第48話:夢叶わぬ男
海の上で数日を過ごした私達は、海に面したある町へと辿り着いた。窓からチラリと見た様子だと、この町には造船所がある様だった。どうやらあの絵筆で作ったマストの『隙間』を上手く塞ぐ事が出来なかったらしく、代わりのマストをここで買うつもりらしかった。
全ての作業が終わるまでの間時間が空いた私達とシーシャさんは船から降り、港を見て周っていた。あまり変わった物は売っておらず、目を引く物と言えば船の模型位のものだった。
「ここ、造船を推してるのかな?」
「ヴィーゼ、ここはリューベって言われてる場所でね、造船技術に関しては結構力を入れてる場所なんだよ」
「って事は……シップジャーニーの船もここで造ったのかな?」
「そうらしいよプレリエ。あれだけの物を造るとなると、相当な技術と人数が必要になるしね」
「初めて船を造っている所を見たが、やはりかなりの重労働なんだな」
確かにあの船はかなりの大きさだし、造るには結構な労力が必要そう。修理は船員の人達でも出来るだろうけれど、マストみたいに大きい部品を作るとなると、それなりの場所が必要になってくるよね。
ヴォーゲさん達の作業が終わるのを待ちつつ、港の周りを見続けていると突然住人の人達がその場に膝をつき始めた。あまりに突拍子も無さすぎる光景に困惑していると、町の奥から勲章の付いた軍服の様な物を着た男性が、部下と思しき人々を連れて歩いてきた。
「おい貴様!!」
その部下らしき一人は叫ぶとこちらに足早に近づくと腰に差している剣に手を掛け、睨み付ける。
「貴様何だその態度は! 膝をつかんか!!」
シーシャさんが私達の間に割って入る。
「失礼だが、大きな声を出さないでくれるか。こちらに何か無礼な態度があったのは分かるが、この二人はまだ子供だ。怖がるだろ」
「すみません、初めてここに来たもので。すぐにそうしますので」
私とプーちゃんはお父さんに促される様にして見様見真似で膝をつこうとする。その時、勲章付きの男性が酷く慌てた様子でこちらに駆けより、睨みを効かせていた男性の腕を引っ張る。
「た、頼むからやめてくれよ! ぼ、僕そういうの本当にいいから……」
「ですがグリュック様、貴方のお立場をよく考えてください。幾ら相手が余所者とはいえ……」
「頼むよ……本当に、いいからさ。ほ、ほら皆さんも! 僕に気なんて遣わなくてもいいですから……!」
グリュックと呼ばれたその人が周りにそう言い聞かせると、住民達は皆立ち上がり、彼に対する称賛の言葉を発した。
「……ほら、僕は一人で大丈夫だから……。少し、一人にしてよ」
「……畏まりました」
部下の男性はやや不服そうな顔をしながら他のメンバーに指示を出し、その場から離れ始めた。それをおどおどとした様子で見ていたグリュックさんは溜息をついた。
「えっとすみません……あの人達が迷惑を掛けて……」
「ああいえいえ、気にしないでください。僕達の方に非があるので」
グリュックさんは軍人といった雰囲気がまるで無く、その顔も細身で瞳も自信なさげに時々泳いでいた。
「僕は……あーえっと、グリュック・ゴーン。ここ、リューベで軍師をやっている者です」
「軍師さんでしたか。僕はヴァッサ・ヴュステ。こっちは娘のヴィーゼとプレリエです」
「ヴァッサさん……? もしかして、生物学者のヴァッサさんですか?」
「え? ええ、そうですが……」
グリュックさんはやや興奮した様子でお父さんの手を握る。
「ここ光栄です! ぼ、僕あなたが書いた『生物の進化と分化について』いつも読んでます! 他の人や僕には思いつかなかった画期的な視点、そしてその行動力、どれをとっても他にこんなに優れた先生はいないと思ってます……!」
「え、えっと、あはは……どうも」
「あっ! すすすすみません僕とした事が取り乱すなんて何とお恥ずかしい所をお見せしてしまったのでしょうか……」
「い、いや気にしないでください……」
恥ずかしそうに手をもじもじさせながら俯いて喋らなくなってしまったグリュックさんにシーシャさんが話しかける。
「その、少しいいかグリュックさん」
「あっ! は、はいっ! え、えっとー……」
「シーシャ・ステインだ。訳あって一緒に行動してる」
「シーシャさん、ですね。えっと何でしょう?」
シーシャさんは視線だけをキョロキョロと動かす。
「……あなたは本当に軍師なのか?」
「そ、それはどういう……」
「さっきのあなたの部下達や住民達の態度……ただの尊敬じゃないだろう」
確かにあの感じは尊敬とかそういうのとは違っている様に感じた。何か別の異質な雰囲気があった様な気がする。
「ぼ、僕にも分からないんですよ……」
「えっと、分からないってどういう意味ですか?」
「はい……僕は元々ちょっとした名家に生まれただけの人間だったんです。普通に過ごしてるだけの、戦いなんて、それこそ喧嘩なんて一度もした事ない人間だったんです。それなのに、急に軍師なんかにされて……」
プーちゃんは今一腑に落ちない様子で口を開く。
