第28話:吟遊詩人と不明な違和感
私達は船内を移動する船員の人達に付いて行き、ようやく食堂に辿り着いた。食堂の扉は資料室等の他の部屋とは違い、両開きになっていた。内部には木製の机や椅子がいくつも並んでおり、既に食事が始まっている様だった。
「おー! 食堂ってこんななんだー!」
「二人はこういう所は初めてなのか?」
「うん、あたし達今まで国の外に出た事無かったからねー。家から出る事も少なかったし」
「シーシャさんは経験あるんですか?」
「いや。私も初めてだな」
私達は何をすれば食べ物が貰えるのかよく分からなかったが、見様見真似で並んでいる人達の後ろに付いた。その列は少しずつ前へと進んで行き、やがて私達はカウンターの様になっている場所に辿り着いた。そのカウンターの奥には男の人が一人立っており、一人一人に料理が盛り付けられた皿が乗ったお盆を渡していた。
自分の番が来た私は、やや緊張気味に受け取る。
「……あんた、見ない顔だな」
「は、はい。今日からお世話になります」
「ふぅん……まあ良いけど……」
男に人は無愛想な反応をすると、早く席に座れと言わんばかりに手で掃う様な動きをした。
「……あんたらも?」
「そっ! あたしは将来的に超有名人になるだろうから、しっかり顔覚えといてよ!」
「そう……」
「何さその反応ー! 無愛想にしてたら女の子にモテないぞーっ!」
私は慌ててプーちゃんの手を掴んで引っ張る。
「ごめんなさい、この子ちょっとお喋りな子で、あはは……」
私は背中にジトッとした視線を受けながらプーちゃんの手を引き、適当に近くにあった空いている席に座る。少し待っているとシーシャさんも受け取ったらしく、私の隣に座った。
「待たせたな」
「じゃあ食べる?」
「うん、食べよう」
皿の上には塩焼きにされている魚が乗っていた。何の魚かまでは分からなかったものの、その香ばしい香りは、食欲を刺激するのには申し分無かった。更にお椀の様な物もあり、その中には何やら汁物が入っていた。無色透明ではあったものの、中に入っている海藻がハッキリと見え、シンプルな美しさを感じさせた。喉が渇かない様に飲み水まで木製のコップに入れられていた。
「この汁何なんだろ?」
「さぁ……食べれるものだとは思うけれど……」
私とプーちゃんが一緒になってお椀の中を覗き込んでいると、プーちゃんの隣に座っていた女性が話し掛けてきた。その女性は腰元にロープをグルグルに縛り付けており、スバルさんの様に胸元にサラシを巻いていた。肩幅や腹筋を見るに、かなり力がある事が分かる。
「ああそれね、塩と醤油使ってるんだって」
「え? あ、はぁ……塩と醤油……」
「そうそう。まあ詳しい作り方は私も知らないんだけどね」その女の人はカウンターの向こうに居る男の人を一瞥する。
「あの人に何回も作り方聞いたんだけどね、全然教えてくれないんだよ」
「な、何かそんな感じの人でしたね。あまり人とお話するのは好きじゃないみたいな……」
「何かあの人ね、一時期海賊に捕まってた時期があったらしいんだよ。で、まあ何とか逃げ出してウチに来たらしいんだ。もしかしたらその時の事が関係してるのかもね」
プーちゃんがフォークで魚を崩しながら口を開く。
「海賊かぁ~、聞いた事はあるけどホントに居るの?」
「居るよぉ~? あいつらホントに厄介なんだよね。私達が交易やってるの知ってるから攻撃してくるんだよ」
「でも、えっと……防衛隊の方々が居るんですよね?」
「うん。あの人達のお陰で被害も少なくて済んでるよ」
女性は私が話す事に集中している事に気付いたのか、食べるように促した。
「あ、ごめんごめん! 食べながら良いよ」
「あ、はい」
「ねーねー、何て名前なの? まだ名前聞いてなかったよね?」
