第45話:悪意
レレイさん達防衛部隊とリュシナの提督との戦闘が始まり数分が経っていた。防衛部隊のメンバーのほとんどは提督相手に手も足も出ず負傷してしまい、端の方へと寄っていた。幸いにも死者は出ていなかったものの、現在残っているレレイさんとリオンさんの二人でも、この怪物染みた提督を倒せるのかどうか、私には確信が持てなかった。
数秒双方の睨み合いが続いたかと思うと、突如リオンさんが持っていた自らの剣をノルベルトさん目掛けて投げつけた。その速度は明らかに人間が出せるものを超えている様に見えた。あまりに予想外の出来事に声を上げるのも遅れ、声が出た時にはノルベルトさんは左腕を抑えながら後ずさりしていた。
「リ、リオンさん……?」
「おいおい正気か君は? 手が滑ったって事でいいんだよな……?」
「……ノルベルトと言いましたね?」
「そうだが……?」
「貴方は……その二人を誑かしたのですか?」
リオンさん、何を言って……。
レレイさんが提督の腹部に持っていた棍棒を突き当てると、突如提督の体は何かに吹き飛ばされる様に燃え盛る船の方へと吹き飛ばされていった。恐らくは魔法を使って風を圧縮して爆発させたものだと思われた。
「あなたの名前は有名よノルベルト・ヴィステーナ。私達を騙せると思ったのかしら?」
「……何を言ってるのか分からないが。血迷ったか? 今倒すべきは彼だろう?」
負傷の浅い防衛部隊の人達がノルベルトさんを囲むとヴォーゲさんが操縦桿から離れ、ゆっくり近付き始める。
「我々がお前の侵入に気付いていないとでも思ったのか? ノルベルト・ヴィステーナ。いや、こっちの名前の方がいいか? 国際指名手配犯……リチェランテ・キッドレス」
ノルベルトさんはニヒルな笑みを浮かべると甲板の真中へと歩き出した。それに合わせる様にレレイさん達が囲んでいく。
「ふぅ……お見事、と言えばいいのかな? 流石に各地を旅してる人達は格が違うね」
どういう事……? 指名手配犯? ノルベルトさんが? でもノルベルトさんはあの島を変えるために私達に調合をお願いしてきて……。
ノルベルトさんと目が合う。
「すまないねヴィーゼにプレリエ。君達を利用させてもらった」
「ちょ、ちょっと待ってよ! どういう事なのさ!」
「あの時私は、君達の手を見て錬金術士だと見抜いたと言った。だがあれは嘘なんだよ。紛れもなくな」
シーシャさんは腰のナイフに手を掛ける。
「どういう意味だノルベルト、貴方は……」
「そこの船長さんが言った通りさ。私は指名手配されてる、複数のテロ行為でな。まあ、そう言ってるのはあいつらの主張の上での話だがね」
クルードさんは酷く動揺した様子で声を荒げた。
「何を言ってるんだ君は! 自分達はあの国を変えるためにやったんだろう!? それが指名手配だと……!?」
「ッハハハ……そこの双子のお嬢さんならともかくとして、いい年した大人が正常な判断も出来ないのか。軍隊に居る人間ってのは訓練で頭を打ち過ぎてまともな思考も出来なくなるらしい」
リオンさんは本来は停泊時に使うロープを手に取る。
「……クルード、この男は幾度も各地でテロ行為を繰り返しているのです。そしてその度に名を変え、どこかに潜んではまたテロを繰り返す。そういう男なのです」
「リチェランテ・キッドレス、私達シップジャーニーには各国からの依頼も出されてるのよ。あなたを捕まえて差し出す様に、とね」
「……私を裁くためにか。愚かな連中め。私が変えてやらねば何も出来なかった癖に、こういう時には一丁前に文句を言うのだな」
リオンさんはノルベルトさんに近付くとロープを体に巻き始めた。
「……双子のお嬢さん、さっきの続きだ。私が君達を錬金術士だと見抜いた理由、それはね……ずばり簡単な事、私も錬金術士だからさ」
この人も、錬金術士……? でもあの家にはどこにも釜なんて無かった筈……それに同じ錬金術士だからって言っても見分けられるものなの……?
