第54話:狂将軍「海原の矛」よ、永遠に……
ぺスカさん達と別れた私は疲れ果てて眠ってしまったプーちゃんを背負って部屋へと戻る。ゆっくりと扉を開け中を見るとお父さんは眠ったままであり、私達が外に出ていた事には気が付いていない様だった。私はベッドまで行きプーちゃんをそこに下ろそうとしたものの、がっしりと体にしがみつかれており離れようとしなかった。無理やり離そうにも思いの外力が強くとても非力な私ではどうしようもなかった。
「……もう」
仕方なくプーちゃんを背負ったままベッドに横になり眠る事にした。
……これできっと上手くいく筈。シュトゥルムさんが生きて戻ってこれるかは分からないけれど、少なくともあの場所からは解放された筈だ。元はと言えばシュトゥルムさん自身が自分でやった事ではあるけれど、そもそもあの不思議な術式を見付けなければそんな事はしなかっただろうし……それにあの場所は危険過ぎる。犠牲者が増えれば増える程力を増していく『海原の矛』……ちょっと調べてみる必要はあるかも。
そんな事を考えながら目を閉じ、私は眠りに堕ちた。
「ヴィーゼ、プレリエ、そろそろ起きなさい」
私の耳に聞こえたのはお父さんの声だった。どうやら朝になっていたらしく、そろそろ起きなければいけない時間になっている様だった。
「……うん」
私は首元に回されているプーちゃんの腕を軽く叩き声を掛ける。
「ほらプーちゃん……朝だよ」
「ん……」
小さく聞こえて来たその声は寝ぼけている時の声では無く、はっきりと起きている時の声だった。生まれてからずっと一緒に育ってきた私にとっては、今までに何度も聞いた事がある声だった。
「ほら……」
起きている事が分かったため無理やり腕を外そうとしたものの、引き剥がそうとすればする程、それに抵抗する様により力強く抱きついてきた。
「いやちょっ……痛い痛い……!」
「や……」
まだ昨日の事が響いてるのかな……相当無理してたんだろうし、本当は寝かせておいてあげたいんだけれど、でももう時間が時間だしそういう訳にもいかない。何とかして起こさなきゃ……。
「ヴィーゼ、どうしたんだいプレリエは?」
「え、えっと……疲れちゃったのかな? ほら、船旅って初めてだし……」
「確かに二人は初めてだったね。……んー、まあ今日は出港するだけみたいだから、どうしても眠い様なら寝ててもいいよ? ここでは未知の生物は目撃されてないみたいだし……」
「そ、そう? じゃあもうちょっとだけお休みするね」
どうやらこの島では他に何も変な事は起きていないみたいだ。多分唯一ここで起こってたシュトゥルムさんに関する事もこれで収まる筈だし、後はあの『隙間』が上手く機能してくれるのを待つだけだね。
私はこの空いた時間を有効に使うために頭を働かせる事にした。まず最初に頭に思い浮かんだのは、この島に最初に来た時に出会ったグリュックさんの事だった。やりたくもない軍師の仕事を押し付けられた、悲しいあの人の事だった。
シュトゥルムさんの話の中に弟さんの話が出て来た。あの時は特に何とも思わなかったけれど、今思えばその弟さんってグリュックさんの事じゃないの……? 私の記憶が正しければ、あの二人の名字は同じだった筈。それにシュトゥルムさんが元提督だったって事を考えると、その後に任命されたのがグリュックさんなのも納得がいく。シュトゥルムさん曰く、グリュックさんの方が頭がいいらしいし……。
「ヴィーゼ、プレリエ、僕はちょっと外に出てくるよ? 出港する時間になったら戻るからね」
「あっうん。行ってらっしゃい」
部屋から出て行ったお父さんを見送った私は再び施行を巡らせる。
グリュックさんはシュトゥルムさんがどういう状況になっているか知ってたのかな? ……いやそれは無いか。もし知ってるんだったら、自分が立てた作戦が上手くいってる理由も気付いてる筈だし……。
「ヴィーゼ……」
「え、どうしたの?」
「その……体何ともない?」
「うん」
「そっか……」
プーちゃんは私の後頭部に顔を埋める。
「どうしたの?」
「んーん、気になっただけ……」
まああれだけの事があった訳だし、心配されるのもしょうがないか……下手すれば死んじゃってた可能性だってある訳だしね……。
そうして時折プーちゃんと言葉を交わしながら考え事をしていると、何やら廊下からバタバタと音が聞こえ始めた。何人かが慌てた様子で廊下を走っているらしく、それが部屋にまで聞こえて来ていたのだ。
「……何?」
私と同じ様に思ったのかプーちゃんは私の首に回していた腕を外すと、私と共に体を起こした。
「今の聞こえたヴィーゼ?」
「うん。何かあったのかな……」
そのままベッドから降りた私達は部屋から出ると、廊下を通って港の方へと歩いて行った。外に出てみると何やら野次馬の輪が出来ており、野次馬の中にはお父さんやリオンさん、リューベの海軍の人達まで居た。
「下がってください皆さん!」
リオンさんはそう叫ぶと野次馬を少し下がらせ、その輪の中心へと近寄っていった。私達の居る位置からではよく見えなかったものの、その輪の中心には何かがあるのは確かだった。何事だろうかと近寄ろうとしたその瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……うむ、仮初にもまだその時ではないという事か」
シュトゥルムさん……? まさか生きてるなんて……正直あの場所だったから何とか生きてる状態を保っているんだと思っていたけれど、あそこから離れても普通に大丈夫なの……? 確かに陸地に近い『隙間』ではあったけれど、でも重りとして付けた銛を引っ張りながら上って来れるものなの……?
