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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第6章:浮かばれない男
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第50話:エア・ピル

 部屋へと戻った私達はあの不思議な感覚の発生源が、海底に沈んでいる『何か』である可能性を考え、何を調合するか考え込んでいた。幸いにもあの時の様な吐き気を覚える程の不思議な感覚は無くなっていた。

 私もプーちゃんも泳ぎにはそんなに自信がない。もちろん多少は泳げるけれど、どう考えたって海底に潜れる程じゃない。


「ね、ねぇヴィーゼ、何作るの?」

「うーん……レシピを見てみたんだけれど、使えそうな物は見当たらないかな。私達で考えるしかないかも……」


 海の中に潜れる物が必要になってくる。全く泳げない人でも長時間水中で活動可能な道具が。この場合必要なのは空気だ。長時間活動可能な空気をストックして、好きなタイミングで吸える必要がある。


「プーちゃん、ちょっとアドバイスが欲しいの。空気を一旦どこかに貯めておいて、それを好きなタイミングで吸える装置って作れるかな……?」

「え? うーんと……」


 プーちゃんは目を閉じ、腕を組みながら時々うんうんと唸り考えていたが、やがて答えが出たのか閉じていた目を開ける。


「コップ、とか?」

「コップ?」

「うん。前にさ、錬金術の素材用に水を汲んでる時に思った事があるんだ。コップの口のとこを下にして水に沈めたら、コポコポッて空気が出て来たんだよね。あの時は何とも思わなかったけど、あれってもしかしてコップの中に空気があったんだけど、水が入ってきちゃったから居場所が無くなって、ああなっちゃったんじゃないかな」


 確かに私もそういうのを見た事がある。もしプーちゃんが言ってる様に空気が居場所を無くした結果ああいう風になるんだとしたら……。もしそれをその場に留める事が出来るなら……。


「ありがとうプーちゃん。それ、使えるかも」


 私は部屋に放置されている白紙の紙を見つけると、お父さんが机上に置いたままにしていたペンを使ってメモ書きを始めた。

 プーちゃんの着眼点はいいと思う。だけれどコップじゃ小さ過ぎる。もっと人が入れるような大きさの物がいい。例えば樽とかはどうだろう? これなら人一人分くらいは入れる筈……。

 真っ白な紙に樽の簡単な形を描いていく。ここに入るのは簡単だ。大人の男の人だと少し厳しいだろうけれど、私達くらいの身長なら、精々少し体を曲げる程度で済む。


「これで行くの?」

「あくまでまだ仮設計だよ。これじゃ駄目な可能性だってあるもん」

「重要なのは空気をどうやって溜めるかだよね」

「うん。それにその空気をどこに置いておくかっていうのも大事かも」


 もし仮に空気を固める事が出来たとしても、それをこの樽にどうやってくっ付けて好きなタイミングで吸える様にするかっていう問題もある。

 あらゆる手段を考え、あれでもないこれでもないと頭を悩ませていたが結局何も思い浮かばず、紙にはただ樽の絵が描かれているだけだった。


「……駄目だ。思いつかないよ」

「んー……空気ってどうやったら溜められるんだろーね?」


 やり方は必ずある筈……でもそのやり方が分からない。プーちゃんの発想はいい線行ってる筈なのに……。

 その時、私はふとある事を思いついた。それはかつて、家にあった本で読んだ事のある気球という物についてだった。

 確かあれは火を燃やす事によって発生する上方向への空気の流れで浮かんでた筈。私も料理とかで火を使った事はあるからどういう理屈なのかは分かってるし、それにあの空気が吸えるものじゃない事も知ってる。でももし、吸っても問題無い空気を作り出せるとしたら……? 溜めるんじゃなくて、発生させられるとしたら……?

