第52.5話:あなたと繋がってる妹だから
気が付いた時には動いてた。細かい事なんて考えてる暇なんてなかった。ただ、ただヴィーゼを……あたしのたった一人のお姉ちゃんが沈んでいくのを止めたかった。だから、そうしたんだ。飛び込んだんだ。引っ張り上げたんだ。
「オイ! クソ、しっかりしろ!」
「スバル続けてて!」
スバル姉がヴィーゼの胸を押してる。知ってる、確か……確か心臓マッサージ、だったかな。何で見たんだったか覚えてないけど、でも知ってる。そうだ、そうしたら確か助かるって……。
身体が揺すられる。
「プレリエちゃん! 何ともない!? 怪我とかない!?」
「え……うん、えっと大丈夫……」
大丈夫じゃないよ。ヴィーゼが……ヴィーゼが大丈夫じゃないよ。だって、だって……目を開けないじゃん……起きないじゃん……いつもみたいに手握ってくれないじゃん……。
ヴィーゼが咳き込み、口から海水が吐き出される。でもそれでも目は開けなかった。ただ反射的に咳き込んだってだけで、意識が戻った風では無かった。
「……どうなってる。何で意識が戻らねぇんだ。オイ、オイ!」
スバル姉がヴィーゼの頬を叩く。それなのにヴィーゼは目を開けない。どうして……? あの時のヴィーゼの反応、まるで部屋に居た時に感じたあれみたいだった。急に溺れたみたいな……。
「スバル! 港見えて来たよ!」
港……船に戻れたらヴィーゼも助かる? あの時みたいにちょっとの間寝てれば、それで治るかな?
ヴィーゼの指がピクリと小さく動く。あたしはそれが目に入り、すぐに近寄り動いた手を握る。
「ヴィーゼ、ヴィーゼ……ねぇヴィーゼ」
返事は帰ってこなかった。まるであたしの声なんて最初から何も聞こえてないみたいに。でもきっとぺスカ姉とスバル姉には分からなかったかもしれないけど、あたしにだけ分かる事もあった。あたしが呼びかけた時、少しだけ握ってる手が動いたんだ。ほんの少し、ちょっぴりではあったけど、でも間違いなかった。
「…………そうだよね」
分かったよ、ヴィーゼ。あたしが、あたしがやるべきだよね。大丈夫だよ。あたし一人でも出来るもん。ヴィーゼが出来ないならあたしがやる、あたしが出来ないならヴィーゼがやる。ずっと……ずっとそうだったもんね。小さい時からずっと……。
あたしはヴィーゼが持っていた筆を持ち、立ち上がる。
「何してんだオイ」
スバル姉の声を無視して、船の縁に足を掛ける。これからするべき事のために。ヴィーゼが出来そうにない事をあたしがやるために。
「オイガキ!」
「ちょっプレリエちゃん!?」
手元に残っているエア・ピルを呑み込み、息を吐きながら一歩前に出る。もちろんただただ沈むために。ヴィーゼを助けるために。
「っ!」
身体の周りに出来ている空気の泡に弾かれる様に海面で水が跳ねる。もしかしたら船の上にも少し散ってしまったかもしれないけど、今はそんな事はどうでもいい事だった。
「ヴィーゼ……」
あたしの身体はどんどん沈んでいく。さっきとは違って今度は一人で沈んでいく。寂しくないと言えば嘘になる。でもそんな甘えた事は言える状態じゃなかった。今あたしがなすべき事はヴィーゼを助ける事なんだから。
やがて海底に到着したあたしは辺りを見渡す。さっきまで居た場所とは違ってそこまで深い所ではないらしく、上を見上げれば今乗ってた船やシップジャーニーの大型船の底の部分が視界に入った。下を見れば貝やフジツボ、あたしの知らない名前の小さな生き物がいくつか棲んでいた。
「どこにすれば……」
どこかにこの筆で『隙間』を作らなきゃいけない。でもどこならいいんだろ? ヴィーゼはちゃんと計算してどこにするか決めてたみたいだけど、あたしにそんなの出来ないし……。
「いや……」
いや……出来なくてもいいんだ。あたしにはヴィーゼが居るんだから。ヴィーゼは意識を失っててもあたしの声に反応して手を握ってくれた。あたしとヴィーゼは繋がってるんだ。お母さんのお腹の中に居た時からずっと……。だから分かる、分かるよヴィーゼ。ヴィーゼならきっと……きっとここにするよね?
あたしは直感を信じて、海底の一部にヴィーゼが描いたものより少し小さい線を引いた。あの人がこっち側の『隙間』から出てきやすい様に。
「おっと!?」
一気に海水が『隙間』へ入り始める。ただ、入るだけじゃなく出てくる海水もあるみたいだった。空気の泡の揺れ方を見たら、間違いなくこっち側に流れて来てる海水もあるのが分かった。
「ヴィーゼ……これでいいんだよね」
あたしは答えが返ってくる事がないという事を分かっていたのにそう口に出した。いつもみたいにヴィーゼの「大丈夫だよ」って言葉が聞きたかったから。そう言ってもらえるって、信じたかったから。
作業を終えたあたしは大きく息を吸い込み、吐き出しながら上へ上へと浮かんでいった。戻ってきたあたしの顔を見て、ヴィーゼが笑ってくれるのを信じながら……。




