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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第5章:豊かさと罪
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第41話:大義に歯向かう男、ノルベルト・ヴィステーナ

 男性は手で近くの椅子に座る様に促すと、続きを話し始めた。


「ふぅ……さて、まず自己紹介が先かな? 言ってなかった、よな? だから警戒してる、だろ?」

「いいか、あなたが何という名前であるかなんてどうでもいい事なんだ。それより、この子達に何をさせるつもりだ」

「ちょっと手伝ってもらうだけさ。それより君はぁ……何というのかな?」

「……シーシャだ。シーシャ・ステイン」


 男性は口角を上げる。


「シーシャ、ね……。私はノルベルト・ヴィステーナ。まあ気軽にノルとでも呼んでくれ」

「え、えっとノルベルトさん……その、手伝うというのは……」


 ノルベルトさんはため息をつく。


「ふぅ……そうだったね。話が逸れない内に話そうか」


 そう言うと設計図に描かれた奇妙な人工物の輪郭を指でなぞり始める。


「まず私の職業についてなんだが……武器の製造をしている。多分君達も見てただろう? そうだよな?」


 多分あの時に見た布で包まれてたやつの事だよね……。いったいあれが何の武器なのかは分からないけれど。


「多分布に包まれてたやつですよね?」

「その通り。あれは大砲だ。船に積む用の……ふぅ……まぁよく見るやつさ、うん」


 ノルベルトさんは右足を引き摺る様にしながら部屋の隅にある棚の所へ移動すると、そこの棚に置かれていた直方体の奇妙な物体を手に取った。


「それで、だ……君達には時限装置を作って欲しいんだ」

「……少し待てノルベルト。あなたの言いたい事が分からない。その……時限装置とやらで何がしたいんだ?」


 ノルベルトさんはシーシャさんからの問いには何も答えず、よろよろと元居た場所に戻ると椅子に座る。


「この茶番劇を終わらせるのさ」


 そう言った彼の表情からは、今までのどこか楽観的な雰囲気は一切消え失せ、とても同一人物とは思えない程の威圧感が放たれていた。それを見たプーちゃんは私の腕を掴むと自分とシーシャさんの側に引っ張り寄せ、しっかりと腕を抱き寄せた。


「……ふぅ。怖がらせてしまったかな。まあ分かりやすく言うと、この島を終わらせるのさ」

「あの、意味がよく分からないんですけれど……」

「なるほど……では質問だ。君は『豊かさ』とは何だと思うね?」


 どういう意味の質問なんだろう……。


「えっと……食べ物が沢山あるとかですか?」

「ふっ……なるほど、今の答えで君が実に恵まれた環境に居るのかがよく分かる。実に素晴らしい答えだ」


 ノルベルトさんは窓へ向かって指を差す。


「外を見ただろう? 実に豊かだ。人々は皆幸せそうだ。食にも恵まれ、金にも困っていない。統治者がしっかりしている。住民からの信頼も厚い」


 確かにそう見えた。とても過ごしやすそうな場所に間違いなく見えた。


「だが……ふぅ……それは上っ面だけの世界だ。真実はそうじゃない」

「どういう事ですか……?」

「艦隊同士が交戦しているのは見たかな?」

「え、ええ。その流れ弾が当たって、修理するためにここに立ち寄りましたし……」

「……あれはただの戦争じゃない。お互いの利益のためにやってるただの茶番なんだ」


 シーシャさんが口を開く。


「待て、どういう事だ? 茶番だと? 間違いなく撃ち合っていたぞ?」

「目に見えるものが必ずしも真実とは限らない。君は戦争というのが、互いの宗教の違いや思想の違い、食糧問題、それらによって起こされるものだと思ってるのかな?」

「私は森の中にある村で生まれた。悪いがそういった知識には疎い。だがそれ以外にあるというのか?」

「戦争するには何がいる? そう武器だ。ではその武器を手に入れるには何がいる? そう金だ。あれは金のために起きている戦争だ」


 お金のために戦争が起きている? 確かに勝った方の国が負けた国から物を略奪するっていうのはあり得る事だし分かるけれど……でも今のノルベルトさんの発言からすると、それとは少し違う感じがしたな……。