 私は慌てて余白の部分にメモを描き始める。最初に描いたのは人の身体だった。


「ヴィーゼ?」

「プーちゃん……空気を溜めるんじゃなくて、発生させればいいんだ」

「えーと……? どっから?」

「体の中からだよ!」

「そんな事出来るの?」

「薬だよプーちゃん。丸薬とか見た事あるでしょ? あれは噛んだりせずにお腹の中に呑み込む必要があるよね。あれを参考にすれば……」


 お腹の中で薬が溶け始めたら、そこから空気が発生する様にすればいい。空気はそのまま口から吐き出されて、すぐに吸う事が出来る。それに発生させた空気を泡みたいな状態で固定出来れば、泳げなくても水中を歩いたり出来る筈。


「プーちゃん調合しよう!」


 紙に描かれた人体を丸い線で囲った私は立ち上がり、鞄の方へと近寄る。


「ちょちょ……どうやるのさ!? 薬何て持ってないんだけど!?」

「大丈夫、持ってるよ」


 旅に出るという事もあって、備えとして持ってきていた腹痛用の丸薬を鞄から取り出し机上に置くと、私は塗り火薬を使って釜の下に火を点ける。


「準備いいねヴィーゼ……」

「備えはしっかりしておかないとだからね」


 釜へと丸薬を入れる。


「えっとヴィーゼ? やりたい事は何となく分かったんだけどさ。あたしあんまり深い所泳いだ事無いんだけど……」

「大丈夫だよ。空気で囲っちゃえば泳げなくても大丈夫。海底を歩ける様になるから」

「何か凄い簡単に言ってるけどさヴィーゼ、そんな事どうやってやるのさ? 空気ってふわふわしてるんだよ?」


 そこまで言ったプーちゃんは突然何か閃いたらしく、あっと声を上げた。


「そうだ……中和剤だ。あれなら行けるよ」


 どうやらプーちゃんの考えは私と同じものらしかった。本来なら調合時に不安定になっている素材達を安定させるために使われる物だが、入れる量を変えれば空気の『安定化』を行える……それが私達の考えだった。


「プーちゃんお願い出来る?」

「うん、任せて」


 私に頼まれたプーちゃんは鞄から残っている中和剤をいくつか持ってきた。本来ならこの程度の調合時に必要なのはフラスコ一個分未満だが、手元には数個分の中和剤が持ってこられた。

 ここからはプーちゃんに任せよう。正確な分量が分かっていれば私がやれるけれど、今回は完全にオリジナルのレシピだ。感覚だけで調合が出来るプーちゃんに任せた方が上手くいく気がする。

 私は手に持っていた掻き混ぜ棒を手放す。


「プーちゃん、ここからはお願い。プーちゃんの直感にしか頼れないよ」

「もーしょーがないなーヴィーゼはー」


 頼られた事が嬉しかったのかプーちゃんは得意げな顔をして掻き混ぜ棒を手に取り、少し思案した後中和剤をフラスコ二個分程釜に投入した。私は今回の道具を作るにあたり、最も重要な素材である空気を入れるために紙を使って釜の中に向けて風を仰ぎ続けた。

 素材を全て投入してから数分後、釜の中の色が安定し始めたため、私は仰ぐのをやめ蓋を閉めた。


「よし、これで後は待つだけの筈」

「お疲れヴィーゼ。腕痛くない?」

「うん、まあ大丈夫かな」


 確かに仰ぎ続けたため少しは疲れていたが大した程の事は無かった。蓋の間から出ている煙の量も安定しており、問題は無さそうだ。

 ……海底に沈んでいる『何か』。もしそれがシルヴィエさんみたいに人柱にされた人だったらどうすればいいんだろう……。あの時は遺跡を壊せばそれで終わりだった。でも今回はどういう風になっているのかも分からないし、それに……きっとプーちゃんは連れていけない。プーちゃんはあくまで調合だけ手伝うって約束だったし……。リオンさんやレレイさんにお願いする訳にもいかないし、シーシャさんにも言えない。だって本来なら、シップジャーニーの人達は何も被害を被っていないんだから……。

