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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第6章:浮かばれない男
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第49話:そうして彼は胸が焼けるみたいに沈んでいきましたとさ……

 船の中にある資料室へと入った私達は手分けしてこの島に関する資料を探し始めた。

 一番気になるのはシーシャさんが言ってた事だ。どうしてグリュックさんは海での戦法しか知らなかったんだろう……シーシャさんの言ってた悪手っていうのが本当なら、どうしてあの人は海だけを任されてるんだろう? そういう風にする理由はいったい……。

 そう考えながら手に取った一冊の本を見る。表紙を見るとどうやら売り物だった物ではなく、今までシップジャーニーの船団が各地で体験した事を纏めた資料らしかった。所謂、航海日誌の様なものかもしれない。


「これは……」


 ページをめくり、今私達が居るリューベに関する事が載っている場所を探し始める。文字だけでなく、絵なども大量に描かれており、見ているだけで目がチカチカしてきそうな本だった。しかし、何とか読み進め、遂にリューベに関する記述を発見した。


「プーちゃんちょっと来て」

「ん~?」


 気になる記述を見つけた私はプーちゃんを側へと呼んだ。


「何か見つけた?」

「これ……気のせいかもしれないんだけれど……」


 文字に指を当てなぞる。


「このリューベの近海で船が沈没した事があったみたいなの。シップジャーニーの船じゃなかったみたいなんだけれど、その船っていうのが……」

「……リューベの船?」

「みたいだね……」


 そこに記述されている事によると、リューベの軍師をやっていた男性……シュトゥルムという人が乗っていた船がここの近海で沈没していたらしい。完全に沈んでしまったらしく船はもちろんの事、搭乗していた人も引き上げられなかったらしい。


「ただ事故じゃない?」

「そうかもしれない……でももしそうじゃなかったなら……」


 杞憂だとは思うんだけれど、あの夢の中で出会った……正確にはあの遺跡で会ったシルヴィエさんの前例があるし……絶対に関係ないとは言い切れない。


「ねぇプーちゃん、ちょっとこの部屋の中から海図を取ってきてくれない?」

「海図? 何に使うの?」

「見せながら説明するよ」


 数分後海図を見付けて来たプーちゃんと共に机の上に海図を開き目を通す。そこには今居るリューベ近海のの事も載っていた。

 やっぱりそうだ。この位置関係……それにこの地形……絶対におかしい……。


「ねぇヴィーゼ?」

「うん、説明するね」


 私は海図に描かれているリューベを指差す。


「まずこれを見て欲しいんだけれど。ほらこの形」

「んー……えと、これがどーしたの?」

「この島には入り江があるんだよ。入ってくる時には部屋に居たから気付かなかったけれど、きっと外に出て確認してみれば分かると思う。こういう風に入り江がある場所っていうのは波が穏やかな事が多いんだよ」

「えっとさ、ヴィーゼは船がこの近くで沈没するのがおかしいって言いたいんだよね? でもさ、もしかしたら海底の形がちょっと変わってて、それに船の下の方が引っ掛かっちゃったとかかもしれないじゃん?」

「ううん、それはありえないと思う。この海図にはある程度の海岸の地形とかそういうのも描いてあるんだけれど、もしそんな突起みたいなのがあるんなら、これにも描いてある筈だよ」