「この国……そしてあの国、リュシナ王国は裏で繋がってるんだ。お互いを共通の敵として仕立て上げる事で住民達の結束を固めさせ、兵器開発に金を流す様に仕向けている」

「ちょっと待ってください! でもそれって住民の人達に利益はあるんですか?」

「『戦争に勝てば利益が出る』皆そう言われてずっとそれを信じ続けている。実際には何一つ稼ぎにはならないがね」

「だがノルベルト、そんな事したら誰かが気付くだろう。現にあなただって気付いている」

「……島の裏手には行ったかな?」

「何の話だ?」


 ノルベルトさんは大きく溜息をつくとゆっくりと立ち上がった。


「そういう、真実を語る人達は皆上の人間に消されたよ。島の裏手にある洞窟には、今も彼らの亡骸が眠り続けている」

「それってお墓にも入れてもらってないって事ですか……?」

「ああ、勿論他の住民達は気付いていない。いや、気付かないフリをしているだけかもな。今度は自分が消されるかもしれない訳だしな」


 それを聞いて、ようやくプーちゃんが口を開く。


「それって……皆が嘘をついてるって事……?」

「そういう事になるかな。彼らは自分達の利益のために助けられる命を見捨てたんだ。時には自分の親友を、時には自分の家族さえも」

「な、何でそんな……」

「大義の下において、正義は無効となる……それが真理だ」

「家族や友を見捨てる事が大義だと?」

「集団心理というやつだ。ほとんどの人間というのは誰かに支配されたがる。そっちの方が楽だからだ。細かい事は上の人間に任せておけばいい訳だからな」


 それはあるかもしれない……実際、ほとんど人達の意見と自分の意見があまりにも食い違ってたら、言いにくかったりするし、仮に言ったとしてもきっとその意見は黙殺される……。


「ある学者がこう書に記していた。『人間というのは上の人間から命令された時、暴力を振るう事に対する抵抗が著しく低下する』と」


 否定したいけれど、私が果たして命令に抵抗出来る人間かどうかと考えると、簡単に否定出来ない……。

 ノルベルトさんは壁に掛けてある時計を一目見ると右足を引き摺りながらこちらに近寄ってきた。


「さて、そろそろ本題に戻ろう。この戦争は必ず終わらせなくてはならない。私の計画としては、兵器を納品する時、この特製の爆弾をセットして両艦隊が交戦中に起爆したいんだ」

「ちょっと待ってください! そんな事したらその武器は壊れちゃうんじゃ……」

「そうとも。彼らに分からせるんだ。戦争とはどういうものか。殺し合いとはどういうものか。自分達がしているのはどういう事か……」


 シーシャさんが私の前に割って入る。


「この子達に人殺しの手伝いをさせるつもりか?」

「では他の手段はあるのか? 賢者は知識から学び、愚者は経験から学ぶ。君はさっきの話を聞いて、この島の人間達が賢者だと言えるのか?」

「……それは」

「私にはそう思えないんだよ。家族や友を平気で見殺しにする彼らが賢者な訳がない。いや、愚者ですらないだろう。それよりも劣る、最悪の存在だ」


 確かにそんな事する人達はいい人じゃないと思う。でも、だからってそんな事をしたら大変な事になるんじゃ? 一方的に撃たれたりとか……。


「あの、それじゃあその船に乗る人達は犠牲になっちゃうんですか?」

「……いいや、彼らだけでは済まないだろうな。相手方の艦隊にも損害が出る」


 ノルベルトさんは窓の側に移動すると何かを警戒する様に外をチラッと見ると、カーテンを閉める。


「実はリュシナ王国に協力者が居るんだよ。艦隊の副官を任されている男だ」

「どういう事ですか……?」

「彼も私と同じでこの戦争の裏に気が付いたんだ。それで私にコンタクトを取ってきた。兵器を開発している私にな」

「その彼は知っていたのか? あなたがこの事実に気付いていると」

「いいや、恐らく彼にとっては賭けだったんだろう。下手をすれば私が彼を捕らえて上に突き出すかもしれないんだからな」


 という事は、今はこの国とそのリュシナ王国にそれぞれ事態を変えようとしている人が居るって事だよね。


「ノルベルトさん、その副官さんはどうするつもりなんですか?」

「彼は砲弾を一部改造するつもりらしい。つまりただの茶番では済まされない。本物の……船を沈める程の威力にね」


 プーちゃんが酷く動揺した様子で声を上げる。


「ま、待ってよ! そ、そんな事したら……!」

「そうだな、我が国の艦隊はあっという間に全滅だろう。だがそれで私の作戦は完璧に遂行される」

「それで戦争が終わるとでも言うのか? いくら詳しくない私でもそこまで簡単に事が済むとは思えないが……」


 いや……ノルベルトさんが狙ってるのはその後だ。お互いにお金のために嘘の戦争を行ってた……でももしそこに、本物の……殺意を持った砲弾が一発でも飛んだらどうなるだろう……? きっと撃たれた方は相手が裏切って本当の戦争を仕掛けてきたと思い込む。そうなればもう言い訳が利かない本物の戦争になる。お遊びじゃ済まされない、本当の殺し合いに……。


