泊している港へと降り立った。ルーカスさんと出会ったミルヴェイユと同じ様に賑わいのある街であり、昨夜見た芸術性を感じさせる見た目をした建物が並び、露店に並んでいる商品もまた、どれもこれも芸術的な見た目をしたものばかりだった。

 お父さんは少し聞き込みをしてくると言い残すと街へと向かって歩き出し、様々な人々に話しかけ始めた。シップジャーニーに所属している人々は商売をするために各々働き始め、ここに居ると邪魔になると感じた私はプーちゃんの手を引きその場から少し離れた。


「凄い所だね」

「うん。それにほら、あっちも見てみてよ!」


 プーちゃんが指差した方を見てみると、船を停めている桟橋から少し離れた所に砂浜が広がっていた。その砂浜は朝だというのにまるで星空の様にキラキラと輝いており、思わず見とれてしまう様な美しさだった。


「綺麗……」

「ねっ。何か宝石みたいだよね」


 本当に宝石みたいだ……。あれだけ綺麗な砂だったら、それこそあれだけで高い値段が付けられそうな、そんな美しさだ。ここに住んでる人達は毎日こんなに綺麗な物に囲まれて過ごしてるんだ。

 砂浜に見とれている私の耳に音楽が入ってくる。ふと目をやると、ミーファさんが邪魔にならない様にと離れた所で弾き語りをしていた。その周りには街の人々が集まっており、盛り上がっていた。


「ほんっと上達しないよね」

「う、うん……。でも、ミーファさんも皆も凄く楽しそう」


 やっぱりあの人の音楽には不思議な魅力がある。確かにちょっと下手ではあるんだけれど、どこか耳に残る感じというか、聞いていたい応援したいと思える不思議な魅力があるんだ。私は音楽には詳しくないけれど、でもきっとあれがミーファさんの才能なんだと思う。

 そうしてのんびりと街を見ながら過ごしているとシーシャさんが船から降りて私達の所へと向かってきた。まだ傷が完治していないからかやや厚手の服を着ており、いつもの軽装を見慣れている私達にとっては少し違和感があった。


「あっシーシャさん」

「シー姉大丈夫?」

「ああ、前にも言ったが大した傷じゃない。積み荷を降ろすのを手伝おうとしたんだがな、しなくていいと言われた」


 まあ怪我をしてる人に無理をさせるっていうのは流石に駄目だろうし、それにシップジャーニーの人からすれば、一応シーシャさんは部外者な訳だしね。


「しかし、こんな場所があったんだな」

「綺麗な所ですよね」

「ああ。こういうのには詳しくないが、いい場所だと思う」

「ねーねー、もうちょっと見て周ろうよ! 時間はあるんだしさ!」


 確かここにはそれなりに長く泊まっていくらしいし、じっくり見て周るのもたまにはいいかもしれない。最近色々あって少し消耗してたし、ちょっとした療養みたいなものだと思えば楽しそうだし。


「いいね。とりあえず適当に歩いてみる?」

「うん」


 私達三人はちょっとした療養のために街の奥へと歩き出した。目に映る建物はどこを通っても美しいものばかりで、広場の様な場所には甲板から見えていた彫刻の様な物が鎮座していた。制作者が何を思って作ったのかは分からなかったが、そのオブジェクトは三日月を思わせる様な形をしており、その周囲を細い線の様な物が球形に包んでいるという形だった。


「凄いねこれ……多分元は一つの石なんだよね」

「相当高い技量を必要とするだろうな」

「ほぇ~よく分かんないけど、器用なんだね作った人」


 こういう物を作れるのはきっと持って生まれた特殊な才能がある人だけなんだよね。勿論努力も必要だけれど、きっと努力じゃ補えない様なものがあるんだと思う。常人には理解出来ないレベルの計算とかを頭の中で出来る人じゃないとこんなのは作れそうにない。


「『器用などという言葉は無い。彼はこうなるべくしてなったのである』だね」


 突然隣から声が聞こえ、驚いて横を見るといつの間にか隣に見知らぬ女性が立っていた。腰の辺りにエプロンの様な物をつけており、そこには白い粉や絵の具が付着した痕跡が残っていた。顔は今まで見た人の中でもトップクラスに入るレベルの美人であり、突然隣に立たれ怖いと思う前に思わず綺麗だと感じた。


