第42話:次元の狭間を追い求めて
船へと戻った私達はお母さんのレシピ集から何か使えそうな物が無いかと探し始めた。しかし、ノルベルトさんが求めていた様な『時間になったら爆弾を起動させる装置』はどこにも載っていなかった。導火線の付いたダイナマイトの作り方は載っていたものの、これではとてもノルベルトさんを納得させられそうになかった。
「駄目だね……載ってない……」
「この導火線の付いたやつとかじゃダメなんだよね? もっと時間が経ってから起爆させる様なのじゃないと」
「うん。この導火線じゃ短すぎるし、それにもしこれを長く伸ばしたものに変えたとしても余りにも怪し過ぎるよ」
とはいえ、他にどうすればいいのか想像もつかない。時間を計れるのは時計とかだけれど、それを内蔵する訳にもいかないし、もしするにしてもどうやって爆弾に連動させるかが問題なんだよね……。
「……ねぇヴィーゼ」
「何? どうしたの?」
「さっきヴィーゼさ、導火線を長くしたら爆発までの時間を長く出来るって言ったよね?」
「そうだね……まあそれが出来ればって意味では言ったけれど……」
プーちゃんは両手を合わせるとそれを少し開き、その隙間から目を覗かせた。
「もし、もしだよ? こういう風に狭い物同士の間に挟んじゃえばその導火線も見えなくなっちゃうよね?」
「……えっとごめん。何て言ったの? どういう意味?」
「要はさ、目立たなきゃいいんでしょ? だったら挟んじゃえば、導火線位の物なら隠せるんじゃないかな?」
確かに導火線は紐みたいなものだし、どこかの隙間に入ってしまったら意外と見つからないかもしれない。でも、どこに入れるの……?
「それは……爆弾そのものの中に隠すって事?」
「うーんと……えとね……? 何て言えばいいんだろ。例えばこのレシピ集とあたし達が居るこの場所の間……みたいな?」
……何を言ってるんだろう。元々この子はちょっと変わった感性がある子だけれど、ここまで理解出来ない事を言われたのは初めてかもしれない。レシピ集とこの場所の間……? 距離の事を言ってるのかな……?
「ちょっとごめん……えっとぉ、もうちょっと分かりやすく言える?」
「んーそう言われても……あたしも何となくの感覚というか、上手く言えないんだよね」
レシピ集の開かれたページに手を触れる。どこにでもあるサラサラした感触を感じながら、ゆっくりと机の上に手を擦り動かす。
……プーちゃんが言いたい事は何なんだろう。ただの距離の事じゃなさそうだけれど……。
「んっとねぇ……そこに書かれてるレシピの文字には触れないけど、こうやってヴィーゼには触れる、的な?」
そう言うとプーちゃんは片手をレシピに、もう片方の手を私の肩に置いた。
触れるか触れないか……この違いは何だろう? 文字に触れる事は出来ると言えば出来る。でもこれはペンで書かれたものだ。それに指で触れたところで、それは本当に触ってるって言える……? それに対して私は間違いなくプーちゃんに触られている。私がそう感じてるんだから間違いない。
「あっ……」
そうだ……そういう事だ。今何となくだけれど理解した。今私達が居るこの空間とレシピに書かれている文字や絵の間には明確な距離があるんだ。上手くは言い表せないけれど、今この場所には、二つの空間が同時に存在してるんだ。そしてその二つの間には空間を分けるための何かがある筈なんだ。この二つの空間を線引きするための空間……プーちゃんが言う様な隙間が……。
「分かった、分かったよプーちゃん! 私も上手く言えないけれど、言いたい事が分かる!」
「ホント!? やっぱヴィーゼは賢いね!」
「べ、別に賢くはないけれど……。まあとにかく、何をすればいいのかは分かったよ。プーちゃんが言いたいのは、その二つの空間の間にある隙間に隠してしまえばどんなに長い導火線も隠せるって事だよね?」
「そーそー! 隙間に隠しちゃえば分かんないと思ったんだ! まあ問題はどうやってやるかだけど」
確かに問題はそこだ。今私達が話してた空間同士の隙間に物を隠す方法なんてあるんだろうか? その隙間だって別に目に見えてるものでも無いのに……。
どうするべきかと考えていると、プーちゃんが窓の側に移動し外を眺め始めた。
「プーちゃん?」
