第29話:無人島上陸
プーちゃんとボーッとしながら過ごしているとやがてお父さんが部屋に帰ってきた。お父さんは椅子に座り、何やら仕事の続きを始めた。私達はお父さんの邪魔をしない様にルーカスさんから貰った本に再び目を通す。
やっぱりあの遺跡の写真に写っている奥の壁……あそこに違和感を感じる。上手くは言い表せないけれど、背筋がピリピリして気持ちが悪くなる。プーちゃんが言っていたみたいな『呼ばれてる感じ』はどこからもしない。プーちゃんが特別敏感なだけなのかな? それとも、私が鈍感なだけ? まあ聞こえたら聞こえたで余計に嫌な感じになるけれど……。
私はこれ以上そのページを見るのが辛くなり、ページを捲る。普段なら一緒に本を見ている時に勝手にページを捲るとプーちゃんに怒られるが、この時は流石に何も言われなかった。
いくつかページを捲っていき、あるページに目を留める。そこには額縁に入った大きな白紙の写真が載っていた。その紙は少し異常な感じがする程に白かった、しかしそれ以上に異常だったのはその紙が美術館に飾ってあるという事だった。
「ねぇプーちゃん、これさ、どう思う?」
「どうって……あたしには何も描いてない紙にしか見えないけど……」
「そうだよね……何で美術館にあるんだろう?」
本によると、この真っ白な紙が飾られている美術館はル・サンチェ島という島国にあるらしい。ル・サンチェ島は元々観光が盛んな場所だったらしく、より多くの観光客を集めるために各地から名画を集め展示する美術館を建てたらしい。
その絵がいったいどういう形で異常なのかを読んでみると、どうやらこの紙は不思議な絵らしく、見る人によって写るものが違うらしかった。美術館に来る人の多くは、この絵を一目見るためにやってくるらしい。
「写るものが違う……」
「ねぇヴィーゼ、これも錬金術なのかな?」
「どうだろう……お母さんのレシピ集にもこんなの載ってなかったけれど、でもありえなくはないかも……?」
私は写真を凝視する。
これからは変な感じはしない……もし私達の血が錬金術に反応するって考えが合ってるなら、これは錬金術とは関係無いのかな……? 私の予想が外れてる可能性もあるけれど……。
「でも写るものが違う絵かぁ~。ちょっと見てみたいなぁ」
「そうだね。危険な物じゃないなら、私もちょっと気になるかも」
私は一先ずこの絵には錬金術との関わりが無いと考え、ページを捲る。
何度も何度もページを捲り続け、そこに載っている遺跡や不思議な物を確認していった。どれもこれも確かに不思議な物であり、中には非常に興味がそそられる物もあった。しかし、私が違和感や気持ち悪さを感じたのは一部の遺跡と品物だけだった。横目でプーちゃんの反応も見ていたが、どうやら私と同じ物に違和感を感じていた様だった。
本を閉じ釜を見ると、蓋の隙間から上っていた煙が無くなっており、いよいよ爆弾の調合が完成したらしかった。
「プーちゃん、終わったみたい」
「おっ、じゃあ開けてみよっか!」
私とプーちゃんは本をベッドに置き、釜へと近寄ると恐る恐る蓋を開けるとお母さんからの言い付けを守る様に手だけを釜に突っ込んだ。すると手に何かが当たった感触があり、同時に掴んで持ち上げてみると二人で持つと丁度重くない木箱が出てきた。一旦それを床に置き、もう一度釜に手を入れもう一つ引っ張り出す。
「これが爆弾?」
「みたいだね。この箱の中に火薬が詰まってるんじゃないかな?」
「えー? でもあの素焼きの容器はどうなったの?」
「それはえっと……どうなったんだろう?」
プーちゃんはお父さんに話しかける。
「お父さーん。爆弾って本当にこれなのかなー?」
「うん?」お父さんは椅子から立ち上がり、爆弾に近寄る。
「ああ、間違いないよ」
「そーなの? でも何でこれこんな形してるのかな?」
私はやや呆れながら答える。
「プーちゃん……レシピにも書いてあったよ? この爆弾は解体作業に使う物なの。だからこうやって設置して使える様に箱の形をしてるの」
