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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第6章:浮かばれない男
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第47話:歴史に生まれた怪物

 部屋へと戻った私達はお互いに沈黙していた。ノルベルトさん……リチェランテさんを何とか捕まえる事が出来たものの、今回の一件には私達が大きく関わっていたからだ。

 私達はただあの人が言っている事を信じて無暗に道具を作ってしまった。もしかしたら私達が居なくてもあの人はあの事件を起こしてたのかもしれないけれど、いずれにしても協力してしまったのは事実だ。今まで私達自身ですらも見た事が無い様な力を持った道具を使って……。

 そんな事を考えていると突然扉が叩かれる。返事を返して扉を開けてみると、そこにはレレイさんが立っていた。


「あ、レレイさん」

「休んでてって言ったのにごめんなさいね。これ……」


 そう言ってレレイさんは私にあの絵筆を手渡す。リチェランテさんが持っていたからか、全体が海水でべっしょりと濡れており、潮の匂いが漂っていた。


「また逃げられたら困るし取り上げておいたわよ」

「え、えっとありがとうございます」

「ええ、いいのよ。それじゃあね」


 そう返し扉を閉めようとしたレレイさんをプーちゃんが呼び止める。


「待ってよ」

「どうしたの?」

「あのさ……あいつは、どうなるの?」

「キッドレスの事?」

「うん……」

「……色んな国から指名手配されてるからね。一旦どこかに引き渡して、後は多分国際裁判にかけられるでしょうね」


 プーちゃんは腰掛けていたベッドから立ち上がる。


「あのさ、あたし思うんだ。あいつがやった事は悪い事だけど……ホントに何か事情があったんじゃないかって……」


 レレイさんは首を横に振る。


「事情は関係ないの。彼はこれまでも多くも命を奪ってる。自分の手をほとんど汚さずにね。もしプレリエの言う様に事情があったとしても、許される事じゃないのよ」


 ……そう、許される事じゃ決してない。でも私も何か違和感がある。あの人をまだ信じたいって訳じゃないんだけれど、でも何かが引っ掛かる。


「あの、レレイさん。無理を承知でなんですが、お願いしたい事があるんです」

「どうしたの?」

「あの人と一度話をさせてもらえませんか? 少しの間でいいんです」

「駄目よ。何を企んでるかも分からないし、少しでも隙を見せたら逃げるかもしれない」


 プーちゃんも私の横へと速足で来ると、レレイさんの目を覗き込むかの様に真っ直ぐな目を向ける。


「あたしもちょっと話したいんだ。お願いレレイ姉、ほんのちょっとでいいから」

「絶対に駄目よ。さあほら、もう休んで、疲れてるでしょう?」


 レレイさんは私達の肩を優しく押すと部屋へと押し入れ、そのまま扉を閉めて行ってしまった。

 まあ無理だよね……あれだけの事をした人な訳だし、会わせてくれる訳がないよね。


「ヴィーゼ、あたし何か引っ掛かるよ。あいつは悪人だけど、何か納得がいかない」

「……何だろう。私も上手く言えないんだけれど何かが引っ掛かる気がする」


 私はプーちゃんと共にベッドへと移動すると隣り合う様に腰掛けた。


「あのねヴィーゼ、あたしがちょっと気になってるのは、あの提督なんだ」

「うん、私もちょっと気になってる。あの人は確かクルードさんの上司に当たる人だよね?」

「そうっぽかったけど……でも……あんな人間が居る、のかな?」


 全身が焼け爛れていても活動が可能な人間……私はお医者さんでもないから確定的とは言えないけれど、あり得ない様な気がする。流石に一般的な生物としては逸脱してる気がする。


