第39話:真実に揺らぐ心
全てを終えた私達は港へと戻ってきていた。そこにはあの村人達と同じ様にドロドロに溶け、元々人の姿をしていたとは思えない残骸がいくつも転がっていた。ヴォーゲさん達は突然の出来事に酷く動揺している様に見えた。
「えっと……戻りました」
「あ、ああ。戻られましたか」
お父さんが口を開く。
「……ヴォーゲさん、これが……この村の真実だった様です。やはり……ここはもう死んだ村だった」
「……その様ですね。我々は、とうの昔に死んだ人間相手に商売をしていた事になる」ヴォーゲさんはシップジャーニーの船員達に指示を送り、出向の準備をする様に促す。
「行きましょう。ここに残っているのは、最早今は亡き者達の思念だけでしょう」
「……はい」
こうして私達は揃って船に乗り込み、誰も居なくなった村から旅立った。甲板から見た村はとても直前までは人が居たとは思えない程に閑散としており、その要因が自分達にあるという事実は少し恐ろしくもあった。
「ねぇヴィーゼ」
「どうしたの?」
「あたし達はさ……ホントに正しい事をしたのかな?」
「……分からないよ。でも、死んだ人が蘇るなんてありえないんだよ。そんな事、あっちゃいけないんだと思う」
「でも! でもあの人達は……ただ、生きてたかっただけなんじゃないの? 一緒にやったから、あたしもヴィーゼを責めるつもりは無いけどさ……」
……きっとプーちゃんが言っている事は正しい。あの人達は、ただ生きていたかっただけだ。でも、ヴォーゲさんも言ってたけれど、やっぱり死んだ人が蘇るなんてあっちゃいけない。命は一度しか無いんだ。何度もあるなんて……そんな事ありえない。
「プーちゃん……言いたい事は分かるけれど、あれは明らかに普通の状況じゃなかったよ。確信は持てないけれど、あの遺跡の時みたいに錬金術が絡んでた可能性が高いと思う。少なくとも私が知ってる限りだと、自然にああいう現象は起きない」
「……そうだけどさ、でも……」
「そう信じるしかないよ。今は私達がするべき事をしよう。多分まだ……他にもこういう事が起きてる場所があるんだと思う」
水の精霊の力を借りるには言われた通りに『人間の罪』を全て消さなくちゃいけない。後どれだけあるのかは分からないけれど、今はとにかくやるしかない。
「戻ろうプーちゃん」
そう言い部屋へと戻ろうとした時、甲板にやってきていたミーファさんと遭遇した。
「その……えっとミーファさん……」
私が言葉に困っていると、ミーファさんはそれを制止した。
「謝らないで欲しいな。君達は……正しい事をしたんだ。これが真実だ」
「えっとさ……ヘタクソ詩人はさ……ホントにこれで良かったの? あそこで生まれたんでしょ?」
「……そうだね。正直複雑な気持ちではあるよ。だけど、彼らはボクの知ってる人達じゃなかったんだ」
ミーファさんは手すりにもたれる様にして離れていく村を見つめる。
「……彼らはボクに嘘をついた。自分達が既に死んでいる筈なのに、そんな事は無いって嘘をついたんだ。まだボクが小さかった頃、あの人達はボクに嘘をついた事は無かった」
「……でもそれは……人は多少は嘘をついたりする時もありますし……」
「分かってるよ。人は嘘をつく……それは人間の良い所でもあり、悪い所でもある。もしかしたら彼らは嘘なんてついてなかったのかもしれない。自分達が蘇った存在だという事には気付きもしないで、あり得ない存在だと思いもしなかっただけかもしれない。でもそれは、ボクにとっては嘘なんだ」
それはありえるかもしれない。あの人達は何も知らなくて、ただ本能であの卵が潰されるのを止めようとしていただけなのかもしれない。人間の模倣をしていただけの、別に生命体なのかもしれない。
「ボクは吟遊詩人だ。自分で見た事を歌に乗せて人々に語る。それが仕事だ。ボクの語りに虚構は許されないんだよ。真実を伝え続けないといけないんだ」
そう語ったミーファさんはしばらくの間黙ったままだったが、やがて口を開いた。
「……今日は少し潮風が強いね。体も冷える」
「そうですね……戻りましょうか」
私はプーちゃんの手を引いて部屋へと戻るために歩き始めた。そんな中、プーちゃんが口を開く。