「君達にはまだ分からないかもしれないが、いつかは私と同じ様に分かる日が来るさ。ただの偶然なのかそれとも血脈か、それは私にも分からんがね」
「大人しくしてくださいキッドレス」
「何で、あたし達を……利用したの……?」
プーちゃんは今にも泣きそうな声で尋ねた。
「純粋に騙しやすいというのがあった。君達のあの感じ、それとシーシャだったかな? そっちの彼女もそうだ。あまり外の世界を知らないで育ったんだろう? 三人とも簡単に付けこめる、そう感じた。ただ最も大きかった理由は、二人の才能だ」
「才能……?」
「そう、一目見て分かった。私とは比べ物にならない才能を秘めているとね。悔しいが負けを認めざるをえない。私と君達の間には雲泥の差がある。どんなに手を伸ばしても届かない才能の差が」
「で、でも私達……まだ全然実力も無いし……」
シーシャさんが私の前を手で遮り、お父さんは私達を守るためにか近くで身構えていた。
「聞くなヴィーゼ、同情を誘おうとしているだけだ」
「錬金術において重要なのは実力ではない。才能さ、そこが最も重要な要素になる。凡百の人間じゃ気付けない様な閃き、それが重要になってくるんだよ」
ロープを巻き終えたリオンさんはノルベルトさんをマストの近くに連れて行くとその場に座らせ、更に上からマストに縛り付ける様にロープを巻き始めた。
「そんな才能に私は感謝してるんだよ。今回の一件が上手くいったのは間違いなく君達のおかげなのだから」
「キッドレス! 大人しくしろと言ったでしょう!!」
「……そしてこれに関しても感謝するよ。君達のおかげだ」
そう言った直後、ノルベルトさんの服から一本の筆が転げ落ちる。
「っ! リオンさんそれを!!」
「!?」
咄嗟に声を上げリオンさんに拾ってもらおうとしたものの、ノルベルトさんは素早く足を動かすと狭間の絵筆を足の下に抑え込むとその場で身をよじった。その直後、ノルベルトさんは甲板に出来た隙間に足を入れるとそのまま吸い込まれる様にして入り込んだ。リオンさんはすぐさまその隙間目掛けて手を伸ばした。
「ま、待ってくださいリオンさん! 触らないで!」
「し、しかしっ!」
「ヴィーゼの言う通りしてリオン。下手に行動するのは危険よ。……皆注意して! 絶対に死角を作らない様に!」
レレイさんの指示通り私達はお互いの背中などの死角になりうる場所を守る様に警戒を始めた。
「ヴィーゼ、プレリエ、いったいどういう事なんだいこれは……」
「えっと、ね……」
私は怒られる事を覚悟で事の顛末を話した。気まずそうにプーちゃんはお父さんから目を逸らし、お父さんは黙ったまま私の話を聞き続けていた。
「……って感じ、うん」
「ヴァッサさん、この二人を怒らないでくれないか。あいつを信じてしまった私に責任がある。年長者としてもっと気を付けるべきだった……」
「……いいえ僕の責任でもあります。僕が父親としてもっと二人の側に居るべきだった」
最悪だ……私達のせいで大変な事を招いてしまった。まさかあの人がそんな人だなんて思わなかった。いや、本当は気付けていたのかもしれない。よく考えてみれば、どれもこれもノルベルトさんにとって都合が良過ぎる……武器の製造を任されてる事も、船に忍び込んでいた事も……。
「お、お父さん……ごめんなさい……」
「いいんだヴィーゼ、プレリエ。二人がやったのは間違った事かもしれないけど、まだやり直せる、そうだろう?」
「やり直すってどうやって……」
「これは僕の憶測に過ぎないんだけど、彼はまだ遠くには行っていない筈だ。そして正体がバレた今、このまま僕達を生かして帰すとも思えない」
確かに、私達を生かしておく意味が無い。ここで全員口封じをしてしまえば、下にある漁船の一つでも乗っ取って安全に逃げられる。それにあの提督……あの人のあの耐久力も考えればきっとまだ倒せてない。ノルベルトさん本人は戦う必要すらない可能性だってある。
「私も同感だ。あの男は確実に私達を殺しにかかるだろうな。大方あの提督とやらもあいつがこうなる様に仕向けたんだろう」
「ヴィーゼ、あたしどうしたら……」
「大丈夫だよ、大丈夫……何とか、何とかするから……」
口ではそう言ったけれど、じゃあ具体的にどうする……? あの隙間には作った私達自身ですら解明出来ない理解ない部分がある。そもそも人間があそこに入って本当に生きていられるのかどうかの保証も無い。だからあの中に入って追跡するのもリスクが大き過ぎる。
そう思案していると炎上している船から爆炎が上がり、提督が再び姿を現した。最早皮膚は完全に焼け爛れており、顔も辛うじて人間のものであると分かる程度だった。
「戦闘態勢!!」
リオンさんはそう叫ぶと素早く甲板に突き刺さったままになっていた剣の下に滑り込むと勢いよく引き抜いた。
