第5話:森の民との出会い
二人でしばらく台車を引き続けていた私達はやがて川へと辿り着いた。木で出来た簡素な橋が通っており、川自体もそこまで深くは無さそうだった。川の中では魚達が気持ち良さそうに泳いでいた。
「見て見てヴィーゼ! 魚だよ魚!」
「うん。こうやって自然で泳いでるのは初めて見たかもね」
一応ヘルムート王国にも街中に川は通っていたものの、それは川というよりもどちらかというと用水路の様なものだった。
「あーあ……釣竿とかあればなぁ……」
「まあ持ってても釣れないでしょ」
「何でさ、分かんないじゃん」
「……プーちゃん虫触れないでしょ」
「!」
まさか本当に気付いてなかったのかな……。いくら釣りの経験が無いって言っても、普通はそれくらい知ってるものだと思うけれど……。
「……でもあれだし、魚の中には苔とか食べる奴も居るって聞いた事あるし」
「うん。でも多分そこら辺の雑草は食べないと思うな……」
プーちゃんは少しこちらを睨んでいたが、やがて言い返せないと思ったのか前を向いて台車を引き始めた。私も台車に引かれない様に慌てて台車を引く。
橋を渡り終え、しばらく歩いていると川沿いに木製の建物が見えた。その建物には水車が付いており、川の流れによってゆっくりと回っていた。
「何だろあれ?」
「何って、水車でしょ?」
「うーん、そうじゃなくってさ。何であそこにだけ建物があるんだろうって思ってさ」
言われてみればそうかもしれない。近くには他の建物がある様には見えないし、製粉をやっている様にも見えない。いったいどういう目的であの建物はあるんだろう?
「ちょっと行ってみる?」
「そだね。行ってみよ」
私達は水車の付いた建物を調べるために台車を引き、家へと近付いていった。家は壁も綺麗で、周りも綺麗に手入れされている様だった。まだ人が住んでいる様な感じがある。
「まだ住んでる人が居るのかな?」
「まあ綺麗だしねぇ。多分住んでるでしょ?」
誰か居るかどうか調べるために扉を叩こうとした瞬間、後ろから声を掛けられた。
「お前達何をしてる!!」
「ひゃっ!?」
「うおっ!?」
心臓が止まりそうになりながら後ろを振り向くと、離れた木の側に一人の女性が立っていた。植物や動物の皮を元に作ったと思われるラフな服を着ており、顔には泥や果実を使ったと思われるフェイスペイントが施してあった。そして、こちらに向けて弓矢を構えていた。
「あああ、あのあの! えっと私達は決して怪しい者ではなくて!」
「そーそー! だからそれ下ろしてよ危ないって!」
「そこから動くな」
女性は真っ直ぐこちらに弓矢を構えたまま近付いてきた。その射線は全くぶれる事は無く、下手に動けば撃たれてしまいそうだった。
両手を上げたまま立っていると、近付いてきた女性は弓矢を素早く仕舞うと腰からナイフを抜き、私の首に添えた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! ヴィ、ヴィーゼは何もしてないじゃんか!」
「お、お願いです……せめて、せめてプーちゃんだけでも……」
女性はしばらくそのまま私達を見続けていたが、やがてナイフを仕舞った。
「……悪かったな、行っていいぞ」
「え? え?」
「な、何さ! 何のお詫びも無い訳!?」
「ちょ、ちょっと……!」
「……疑った事は素直に謝る。侘びと言っても何もやれないが」プーちゃんは女性に詰め寄る。
「はぁ!? ヴィーゼが怖い思いしてんだけど!? あんたのせいで、怖い思いしてんだけど!!」
「いや本当に大丈夫だから……プーちゃん……」
女性はプーちゃんを無視する様に私と台車を見る。
「どこかに行くのか?」
「あ、えっと……お父さんを追ってて」
「ちょっと無視しないで!」
「その釜は何だ?」
「え? 錬金釜ですけれど……」
私がそう言った瞬間、女性は勢い良く私に近寄る。
「今何と?」
「え、えっ?」
「錬金釜と、そう言ったのか?」
ど、どうしたんだろう……急に反応してきたけれど……。
「ちょっと! ヴィーゼに触んないでくれる!!」プーちゃんは私達の間に割って入ると、無理矢理引き離した。