「え、えっとすみません。どちら様ですか?」


 女性は後ろで束ねている髪を手で軽く触れふわりとさせると、こちらに目線を向けず目の前の彫刻に向けていた。


「さっきのは今私が思いついた言葉なんだ。咄嗟の思いつきにしてはまあいい感じの言葉だと思うんだけど、どう思う?」

「えっ? えっと……」

「すまないが貴方は誰だ? まずはこちらの質問に答えてくれるか?」


 シーシャさんの声色が少し緊張しているのが分かる。


「『せっかちなのは良くない事である。目が曇り真実から遠のくからである』」

「……行こうヴィーゼ、プレリエ」


 シーシャさんが私とプーちゃんの手を掴んで離れようとするとその女性は、まるで絵画の中に描かれている天使や聖母の様な見惚れてしまう程不思議な笑顔をしながら回り込んできた。


「ごめんごめん。『場を支配するのは容易ではない。いつでも支配出来るのは神のみである』だね」


 女性は少し腰を落とすと私達と視線を合わせた。


「私はシャリステラ。そこにある彼の生みの親だよ」


 そう言うとシャリステラさんは彫刻の方へ手を向ける。


「シャ、シャリステラさんですか……えっと私は……」

「ああいいさ、さっきそちらの方が言っていたのを聞いた。それとシャリステラじゃ呼びにくいんじゃない? かしこまったりしなくていいんだよ?」


 シーシャさんは少し警戒した様子を残しつつも私達の手を離した。するとプーちゃんは腕を組みうんうんと唸ると口を開いた。


「んっとじゃあ……ステラ姉でいい?」

「ステラ姉! いいね! 妹や弟が居ないから新鮮な気分だよ! いいね!」


 シャリステラさんはキラキラした期待を込めた眼差しでこちらを見て来た。その目からは何も邪心などは感じられず、ただただ私に対する期待でいっぱいといった感じだった。


「え、えっと……シャ、シャリーさん?」

「んー新鮮じゃないなそれはぁ……姉さんと同じだよそれじゃ……全然新鮮じゃない、わくわくしないよ……」


 その一言でシャリステラさんにお姉さんが居る事が分かり、先程彼女がプーちゃんの呼び方に喜んでいた理由が分かった。


「あっえっとえっと冗談です! えっと……シャ、シャ、シャルさん……?」


 咄嗟に思いついた呼び名を自信なく言ってみるとシャリステラさんの表情が途端にパッと明るくなり、嬉しくて堪らないと言った表情で私達二人を両腕で抱きしめた。その腕はまるで彫刻の様な美しさであり、細すぎず太すぎない、全ての女性の目標と言ってもいい美しさだった。


「最高! 最高だよ! 敢えてシャルと名付けるそのセンス! 既存の発想から少し外すという冒険心! 素敵だよ!」


 私達二人を解放したシャリステラさん、もといシャルさんはシーシャさんの方を見る。その目はやはり期待に満ち溢れていた。


「いや私はいいだろう……」

「いいや良くないッ! 君達は私の作品を褒めてくれてたでしょ!? 合うんだよ波が! これってもう親友にならなきゃな流れ、だと思うよね!」


 シーシャさんはシャルさんの勢いに完全に押され、どう言い訳しても逃れられないと思ったのか溜息をつき考え始めた。プーちゃんも完全にシャルさんの流れに流されており、一緒になってシーシャさんにキラキラした眼差しを向けていた。