「ねぇヴィーゼ。もしもさ、天国っていうのが本当にあるとしたら魂はどうやってそこに行くのかな?」
「どうしたの急に……?」
側に近寄りそう尋ねるとプーちゃんは港にある魚売り場に並んでいる魚達を指差した。
「もしこの世のあの世に間にも隙間があるんだとしたらさ、死んじゃった生き物はそこを通って行く筈だよね?」
なるほど……プーちゃんは私達が生きているこの世界と天国の間には何か通り道があるんじゃないかって考えてるのか……。実際に死んだりしないとその説を立証する事は不可能だけれど、でも可能性は高いかも……。
「……プーちゃん、ちょっとあそこに行ってみよう。もしかしたら何か使えるかも」
「うん」
私達は一縷の望みに賭けて港へと戻る事にした。
船から降りた私達は並べられている魚達を見て周り、何か調合に役立つヒントが無いかと思案した。しかし、何度繰り返して見てみてもそこにあるのはただの命を落とした魚だけで、何も得られそうになかった。その時、シップジャーニーの一員であるぺスカさんが通りかかった。
「おー双子ちゃん。いやぁ悪いね……艦長達が乗ってる船がちょっと破損しちゃったぽくてさ。もうちょい掛かりそうなんだよね」
「あ、いえいえ。皆さんお怪我は大丈夫でしたか?」
「んー、まあ何とかね。流れ弾みたいなもんだったしね」
どうやら怪我人は出てなかったみたいだ。……ちょっと聞いてみようかな。
「あのぺスカさん、聞きたい事があるんですが……」
「ん? おーいいよいいよー。何?」
「えっと……死んでしまった生き物……例えばここの魚の魂はその後どこに向かうんでしょうか?」
ぺスカさんは髪を指で弄りながら斜め上に視線を動かし、しばらく考え込んでいた。
「……あんまりそういう事考えた事無かったなぁ……。どうしたの? 何かあった?」
「い、いえ。ふと気になったので……!」
「あはは! 双子ちゃんは面白い事考えるねー? 私そういう難しい事考えた事もないよ」
やっぱり、そういう事は誰にも分からないよね……だってそんなの本当に死んだりしない限り分からないし、それにもし持論を持ってたとしてもそれがあってるとも限らないんだし。
「あーえっと、ごめんね何か? 力になれなくてさ」
「あっ、いえいえちょっと気になっただけですから……」
「そう? それじゃ悪いけどまた作業に戻るよ。私一人だけ油売ってる訳にもいかないし」
「はい。ありがとうございました」
「じゃあねぺスカ姉」
「うん、じゃね!」
ぺスカさんは気持ちのいい笑顔を見せると街の方へと駆けて行った。
さて、どうしようかな……今一番考えなくちゃいけないのは空間の隙間に干渉する方法だよね。私が知ってる限りではそういう道具は作られてない筈だし、そもそもその『隙間』の概念に他の人達が気付いているかどうかも怪しい……。
「どーするヴィーゼ?」
「どうしよう……何か、何かそういう特製を持ったものというか、そういう場所で生まれたものがあればいいんだけれど……」
露店に並んでいる魚介類やアクセサリーなどを見ながら歩いているプーちゃんの後ろを追う様に歩く。立ち止まった状態で思いつかない時はこうやって体を動かすと、意外と新しい事が思い浮かぶ事がある。これはお母さんから教わった事だ。
何となく思いつくのは教会とかで売ってる物かな……。一応死者を弔ったりもする場所だし、そういう力が宿ってる物とかあるかも。例えばお札、とか……? いやでも、あれが本当にそういう効力を持っているかどうかなんて分からないよね……だとしたらあんまり期待は出来ないかも。
その時ふと顔を上げると、露店に並んでいるネックレスを見つめているプーちゃんが映った。普段はあまりそういうものに興味を示さない子だが、様々な貝殻を使って作られたそのネックレスには興味を持った様だった。
素朴だけれど、綺麗なネックレスだなぁ……宝石が何個も付いたのよりも、ああいう物の方がプーちゃんには似合うかも……。
「……あれ?」
……そうだ、ネックレスだ! あの遺跡を壊した日に見た夢の中でシルヴィエさんから貰ったネックレス……! 確かあの人はこう言ってた『私が封じ込めた特殊な力が宿ってる』って! あれを受け取ったのは夢の世界だった。少なくとも現実の世界じゃ無かった筈だ! でも完全に夢でも無かった! という事はあそこは、私達が考えてる隙間の世界の可能性が高い!
