第30話:孤島に佇む遺跡
私達はロンリーウルフという孤独な一匹の狩人に道を阻まれている。初めて見た生物だったが、シーシャさんが言うにはかなり狂暴らしく、どこかに隠れて獲物を待ち伏せするらしい。
「……どーすんの、ここで待ち続けるの?」
「慌てるなプレリエ……下手に動けば奴の餌食になるぞ……恐らく私達の居場所はもうバレてる」
「お父さん、何とかならないかな……?」
「難しいね……相手はオオカミだ。僕ら人間と比べても嗅覚も聴覚もかなり発達してる。それも群れからはぐれて狂暴化してる特殊な個体……どう動いてくるか予想が出来ない……」
このままここで足止めをされ続けるのはまずい……普段から自然の中で生きてる生き物と比べたら、私達はこういう場所での動きに慣れてない……もし先に何か仕掛けられたら、確実に私達が負ける……。
リオンさんがピクリと顔を上げる。
「何か動きましたよ……」
「え? 何も聞こえませんでしたけれど……」
「いえ、確かに聞こえました。1時の方向……そこから2時の方向に何かが動きました」
シーシャさんはしゃがんだままの姿勢で弓矢を構える。
「リオンさんの言う通りだ。あそこに居る……」
「シー姉、他の動物かもよ? もし違ってたら向こうから襲ってこない……?」
「……その可能性もゼロではない。だが、恐らく他の動物達も既にあいつの気配を感じて逃げているだろう。それにもしあそこで動いたのが奴だとしたら、それを見逃す方が余程危険だ」
そう言い終わるのと同時に弓から矢が放たれ、前方にある繁みへと吸い込まれていった。直後、何らかの動物のギャンッという悲鳴の様なものが聞こえてきた。
「当たった?」
「……ああ、だが致命傷ではない。それにこの声は……」
何かを感じ取ったリオンさんは私とプーちゃんを抱え、更にお父さんを体当たりで後ろに突き飛ばすと近くにあった泥の中に私達を投げ込み、シーシャさんの方へと駆け出した。
顔に付いた泥を拭い前を見てみると、シーシャさんとリオンさんの前に一匹のオオカミが立っていた。その体は素人目に見ても明らかに通常のオオカミよりも大きく、毛深い体毛でも隠し切れない程に足や体の筋肉が発達していた。
「ぶへぇーっ! もー、何なのさぁ~……」
私はすぐにプーちゃんの口を塞ぎ、お父さんの側へと引っ張る。
「プーちゃん静かに……あれ……」
プーちゃんは私が指差した方を見て状況を理解したらしく、こちらに視線を向け小さく頷いた。
リオンさんは腰の革製ベルトに差していた短剣を抜き、威嚇する様に構えた。しかしロンリーウルフはその程度の事では怯む様子を見せず、唸り声を上げながら姿勢を低くし今にも飛び掛かろうとしていた。
ロンリーウルフの首元にはシーシャさんが放った矢が刺さっており、そこから出血をしていた。しかし、致命傷になる様な箇所には刺さらなかったのか、特に体に支障を来たしている様には見えなかった。
シーシャさんはこういう野生動物を相手にするのは慣れているとは思うけれど、こういう特殊な個体を狩った事はあるのかな……? シーシャさんの狩人としての実力を知らないから何とも言えないけれど、このままだとまずい気がする……。それにリオンさんも……私達二人を軽々と持ち上げられるだけの力はあるし、防衛部隊隊長だけれど……こういう野生の生き物を相手にした事はあるの……?
