第36話:複写卵
私達は明らかに酷く動揺している様子だったミーファさんを追って船の中へと戻ってきていた。ミーファさんは廊下の途中で壁にもたれかかるかの様に、頭を抱えて座り込んでいた。その側ではシーシャさんが複雑そうな表情をして立っていた。
「あ、あの……」
「ああ、来たか」
シーシャさんは私達に近寄るとミーファさんの方をチラリと見ると、ミーファさんには聞こえない様に小声で話し始めた。
「……あいつ、どうも様子がおかしいんだ。何か言ってるんだが、私にはどういう事なのかよく分からないんだ」
「えっと、何て言ってたんですか?」
「その……『彼らが居るのはおかしい』とか何とか……。何か分かるか?」
「それだけじゃ何とも……お父さんはどう思う?」
「…………いや、まさか、ね」お父さんは何かに気付いた様な反応をすると、私達が歩いてきた廊下へと振り返った。
「ねーお父さんー? どーしたのさ?」
「……二人共、悪いけどここに居て。少し用事が出来た」そう言うとお父さんは私達の返事も聞かずに足早に廊下を歩いて行った。
「どーしたんだろ?」
「さぁ……でも、まずは、だよ……ミーファさんから事情を聞くのが先だよ。お父さんの邪魔しない様にしよ?」
お父さんは深く考え事をする時、よく一人になるのを好む。そんな時は私達が話しかけたりしても、素っ気ない返事しか返してくれない。お父さん自身もその事が分かっているからか、私達を傷付けたりしない様にわざと一人になろうとしているのかもしれない。
「全くしょーがないなぁ……ホントは嫌だけど、聞いてやるかな……」
そう言うとプーちゃんはミーファさんに近寄ると、頭に手を置き揺する。
「おーーい」
「……何だい、悪いけど一人にしてくれないかな……?」
「あのさぁ、別にヘタクソ詩人が落ち込むのは勝手だけどさ、理由も分かんなかったら気持ち悪いんだよね。まぁその、あれだよ……一人で抱え込まずにさ、分かりやすく話してみなよ」
ミーファさんは顔を上げると、壁を支えにしながらゆっくりと立ち上がった。
「君達は……ボクの味方をしてくれるのかい……?」
「え、えと……事情によるかな、と……」
「あのさーー……そういうのは後でいいから、まずは話してってば」
「そうだね……」ミーファさんは船の出入り口目掛けて歩き始めた。私達はそれに追従する。
「まず最初に……この村は昔、水不足に悩まされてた事があったんだ」
「あ、知ってます。お父さんがそういう事があったって……」
「知ってるんだね……。上流にある国が堰を作って川を堰き止めた。だから水不足になったんだ。当然水が無くなれば、作物も採れなくなる。海の水を飲む訳にもいかない。村は干ばつに見舞われた」
「その後、水が押し寄せたんですよね? 確か……」
「そこも知ってるんだね、どうやら結構な事件だったみたいだ……」
出入り口に辿り着いたミーファさんは渡し板の前で立ち止まる。
「…………ボクは、ここの生まれなんだ……」
「えっ?」
あまりに予想外な言葉だった。ミーファさんがどこの生まれかなんて今まで考えた事が無かったが、あの動揺っぷりを見れば、納得が出来た。
「村が激流に飲まれたって知ったのはもう随分前の事さ。あの時ボクは住む場所を探して両親と共に旅に出ていたんだ。水源がある、住みやすい場所を求めてね」
「待て。他の村人はどうしたんだ? お前が出られたなら、他の者も出れば良かっただろう?」
シーシャさんの言う通りだ。皆でどこかへと移住する事だって出来た筈だ。
「そーそ。シー姉の言う通りだよ、そうすれば良かったじゃん」
「……じゃあ逆にボクから聞くけど、君達は生まれ故郷を簡単に捨てる事が出来るのかい? 思い出の詰まった故郷を?」
そう言われ、私はミーファさんと目を合わせられなくなった。
……そうだ、簡単に言っちゃったけれど、ミーファさんやここの人達にとってはここが故郷なんだ。簡単に捨てられる訳がない。私やプーちゃんはお父さんの手伝いをして、いつか国に帰れるって確信があるから寂しくないけれど、でももし同じ様に『捨てられる』かと考えると、出来ないかもしれない……。
「……答えは聞かないでおくよ、君の顔を見れば大体分かる。……勿論ボクらと同じ様に村を出た人達も居たさ。だけど、最後まで希望を持ってここに残りたいと言っていた人達も居たんだ」
「でも、それで死んじゃったら意味無いじゃん!」
「君の言う通りだよ。死んでしまったら意味は無い。死はいつかは訪れる……でも先延ばしにする事は出来るんだ。それなのに彼らは、ここに残る事を選んだ」
私は同じ立場になったらどうするだろう……? お父さんやプーちゃんを連れて逃げる? それとも全てを諦める? プーちゃんなら……どうするだろうか……。
シーシャさんは外を見ながらミーファさんに口を開く。
「何となくだがお前の言いたい事が分かってきた気がする。……居るんだな? かつてここに残った者が」
「ああ、そうさ。君の言う通りだよシーシャ」
その答えを聞き、悪寒を感じる。
つまり、今この村で生活している人達は干ばつが起きても残った人達で、本来なら押し寄せてきた水に飲み込まれてもう生きてる筈がないって事……?