「お、そうだったね。私はペスカって言うんだ、よろしくね」
シーシャさんが尋ねる。
「ペスカ、あなたは、もうここに住んで結構経つのか?」
「結構も何も生まれた時からだよ。もう25年になるかな?」
「そうか。それなら少し聞きたいんだが、今この船はある無人島にある遺跡に向かってる。あなたが何か知ってる事は無いか?」
ペスカさんは皿の上に残っていた料理を平らげると、答えた。
「ああ、あの遺跡ね。うん、知ってるよ」
「し、知ってるんですか?」
「うん。昔さ、この船が敵の艦隊に襲われた事があってね、その時に海に投げ出された人が居たんだよ。その人が漂着したのがその島だったんだ」
海に投げ出される……想像しただけでも恐ろしい……こんなに広い海に落とされたら、私なら何も出来なくなってしまうかもしれない。
「実際に目で見てみたのか?」
「いや、あの時はただ助ける事で手一杯だったからね。でもあの人が嘘をつくとは思えないし、事実だと思うよ?」
「そうか……」
「ごめんね? 情報が少なくて」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ」
いつの間にか食べ終わっていたプーちゃんが口を開く。
「ねぇペスカ姉、今までにさ、そういう遺跡みたいなのって見た事ある?」
「無いなぁ。まあそういうのが他にもあるんだろうなって気はするけど」
「そっか。……やっぱり遺跡ってあんまり人目に付かない場所にあるのかな?」
「どうかな? 私の専門じゃないしサッパリだよ」そう言うとペスカさんは席を立った。
「さてと、それじゃあ私はそろそろ仕事に戻るよ。じゃあね?」
「あっ、はい。ありがとうございました」
「それじゃあな」
「じゃーねペスカ姉ー!」
残された私達は急いで食事を終え、食器を戻しに行った。私達が最後だったという事もあってか、カウンター越しに早くしろという視線を向けられたため頭を下げ、そそくさと食堂から出た。
食堂から出た私達は少しの間船の中を探索してみる事にした。そんな中、色々見て周っているとどこからか楽器の音が聞こえてきた。その音は聞き覚えのある音だった。
「ヴィーゼ、この音さ……」
「うん。ミーファさんの使ってた楽器に似てる音だよね」
「てか、そのものでしょこれ! あの盗人ここにも居るの!?」
「まあ居てもおかしくはないだろう。あいつは吟遊詩人なんだろうしな」
ミーファさんが吟遊詩人かぁ……あの人、こんな事言っちゃ駄目だとは思うんだけれど、あんまり歌上手じゃなかったからなぁ……やっていけるのかなぁ吟遊詩人……?
「……なるべく会いたくないよね、あいつには」
その瞬間、突然音が止まり後ろから声が聞こえた。
「やぁ、久し振りだね」
「っ!?」
驚いて振り返ってみるとそこにはミーファさんが立っていた。服装はあの時と全く変わっておらず、手にはあの時と同じ楽器があった。
「お前、ここにも来てたのか」
「そうだよ。風に誘われてる内にここに辿り着いてたんだ」
プーちゃんが詰め寄る。
「あのさぁ! あたしはまだ怒ってるんだよ! 何であの時魚盗んだのさ!」
「彼らがボクに食べてはどうかと意見具申したのさ。ボクはそれに従っただけだよ」
「誰なの彼らって!」
「それは、今の君にとって最も重要な事柄なのかな?」
「どーゆー意味さ?」
ミーファさんが楽器を弾き始める。
「人が作った過ちは、人によって浄化され、大地に散るわかつての遺物……」
「あーもー止めてよ、その歌ぁ! 気付いてなのか知らないけど下手糞なの!」
「フフッ……でも今君は自分がするべき事を再認識した筈だよ。君達がするべき優先事項をね」
おかしい……何でこの人、私達がしようとしてる事を知ってるんだろう。あれから会ってない筈だし、ここの誰かが話したのかなぁ……?