シュトゥルムさんが少し歩いたのか何かを引き摺る様な音が聞こえる。恐らくぺスカさん達に手伝ってもらって重りとして付けたあのロープと銛の音だった。
「失礼ですが、貴方はいったい?」
「シュトゥルム・ゴーン……ここリューベの元提督だ。元、な」
その名を聞いた途端、群衆の中から動揺した様な声が聞こえる。行方不明になっていた提督が再び生きて姿を現したのだから無理も無い事だった。
「君は?」
「シップジャーニー防衛部隊隊長、リオンです」
「防衛部隊? ふむ……昔はそういうのは無かったと記憶しているが?」
「申し訳ありませんが、昔とはいつの事です?」
「そうだな……ではヴィアベルと名乗る老婆は知っているか?」
シュトゥルムさんの口から出た名前は聞いた事もない名前だった。
「……その名は現船長の母上、ヴィアベル・マールシュトロームさんの事ですか?」
「おお、知っていたか。ヴィアベルは元気か? 久し振りに戻ったのでな、居るのなら会いたいんだが」
「……少々お待ちください」
そう言うとリオンさんは輪から外れ、一人足早に船の中へと戻って行った。残されたシュトゥルムさんはかつての知り合いと思しき人達に話しかけ始めていた。皆シュトゥルムさんの帰還を喜んでいるらしく、今までどこに居たのかなんて事は誰も口にする事なく思い出話や今のリューベの事について話していた。
「あの人、戻ってこれたんだね」
「うん。プーちゃんがちゃんといい位置に『隙間』を作ってくれたお陰だよ」
「まっ、あたしは天才だからね! あのおっちゃんが戻ってきやすい様にしといたんだよ!」
シュトゥルムさんが無事だった事もあってか、プーちゃんはいつもの調子を取り戻し始めていた。するとそんな私達の横をヴォーゲさんを連れたリオンさんが横切り、シュトゥルムさんの下へと近付いていった。
「おお、戻ったか」
「船長」
「ああ、ありがとう。失礼ですが、母の名を知っているというのは貴方ですか?」
シュトゥルムさんは数秒間沈黙してヴォーゲさんをじっと見つめていたが、やがて納得した様子で口を開く。
「……なるほど、君か。これほど立派になったのだな。仮初にも彼女の息子だけはある」
「……母の名を知っていてその喋り方、まさか貴方は……」
「思い出したかヴォーゲ? このシュトゥルム・ゴーンを」
確かシュトゥルムさんはシップジャーニーとも交易をしてたって事を話してた。ヴォーゲさんのお母さんを知ってるみたいだけど、昔はヴォーゲさんのお母さん……ヴィアベルさんだったかな? その人が船長の立場だったって事かな。
そうやってシュトゥルムさんとヴォーゲさんが話をしていると群衆のざわめく声が聞こえ、その方向を見ると向こうから部下の人達を連れたグリュックさんが早歩きでこちらに来た。シュトゥルムさんを取り囲んでいた群衆はグリュックさんの邪魔にならない様にと散らばり、今まで見えていなかった私達にもシュトゥルムさん達の姿が見える様になった。
「そんな……まさか……」
「グリュック、久方ぶりだな。あれから何年になる?」
グリュックさんは茫然とした様子で立ち尽くしており、シュトゥルムさんは特に気に留めていない様子だった。
「い、今までどこに行ってたんだよ兄さん……? 僕ずっと……ずっと探してたんだよ?」
「うむ……すまないな、仮初にも弟であるお前に伝えずに……」
シュトゥルムさんはグリュックさんには何をするのかは伝えていなかったみたいだ。でも当たり前だよね……今から海の底に沈みにいきますなんて、家族に言える訳がないよ。私が同じ立場になったとしたら、やっぱり言えないと思う。
シュトゥルムさんはきょろきょろきょろと周囲を見渡すと海兵の中の一人の下へと歩き出した。その人物は私達が始めてこの島に来た時に怒鳴っていたあの人だった。
「久しいな」
「提督……」
「……お前には重荷を背負わせてしまったな」
悲しい表情をしたシュトゥルムさんはついに周りの人々に自分んが何をしていたのかを全て話した。どれもこれも他の人にとっては信じがたい嘘の様な話ではあったものの、人々は真剣に聞き入っていた。
「……という訳だ」
「そんな、兄さん……」
「……グリュック様、貴方をシュトゥルム様の後任に推薦したのは私です。それが提督のお望みでしたから……」
「私を後を継げるのはお前しかいないと思ったんだグリュック。お前なら上手くやれると。だが、苦しめてしまった様だ。仮初にも兄という立場に居ながら、お前の気持ちに気付けなかった」