「お、お父さん……どうしよう……」
「……下手に動くのはまずいよ。リオンさんが僕らをここに投げ込んだのは、匂いで追跡されない様にするためだ。でも相手は特殊な個体だ……こういう手段がどこまで通じるか分からない」
草がこすれる様な音が響き、シーシャさん達の方を見ると戦いは始まっていた。シーシャさんは左手に弓を持ったまま右手でナイフを抜き、飛び掛かってくるロンリーウルフ相手に応戦していた。シーシャさんもオオカミもどちらも攻撃を仕掛けつつ相手の攻撃を避け続けていた。しかし実力の差は歴然だった。オオカミはシーシャさんだけではなく、リオンさんの攻撃も回避していた。
このままじゃ……このままじゃ駄目……消耗戦になってる……あの二人相手にあそこまで戦えてるって事は、相当な狂暴性と実力を持ってるって事だ。何か……何か対処する方法は……。
使えそうな物は無いかと辺りを見渡していると、プーちゃんが鞄から何かを取り出した。
「ぷ、プーちゃん……?」
「……プレリエ、動いちゃ駄目だよ」
「お父さん、ヴィーゼ……ちょっと頭を伏せてて……」
そう言った直後、プーちゃんは鞄から取り出した何かをシーシャさん達に向かって放り投げた。はっきりとは見えなかったが、投げられたそれが何なのかは私には簡単に分かった。こういう状況でプーちゃんが使う物と言えば、あれしか考えらえなかった。
飛んで行った物は地面に落ちると同時に割れ、お世辞にも綺麗とは言えない液体をばら撒いた。するとオオカミの動きが一瞬怯み、それを見たシーシャさんとリオンさんは同時に首に武器を突き立てた。それでも反撃してこようとしてくるオオカミを相手に、シーシャさんは矢筒から抜いた矢を握り、その脳天に矢を突き刺した。それにより、ようやくオオカミは力無く倒れた。
「……おっし! 上手くいった!!」
「プーちゃん……今の、まさか……」
「そっ、あたしが作った特製の武器。天才美少女プレリエ様が作った隠し玉だよ!」
チラッとシーシャさん達の方を見てみると、ナイフと矢を抜いた二人は鼻を摘まみながらやや青い顔をしてこちらに戻ってきた。
「あ、シーシャさん、リオンさん……」
「んんっ……そのプレリエ……助かった。ありがとう……んっ……」
「ふぅ……ふぅ……っ! で。では行きましょうか……」
やっぱりあの玉だったんだ……あんな至近距離で中身が出た訳だから、こうなるよね……。でも、あの状況を何とかするにはこうするしか無かったのかも……。
「プレリエ、いったい何を投げたんだい……?」
「あのねぇ~、あの中には……」
「プーちゃんいいから! 教えてくれなくていいから!」
「え? 何で?」
「お願い……あの匂い思い出すだけで吐きそうになるの……」
「わ、分かったよ……吐かれたら困るし止めとくよ……」
私達は泥に塗れたまま立ち上がり、島の奥へと進み始めた。三人が泥塗れで二人は変な臭いを体から出しているという端から見れば異様な集団だったが、気にするだけ無駄だと思い、なるべく考えない様にした。
しばらく進んでいると遂にあの本で見た遺跡が見えてきた。遺跡の側には滝があり、綺麗な澄んだ水が流れていた。遺跡は古い物のためか所々ヒビが入っており、更には苔が生えている様な所もあった。
「着いたね」
「うん……本で見たのよりも大きいね……」
シーシャさんとリオンさんは青い顔をし、口元を抑えながら口を開いた。
「その、すまないが、少し滝に行ってくる……」
「私も行ってきます……すぐに戻りますので……」
そう言うと二人はフラフラしながら滝の方へと向かっていった。
「ねぇヴィーゼ、お父さん、あたし達も後で服とか洗おうよ」
「あ、ああ。後でねプレリエ」
「うん。先にこの遺跡を調べよう」
私達はシーシャさん達を置いて先に遺跡を調べるために内部へと入った。中は外と同じ様にヒビや苔がそこら中で見られ、放っておいても風化で崩れてしまいそうだった。一人で色々見て周ると言ったお父さんと別れ、二人でしばらく中を見て周っていると、遂にあの本で見た場所に辿り着いた。石で作られた机の様な台の上にフラスコやその他錬金術で使う様な道具が綺麗な状態で置かれていた。かなり違和感がある景色だったが、それはあそこに比べれば大した事ではなかった。
「ヴィーゼ……」
「うん……」
プーちゃんが握ってきた手を握り返し、ある壁を見つめる。
ここだ……あの本を見てた時に違和感を感じた場所……。実際に来てみたらよりはっきりと分かる……。あの時は背中がピリピリとする程度だったけれど、ここに来てみるともっとそれが酷くなった。プーちゃんが言っていた様な呼ばれている様な感覚もするし、どこかから見られている様にも感じる……。
「ヴィーゼ……」
「大丈夫だよ……私が居るから……」
「ちょっとさ、離れない……何か気分悪くなってきた……」
「そうだね……一旦離れようか、まずは、ね……」
何か良くない物を感じた私達はそこから離れ、壁を調べていたお父さんを見付け、事情を話した。プーちゃんの様子がいつもと違ってどこかおかしいと気付いたお父さんは調査を中断し、一緒に外へと出た。外へ出ると先程感じていた違和感や妙な感覚は無くなり、プーちゃんの様子も少しずつではあるが元へと戻り始めていた。
いったい……あそこには何があるんだろう……お父さんは何も感じなかったみたいだけれど、私とプーちゃんは確かにあそこで何かを感じた……。これも水の精霊が言ってた『純正の血』が関係してるのかな? お父さんは錬金術をやった事が無いらしいし……お母さんの血が反応してるって事……?
何が要因かは分からなかったが、何も言わずに遺跡を爆破するのは危険だと感じたため、私達はシーシャさんとリオンさんが帰ってくるまで、待機する事にした。