「ミーファ、何故お前がそれを知ってる?」
「最もな疑問だね。だけどその疑問は大した問題では無いんだ。だからボクは答えないよ」
「あの、ミーファさん……今私達が向かってる遺跡の事、何か知ってるんですか?」
演奏が止まる。
「……知らないと言えば嘘になるけれど、知ってると言うのも間違いになるね」
「ちょっとー、あたしはクイズしてるんじゃないんだけどー?」
「そうだね。今の言い方は流石に紛らわしすぎたね」
ミーファさんはまるでお客にするかの様にお辞儀をした。
「いつかその時が来たら話すよ。それじゃあボクはこれで、君達の旅に幸多からん事を……」
そう言うとミーファさんは廊下の曲がり角を曲がっていった。プーちゃんは眉間に皺を寄せ、眉を吊り上げながら床を強く踏んだ。
「あームカつくッ! 何なのあいつ! 気取っちゃってさぁ!」
「でもどういう意味だったんだろう……知らないと言えば嘘になるけれど、知ってるって言うのも嘘になる……?」
「どーせ意味無いよっ! あいつ適当言ってるんだよ!」
本当にそうなのかな……あの時のミーファさん、何か雰囲気が違った気がする。本当に一瞬だったけれど、どこか悲しそうな、そんな感じがした。
「ヴィーゼ、シー姉、行こっ!」
「ああ」
「えっ、あ、うん」
プーちゃんはやや力強く歩き始める。その様子はイライラしてしょうがないといった感じだった。
しばらくして、私達はそれぞれ自分達の部屋に戻った。釜の下では火が揺らめいており、蓋の隙間からは湯気が立ち上っていた。
「ただいま」
「おかえり。おいしかったかい?」
「うん、結構いい感じだった。あたし達が釜見てるから今度はお父さん行ってきなよ」
「そうだね。それじゃあそうしようかな」
そう言うとお父さんは椅子から立ち上がり、部屋を出て行った。
ミーファさんが言っていた事がどうにも気になってしまう。ミーファさんは間違いなく何かを知ってる……でも、詳しくは知らないって事なのかな? でも、何かを知ってるとしたら、それは何だろう?
「ヴィーゼ!」
「えっ!? あ、何?」
「またあの本読もうよ」
「あ、うん」
私はベッドに腰掛けているプーちゃんの隣に座り、ルーカスさんから貰った本に目を通し始める。
「ねぇプーちゃん、さっきミーファさんが言ってた事なんだけれど……」
「うん、分かってるよ。さっきは頭に血が上っちゃってたけど、やっぱりあの言い方、引っ掛かるよね?」
「あ、気付いてたんだ」
「当たり前じゃん! あたしとヴィーゼは双子でしょ? ヴィーゼが考えてる事なんてお見通しだよ!」そう言うとプーちゃんは今向かっている遺跡のページを開く。
「何か、何かここにあるんだと思うんだよねぇ……」
「でも、何だろう?」
「うーん……そこまではこの天才美少女プレリエ様を持ってしても分かんないんだけどぉ……何だろうなぁ……」プーちゃんは遺跡の写真を指でなぞる。
「何か、さ……ここの奥の壁の辺さぁ……変な感じしない? 上手く言えないんだけど、何か違和感があるんだよねぇ……」
言われてみれば何か変な感じがする。今までは気付かなかったのに、プーちゃんに指摘された途端に違和感を覚えた。でも、何だろう……この感じ……違和感というのは適切じゃない気がする。何か背中の辺りがピリピリするというか、とてもおぞましいものを見ている感じというか……。
「ねぇプーちゃん、何か違和感っていうか、気持ち悪い感じがしない?」
「……うん。何て言えばいいんだろ……声は聞こえないんだけど、呼ばれてる感じがするというか……」
不安を感じたのか、プーちゃんは私の手を上に自分の手を重ねる。
「呼ばれてる感じかぁ……」
「あたしの勘違いかもだけどね……」
私の頭の中で以前水の精霊が言っていた事が思い起こされる。
『純正ノ血』、確か水の精霊はそう言ってた。私達には錬金術士として純正の血が入っているって……。もしかして、私達の中の血がこの遺跡に共鳴してるって事なのかな……? 錬金術で作られたものだって本能的に感じてる……? でもだとしたら、何でプーちゃんから言われるまで何とも思わなかったんだろう? それまではそこまで意識して見てなかったから?
「あーもー駄目だっ! やめやめ!」そう言うとプーちゃんは本を閉じ、鞄の中に放った。
「あれ以上見てたら気分悪くなるよ……!」
「う、うん……今はご飯食べたばっかりだし、これ以上はまずいね……」
「……ちょい休憩しよっか」
「うん、ちょっと休憩してから、また読もうか」
私は重ねていた手を離し、ぴったりと体を引っ付けてきたプーちゃんの手を握り、少し間ボーッとして過ごす事にした。