「あれっ? そうだっけ?」
「うん……危ない物なんだからちゃんとそういうのは理解しといてよ……」
「でも素焼きはどう説明するの?」
お父さんが答える。
「僕も詳しい訳じゃないけど、確か火薬に混じって素焼きの破片が入ってるらしいよ?」
「破片が?」
「うん。どうも爆発した時に周囲に飛び散ってより広範囲に損傷を与える事が出来るらしい」
「でもお父さん、爆発したらその時に粉々になっちゃって飛び散らないんじゃないかな? それにもし飛び散ったとしても解体出来る程の傷が付けられるのかな?」
お父さんは机の方に移動すると机上に置かれていた紙に箱の絵を描き、その外側に小さな球体を描いた。
「ヴィーゼ、正確にはこういう小さい球が飛んでいくらしいんだ。この球の中にも火薬が入っているらしくてね、これが何かにぶつかると爆発するという仕組みらしいんだ」
どういう事なんだろう……素焼きがどこに使われてるのかは分かったけれど、この構造だと爆発した時に中の球も一緒に爆発してしまって、結局あんまり意味が無い様な気がするんだけれど……。
「お父さんそれさぁ、構造的に無理じゃない?」
「うん、僕もそう思うんだけどね。昔、実際にこれが爆発したところを見た事があってね。その時そういう風になってたんだよ、信じがたい話だとは思うけどね」
お父さんがそう言っているって事は嘘じゃないみたい……。錬金術はかなり複雑な技術というかセンスが必要になるみたいだから、そういう変わった物が作れてもおかしくはないのかもしれない。
「んー、まあお父さんが言ってるんだし、嘘じゃないか」
「プーちゃん、納得したんならこれちょっと動かすの手伝って」
「はいよー」
私達は作った爆弾が邪魔にならない様に部屋の隅に寄せ、塗り火薬が完全に燃え尽きるまで待った後、釜の中に汚れが無いかを確かめた。幸いにもどこにも汚れは無かったため、緊急で掃除をする必要性は無さそうだった。
「後は着くまで待つだけだね」
「うん」
こうして爆弾作りを終えた私達は島に着くまでの数日間、船の中で過ごす事になった。
数日後、いよいよ船団は無人島に近寄っていた。しかし、無人島という性質上桟橋も港も無いため、船を島に横付けする事が出来そうに無かった。すると船長のヴォーゲさんが数人乗れる大きさの小船を私達に貸してくれる事になった。
何かあっては危険だからという理由で防衛隊隊長であるリオンさんが付いてくる事になり、私とプーちゃん、お父さん、シーシャさん、そしてリオンさんの5人で小船に乗って島へと行く事になった。
力に自信があるという事もあってか、シーシャさんとリオンさんが船を漕ぐ。
「すまないシーシャさん、リオンさん、本来なら僕がやるべきなんだろうけど」
「気にしなくていいヴァッサさん。それぞれ得意不得意があるからな」
「ヴァッサさん、どうかお気になさらずに。レレイからの指令です、必ずや皆様の身を守りますので」
プーちゃんは木が覆い茂る島を見詰める。
「何かワクワクするねヴィーゼ!」
「う、うん。ワクワクするのは分かるけれど、勝手にどっか行っちゃ駄目だよ?」
「分かってるってぇ」
私も島に目を向ける。
島自体はそこまで大きくは無いかな。でも向こう側が見えない程木が覆い茂ってるし、まだ見た事が無い動物もきっと沢山棲んでる。注意しないと……。
しばらく海の上を進んでいた小船は、ついに島へと乗り上げた。私とプーちゃんは手分けして爆弾を船から降ろし、リオンさんは船が流されない様により陸の方へと引っ張り上げていた。
「さて、遺跡の場所は分かるの?」
「うん、大丈夫だよお父さん。結構目立つみたいだからすぐ見付かるみたい」
「ねねっ、早く行こうよ」
「う、うん。そうだね」
私達は目当ての遺跡を見つけるべく、島に覆い茂っている林の中へと進んでいった。そこら中から聞いた事も無い鳥の鳴き声が聞こえ、更には見た事も無い虫までそこら中を飛んでいた。幸いにも私もプーちゃんもそこまで虫が嫌いという事も無いので、特に気にせずに進んでいた。