「ん~……そんなおかしな事でも無くない? ヘタクソ詩人が知らないだけで、後からどっかに移住して、帰ってきただけかもよ?」
「そんな訳は無いんだ……当時まだ子供だったボクでも覚えてる。例えばあの人……」ミーファさんは港で作業をしているお爺さんを指差す。
「あの人は、少なくともボクがここに住んでた時には70歳だったんだ。分かるだろう? 70歳だよ? 水不足に耐えられる体じゃないし、それに……旅なんてとても出来る体じゃなかったんだ」
「元気そうに見えるけどなぁ……」
「見た目はね……。あの人は体を悪くしてて、薬をよく呑んでたんだ。あの薬は確か、ここらで生える薬草を使わなきゃ作れない。どこかへ移住しようにもそういう薬が売ってる所じゃないといけないし、それにそこまでに辿り着くまで体がもつかも怪しいんだよ」
私は医学や薬学の知識がそこまである訳じゃないけれど、日常的に薬を必要としている人がそこまで長旅が出来るとは思えない。それにミーファさんが子供だった頃にそうだったって考えると、確かに今生きてるのはおかしいかも……失礼だけれど……。
「ではお前はこう考えてるのか? 『あれはかつてここに居た人達ではない』と」
「そうだね……ありえないよ。こんなの現実的じゃない」
そうして話しているとお父さんが村の奥から帰ってきた。何故か途中で何でも後ろを振り返り、何かを確認している様だった。
「あっ、お帰り。どこ行ってたの?」
「少しね、調べてきたんだよ」
「調べたって何を?」
「家系図さ」
そう言うとお父さんは鞄から折りたたんである一枚の紙を取り出すと、それを開いて見せた。そこにはこの村の住人であろう人の家系図が描かれていた。
「歴史研究家を装って見せてもらったんだ。そして、見せてくれた人はこの人だった」お父さんが指差したのは家系図の下の方に書いてある人の名前だった。
「ありえないんだ。出生年から考えると、彼はもう死亡していないとおかしいんだ。それなのに彼は生きていた。いやそれどころか、その違和感にすら気付いてない様に思えたんだ」
プーちゃんが尋ねる。
「何でそんなの調べたの?」
確かに、お父さんはミーファさんが話していた事を聞いては居なかった筈だ。
「……これは僕の憶測に過ぎないんだけど、この不思議な現象の元凶はヴィーゼ達が見付けたあの卵みたいな物体なんじゃないかと思うんだ」
「え? どういう意味?」
「もしも……もしもだよ? あの卵みたいなものが人為的に作られたものだとしたら? いったい得をするのは誰だろう?」
まさか、ここに残った人達は皆あの卵の事を知っててわざと残ったって事……? あれが何なのか、どういう事が出来るものなのかを分かってて……?