 もし海底から何か突起の様な物が伸びているなら、沈んだのは一隻だけじゃなかった筈……。それなのにそんな記録はここにはない。


「じゃあ何で沈んだのさ?」

「……分からない。分からないけれど、もしもこの沈没事件が仕組まれたものだとしたらどうだろう?」


 そう……私達がキッドレスさんに騙されてやってしまったあの一件みたいに……。


「ちょ、ちょっと待ってよヴィーゼ! 仮にそうだとしてもおかしいじゃん! そんな事して誰が得するの!?」

「誰も得はしないと思うんだけれど……でもそれはあくまで私達の考え方だよね。もし、このシュトゥルムさんを沈める事によって得する誰かが居るとしたら……」


 嫌な考えが私の中に生まれる。まさかそんな訳がない、信じたくないというのが私の思いではあるが、事実はどうなのか分からない。人は嘘をつける生き物だ……。


「ねぇプーちゃん……今から私は、凄く酷い考え方を言うと思う」

「……」

「もし軍師として素質がある人が二人居たら、当然より素質が高い人を任命するよね。でももし、その人が何らかの理由で命を落としたなら……次は誰がやる事になるかな?」


 プーちゃんの顔から血の気が引くのが見える。


「ま、待ってよ……それって……」

「……私も最低だと思うよ、こんな事考えるなんて。だけど、あんな場所で一隻だけ沈んでるなんて不自然過ぎるもん」


 部屋の中を静寂が包む。当たり前と言えば当たり前だ。こんな事本当は考えたくも無かったし、もしこの仮定が真実なら人間不信になってしまいそうだ。


「……ごめんプーちゃん、戻ろう」

「……うん」

 資料を片付けた私達は部屋へと戻って行った。



 部屋へと辿り着いた私達は何とも気まずい雰囲気のまま過ごしていた。

 グリュックさんのあの態度……きっとあれがあの人の素なんだと思う。そう信じたい。本当は軍師なんてやりたくなくて、自分の夢を内側に抑え込んで自分の役目を果たしている人……きっとそうであって欲しい。


「……っ?」


 海側の方へと向く。

 ……何だろう、気のせいかな? 今何か聞こえた気がする。小さくても波はある訳だし、偶然それっぽく聞こえただけかな。


「……! プーちゃん!」


 違う……違う気のせいじゃない! この感じは間違いない……あの時と同じだ。あの遺跡に行った時と同じだ! 耳に聞こえてくる訳じゃない、頭の中に直接流し込まれているかの様な!


「ヴィ、ヴィーゼ……」

「プーちゃん!」


 怯えた様子で床にうずくまる様な形で震えているプーちゃんに駆け寄り、背中を擦る。

 あの時よりも遥かに強い……ただここに居るだけで吐いてしまいそうな程に強い何かを感じる……! まずいこのままじゃ……!

 私はプーちゃんを引っ張る様にして扉へと移動し、体重をぶつける様にして開け放ち廊下へと飛び出る。しかし未だに吐き気や謎の不快感は収まらず、私達二人を呑み込むかの様にじわりじわりと浸食してきていた。


「うっ……!?」


 胃液が逆流しそうになり口を手で押さえる。何とかして深呼吸をしようにも、まるで肺を焼かれているかの様な痛みが走り、息をする事すら出来ない。それが余計に不快感を増大させ、意識すら失ってしまいそうになっていた。

 おかしい……あの時はここまでのものは感じなかった筈……。それなのにこれはいったい何? あの海に何があるの……? 沈んだ船には、そんなにまずいものが乗せられてたの……?

 朦朧とする意識の中隣を見るとプーちゃんが横たわっており、床には何かが巻き散っていた。眩暈のせいではっきりとは見えなかったが、それが何なのかは何となく分かった。本来なら感じる筈のそれ特有の匂いも何も感じられなかったが、それでも分かってしまった。


「プーちゃっ……」


 体の中から湧き上がってきた物を抑えきれず、私は体が濡れるのを僅かに感じながら、頭が真っ白になった。







 頭痛と喉の痛みを感じながら目を開けると見た事が無い天井だった。しかし木製である事や雰囲気からあの船の中にまだ居るのだと感じた。


「……?」


 顔を横に向けるとベッドの上で寝息を立てるプーちゃんの姿があった。表情は穏やかであり、苦しそうな様子は見られなかったため少しホッとする。服も着替えさせてもらったらしい。