「プーちゃん!」
「えっ? あっ、ごめんごめんヴィーゼ。ちょっと気になっちゃって」
気まずそうに頬を搔くプーちゃんの手を力強く掴む。
「ひっ!?」
「プーちゃんのおかげだよ! きっと上手くいくよ!」
「え、えっとぉ~……? どーゆー事?」
私はついさっき気付いた事をなるべく簡潔に伝えた。最初は私の様子を見て困惑している様だったが、話が進むに連れてその表情は喜びを含んだものに変わっていった。
「凄い! 凄いよヴィーゼ! それなら行けるかもじゃん!」
「うん! 早く部屋に戻ろう! レシピを作らないと!」
私達はドタドタと慌ただしく自分達の部屋へと戻った。
部屋に戻った私達は机の上に置かれた紙にレシピを描き始めた。
最初は時限装置を作る必要があると思ってたけれど、これなら必要無い。必要なのはただ長い導火線だけだ。ノルベルトさんが作った爆弾に起爆用の長い導火線を付けて、後はその導火線を空間の隙間に隠すための道具を作ればいいんだ。
「どーする? どんなのにする?」
「この装置自体が目立つようだときっと意味が無いよね。だとしたらやっぱり、この爆弾そのものに隠すのが一番いいよね?」
「でもその隙間を作るのに必要な道具はいるじゃん?」
確かにそうだ。ここで重要なのは、その隙間がどんな見た目になるかだ。もし目に見えないものだったらそれで問題は無いんだけれど、はっきりと見えるものだった場合はそれを隠す必要がある。
「プーちゃんはどんなのがいいと思う?」
「んー……なるべく小さいのがいいよね作るなら。そうだなぁ……じゃあ筆、とか?」
「筆……」
筆か……これなら持っててもそこまで怪しまれないかも。それにポケットに入れたりすれば簡単に持ち運びも出来るし、結構いいかもしれない。
「筆、うんいいね筆。じゃあそれにしようか?」
「うん。ヴィーゼがいいならいいよ」
「じゃあ筆で決定」
私はレシピの最後に簡単に筆の絵を描く。どんなものになるかは私達自身にも分からないため、あくまで完成予想図でしかないが、何も描かないよりかは大分イメージしやすくなった。
「よし、じゃあまずは、だよ……筆を作らないと」
「あっ、それならあるよ」
「……?」
「ほら」
プーちゃんは鞄の中から一本の筆を取り出し、ひらひらと振る。完全に筆から作る気だった私はあまりにも呆気なく筆が手に入った事に驚き、少し固まってしまった。
「あれ、どうしたの? ヴィーゼー? おーーい」
「はっ! そ、それどこから持ってきたの?」
「え? 家からだけど?」
「そんなの持ってたっけ……?」
プーちゃんに絵を描く様な趣味は無かった筈だけれど……。
「いやー買ったんだよお小遣いで。こう、ヴィーゼが寝てる時にこちょこちょってしようと思って」
「……」
何というか……呆れてものも言えないってこういう事を言うんだろうなぁ……。
「あっ、でも一回もやってないよ?」
「知ってるよ……流石にやられたら気付くよ……」
本当にやられてたら怒ったかもしれないけれど今回は未遂だし、それにまあそんな事してる暇も無いよね。
「えっと、ヴィーゼ……怒ってる?」
「……怒ってないよ。まあ手間は省けたし、良かったよ、うん」
私は筆を受け取ると釜の下に火を点け、調合の準備を始めた。
「ほら始めるよ」
「はーい」
「今回は自分達で作ったレシピのやつだからね。お母さんのみたいに上手くはいかないかもしれないけれど、とにかくやれるだけやろう」
「うん! 任せてよ!」
「……よし、始めるよ」
そう言い私は、釜の中に筆を静かに投下した。