「あー……そうだな……シャリーナというのはどうだ?」


 シャルさんはその名を聞いてきょとんとした表情をし、目をパチクリさせた。


「それは……初めてつけられたなぁ」

「私は森の中の村の出身でな。シャリーナはうちの村で信仰されてた月の神だ」


 それを聞いたシャルさんは嬉しさが爆発したかの様な笑顔を見せシーシャさんに勢いよく抱きついた。突然の動きだったためか流石のシーシャさんも少しよろめいていた。


「っ!?」

「最高だよ! 月の神!? 君のとって私はそこまでの存在なんだね!? ああ気にしなくていいよ神って呼ばれたからって偉そうにするつもりはないよ『謙虚であれ、それは美徳である。時に尊大であれ、それは自信である』。ああもちろん今のは私の思いついた言葉なんだ君の言葉を聞いて思いついたんだよ? 最高のお友達の一人である君の言葉を聞いて閃いた言葉なんだ、ああごめん勿論二人の事だって大好きだよ天使なみたいな双子ちゃん好きだよ本当好きどれくらい好きかって言うとそうだなここの砂浜に押し寄せる海に映った星空くらい好きだよところで君達はあの砂浜もう見た? 見てないなら案内するよここの名所なんだ私も一日一回は必ず見に行く様にしてるんだよだってあんな美しい場所早々ないしあれを見てると色んなアイディアが浮かんでくるんだよそれから」


 凄まじい勢いで喋り続けるシャルさんの言葉は何故か私の耳の中へとすらすらと綺麗に入って来た。これだけ早口で喋られているにも係わらず、その言葉が一つでも耳から零れ落ちる事は無かった。


「分かった分かったよステラ姉! もう見たもう見たよ!」

「おっとそうなんだね、まあ君達程の感性がある人達ならもう見てるかごめんね興奮しちゃって悪い癖だと思うんだよでもあそこは絶対に見ておいてもらいたい所だからさ」

「あ、あの……ちょっと落ち着きませんか?」

「そうだねじゃあ失礼して」


 そう言うとシャルさんはポケットに手を突っ込むとすずで出来ている絵の具のチューブを一本取り出し、それの蓋を開けるとそこに顔を近付け深呼吸をした。二、三回深呼吸をするとチューブを仕舞い、落ち着いた様子で話し始めた。


「ごめんごめん。とにかくこれから私達はお友達だね。こんなに感性が合うんだもんね」

「ん~でもステラ姉、あたしあれがどんな意味を持ってるのかは分かんないよ?」

「いいんだよプレちゃん、芸術に決まった答えなんて無いんだからね。君があれを美しいと思ってくれたその事実、そこに意味があるんだよ」

「シャリーナ、その、貴方はあまり深く考えずにああいうのを作るのか?」


 シャルさんはクスクスと笑う。


「『お前』って言ってもいいんだよ? きっとそっちの方が慣れてるんだよね? え~っと……」

「シーシャだ」

「シーシャ……じゃあシーだ! 君あんまりごちゃごちゃしたのは好きじゃない、でしょ?」

「あ、ああまあそうだな」


 まるで図星をつかれた様にシーシャさんは少し動揺した様な顔をした。


「さてそれじゃさっきの質問だけどね、確かに私はあれこれ考えない様にしてるんだ。『彼らの形は定められている。決めるのは私ではない』だね」


 細かく考えないであんなに精巧で綺麗な物が作れるんだ……私だったら絶対に無理だ。途中でああでもないこうでもないってあれこれ考えて中々作業が進まないと思う。きっとシャルさんはそういう才能を持って生まれた人なんだ。


「ほとんどの人が勘違いしてるんだけど、彼らは生きてるんだよ。そこに私があれこれ細工を施すのは失礼なんだよね。私がやるのはただ彼らのあるべき姿をこの世に顕現させる事なんだ」

「何かステラ姉って凄い事してるんだね。あたしこういうのさっぱりだよ……」


 シャルさんは前髪をクルクルと捩じる。


「そんな事はないよ。私に出来るのがこれってだけの事だよ。きっとプレちゃんやヴィーちゃん、シーにもそれぞれ自分にしか出来ない事ってある筈だけどね」


 私達にしか出来ない事……思いつくのは水の精霊と約束した事だ。悪用された錬金術によって作られた物を壊す。失われた人を復元し続けた卵、絶滅を防ごうとした遺跡、それとまだ確定とは言い難いけれどシュトゥルムさんと話したあの遺跡みたいな場所……全てがいい方向に転んだとは言い切れないけれど、きっと私達がやらなきゃいけない事だ。


「あたし達に出来る事かぁ。ヴィーゼとあたしに出来る事って言ったらやっぱ錬金術かなぁ?」

「錬金術!? 知ってるよそれ! 昔ここにも居たらしいんだよね! ねぇねぇ、錬金術について教えて……」


 シャルさんが再び興奮し始めたと思ったその時、遠くからシャルさんを呼ぶ声が響いた。その方向を見てみるとシャルさんとよく似た格好をした芸術家と思われる女性が怒りを感じさせる足取りでこちらに向かってきた。


