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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第1章:ヘルムート王国の双子
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第4話:プレリエの隠し玉

 錬金釜を持ち出した私達は、普段大量の依頼品を運ぶ時に使っている木製の台車に乗せた。正直、壊れたりしないかと不安だったが、問題なく乗っていた。


「ふぃー……じゃあ荷物持って行こっか?」

「うん。でもその前に……」私は家の中に戻ると二人分の鞄と、依頼されていた品を入れていた籠を持ち出した。

「あ、それ……」

「忘れてたよね……。門までの通りに依頼してきた人が居るから、ついでに渡して来ようよ」

「そだね」


 私達は手袋を付けたまま台車を引っ張った。いつもだったらこんなに重い物を引くなんて出来る訳がない筈だが、手袋のおかげでそんな重労働も容易く行う事が出来た。道行く人々は普段は見ない異様な光景という事もあって、こちらをジロジロと見ていた。


「人気者だねあたし達!」

「物珍しいだけだと思うけれど……」


 やがて私達はある店の前に立ち止まった。その店は最近出来たばかりの新しいパン屋だ。まだ慣れてない人がやっているからか、しょっちゅう火傷したりしている。そのせいで、よく軟膏を頼まれている。普段はお父さんが仕事のついでに渡しに行っている。


「よし、そんじゃさっさと渡してさっさと行こうか」

「うん。行こう」


 私達が店の扉を開けると、中からとてもいい匂いがしてきた。丁度新しいパンが出来たばかりらしく、少しお腹が空きそうになってしまう。


「ごめーんくーださーい!」

「はいはい待ってくださいー!」


 プーちゃんが呼びかけるのとほぼ同時に店の奥から声が聞こえてきた。その声は若い女性のもので、どこか自信の無さ気な声だった。

 やがて店の奥から転んでしまいそうな勢いで慌ただしく一人の女性が出てきた。髪はまるでパンそのものと言ってもいい程の綺麗な色で、頬にはエクボを浮かべていた。


「い、いらっしゃいませ!」

「どーもどーも! 始めましてかな!」

「え、えっと、そうですね?」

「これに見覚えは無いかなぁ?」そう言うとプーちゃんは私の腕から籠を取ると、女性に押し付ける様に見せ始めた。

「え、えっと……?」

「ほらほら」

「ご、ごめんなさい、分からないです」プーちゃんは私の肩に手を回し、私ごと前に踏み出た。

「この顔見ても分かんない?」

「え? えっとぉ……」

「ねぇプーちゃん、時間掛かるだけだから……」

「れーんーきーんーじゅーつーしーのー、ヴュースーテーしーまーいー!」

「あっ!!」女性は私達が誰なのか気付いたようだった。

「た、頼んでいた物ですね!?」

「そっ。ようやく分かったぁ?」

「ご、ごめんなさい、まだこの街には慣れてなくて……」


 どうやらこの人は遠くから来たみたい。私達は外に出た事が無いから、どういう所から来たのは想像も出来ないけれど……。


「へぇー他所から来たんだ?」

「は、はい。ずっと夢だったんです、パン屋をやるのが……」

「いいねぇ若いねぇ……」

「……私達の方が年下でしょ」

「ねぇねぇお姉さん! どっから来たの? 教えて教えて!」


 プーちゃんはすっかり女性の故郷が気になってしまっているらしく、完全にするべき事を忘れている様だった。私はそんな彼女の腕を掴む。


「プーちゃん」

「はえ? 何?」

「…………」

「…………?」

「…………」

「あっ!!」少し見つめてようやく思い出したらしく、プーちゃんは慌てて扉へと駆けて行った。

「ごめんなさい、お騒がせして」

「あ、いえいえこちらこそ御迷惑を掛けて本当に!」

「私達これから少し国を出るので、しばらくは戻らないかもしれません。それまではその軟膏で何とかもってくださいね?」

「は、はい!」


 私は頭を下げ、店を出た。正直、あの人は少し心配になる人ではあるが、何とかしてもらうしかない。

 店の外では台車の引き手の前でプーちゃんが準備体操をしていた。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫!」


 プーちゃんの体操を見終えた私は、二人で一緒に再び台車を押し始めた。いつもなら押すのに時間が掛かってしまう台車がスイスイ進むおかげで、私達はどんどん門へと近付いていた。


「いやぁ強敵だったね、あのお姉さんは」

「え、何が?」

「だってこの街の人じゃないんでしょ? めっちゃ気になるじゃん! 外の国とかがどうなってるのかとかさ!」


 言われてみればそうかもしれないかな。私も実は少し興味がある。産まれてからずっとこの街、この国しか知らなかったから外にはどんな世界が広がっているんだろうって考えた事もあるなぁ。この国には港もあるし、他の国や街からの輸入品が入ってきてたけれど、どれもこれも見た事も無い物ばっかりだったっけ。