「多分居ないよ。何かの本で読んだ事があるんだけれど、全身の約70%が火傷したら、助からないらしいんだ。あの提督さんは明らかにそれを超えてた様に思う」


 ちらっと見ただけだから確証は持てないけれど、あの遺体の腕の部分は既に変な方向に曲がってた様に見えた。色も真っ黒になって、さっきまで動いていたとは思えない程に。


「ねぇヴィーゼ、もしあの提督が変な力を持ってるのが最初から分かってた事だとしたらどうかな?」

「どういう意味?」

「だからさ、あいつはあの提督が持ってる変な力みたいなのに気付いてて、それで戦争を起こしたんじゃないかなって」

「何のために?」

「それは分かんないけど……」


 でも確かにリチェランテさんがあの提督の事を知ってた可能性はある。もしプーちゃんが言ってる仮説が正しいとしたら、いったい何で戦争を起こしたの? きっと私達に話してた理由は嘘なんだろうし……。


「調べてみよっか」

「何を?」

「リチェランテさんが今までに起こした戦争やテロの場所。もしかしたら何か分かるかも」

「どうやって?」


 レレイさんに頼むのは間違いなく無理だ。ヴォーゲさんも当然無理って言うだろうし、リオンさんも流石に許可してくれない筈……。リチェランテさんが今どこに収容されてるのかも分からないから迂闊に探し回るのも感づかれたりしたら良くないだろうし……。


「本人には……聞けないよね」

「まっさかー、無理だってば、どこに居るかも分かんないのに」

「だよねぇ……」


 何の気なしに手元を見る。

 この絵筆は……流石にリスクが高すぎるか。『隙間』の中がどうなってるのかも分からないし、もし中に入って出られなくなったりしたら大問題だ。


「あっ」

「え、どうしたの?」

「ヴィーゼ、もしかしたらあいつに聞かなくてもいいのかも」

「どういう事?」

「ちょっと来て!」


 プーちゃんは普段調合時に使っているフラスコを一本取ると部屋から駆け出した。私も慌てて後を追い、廊下へと出る。プーちゃんは甲板へと続く階段の途中に立ち、下から外の様子を窺っていた。


「プ、プーちゃん、いったい……」

「しっ……静かにしてて……」


 プーちゃんはゆっくりと顔を出すと素早く手を伸ばし、甲板に流れ出ていた海水をフラスコの中に搔き入れると顔を引っ込め、また部屋の方へと戻り始めた。


「ねぇプーちゃん、どうしたの?」

「あたし達よりもあいつ自身よりも、よっぽどこの海で起こってるあ事に詳しいのが居るじゃん」


 ……そうか、確かに彼女なら間違いなく詳しい。誰よりも長く生きてる彼女なら……。

 部屋へと戻ってきた私達は再びベッドに腰掛け、フラスコはプーちゃんの膝の上に置かれる。


「ねーえー、出て来てよ」


 そう呼びかけるとフラスコ内の水が見えない力に引っ張られるかの様に一人でに上へと持ち上がりフラスコから出ると、小さな人型を形成した。その姿を見るのは久しぶりだった。