どうやらあの人……多分副官の人は一人だけシュトゥルムさんの計画を知ってたみたいだ。だからグリュックさんを後任に任命してたんだ。シュトゥルムさんが海を操って敵を倒してグリュックさんは軍師として活躍する。そうやってそれぞれが表と裏で役割を果たしていた。
「だがグリュック、全ては終わったのだ。私もお前も成すべき事をした。これからは自分の好きな様に生きるのだ」
「でも兄さんは……」
「仮初にも私は提督だ。元通りに提督として生きるさ。元より大した夢も無かった男だ。だがお前は違うだろう? これからは夢を追っていいのだ」
シュトゥルムさんは副官さんの方を向く。
「……勝手な頼みだとは思っているが、これからも私と共に戦ってくれるか?」
「ええ。貴方の仰せのままに」
これで良かったんだよね……二人共再会出来て、あの術式も止められた。それにきっと海賊ももう襲ってこないと思う。あの不思議な空間で見た死体の数……きっと相当な数の船があの海域で沈んでるみたいだし、その戦果のほとんどはグリュックさんのものとして記録されてる筈だ。もうこの場所に略奪目的で近寄る様な人はいない筈。
「ヴィーゼ」
「うん、戻ろう」
ここでの自分達のするべき事が終わったと感じた私はプーちゃんと共に部屋へと戻る事にした。迂闊にその場に残ってシュトゥルムさんから声を掛けられでもしたらお父さん達に全てがバレてしまう危険性があったからだ。去り際に一瞬シュトゥルムさんと目が合ったものの、シュトゥルムさんは何も言う事はなく、小さく頷き私達を見送ってくれた。
部屋へと戻った私達はベッドに腰掛け、出港までの時間を待っていた。ほんのり聞こえる波の音は穏やかで、喧噪などどこにも感じさせない心地良いリズムだった。
「これで大丈夫だよね?」
「うん。これで良かったんだと思う。ただちょっとだけ気になる事はあるけれど……」
「気になる事?」
「うん。私ね、プーちゃんが一人で頑張ってくれてる時、実はシュトゥルムさんの所に居たんだ。前に二人でシルヴィエさんに会った時みたいな不思議な場所で」
私はその場所で起こった事柄を全て話した。シュトゥルムさんがどうやってあの術式を作り、どうやってそこから他の船を沈めていたのか、何故そうしなくてはならなかったのか、その全てを打ち明けた。
「……釜を使わない錬金術? そんなのあるのかな?」
「私もそこが気になってるの。そんなの今まで聞いた事も無かったし……」
「あのおっちゃんが勘違いしてるだけなんじゃない?」
「シュトゥルムさんによると本に書いてあったらしいんだけれど……まあその本を書いた人が勘違いしてた可能性もあるかな」
錬金術は釜の中に材料を入れてそれぞれを融合させる事によって全く別の物に作り替える技術だ。そもそも釜が無ければその力を使う事すら出来ない筈なのに、いったいどういう事なんだろう? 環境を利用する錬金術もあるって事……?
「勘違いなんだと思うけどな~あたしは」
「うん、そうだといいんだけれど……」
これ以上考えても今は答えが出せそうにない。どこかでまた錬金術士の人と出会ったら、その時に聞くのが良さそうかな。もしかしたら私達が知らないだけで、本当はそういう技術が実在するのかもしれないし……。
しばらくすると鐘が鳴り、間もなく船が出港する事が分かった。部屋にはお父さんが戻ってきて、廊下からは作業に戻る船員の人達の足音が響き始めた
「いよいよだね」
「うん」
「ねぇヴィーゼ、甲板行こうよ。最後くらいはこの島にお別れしたいし」
「そうだね」
私達は甲板に出てくる旨をお父さんに伝えると部屋を出て廊下を通り甲板へと上り出た。いつもの様に働く船員の人達の間を通り抜けて艦尾へ向かい島を見ると、港では住民の人々がこちらに手を振っていた。その中にはシュトゥルムさんとグリュックさんの二人もおり、シュトゥルムさんは手を振りはしなかったものの綺麗な姿勢で敬礼をし、グリュックさんは深々とこちらに頭を下げていた。島は段々と遠のいていき、やがて港に居た人達は豆粒の様に小さくなり誰が誰だか分からない程の大きさになっていった。
「バイバーーーイ!!」
別れの挨拶を張り上げたプーちゃんはシュトゥルムさんの真似でもするかの様に敬礼の様なポーズをとり、その横で私は距離的にもう見えていないであろう事は承知しつつも頭を下げた。これからの彼らの幸運を祈って。何となく敬礼をしながら倒れてしまった様にも見える元提督の無事を祈って……。




