第33話:不思議な夢と錬金術士
ふと目を開けた私は違和感を感じ、辺りを見渡した。
ここは、どこだろう……? 確か、プーちゃんと一緒に寝てた筈だけれど……。見た感じだとどこかの草原みたい……でも、いったいどこだろう……?
「ヴィーゼ?」
声がした方に振り返ってみると、そこにはプーちゃんが立っていた。私がよく知っている、最もよく知っている顔だった。私は見知った顔のお陰で少し安心する。
「プーちゃん、えっと……ここどこか分かる?」
「いや分かんない……あたしも気付いたらここに居たんだけど……」
どういう事だろう……同じ夢を見てるって事なのかな? 確かに今までも何度か同じ夢を見た事はあった。他の人にもこういう事があるのか分からないけれど、少なくとも私達にとってはそこまで変では無いかな?
「あのねプーちゃん。まずは、だよ……ちょっと確認したいんだけれど、私達ってあの遺跡から帰ってきてから、ベッドで眠ったよね?」
「えっと……ごめん、あたしどこで寝たかまでは覚えてないかな」
そっか、プーちゃんは私に抱きついたまま寝ちゃってたもんね。ベッドで寝た記憶が無いのは当然か。でも、その事は言わない方がいいかな? プーちゃん、多分恥ずかしがるだろうし。
「でも寝たって認識はある?」
「うん。寝た、と思う」
「じゃあやっぱり、私達同じ夢を見てるんだね」
「っぽいね。ま、いつもの事だね」
プーちゃんは夢だと分かると服が汚れる心配が無いからか、その場に腰を下ろす。最も、普段からそんな事を気にする子でも無いけれど。
「綺麗なとこだね」
「うん」
プーちゃんにそう言われた私は隣に腰を下ろし、空に目を向ける。いや、空と言ってもいいのだろうか? 夜とも言えない昼とも言えない、不思議な色合いをした空間が頭上に広がっていた。足元の植物達はどれも見た事が無い、不思議な見た目をしているものばかりだった。
「……ねぇヴィーゼ?」
「どうしたの?」
「えと……ありがとね」
「何の事?」
「ほら、あの……あたしの事慰めてくれたじゃん」
「……別にお礼を言われる様な事じゃないよ。気にしないで」
そう言うとプーちゃんは私の右手に左手を重ねた。
「……ん、そうだね。あたしらしくないね」
らしくない、なんてことはない。プーちゃんがどんな子かは私が一番よく知ってる。本当はとっても優しい子だ。例え他の人には伝わらなくても私には分かる。この子は心の中ではちゃんと感謝をしてる子だ。
しばらくの間、二人してボーっとしていると後ろから草を踏みしめる音が聞こえた。思わず振り向いた私達の前には一人の女性が立っていた。見た事のない民族衣装の様な物を着ており、首からは獣の牙を使ったと思われるネックレスが垂れていた。年齢はまだ20代程に見え、長く伸びた黒い髪は夢に吹く風になびいていた。
「だ、誰ですか……!?」
「あなた達なんでしょ? 私の事、助けてくれたの……」
私はプーちゃんを守る様にしながら立ち上がる。
「し、知りませんよ? 誰なんですかあなた……?」
慌てちゃ駄目……これはただの夢に過ぎないんだから……別にここで何かあったからってどうこうなるって訳でもないんだから……。
「私はシルヴィエ……あの遺跡の管理個体……」
「遺跡……?」
「あの島にあったでしょ? 私が今ここに居られるという事は、あれがもう機能しなくなったという事……」
プーちゃんは私の後ろから指を差す。
「もしかして、おねーさん……あの遺跡に居た……」
「ごめんなさいね。きっと酷い状態だったでしょ?」
まさか……まさかあの遺跡の壁の中から見付かった死体って……この人……?
「ちょっと待ってください……まずは、です……事実確認をしてもいいですか?」
「ええ」
「あなたはあの遺跡の壁の中に居た人って事でいいんですか……?」
「そうね。それであってる」
……やっぱりあの人なんだ。
「えっと……それじゃあ何であそこに居たのか教えてもらえませんか?」
「そうね、話しましょうか」
シルヴィエと名乗った女性はその場に腰を下ろした。その動きはどこか高貴さを感じさせる上品なものだった。
「まず最初に私からあなた達に聞きたいんだけど、あなた達は『終末の風』って知ってる?」
「いえ、初めて聞きました……」
「あたしも知らない」
「そう……。あのね、今から何百年も前なんだけど、大変な事が起こったの」
「大変な事?」
「ええ。ある日不思議な風が吹いたの。すると、それを合図にしたかの様にあらゆる植物が枯れ、色んな動物が死に絶えた。私達にはどうしようもなかった。……そうあるべきだった」
シルヴィエさんは地面から生えている花を一つ摘むと、それを見つめた。
「私が住んでいた村には錬金術士が居たの。彼はあの『終末の風』に対抗する手段を見付けたと言ってた」
「まさか、それって……」
「……そう。あの遺跡……」
「で、でも何でその……おねーさんが中に入るって事になるのさ……?」
そう、プーちゃんの言ってる通りだ。どうして人が埋められる必要があるんだろう? それにあの遺跡が持ってる力って何なんだろう? やっぱり私達の記憶から消えてしまったあのオオカミにも関係があるのかな?