「んー……えっとさ、戦術、とかそういうのは勉強してないんだよね?」
「はい……僕はヴァッサさんみたいに学者になりたかったんです。それなのにこんな事に……」
「……んとさ、素人のあたしでもおかしいって分かるよそれ」
「そうなんです! おかしいんですよ! それなのに、全部……全部上手くいってしまって……」
全部上手くいった……つまり戦術なんて一度も勉強した事が無いのに、自分が立てた戦術が完璧に成功したって事? そういう才能が元々あっただけなのかもしれないけれど、でも全部が全部上手くいくなんて妙な気がする。
「悪いが今までにどんな戦法を使ったのか聞かせてもらえないか? 別に私もプロじゃないが、多少は分かるつもりだ」
「え、えっとまずは……」
グリュックさんがシーシャさんに今までの事を話している間に私はプーちゃんに耳打ちする。
「……ねぇプーちゃん」
「ん?」
「そんな事ってあるのかな……?」
「どーだろ……運がいいって言っちゃえばそれまでだけど……」
確かに純粋に運がいいだけかもしれない。それだけなら問題は無いんだけれど、何だか嫌な予感がしてしまう。錬金術の悪用……気のせいだとは思うし考えすぎだとも思うんだけれど……。
「ちょっと調べてみない……? 念のため……」
「あたしも変な感じするし、そうしよっかな……」
お互いに意思の確認を取った所で、丁度グリュックさんが話を終えていた。シーシャさんは腕を組み、何かを考え込んでいる様子だった。グリュックさんはしばしおどおどしていたが、やがて懐から取り出した懐中時計を見ると慌てた様子を見せた。
「あっあっすみません! 僕この後用事があって! すみません、もしまた機会があれば!」
そう言うとそのまま慌てながら元来た道の方へと走って行った。それに続く様に港の至る所から部下の人達が姿を現し、後を追っていった。
「……監視、されてたか」
「き、気付かなかったですね……」
シーシャさんはお父さんに話を振る。
「ヴァッサさん、彼の話どう思う?」
「うーん……僕の専門じゃないんで何とも言えませんが、不自然な感じはしましたね」
「やはり……。二人はどう思う?」
「えっ!? えっと、すみません……聞いてませんでした……」
「ごめんごめんシー姉」
「そうか」
シーシャさんは海の方を向き凝視する。海の波は穏やかであり、心地良い音を港に運んでくれていた。
「あ、あのどうしたんですか?」
「……彼の話に出ていた戦法は、全て海上でのものだった。彼は陸地で戦った事が無いんだ」
どういう意味だろう? リューベが積極的に戦争を起こしたりする様な町じゃないんなら、防衛を行うために戦うんだろうし、そこまでおかしくない様な気もするけれど。
「リューベ自体はそこまで大きな街じゃない。だけど、この島自体はそれなりの大きさがある。そういう事ですね?」
「そうだヴァッサさん。この島の広さ……確実に他の町や国もある筈だ。陸地から攻められる可能性だってある筈なんだ。それなのに彼にはその経験が無い……海だけ任されてる……」
「んーとさ、海と陸で任されてる人が違うんじゃない?」
「それをする理由が無いんだプレリエ。下手に分けるのは悪手だと思う」
確かに同じ人に任せておいた方が咄嗟の事態に対応し易い様に思う。別々の人に任せたら指示が上手く行き渡らない可能性も出てくるだろうし……。
「……まあ私達が踏み込むべきでもないか?」
「そうですね、僕達はあくまで部外者です。必要以上の事はするべきじゃないと思います」
そうだよね、現に踏み込み過ぎた結果がリチェランテさんの関わったあの事件だし、踏み込むにしてももっとこっそりと調べるだけにした方がいいよね。
「さて……僕は少しこの辺りで未知の生物が見つかってないか調べるつもりだけど……」
「あ、じゃ、じゃあ私とプーちゃんは船の方に戻っておくよ。その……またあんな事起こしちゃいけないし、ね……」
「あ、あーそだねうんうん。あたしも今日はちょっと大人しくしてよっかな?」
プーちゃんは私の意志を感じ取ってくれたらしく、上手く話しを合わせてくれた。
「そうだね。グリュックさんはともかく、彼の部下は少し危険そうだし、二人は戻っておいた方がいい」
「うん、分かったよ。えっとシーシャさんは?」
シーシャさんは町の方をチラリと見る。
「……そうだな、私はヴァッサさんと周ろう。もしもの事もあるしな」
「大丈夫ですかシーシャさん、怪我がまだ……」
「心配ない。診てもらったが大した負傷じゃなかった」
「そうですか……では、お願いしてもいいですか?」
「ああ。行こう」
シーシャさんは私とプーちゃんに目配せをすると歩き出した。お父さんは私達に「すぐに戻る」と一言告げるとシーシャさんと共に町の方へと歩いて行った。
「プーちゃん」
「うん」
「調べよう」
「もちろん! ささっとやっちゃお!」
私達は何か使えそうな情報がないか調べるために船の中にある資料室へと歩き出した。




