第34話:滅びかけた村
あの遺跡を壊してから数日が経っていた。あれから私達はシップジャーニーの人達が近くの村で交易を行うという事で、ある村へと立ち寄っていた。
甲板から見てみると、船が泊まったその港にはほとんど人が居なかった。全く居なかったという訳ではないものの、私達が住んでいたヘルムート王国に比べてみれば、不自然な程の人数だった。
「ごめんなさいね、一応私達にも生活があるから」
「いえ、お気になさらずに。さぁ二人共、一旦降りよう」
「あ、うん」
「いいよー」
お父さんに言われるまま、私達は調査などに使う鞄などを持ち、船から港へと降りた。
考えてみれば当たり前だよね。ヴォーゲさんやレレイさん達のお仕事は交易や漁だもん。こうやって時折色んな所に停泊して商売をしなくちゃいけないよね。
船員の人達は次々と船から荷物を下ろし、現地の人達と何やら話し合っている。そんな中、ふと港の奥に見える村へと視線を移した。
村は所々にまだ建設途中の様な家々があり、その周囲に置いてある道具等を見るにあまり作業は進んでいない様に思えた。
「ここ……人が少ないのかな……」
「だよね。そこそこ広そうに見えるのに、何でこんな人が少ないんだろ?」
普通こういう海に面している場所なら、もっと人が居てもおかしくない様な気がする。水産業である程度は稼げたりする筈だし、外から人が入ってきたりしてもおかしくないんだけれど……。
「ここは昔、一種の水害に襲われたんだよ」
「お父さん何か知ってるの?」
「うん。ここは以前、そこそこ発展している場所だったんだ。一度来た事があるけど、その時は少なくともそうだった」
「水害って事は……津波とかでも起きたの?」
お父さんは海を見る。
「いいや、この辺りでは地震は少ない。つまり津波の要因になりうる原因は少ないんだ。全く無いとは言い切れないけどね」
「じゃあいったい……」
「川さ」
「……川?」
「そう。この村には川があった。いや、今もあるんだけどね」
川が原因の水害……考えられるのは氾濫位だけれど……。
「干からびちゃったとか?」
「違うよ。昔はここにある川を上へ上へと登っていくと、ある国があったんだ。今はもう無くなってしまったけどね」
「何で無くなったの?」
「確かあそこは力が強い者……つまり戦いが強い者こそが偉いという国だったんだ。そういう法律がある国だったんだ」
「強い者が偉いって……何か野蛮じゃない?」
「それはプレリエの意見だね。それも勿論間違いじゃないんだけど、でもそこではそれがルールだったんだ」
「えっと……それで何があったの?」
「その国は下流にあるこの村に圧力を掛けるために水を堰き止めたんだ。そのせいでこの村は干ばつに襲われた」
圧力って……何でそんな事をするんだろう。そういう事をする理由がこの村にあったって事なのかな……。
「じゃあそれで人が少なくなっちゃったって事?」
「僕の予測とは違うかな。数年前の事だったと思うけど、その国はある日統治者を失ったらしいんだ。ある日突然ね」
「急に、そうなったの?」
「うん。何らかの革命が起きたのか、もしくは別の理由か僕には分からないけど、とにかく統治者を失ったんだ」
「えっとさお父さん、それがどう関係してんの?」
「……その日、水を堰き止めていた装置が破壊されたらしいんだ」
……そうか、そういう事か。
「う~ん? それっていい事なんじゃないの?」
「……プーちゃん、考えてみて。もし一定の流れを持ってる水が同じ場所で堰き止められてて、それが急に解放されたらどうなる?」
「え? どうって……元通りになる?」
「そうだね、元通りになると思う。でもそれだけじゃないんだよ。ちょっとごめんね」
そう言い、私はプーちゃんの額にデコピンをする。
「痛っ!? 何すんのさ!?」
「あ、謝ったでしょ……。えっとね、この村で起きた事って今プーちゃんにやった事と同じ事なんだ」
「水がデコピンしたの?」
「そうだね……プーちゃんにはそういう言い方の方が分かりやすいかな。溜まった力は必ずどこかに行かなくちゃいけないの。そう考えたら、分かるよね?」
少しの間考えた後、プーちゃんの顔はスッと青ざめた。
「え、じゃ、じゃあ……」
「うん……そういう事。だよね、お父さん?」
「そうだね、ヴィーゼの考えた通りだよ。解放された水は勢いよく下ってここに押し寄せたんだろうね。きっと逃げられない速度だった筈だ。仮に逃げられる速度だったとしても、海に面しているここじゃそれも難しいかもしれないけど……」
その時上流の国に何があったのかは分からないけれど、その結果としてここは滅びかけた。干ばつで皆死んでしまうよりかは良かったのかもしれないけれど、でもこの状況を見ると他に方法があったんじゃないかと思ってしまう。
「……さて、この話はこの位にしておこう。僕は生物学者だ、歴史学者じゃない。自分のするべき事をしないと」
そう言うとお父さんは村の方へと歩き出した。
「ほらプーちゃん、行こう?」
「う、うん」
もうちょっと言い方に気を付けるべきだったかな……プーちゃんにああいう想像をさせるべきじゃなかったかも……。
私はお父さんの手伝いをしながらシップジャーニーの人達に仕事が終わるのを待つ事にした。