 そう考えているとプーちゃんが隣に移動しきた。


「ねぇヴィーゼ」

「え? どうしたの?」

「あのねヴィーゼ、ちょっと聞きたい事があるんだ。ちょっと質問みたいなものなんだけどさ」

「うん、何?」

「……もし、もしもだよ? あたしがその……海の底に沈んじゃったらさ、ヴィーゼは助けに来てくれる?」


 急にどうしたんだろう……。


「うんそれはもちろん助けに行くけれど……」

「既にあたしが……し、死んじゃってても?」


 ……そんな事考えたくも無い。この子が、プーちゃんが死んでしまうなんて考えたくない。ずっと一緒なんだ……ずっと元気なこの子の顔を見ていたいんだ……。


「……当たり前でしょ。それに絶対プーちゃんを死なせたりなんかしないよ。それにもし……そうなったとしても、それでも絶対に助ける。プーちゃんを一人ぼっちになんかさせない」

「そっか……そーだよね」


 プーちゃんはやや強めに私の手を握る。


「あたしも……きっとそうすると思う。ヴィーゼがそうなっちゃっても絶対に助ける。一人ぼっちなんて寂しいもん。暗闇で一人ぼっちなんて……」


 やっぱりあの不思議な感覚に襲われたせいでまだ少し不安なのかもしれない……。やっぱりこの子は連れていけない。本当は怖がりなこの子を連れてはいけない。


「ねぇヴィーゼ」

「うん?」


 プーちゃんは引き締まった表情を見せる。


「やっぱ、あたしも行くよ」

「えっ?」

「さっきはさ、調合だけ手伝うって話になってけどさ、やっぱあたしもヴィーゼと一緒に行くよ、海の中に」

「だ、駄目だよプーちゃん、この前の時とは違うんだよ? 遺跡を壊してそれで終わりってなるかも分からないんだよ? それにきっと……」


 言葉が詰まる。そこに沈んでいる誰か……恐らくシュトゥルムさんに体は相当酷い事になっていると思ったからだ。以前読んだ本の中に溺死した人の事が書かれていた。その体は最終的には黒色へと変化し、腹部や目、舌などが腐敗ガスによって異常な程に膨張しており、最早人間とは言えない状態になっているとの事だった。場合によっては白骨化している事もあるという。


「きっと……沈んでるその人の見た目は酷い事になってると思う。前に本で読んだんだ。生前の面影が見えないくらい酷いんだって……」

「そっ……それでも、だよ。あたし思ったんだ。もし沈んでるのがあたしで、まだ意識が残ってたらどう思うかなって。……そう考えると凄い怖かった。声も出せなくて、誰も気づいてくれなくて……ずっと孤独なんだって思うと……凄い、怖かった」


 プーちゃんは続ける。


「だからきっと……きっとあたし達が二人で何とかしなきゃいけないんだよ。あの声が聞こえたあたし達が。きっと助けてって言ってるんだ。怖くて怖くて、不安不安で、助けてって……」


 そっか……だからプーちゃんは急にあんな事聞いたんだ。もし自分が同じ立場になったらどう思うだろう、どうしてもらえるだろうって。そう思ったから……。


「うん、分かった、分かったよ。でも約束してプーちゃん、実際に行ってみて、どうしても無理そうだったら手伝わなくていいからね」


「で、でもねあたし……」


 プーちゃんを抱きしめる。


「お願い……お姉ちゃんと約束して? 無理はしちゃ駄目……絶対に」


 これ以上この子に辛い思いなんてしてほしくない。この子には笑顔でいて欲しい。この世界は、この子にはあまりにも残酷過ぎるんだから……。

 抱き返され、より強い温もりを感じる。


「……ん。分かったよ、どーしても無理だったら手伝わない。約束するよ……お姉ちゃん」

「ありがとう……」


 約束を終えた私達は道具が出来上がるまでの間に、実行する上での作戦を立てる事にした。

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