「全員容赦はするな! 最早あれは人間ではない! 迷いを捨てろ!!」
そう叫んだリオンさんは率先して切り込んでいった。提督の方は炎による損傷のせいか体を上手く動かせないらしく、段々とリオンさんに押されていった。
いける……一先ずあの人を無力化出来れば、ノルベルトさんの方に集中出来る。対処法は何も浮かんでいないけれど、少なくとも注意を払う対象は一人減る……。
そう考えた直後、何かが炸裂する様な音が響き渡った。大砲でもない様な聞き覚えの無い音に全員が静まり返る。しかし、私の側で聞こえた重い音で、何が起こったのかはすぐに理解出来た。
「……え」
私の目に映ったのは脇腹を抑えて血溜まりの上に倒れ込んでいるシーシャさんの姿だった。
「治療陣形へ移行!!」
リオンさんの言葉を聞き、防衛部隊の内の数人が私達の周りを囲み、ヴォーゲさんシーシャさんの側に膝をつく。
「え、シ、シーシャさん……」
「落ち着いてください。まずは傷の確認をしなければ……」
何が……何が起こったの……? 何かが聞こえたと思ったら急にシーシャさんが倒れて……こ、こんな血が出て……。
思わず隣のプーちゃんを見る。口を開けたまま青ざめた表情をしていた。目からは大粒の涙が流れ続けており、拭うだけの余裕も無さそうだった。
「っ!」
そうだ、私が何とかしないと……動揺してる場合じゃないよ。もし今の状況が続いたら、全員やられる……それだけは、避けないと……。
「リオン、何か見えた?」
「いえレレイ……ですが飛び道具の一種なのは間違いないかと……」
飛び道具……それはそうかもしれない。この状況でやった可能性が高いのは間違いなくノルベルトさんだ。あの人なら何か武器を隠し持っててもおかしくはない。それも私達が知らない様な武器を……。
私は少しでも気持ちを落ち着かせようとプーちゃんの手を握る。その手は小刻みに震え、私自身の手までも震わせた。
「少し腕を除けるぞ」
そう言いヴォーゲさんが脇腹を抑えているシーシャさんの腕を除けると、そこには小さな穴が開いており、そこから出血している様だった。
弓矢とかじゃない……人間の体に飛び道具でこういう傷をつけるって、どうすれば出来るの……? 傷口だけ見ればそこまで重傷じゃなさそうなのに、これだけ血が出てるって事は実際はかなり傷が深いって事だろうし……。
「ぅ……」
「っ! シー姉!」
「……駄目だ、速過ぎる……」
「な、何ですかシーシャさん……?」
シーシャさんはヴォーゲさんの治療を止める様に腕を掴む。
「さっき、私は……リオン達の方向を見ていた……攻撃はそっちから来たんだ。それなのに、見えなかった……攻撃された事に気付くのにやっとだった……」
「それって……どういう……」
「一旦常識を、捨てた方がいいかも、しれない……! 錬金術の前では……今までの常識が、通じないのは分かる、だろ?」
常識を捨てる……そうだあの人も錬金術士なんだ。あの人は私達との間に才能の差を感じたって言ってた。あの絵筆を作らせたのも自分じゃきっと作れなかったからだ。ならもし、もしも……その逆もあるとしたら……? あの人じゃないと思いつかなかった様なレシピがあるとしたなら……?
「ヴィーゼ、プレリエ、シーシャさんの事を気にするのは分かるけど、視線を一点に集中させるのは危険だよ」
「う、うん」
お父さんの言葉に返事を返し、振り返ったその瞬間、私はさっき何が起こったのかを理解した。
「……!」
お父さんの背中にはあの絵筆で作ったものと同じ見た目をした隙間が出来ており、そこから小さな大砲に柄を付けたような見た事も無い物が顔を覗かせていた。柄をしっかりと握り込んでいる手が人差し指を使って部品の一部を抑え込もうとする。
「しゃがんでっ!!」
私は咄嗟にそう叫びながらプーちゃんを押し倒す様に倒れ込んだ。その直後にあの時と同じ様な炸裂音が響き渡る。顔を上げるとヴォーゲさんの頬に何かが掠めた様な傷が出来ており、その顔には汗が伝っていた。
「……ヴィ、ヴィーゼ、今の何……?」
「分からないよ。でも、何か見えた……小さい大砲? みたいなのが……」
「危なかった……ヴィーゼ、君が言ってくれなかったらきっと今頃私は……」
もし少しでも私が叫ぶのが遅れてたら、ヴォーゲさんは殺されてたかもしれない。……これは私が招いた事だ。だったら、やっぱり私が何とか案を出さなきゃ……!
「み、皆さん! 気を付けてください! どこから攻撃されるか分かりません! 絶対に、油断はしないで……っ!」
「ヴィーゼ、あたし、あたしっ……どうすれば……」
私はプーちゃんの頬を撫で、立ち上がる。今は抱きしめる事すらも危険だ。
「……まずは、だよ。あの人の動きを制限しなきゃ……!」
そうすれば隙を生み出せる。そうすれば捕まえられる。そうすれば少しでも罪滅ぼしになる……。私が……やるべき事だ……!