「あんたね! ヴィーゼが怪我したらどうしてくれんの!?」
どうやらプーちゃんはさっき私にナイフが向けられた事に怒っている様だった。頭に血が上っており、かなり喧嘩腰になってしまっている。
「さっきの無礼なら詫びる。もし良ければ、食事でもしていってくれ」
「……なぁんか怪しいなぁ」
「あの、さっき錬金釜に反応してましたけれど、何かあるんですか?」
「……ああ。折角だ、食べながら話そう」
そう言って家の扉を開いた女性に付いていき、私達は家の中に入っていった。
家の中は外と同じ様に綺麗に整えられており、テーブルや椅子、台所まであった。女性は台所に置いてあった木箱から大きな葉に包まれた人数分の肉を取り出した。するとそれを机の上に置き、私達に椅子に座る様に促した。
私達は促されるがままに椅子に座る。
「それで、どこから話せばいいのか……」
「えっと、それはここに住んでる事に関係があるんですか?」
「あ、ああ。私はここから少し離れた所にある村の出身でな。それで、ちょっと問題が起きて、ここに一人で住んでるって訳だ」
女性は葉っぱを解くと、中から現れた生の肉に齧り付く。血抜きはしてあるらしく、血が飛び散ったりとかはしなかった。
「問題ですか?」
「ああ、村でな、野菜が育たなくなったんだ」
「野菜が?」
「正確には、果実も他の植物も育たなくなったんだ」
どういう事だろう。植物が育たない理由として考えられるのは地面の固さや水分の量とかだけれど、この人の話だと今までは普通に育ってたみたいだし、それとはまた違うものなのかな?
私の隣ではプーちゃんが肉の匂いを嗅ぎながら齧っていた。
「知ってるよあたし、それ地面が疲れちゃったんだよ」
「それは村長も考えていたらしい。以前にもそういう事があったらしいからな」
「でも、違ったんですね?」
「ああ。どれだけ土地を休めても直らなかったんだ。だから私は村を救うためにここへ住み始めたんだ」
プーちゃんは女性を睨み続けている。
「それとどー関係あるのさ」
「聞いた事は無いか? この辺りには水の精霊が住むと言われている。もしそれを見つける事さえ出来れば、あの土地を再生出来るかもしれないんだ」
「水の精霊、ですか?」
そんなものは聞いた事が無い。そもそも精霊自体が物語の中の存在だと思っていた。本当にそんなものが居るんだろうか?
「水の精霊は生命を潤したりする事が出来るらしい。だからもしかしたら、土地を元通りに出来るかもしれないんだ」
「えっと……それで、何で錬金釜にあそこまで反応したんですか?」
女性は食べ掛けの肉を草の上に置く。
「……駄目だったんだ。毎日の様に祈りも捧げたし、供え物だってした。それなのに、精霊は一向に姿を現さないんだ。村では餓死者が出そうな状態だっていうのに」
女性は頭を下げる。
そういう事か……要は錬金術を使って村の危機を救って欲しいって事だよね。断る理由は無いよね。お母さんも、よく私達に言ってたもん。『人のためになる事をしなさい』って。
「事情は分かりました。私達で良ければ、是非お力になりたいです」
「ヴィーゼ正気? こいつが言ってる事、信用出来ないよ?」
「……出された物食べながら言う台詞じゃないよ」
「本当に助けてくれるのか?」
私は机の下でプーちゃんの手を握る。
「はい。私達で良ければ是非」
「……ほんっとお人好しだなぁ」
「ありがとう! 出来ればすぐにでも向かいたいんだが、いいだろうか!?」女性は嬉しそうに立ち上がった。それだけこの人にとっては重要な問題という事なのだろう。
「ねぇねぇ、その前に自己紹介してよ、まだだったよね?」
「ああ、そうだったな。私はシーシャ・ステイン。ダスタ村の出身だ」
プーちゃんは私の手を引きながら椅子から立ち上がると、私の体に引っ付く様にして自己紹介を始めた。
「あたしはプレリエ・ヴュステ。ヘルムート王国じゃ知らない人は居ない有名人だよ!」
またプーちゃんは大嘘言って……。
「えっと、私はヴィーゼ・ヴュステです。プーちゃんと一緒に錬金術士をやっています」
「よろしく、ヴィーゼ、プレリエ」
私達は握手を交わした後、シーシャさんが住んでいたという村、ダスタ村を救うべく急いで出立した。