すると突然少し前を歩いていたシーシャさんが足を止め、私達を制止する様に腕を横に伸ばした。
「どしたのシー姉?」
「しっ……静かに、身を低く……」
私達は言われるがままに姿勢を低くする。
「どうしたんですかシーシャ? 何かあったのですか?」
「リオンさん、もう少し声を小さくして欲しい……あそこの木を見て……」
シーシャさんが指差した方向を見ると、一見何の変哲も無い地面だった。綺麗な緑色の草が生えており、隙間からは土が覗いていた。
「……なるほどね」
「お父さん、何か分かったの……?」
「ああ、ほらこれ……」
そう言うとお父さんは地面に手を付け、土を少し掬い上げた。その土の中には不自然に丸い形をしたものがあり、明らかに土では無い事を窺わせた。
「これは鹿のフンだ。これだけだと種類までは特定出来ないけど、間違いなくここに居るよ……」
「ん、でもさぁ、鹿ならそこまで警戒する必要は無いんじゃない?」
シーシャさんはプーちゃんの口の前に人差し指を持っていく。
「……違うんだプレリエ。鹿だけじゃない。シルバーウルフの痕跡もある。あそこの木を見ろ」
「木?」
「ああ、よく見ろ、噛み傷の様なものが付いてるだろ……?」
「うーん……言われてみれば……」
「あれはシルバーウルフが付けたものと見ていい……」
私は聞いた事が無い名前に困惑し、尋ねる。
「危険な生き物なんですか……?」
「普通はそこまで危険ではない……群れで狩りをする生物だが、人間には手を出してこない。私達人間が何をしてくるか分かってないからこそ、リスクを犯さない様に襲ってこないんだ」
「なら大丈夫なんじゃ……」
「例外があるんだ……シルバーウルフの中には時折、特殊な個体が生まれる。それがロンリーウルフだ、私達の村ではそう呼んでいた」
お父さんが口を開く。
「何らかの理由で群れに馴染めず、一匹で過ごしているシルバーウルフの事を言うんだよね?」
「ああ、ヴァッサさんの言う通り、一匹でいる奴はロンリーウルフと呼ばれている」シーシャさんは少しだけ腰を上げ周囲を見渡し、すぐに腰を下ろした。
「そしてロンリーウルフとなった個体は生き残るために、通常のシルバーウルフと比べてかなり凶暴になってる。ああやって無意味に傷を付ける位に」
そんな生き物が居るなんて初めて知った。図鑑でも見た事が無い気がする。もしかして最近見付かった生き物なのかな? それならまだ図鑑に載ってないのも納得出来るし……。
「奴は近くに居る。鹿の痕跡を見るにここは鹿の餌場だ。だが同時に奴の餌場でもある」
「だったらさ、さっさとここ抜けた方がいんじゃない?」
「いや、そういう訳にはいかない。奴の狩りの仕方は待ち伏せ型だ。今の私達と同じ様にどこかで待ち伏せて観察してきている」シーシャさんは鼻を鳴らす。
「……匂いからして、恐らく50メートル圏内に居る。既に私達は奴の標的だ」
そう言うとシーシャさんは肩に掛けていた弓を外すと、それに矢をつがえた。どうやらここで仕留めるつもりらしい。
「ずっと狩猟をしながら生きてきた私には分かる……こいつは、逃げ切れる相手では無い……」
「シーシャ、私もお手伝い致しましょう」
「リオンさん……悪いがヴィーゼ達を守る事だけに専念して欲しい。狩りの経験が無いあなたがどうこう出来る相手では無いからな」
「はい、分かりました」
何か上陸早々とんでもない事になっちゃった……。まさかいきなり野生動物から狙われるなんて……ささっと爆弾仕掛けて爆発させてで済むと思ってたけれど、そんなに世の中甘くないんだね……。
「ヴィーゼ、プレリエ、ヴァッサさん、絶対に下手な動きはしないでくれ」
「は、はい」
「はいはい、大丈夫だよ~っと……」
「僕も生物学者として可能な限りサポートするよ」
こうして私達はロンリーウルフという狩人を倒すためにその場に留まり、様子を伺う事になった。