お父さんの後を付いていった私達は先程の話に上がっていた川へと辿り着いた。川は綺麗に澄んでおり、様々な川魚達が気持ちよさそうに泳いでいた。しかし、川辺を見てみると本来なら背の高い植物などが生えていそうな場所には小さな植物しか生えていなかった。
「やっぱりまだ完全には元通りになってないみたいだね」
「えっと……植物の事だよね?」
「そうだね。本来ここに生えていた筈の植物は干ばつにやられただろうし、何とか残っていた筈の植物も水に地面ごと押し流されたみたいだね」
干ばつがあったって事は、他の場所にあった植物も皆やられてしまった可能性が高い……だとしたら、今ここに生えているものは、本来ここには無かった植物の可能性がある。
「ねぇヴィーゼ……な、何とも無いよね?」
「大丈夫だよプーちゃん、怖がらなくていいからね。ほら、元気出して?」
「そ、そーだね。よし! 大丈夫! 大丈夫、うん!」
少し離れる事をお父さんに告げた私達は川を下り海の方へと移動した。
岸辺へと移動した私達は何か変わった生物は居ないか捜索を始めた。惨事があった場所とは思えない程に海は穏やかに波打っており、小さな蟹達はちょこまかと逃げ回っていた。
「何かさ、海辺でこうやって色々見たりするの久し振りだね」
「そうだね。最近は採取はプーちゃんに任せっきりだったし」
「……何かねヴィーゼ」
「うん?」
「あたし時々思うんだ。皆が皆、ヴィーゼみたいに優しかったらなぁって」
「あはは……何それ」
「うーん……何かさ、あたしってその……あれじゃん? ちょくちょくその……ちょっと変な感じになっちゃうじゃん?」
自覚はあったんだ……ちょっぴり安心したかな……。
「そんな時でもさ、ヴィーゼはいっつも優しくしてくれるじゃん」
「それはほら、私はお姉ちゃんだし……」
「……ヴィーゼはそう言うけどさ、あたしは違うと思うんだ」プーちゃんは足元に居た蟹を捕まえる。
「例えばあたしはこの蟹でさ……で、ヴィーゼは海みたいな」
「えっと……どういう意味?」
「帰る場所って言うのかな? 凄く安心出来る場所っていうかさ」
「でも海って他にも色々住んでるよ? その蟹を食べちゃうのも居ると思うし」
「……あーあ!! はいはい、そーだねー!!」
プーちゃんは蟹を逃がし立ち上がると、ぷいっとこちらに背中を向けてしまった。
まずい……何か怒らせる様な事言っちゃったかな……? でも今のってどう答えるのが良かったんだろ……。
「え、えと……ごめんプーちゃん……私何か嫌な事言っちゃったかな……?」
「いーよ別に。まっ……ヴィーゼの言う事もその通りだし」
「え、えっとぉ……つまり?」
「もーいいって事! ほら、調査続けよ!」
「あっ、うん……」
何だったんだろう……機嫌が悪くなっちゃったかと思ったんだけれど、そうでも無かったのかな?
それからしばらく調査を続けていた私達はその場を移動し、岩場へと移っていた。そこでは岩にへばりついている貝や潮が引くことによって出来た水溜りに居るヒトデなどが確認出来た。
「特に変わったのは居ないね」
「うん。まーそんなホイホイ居ないでしょ」
そんな話をしていると奥の岩壁に何かが張り付いているのが見えた。私は不安定な足場を進み、それに近づいてみた。
それは黄色くて丸い卵の様な物体だった。見た所表面はしっとりと濡れている様で、壁には何らかの方法でべったりと引っ付いていた。
何だろうこれ……卵に見えるけれど、でもこんな所に卵を産む生き物って居たかな……? 少なくとも場所的に考えて水生生物では無いと思うんだけれど……。
「ヴィーゼー! どーしたのー!?」
「あっ、えっと何か見つけたー!」
私は船から持って降りていた鞄から護身用のナイフを取り出し、ナイフの腹の部分でその物体に触れてみた。
その感触は意外にも硬質なものだった。しっとりとしているため軟らかいものだと決めつけていたが、まるで石の様な固さだった。
「何だろうこれ……」
「どーしたのヴィーゼ?」
「あっ、プーちゃんこれ見て」
プーちゃんはそれに顔を近づける。
「んー……? 何かの卵?」
「そう思うんだけれど……妙に固いんだよねこれ。プーちゃん、今まで採取先でこういうの見た事ある?」
「いや……どーだろ? ちょっとこういうのは記憶に無いかも」
断定する訳じゃないけれど、もしかしたらこれも新種の生物の可能性がある。ただの新種ならそれでもいいけれど、もし記憶から消えてしまったあの生き物みたいに錬金術とかが関わってるとしたら……。
「……プーちゃん、お父さんの所に戻ろう。念のために伝えておいた方がいいかも」
「ん、いいよ。じゃあ戻る?」
「うん。戻ってお父さんに……」
そこまで言ったところで、私はその卵の様な何かの異変に気が付いた。ほんの少し目を離しただけにも関わらず、その中身が透けて見えていたのだ。
さっきまで真っ黄色で中身は見えていなかった筈なのに……何で今見えてるの? こんなにはっきりと見えるものだったっけ……?
それを合図にする様にして、それは明らかに異常なスピードで肥大化し始めた。それに従って内部に見えているものも大きくなっていった。
「えっ、ヴィーゼそれっ!?」
「っ……!」
私はプーちゃんの手を引き、転びそうになるのも構わずその場から距離をとり、お父さんが居た場所目掛けて走り出した。その直後、後方からベチャリとあまり心地良い音とは言えない音が響いたが、今の私には後ろを振り返る勇気はとてもありそうになかった。