「何用ダ、人ノ子ヨ」

「やっほ、久しぶり。あのね、聞きたい事があるんだ」

「何ダ?」

「え、えっとですね……多分リチェランテさんの事は知って、ますよね?」

「……知ッテオル。騙サレオッテカラニ……」


 流石に私達の不始末もバレていたらしく、水の精霊は少し不機嫌そうだった。


「ごめんなさい……」

「ソレデドウシタト言ウノダ? マサカ謝罪ノタメニ我ヲ呼ビ出シタ訳デモアルマイ」

「あっ、はい。そうなんです。実は今までにあの人が起こした戦争とかテロの被害にあった場所について知りたくて」


 水の精霊はしばらくの間沈黙していたが、やがて答えた。


「……彼奴ニ騙サレオッタノハ正直呆レルガ、自分達ニ出来ル事ヲシヨウシテイルノハ認メヨウ」

「あ、ありがとうございます」

「フム。マズ断ッテオクガ、国ノ名前ハ教エヌ。既ニ名ガ変ワッテイル所モアル様ジャカラナ」


 リチェランテさんが仕掛けたテロが完璧に上手くいった国があるとしたらおかしくはない……。それこそ小さな国だったら住んでた人達が全滅した可能性だってあるし……。


「狂将軍ジャ」

「え?」

「我ノ記憶が正シケレバ、イクツカノ国ニハソウ呼バレル軍人ガオル。一人一人ガ戦局ヲ引ッ繰リ返セル程ノ力ヲ持ッテイルト聞ク」

「ん~それって、あの提督みたいな?」

「オ前達ガ戦ッタアノ男モソノ一人デアロウナ。長イ世ヲ生キテキタガ、アノ様ナ不死性ハ見タ事ガ無イ」

「それでその、その狂将軍の人達が関係してるんですか?」

「彼奴ガ事件ヲ起コシタ際ニハ必ズトイッテイイ程、狂将軍ノ姿ガ目撃サレテオル。アレガ何カ関係シテオルノダロウ」


 戦局を引っ繰り返せる程の力を持った狂将軍……。リチェランテさんはその人達を自分の目的のために利用しようとしてる? でもあの戦いの時、むしろリチェランテさんはバレるまで何もしなかった。それこそあの提督が本当に死んでしまっても何も困らないみたいに。


「ん~……あいつ何がしたいんだろ?」

「ソコマデハ分カラヌ。人ノ心マデハ読メヌカラナ」

「その人達は全部で何人居るんですか?」

「総数マデハ分カラヌ。シカシ、ココ数十年デ急ニ名ヲ聞ク様ニナッタノハ事実。増エテイルノヤモシレヌナ」


 ……ここ数十年の話かぁ。確か未知の生物が各地で確認される様になってきたのも割と最近の筈だけれど、まさかね……。


「我カラ言エルノハコレ位ジャ」

「んー分かった。ありがとね」

「すみません、ありがとうございました」

「……ウム、デハ我ハ戻ルゾ」


 そう言うと小さな人型は突然力を失ったかの様に普通の水へと戻り、フラスコの中にピチャリと跳ねた。プーちゃんは足をパタパタとさせながら天井を見上げた。


「どーするヴィーゼ?」

「えっ、どうするって……」

「多分だけどさ、お父さんが言ってる未知の生物とかってのと同じなんじゃないかな。レレイ姉にお父さんが呼ばれてたのももしかしたらさ……」


 正直少しその可能性も考えていた。生物学に関してはお父さんはかなり詳しい。あの提督さんは明らかに人間としての範囲を逸脱している様に見えた。色んな変異種が見つかっているんだったら、その中に人間型が居たっておかしくない……。


「それは私も思ったけれど……でもこれって私達がどうにか出来る事なの? 私達はただの錬金術士だよ? 戦ったり出来る訳じゃないんだし……」

「別に戦ったりする訳じゃないって! ほら、あの……狼……いや犬? 何だったかな……ほらあれと同じだよ。あの時の遺跡みたいな感じっていうか」

「錬金術が絡んでる可能性は確かにあるね。でも、あれはあくまで無人島だったから済んだ話だよ。人が住んでる所でやるのは危なすぎるって。それこそ今度は私達がテロリストだよ、言い逃れ出来ない」


 プーちゃんは体を密着させる様にして私の顔を覗き込む。


「まあそこは上手くやるというかさ。水の精霊と約束したじゃん。私達がそういうのをどうにかするって」

「ま、ああそれはそうだけどね。でもどこにその狂将軍って呼ばれてる人達が居るのかも分からないよ?」

「まっ、それは実際に色んなとこを周って地道に探すしかないよね。多分あいつが戦争を起こした所のはもう壊されてるんだろうし、それ以外の所かな」


 やっぱり地道に行くしかないよね。大変な作業になるとは思うけれど、でもまあプーちゃんの言った通り、水の精霊と約束したんだし私達に出来る事はやらないと。


「そう、だね。でもどこから探す?」

「んーひとまずはこの船が向かった先でいいんじゃない? 多分あいつをどっかに引き渡すためにどこかに泊まるだろうし」

「そっか、そうだよね。じゃあそれまではゆっくりしてようか」

「うん」


 私達はシップジャーニーの船団が新たな港に泊まるまでゆっくりと体の疲れを取る事にした。

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