「あー……」

「シャリー!!」

「んー……」

「返事!!」

「はいはい……」

「『はいは一回』ってお姉ちゃん昔から言ってるよね!?」

「はぁ~……」


 その会話からその女性が先程会話にチラリと出ていたシャルさんの姉であるという事が分かった。見た目はシャルさんによく似ており、何となく私達と同じ双子なのではないかと感じさせた。しかしあまり仲が良くないのかシャルさんはテンションがあからさまに落ちており、めんどくさそうにお姉さんに返事をしていた。


「お散歩は二時間までっていつも言ってるでしょ!?」

「いいじゃん別に……ずっと工房居たら何も浮かばないんだもん」

「出ちゃ駄目って言ってないでしょ!? シャリーはいっつも出たら何時間も戻ってこないじゃないの!」

「『せっかちなのは良くない事である。目が曇り……』」

「もうそれ十回は効いてるんだけど!?」


 シャルさんはポケットから筆を出すと筆先で頬の辺りを撫で始めた。


「うるさいってば……耳痛くなるじゃん……」

「あなたがちゃんとしてれば……ああもう! 筆で搔かない! 肌が汚れるでしょ!」

「ちゃんと綺麗にしてるってば……その辺は気を遣う様にしてるって」


 お姉さんの方は気だるげな態度になってしまったシャルさんに溜息をつくと、こちらを向いた。


「ごめんなさいね。この子ちょっと変わった子で……」

「あっいえいえ、お話してただけなので」

「そう? 変な事言われなかった?」

「ぜ~んぜん? あたし達もう親友だもん!」


 プーちゃんがそう言うとシャルさんは顔を綻ばせ、まるで示し合わせたかの様に「ね~っ?」と同時に口にした。


「え、えっとお忙しいみたいなのでお話はまた今度にしましょうかシャルさん?」

「だね~。うっるさい姉が来ちゃったし……」

「聞こえてるわよシャリー」


 どうも本当に仲が良くないみたい……お姉さんはシャルさんの事本気で心配してるみたいだけれど、でもシャルさんにとってはそれが鬱陶しいって感じなのかな? 小さい頃からずっとプーちゃんと仲良くしてた私にはよく分からないよ……。


「それじゃあ本当にうちの子が迷惑掛けてごめんなさいね」

「あっねぇねぇ、おねーさんの名前教えてよ。ステラ姉だけ名前知ってるっていうのも何か変な感じだし」

「えっいや私は……」

「あ~姉さんはルナって名前」

「ルナ姉ね。ねぇねぇ、もし時間が出来たらさ、二人に会いに行ってもいい?」


 ルナさんは少しだけ困った様な表情をしたものの、シャルさんとプーちゃんの顔を見た後諦めた様に口を開いた。


「……そうね。まあこの子が工房に居てくれるって思えばいいか……」

「ありがとルナ姉! それじゃあステラ姉! またね!」

「うんうん! プレちゃんもヴィーちゃんもシーもまたね! これ! 地図だから!」


 シャルさんはいつの間にか描いていた地図を折りたたんで不思議な形にし、こちらに真っ直ぐに飛ばしてきた。それはまるで狙ったかの様にふわりと私の手元に落ちて来た。


「はぁ……ほら行くよ」

「それじゃね親友達~!」


 シャルさんはルナさんに手を引かれ、こちらに手を振りながら街の奥へと消えていった。私は地図へと目を通す。


「後で行ってみようねヴィーゼ!」

「うん。もしかしたら普段は見れない物とか見られるかもしれないし」


 実際芸術家の人の工房に入れるなんて早々ある事じゃない。新しいレシピを思いついたり出来るかもしれないし、そうじゃないとしても凄い物が見れそうだ。


「……悪いがちょっと休ませてくれるか? 流石に病み上がりにあのテンションは堪える……」

「あはは……そ、そうですね。ちょっとお休みしましょうか」


 シャルさんが居なくなった途端にどっと疲れた私とシーシャさんはまだ元気そうなプーちゃんと共に今居る広場にあったベンチに座り、少し休憩する事にした。

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