 誰かが見つけてくれたのかな……廊下に出たのは正解だったかも。もし倒れたのが部屋の中だったら気付いてもらえなかったかも……。


「おや、起きたのかい」


 声がした方を向くと優し気な表情をしたお爺さんがこちらへと歩いてきた。


「えっと……」

「ああ、ああ、喋らなくてもいいよ。たまたま通りがかった船員が君達を運んできてくれたんだ」


 この人は……お医者さん? シーシャさんを診てくれたのもこの人なのかな……。


「それにしても不思議だよ。船酔いって感じじゃないし、かと言って熱がある訳でもない」


 上体をベッドから起こす。


「ああ、ああ、無理はいけないよ」

「い、いえ……大丈夫です。そ、それよりもその……私達どんな状態だったんですか?」

「二人共廊下で吐瀉物塗れで倒れていたらしいよ。失礼だけど服は着替えてもらったよ、ベッドが汚れたら困るしね」


 やっぱりそうなってたんだ……でもあんな吐き気は今まで感じた事が無かった。いったい何であんな風に……。


「最初は何かの病気かと思ったんだがね、少し気になる事があるんだよ」

「気になる事ですか……?」

「ああ、ああ、そうとも。ここに寝かせた後だった、急に君達が暴れ出したんだ」

「あ、暴れ……?」

「うむ。妙な感じでね……幻というか夢でも見てるんじゃないかって感じで」


 そんなの記憶に無い……何でそんな動きをしたんだろう。原因は間違いなくあの声とかだろうけれど、暴れたのはどうして? 何に対して暴れてたの?


「えっとどんな感じで暴れてました?」

「こう、腕を上に伸ばしてね、バタバタというか……何かを掴もうとしてる様な動きに見えたね。まるで泳げない人が海に落とされた時みたいな……」


 ……あの海の方からの声、あの感覚、それに溺れてるみたいな動き……。もしかして、私達は引きずり込まれそうになったの? いやもしかしたら助けを求められただけ?


「まあ毒だとか病気の疑いは無いし、大丈夫だと思うんだがね」

「そう、でしたか。すみませんご迷惑をお掛けして……」

「ああ、ああ、いいよ。私は医者だ。具合が悪いならその人を治す、怪我をしたなら治療する、それが仕事だからね」


 隣から小さく呻き声が聞こえ、目を向けるとプーちゃんが目を覚ました様だった。少しの間ポヤッとしていたが、やがて意識が覚醒したのか勢いよく体を起こす。


「んあっ!? えっえっ!? あ、あたし!?」

「プーちゃん落ち着いて、医務室だよ」

「プレリエだったかな? 調子はどうかな?」

「え? あーえっとぉ、うん何ともないっぽい」


 どうやら私以上に何とも無さそうだね……まあ元気ならいいんだけれど。


「さて、調子が戻ったんなら、もう行っていいよ。何かやる事があった、そうだろう?」

「そうですね。ありがとうございました。プーちゃん、行こう」

「んえ? お、おおうそうだね。えっと、じゃあじーちゃん、ありがとね!」


 先生にお礼を言い終えた私達は医務室を出ると廊下を歩きだした。


 グリュックさんに関する事とは関係無いかもしれないけれど、でも一つだけ確かな事がある。あの海には『何か』がある。あの時の遺跡みたいな何かが……。いや、きっと『何か』なんて不確定なものじゃない。きっとあそこにあるのは『人柱』だ……。


「プーちゃん、私達も行ってみよう」

「ど、どこに?」

「沈んでいる何かが、もしもシルヴィエさんと同じ様な存在なんだったら……何か不思議な現象を起こしてる可能性がある。私達が忘れてしまった、あの狼みたいな生き物みたいに不思議な現象をね……」

「あ、あたしパスしたいんだけどさ……」

「うん、無理に来てなんて言わない。でもせめて調合は手伝って欲しいんだ。私一人でやるよりも、そっちの方がきっといい筈だから」

「ま、まあそれなら、うん……」


 不安そうなプーちゃんの手を握り、私達はあの部屋へと戻って行った。

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