「君達何か見付けてたの?」
「あっはい。岸壁に何か卵みたいなものが張り付いてて……」
「ミーファさんだったかな? あくまで僕の憶測に過ぎないという事をしっかり頭に入れて聞いて欲しいんだ」
「あ、ああいいよ」
「多分だけど、あれには生物を複製する力があるんだと思う」
生物を複製……もしかしたら私達が逃げて行った時に生まれたのは……。
「現在、僕達生物学者達の間では、生物には体の構造を決める設計図の様なものがあるんじゃないかという説が挙がってるんだ。予測に過ぎないし、誰かが確認した訳でもないけど、僕はあり得ない話ではないと思ってる」
「ねーお父さん。もしそういうのがホントにあるとしてだよ? どこで誰が管理してるの?」
「何とも言えないよ。僕は生物それぞれにそういうのが生まれつきあるんじゃないかとおもってるんだけどね」
設計図か……確かに何かを作るにしてもそういうのは必要だし、私とプーちゃんだってお母さんが残してくれたレシピを元に作ってる。そう考えると、そういう生物の設計図っていうのもありえなくはないのかな……?
「それでなんだけど、そういうのがあるとして、あの卵みたいな物体がそれを複写して、それを元に複製出来るとしたら、今のこの村の状況も理解できないかな?」
「……つまりあなたはこう言いたいのかな? 今ここに居る彼らは……皆偽物だと」
「正直、同じ設計図を基に作られた生物を偽物と言ってもいいのか迷うところだけどね……」
それを聞いたミーファさんはしばらく黙ったままだったが、やがて私とプーちゃんの方を向くと口を開いた。
「……ヴィーゼ、プレリエ、頼みたい事があるんだ」
「何ですか?」
「……今君達のお父さんが言っていた卵とやらを壊してくれないかな?」
プーちゃんは体を前に突き出すようにして睨む。
「あのさぁ、都合が良すぎるって思わないの? あたし、魚盗られた事忘れてないからね?」
「……あの時の事は謝るよ。でも君達に頼みたいんだ。今の話が本当なら、きっとその卵は普通じゃないんだろう? ただの吟遊詩人に過ぎないボクにはきっとどうしようもない」
確かにあれは普通じゃなかった。ナイフで剥がそうにもあの固さじゃ無理だし、きっと潰そうとしても出来ないと思う。だけどもしかしたら、お母さんが残してくれたレシピになら対処出来る道具が載ってるかもしれない。
「ふんっ……自分でどーにかすればー?」
「プーちゃん、そんな言い方……」
「ヴィーゼはこいつの味方するの? こんなヤな奴の?」
「味方とかどうとかじゃなくってね……困ってる人が居るんなら助けないとだよ。プーちゃんが怒ってるのは分かるけどさ……。ほら、ルーカスさんだって私達が困ってるからってだけで、優しくしてくれたでしょ?」
プーちゃんは腕を組んで不貞腐れた様に横目でミーファさんを見ていたが、やがて溜息の様に鼻から息を吐いた。
「……分かったよ。やればいいんでしょやれば」
「ごめん……ありがとう二人共……」
「いえ……。それでどうすればいいんだろう?」
お父さんは外を一瞥する。
「僕としても、この状態をそのままにしておくのは良くないと考えてるんだ。一人の人間として、一人の学者としてね。だから僕はあの破片の組成が分からないか調べてみるよ。二人は使えそうな道具が作れないかやってみて欲しい」
シーシャさんが口を開く。
「私に何か手伝えそうな事はあるか?」
「シーシャさんは外を見張ってもらえませんか? 僕が調べた彼は何も疑ってない様だったけど、もしかしたら僕の行動の意味に気付いてる人が居るかもしれません」
「ああ、分かった。そういう奴が来たら止めればいいんだな?」
「ええ。お願い出来ますか?」
「任せろ。私が出来るのはそれ位だろうしな」
自分のするべき事を聞いたシーシャさんは渡し板を渡ると、港で作業をしている船員の一人に声を掛け、手伝い始めた。恐らく、見張っていると思わせないための偽装なのだろう。
「ボクに……何か出来る事はあるかな?」
「ミーファさん、あなたはもう外には出ない方がいい。あの騒ぎで怪しまれてる筈だ。下手に出たら何をされるか分からない。一旦船の中に居て欲しい。もし何かここの村の事で重要そうな事を思い出したら、僕達の船室に来てもらえないかな?」
「あ、ああうん。そうするよ……」
プーちゃんが自らの両の頬を叩く。
「あーもうしょーがないっ! じゃあちゃちゃっとやりますか!」
「うん。何とか頑張ってみよう」
こうして私達はあの不可思議な卵を止めるべく各々行動を始めた。