「実は、私もちょっと気になってるかな?」

「でしょ! どんな食べ物があるのかとか!」

「そうだね。文化とか、工芸品も気になるね」

「玩具とか!」

「言葉も違うかもね?」

「遊び場とか!」

「……俗っぽいなぁ」


 私達はついにこの釜を持ったまま門を潜った。さっきも通った場所ではあるが、この釜を外に持ち出した事は今まで無かったため、何とも言えない感動があった。


「ねぇヴィーゼ」

「どうしたの?」

「ヴィーゼはさ、お父さんと合流したらまず何したい?」

「お父さんと合流したら?」


 プーちゃんはお父さんと離れるのが我慢出来なくなって付いて行こうと言い出したんだよね。私もお父さんが居ないのは寂しいし、ちょっと分かるかな。


「そうだね、まずは一緒にご飯食べたいな」

「うーん、この模範解答よ」

「え、駄目かな?」

「あたしが言いたいのはそういうのじゃ無いってばさ。ほら、折角国から出たんだからさ、お母さん、捜そうよ」


 プーちゃんの表情は真剣なものだった。普段は見せないその真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになってしまう。


「……見つかるかな?」

「見つけるんだよ、あたし達で」

「手掛かりも無いのに?」

「そんなの捜してみなきゃ分かんないよ? 案外手掛かりあるかもだし」


 もしかして、プーちゃんがお父さん追いかけようって言い出したの、これが理由なのかな? 8年前に居なくなった時、一番泣いてたのがプーちゃんだった。5年位前からは今みたいな調子になってたから大丈夫かと思ってたけれど、こういう機会を待ってたのかな……。


「そう、だね。うん。一緒に捜そう」

「うん! そのためにも、まずはお父さん見付けなきゃね!」


 いつもの調子に戻ったプーちゃんは元気良く台車を引き始めた。私もそれに負けない様に引き、あの廃墟があった場所へとまずは向かう事にした。



 廃墟近くに着いた私達は台車に腰掛け、一先ず休憩をする事にした。いくら重い物を持てる手袋を付けていると言っても、体力までは変わらないからだ。


「しかしのどかだよねぇここはさ」

「うん。動物も小さいのしか居ないし、植物の背も低いから向こうの方まで見えるのがいいよね」

「あの建物がちょーっと景観壊しちゃってるけどね」

「あはは……ま、まああれも歴史だから……」


 そんな事を話していると、突然小動物達の鳴き声が聞こえ、その直後私達の足元をウサギやリス達が走り去って行った。その様子はただ事では無く、こののどかな場所では異質な事だった。


「な、何……?」

「何か居るのかな?」プーちゃんは台車から降りると道から外れ、草むらへと入っていった。

「ま、待って! 危ないよ!」

「だーいじょうぶだって。多分何かにびっくりして逃げただけだろうしさ」

「と、とにかく戻ってきて!」

「まあまあ落ち着きなって。……お?」


 プーちゃんは何かを見つけたらしく、その場にしゃがみ込んだ。その後、鞄から普段素材の採取に使っているナイフを取り出すと、足元の何かを突付き始めた。


「ど、どうしたの?」

「これ、ウンコだ」

「え?」

「ねぇヴィーゼ、この辺ってさ、大きい生き物って居なかったよね?」

 まさか大きい動物の糞が落ちてるの? この辺りにはそんな大きい生き物は見た事が無いし、お父さん達も居ないって言ってた筈だけれど……。

「い、居ないってお父さんは言ってたけど……」

「う~ん? 変だなぁ」


 その時、突然何かの音が聞こえてきた。姿は見えていないにも関わらず、音だけははっきりと聞こえる事から、かなりの大きさだと感じられた。


「ぷ、プーちゃん!」

「何の音これ?」


 そう言った直後、突然プーちゃんの後ろの土が跳ね上がり、大きな毛むくじゃらの生物が飛び出してきた。その見た目は図鑑で見た熊によく似ていたが、その毛深さは明らかに熊以上で、鋭く伸びた爪も熊のものとは思えない程だった。


「わっ!? 何こいつ!?」

「下がって!!」


 プーちゃんはその生物の爪での一撃を掻い潜ると、近くにあった木に一気に登った。熊の様な生物は鋭い爪で木を引っ掻き始め、木は少しずつではあるが、削れ始めていた。


「ちょっと何してんの!? 倒れるじゃん!」

「ど、どうしよう……あ、あんなのが居るなんて……」


 どうしよう、このままじゃプーちゃんが……。私が悪いんだ。私があの時、ちゃんとお姉ちゃんとして止めていれば、こんな事にはならなかったんだ……。せめて、せめてプーちゃんだけは……。