「ノルベルトさん……そんな事したら……」

「流石に気付いたかな? まあ君は賢そうだからね、一番最初に真意に気付くと思ったよ。彼らにはこれだけの事をしないと分からないのさ。本物の愚か者は死ななきゃ分からないんだ」


 シーシャさんが声を荒げる。


「まさか……本当に戦争を起こすつもりか!?」

「無関係な人間を巻き込むな、そう言いたいのかな? だが彼らは分かってやっていた。豊かさのために家族や友を売ったんだ。そんな者達に懸ける慈悲などあるのかな?」

「それを言ったらあなたもそうだろう!」

「……ふぅ……分かってるさ。私だって同罪だ。こうして武器を彼らに流したのは事実だからな。でもだからこそ、私にはこの事態を収束させる義務があると思っている。他の者が何もしないのなら、私がやるしかない。もし、この作戦中に命を落としたとしても……計画が上手くいくなら、後悔はしない」


 ノルベルトさんの瞳からは強い意志が感じられた。今言った言葉が嘘などではなく、心から出た言葉なのだと感じられた。


「それで……引き受けてくれるかな? 時間になったら爆弾が自動的に爆発する装置……それを作ってくれるだけでいいんだ」


 そう言うとノルベルトさんは手に持っていた設計図をこちらに渡す様に差し出した。


「ヴィーゼ! 引き受ける必要は無い!」

「ヴィ、ヴィーゼ……あたし、どうすればいいの……?」


 私だって分からない……何が正しいのかなんて……それを決める権利が私にあるのかさえも分からない。私はあの村で卵によって作られた人達を消した。水の精霊は『これ以上人に失望したくない』って言ってた……失望っていうのがどこまでの範囲を言ってるのか私には分からない。けれどもし……お母さんだったら……お母さんだったら何とかして戦争を止めようとする筈……きっとその筈……。


「……受けます、その依頼」

「おい正気か!」

「そう言ってくれると思ってたよ。では明日までに頼めるかな? 早めに事を進めておきたい」


 そう言って私に設計図を渡したノルベルトさんはフラフラと机の方に向かうと椅子に座り、ニヒルな笑みを浮かべ手を振った。


「ではお帰りはあちら。楽しみにしているよ」

「……失礼します」


 私はシーシャさんやプーちゃんと目を合わせるのが怖くなり、目を合わせない様にして建物から出た。



 外に出てから少し歩いた私は人気の無い方へと歩き、近くにあった木の根元に座り込んだ。それを見たシーシャさんとプーちゃんは隣に一緒に座った。


「……怒ってますよね」

「別に怒ってはない……悪いのはあいつ……いや、ここの住人だ」

「そ、そうだよヴィーゼ。あたしはその……ヴィーゼが優しいって事知ってるし……」


 優しいな二人共……本心で言ってくれてるのが分かる。確かに私が直接誰かを手に掛ける訳じゃない。そうだ……そう割り切ろう。仕方がない事なんだ、こうしないときっと、もっと酷い事になる……。


「ヴィーゼ、私はな……水の精霊が言っていた人の罪というのが何も錬金術によるものだけだとは思えないんだ。もしかすると彼女は……こういった事も含めて言ってたんじゃないか?」


 シーシャさんは私の返事を待たず、続けた。


「人を騙して金を盗る事も、家族や友を捨てる事も私は罪だと考えている。少なくとも私は村長や村の人達から、そう教わった」

「私達に……人を裁く権利なんてあるんでしょうか?」

「さぁ……どうなんだろうな。そこまでは私には分からないさ。だがきっと……私達がここに来なくても、彼は行動に移していただろう。それこそ、自分の命を引き換えにしてでも。それを防げるかもしれないなら、やる価値はあるのかもしれない」


 確かに偶然あの人と出会った……もし会わなかったら本当にノルベルトさんは話に出てた副官さんろ協力して命を捨ててでも計画を進めたかもしれない。私が時限装置を作れば、止められるかもしれないんだ。一つだけでも命を守れるかもしれない。

 プーちゃんは私の手に自らの手を重ねる。


「あのねヴィーゼ……もし、もしね? ヴィーゼがやった事が悪い事だったとしても、皆からそう言われたとしても、あたしは絶対にヴィーゼの味方だから」

「プーちゃん……」

「だってヴィーゼはあたしのたった一人の大切な、優しくて賢いお姉ちゃんだからさ。そんでもって、あたしはその妹なんだもん。生まれた時からずっと一緒だったもん」

「……そうだよね。ありがとうね、プーちゃん。シーシャさんもありがとうございます」

「気にしなくていい。子供が細かい事を気にするものじゃないさ」


 ……きっと正しい。きっと……。


「……よし、じゃあ行こう。早く進めないと」

「うん!」

「ああ、戻ろうか」


 私達は木陰から出ると港に泊まっている傷付いた船に向かって歩き出した。


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