「あのさ……あたしちょっと酷く見過ぎてたかもしんないから、謝っとくよ。……ミーファはさ、その……凄い奴だと思うよ、うん」
「…………ありがとう」
私は何も言わなかった。彼は間違いなく、真実を語り続けようとしている人だ。ああいう人達が居てくれるからこそ、歴史が正しく記録されてるんだ。だけど……そんな人達だって人間だ。今はそっとしておいた方がいいよね……。プーちゃんの言葉が少しでも救いになってたらいいんだけれど……。
その日の夜、私は部屋から抜け出すと船の中でも人気の無い甲板へと移動してきていた。この時間帯はかなり暗くなるため、安全のために船を停めているのである。
私は鞄の中から持ち出してきたフラスコに入れた水に語りかける。
「出て来てくれますか?」
水は浮き上がり、小さな人の姿へと変化した。
「ドウシタ?」
「えっと……あの村でやった事……あれは正しかったんでしょうか?」
「……フム。正直オ前ガソノ様ナ事ヲ言ウトハ思ワナカッタゾ?」
「プーちゃんの手前ああ言いましたけれど、私にも分からないんです……私達が何も余計な事をしなければ、何も問題は無かったんじゃないかって」
水の精霊は私にその体を近付ける。
「……別ニ人ガドウナロウガ我ニハ関係無イ事ダ。ダガ、自然ノ摂理ニ反スル事象ヲ見逃ス訳ニハイカヌゾ」
「……私とプーちゃん、数年前にお母さんが行方不明になったんです。どれだけ探しても見付からなくて……私はちょっとだけ諦めてたんですけれど、プーちゃんは今でもどこかでお母さんがまだ生きてるって信じてるみたいなんです」
「何ガ言イタイ?」
心の中で破裂しそうになっている何かを飲み込み、話を続ける。
「今日あの村で見たあれを見て思ったんです。もしかしたらお母さんは本当にどこかで生きてるんじゃないかって……もしかしたら、自分達の手で蘇らせる事も出来るんじゃないかって……」
「ソコマデシテオケ人ノ子ヨ」
「……死ハアラユル生キ物ニ訪レル。ソレヲ人ノ手デ覆ストイウノハ、最早人智ヲ超エタ力デアルゾ。超エテハナラヌ一線ゾ」
……分かってる。そんな事は自分でも分かってる……でも、それでも心のどこかに迷いがある。たった一つの罪を背負うだけで、また家族皆で過ごせるならそれもまたいいんじゃないかって……。
「ダガ止メハセヌ。ソウシタイノデアレバ勝手ニスレバ良イ」
元の水へと戻ろうとする精霊を呼び止める。
「待ってください……! 教えてください! 正しい事って……何なんですか……?」
「……ソノ様ナモノハ己デ考エレバ良イ。シカシ……一ツ個人的ナ事ヲ言ワセテモロウナラ……」
「……?」
「コレ以上……人ニ失望シトウハナイ」
そう言い残し、水の精霊は元の水の姿へと戻っていった。それから何度か呼びかけたものの、返事も何も帰ってくる事は無かった。
取り残された私は空に目を向ける。暗くなっているとは言っても、煌めく星によってある程度の明るさは保たれていた。
きっと水の精霊にとって私達人間は、この星空に浮かぶ星の一つに過ぎないんだよね……。私達人間とは根本から相容れない……上位の存在。だけど……だけど、それでも私やプーちゃん、シーシャさんの事を信じてくれてる。最後の希望を見出してくれている。
「お母さん……」
こんな時、お母さんならどう言ってくれるだろう? ……こんな事考えるだけ無駄かな。これは私達の問題なんだから……。
「ヴィーゼ……?」
突然の声に驚き振り返ると、そこには眠そうに目を擦るプーちゃんの姿があった。普段なら寝ているこの時間に彼女が起きているという事は本来あり得ない事だ。
「あっ、ごめん……起こしちゃった……?」
「何かヴィーゼ居なかったから……ここかなって……」
まだ眠気があるからか、やや声が不明瞭で呂律があまり回っていなかった。
「ごめんね……ちょっと夜風に当たりたかっただけだよ」
「そーなの……?」
「うん。ほら、もう戻ろう? 風邪引いちゃいけないし……」
「ん……」
私はプーちゃんの手を引き、部屋へと向かう。
……忘れよう。正しい事が何かなんて……私じゃ答えが出せない。だけれど、死からの蘇生はきっと正しい事じゃないんだ。きっとそうなんだ……きっとそれが正しい事なんだ……。
夜風が私の頬を冷たく撫でた。