 私は鞄から護身用にと一応入れておいたナイフを取り出し、構える。


「や、やめて! たた、食べるなら私をぉ……!」

「いやヴィーゼも何してんの!?」

「プーちゃん! わ、私が助けるからね! お、おお、おね、お姉ちゃんが助けるからぁっ……!」


 私は情け無い声で必死に熊の様な生物に呼び掛けていたが、こちらには見向きもしなかった。完全に標的はプーちゃんらしい。

 するとプーちゃんはそんな状況に耐えられなくなったのか、鞄から何やら小さな球を取り出した。見たところそれは素焼きで出来ている様で、真ん中には繋ぎ目の様なものが入っていた。


「もう怒ったからね! あたしのとっておき食らわせるから!」

「プーちゃん何を!」


 プーちゃんは勢い良くそれを真下に投げ付けた。地面に当たったそれは落下の衝撃で簡単に壊れてしまった。しかし、外れかと思っていた次の瞬間、あの熊の様な生物は唸り声を上げながらその場で苦しむと、森の奥へと逃げていった。

 す、凄い……初めて見た道具だったけど、何なんだろう? あんな凶暴そうな生き物を一発で撃退するなんて……。

 私はプーちゃんを助けるために木へと駆け寄る。


「プーちゃーん!!」

「あっヴィーゼ、今来たら……」

「くっさぁ!!?」


 木の下に辿り着いた瞬間、私の鼻にとんでもない激臭が入り込んできた。あまりの臭さに涙が出てきそうな程で、最早呼吸すらも出来なかった。


「ゲホッ!? ハッ! ハ……ッ! く、さぁ……!」

「あー、ヴィーゼ? 一旦離れたら?」

「ぞ、ぞーずる……」


 私はその悪臭から逃れるために急いで台車の側まで戻り、大きく深呼吸をした。さわやかな空気が肺の中を満たし、この世の全ての臭さを濃縮したかの様なあの匂いは外へと吐き出されていった。

 ああ……空気ってこんなにおいしかったんだ……。お父さん、ヴィーゼは今生きています……。

 何とか悪臭から解放された私は台車に腰掛け、プーちゃんを見上げた。まだ木の上で枝を足場に座っており、下を覗きこんでいた。どうやらあれはプーちゃんにとってもキツイ匂いらしい。

 しばらく経つと、プーちゃんはようやく木から下りてきた。キョロキョロと周りを見渡しながらこちらへと駆け寄る。


「やー、危なかったねー」

「ち、違う意味で危なかったよ……」

「さっきの何なんだろうね?」

「うん、見た事無いやつだったよね」

「まさか下から来るなんてね。完っ全に予想外だったよ!」


 確かに、まさか下から来るなんて思ってもみなかった。モグラみたいに地面の中に住んでいる生き物は居るけれど、あそこまで大きな生き物が居るとは思ってなかった。あれもお父さんが言っていた『未知の生物』なのかな?


「それも予想外だったけど、あの匂いの方も予想外だったよ」

「あー、あれね。結構効いてたね」

「あれ何なの? 見た事無い道具だったけれど……」

「あたしのオリジナル! 錬金釜で作ったオリジナル武器!」


 私は耳を疑う。あれを錬金釜で作った……?


「あ、あのプーちゃん、ちょっと聞くのが怖いんだけれど、あれって何で作ったの?」

「素材の事? えっと、腐らせた卵でしょ、馬糞、後は……」

「待って! いや、もういいや……聞きたくない……」

「え? そう?」


 とんでもないよ……まさかそんなものを釜に入れてたなんて……ちゃんと釜洗ってあるよね? そのまま使ったりしてないよね……? いや、でも聞くのが怖いからやめておこう。もし洗ってなかったらと考えるともう…………いや、うん、洗ってるよ、そうに決まってる。


「うん……何のために作ったの?」

「そりゃ護身用だよ。何かあった時のためにさ」

「ちょっと効果が強過ぎないかな……」

「うん、あたしも予想外の効果だった。でもまあ、効果無いよりはいいでしょ」

「そ、そうかな」


 私は台車の前に移動し、準備をする。


「……そろそろ行こう。あんまりここに居たら危ないかもだし」

「そだね! 行くか!」

「まずは、だよ……近くにある村とかに向かおうよ」


 私達はお父さんを追うべく、再び台車を引き、歩き始めた。

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