「あの遺跡にはある力がある。ある特定の生物種が途絶えそうになった時、その中から肉体が異常発達した個体を出現させ、種の存続を保つ。それがあの遺跡の力……」
「……あのさ、それ、答えになってないよ?」
「……そして、それだけの複雑な力を行使するには管理する人間が必要になってくるの。言うなれば指示を行う管理個体ね」
つまりあの遺跡が持ってるその力を安定させるには、管理をする存在として人が必要って事かな? でもそれって、おかしいよ……。
「私も……かつては錬金術士だった。大した実力でもなかったけど、あの遺跡を動かすには十分だった……」
「そ、それじゃああの時感じた視線とか声は……」
「……やっぱり気付いてくれてたんだ? あなた達も同じって事か」
同じ……? もしかして水の精霊が言ってた『純正の血』の事かな? だとしたらこの人も古くから続く錬金術士の血筋って事?
「あのさー……あたし達にも分かる様に言ってくんない?」
「あなた達も古から続く血筋ってだけよ」
やっぱりそういう事か。水の精霊が言ってた人の業って、もしかしてこれの事なのかな? 世界を守るために世界を……認識を歪めた。
「あの……今私達の中にどうしても思い出せない情報があるんです。えっと確か……『ロンリーウルフ』って言うんですけれど……」
「あなたも分かってるんじゃないの? そんな生物は初めからどこにも居ないの。あれは遺跡の力によって作り出された特殊な個体。本来あれは居ちゃいけないの」
私の腕を掴むプーちゃんの手が僅かに震えている。
「じゃああたし達は、元々居なかった生き物を初めから存在してたみたいに思ってたって事……?」
「別にあなた達の認識がおかしくなってた訳じゃないの。元々居なかった生物が元から居たみたいに振舞ってただけ」
もしそれが本当だとしたら、私達はいったい何を信じればいいんだろう? 今私の中にある知識や記憶はどこまで正しいものなんだろう? 今存在している生物達の内、異常じゃない存在はどれだけの数居るんだろう?
私の頬を冷たい風が撫でる。
「ああ……もう、時間ね」
「何を言って……」
「えっと……ヴィーゼちゃんと、プーちゃんだっけ? もしかしたらあなた達ならこの世界を正しい姿に戻せるかもしれない」
シルヴィエさんは立ち上がる。
「私には分かるの。きっとまだどこかに私と同じ様になってる人達が居る。この世界を守るために使われた人達が。だからお願い……二人の力で助けてあげて」
「気の毒だとは思うけどさ、でもそんな事してその『終末の風』とかいうのは大丈夫なの?」
「あれは一時の異常現象に過ぎなかったの。暴風だとかスコールだとかと同じ一過性のもの。私達人間がどうこうしようとするべきではなかったの。正確には、何もしなくてよかった」
その時、突如地面が揺れ始めた。まるで地震の様に揺れているにも関わらず、体のバランスが崩れるといった事はまるで起こらなかった。植物達はその揺れに合わせる様に、まるで塵の様になって消え始めた。
「もう時間が無いか……」
そう言うとシルヴィエさんは首から下げていたネックレスを外し、私の手に無理やり握らせた。
「これには私が封じ込めた特殊な力が宿ってるの。きっといつか役に立つ。お願い……世界を元通りに……!」
そこまでシルヴィエさんが喋ったところで、私達の体は眩い光に包まれた。最早シルヴィエさんの声は何も聞こえず、周りに見えていた景色も何も見えなくなっていた。真っ白な空間の中で唯一見えたのはプーちゃんの姿だけだった。
プーちゃん、何か言ってる……でも、何て言ってるんだろう……全然聞こえない。ちゃんと答えてあげたい……でも、何か急に……眠くなって……。
次に目を開けた時、私の目の前にはプーちゃんが居た。周りを見てみるとシップジャーニーの部屋だった。どうやら夢から覚めたらしい。
プーちゃんは私と同じタイミングで目覚めたらしく、一瞬不安そうな表情をしたもののすぐに安心した様な表情をした。
「ヴィーゼ……」
「おはようプーちゃん。戻ってきたみたいだね」
「やっぱヴィーゼも同じ夢見てた?」
「シルヴィエさんの事だよね? だったらそうなるね」
プーちゃんはベッドのシーツを掴む。
「ねぇヴィーゼ……お母さんはさ、ちゃんと居たよね? 作られた記憶じゃないよね?」
「うん。お母さんもお父さんもちゃんと居るよ。私が保証する」
「そっか……そーだよね」
プーちゃんは体を起こし、伸びをした。
「ん~~~っ……よし! そんじゃあ、頑張んないとね!」
「何を?」
「何をって……決まってんじゃん! あたし達がさ、世界を元通りにするんだよ!」
まさかプーちゃんから言ってくるとは思わなかった。プーちゃんが嫌がったらやらないつもりでいたけれど、ちょっとプーちゃんの事を過小評価し過ぎてたかな。
「そうだね。出来る限りの事はやってみようか」
「うん! あたしとヴィーゼの無敵コンビなら何とか出来るよ!」
やっぱり優しい子だ。きっとシルヴィエさんの話を聞いて他の人も助けたいって思ったんだ。怖がりなところもあるけれど、正義感の強い子だ。
「あれ、そういやヴィーゼ、それ……」
「えっ?」
プーちゃんに指差された私は自分の右手を見た。するとそこにはシルヴィエさんから受け取ったネックレスが握られていた。
「あれ、何でこれ……夢だった筈じゃ……」
「ん~~……あれって夢じゃなかったのかな?」
「ど、どうだろう? 夢だと思ってたけれど……」
今は考えるだけ無駄かな……今私達がやるべき事は他の事だ。
「ま、まあいいか。それよりプーちゃん、準備しよう」
「オッケ。塗り火薬の事だよね?」
やっぱり私達は双子だ。口に出さなくても分かってくれる。もう少なかったから作っておきたかったんだよね。
「うん。また貰いにいこう」
「うん!」
私はシルヴィエさんのネックレスを首に掛けると、火薬を貰うためにプーちゃんと共に部屋から出て行った。




