第27話:初めての危険物、調合開始!
調合を行うために部屋へと戻った私達は机の上に海水の入った容器を置き、素焼き爆弾を分解する準備を進める。
「お父さんまだ戻ってきてないね」
「うん、お仕事の話だろうから長くなってるのかも」私はプーちゃんから爆弾を受け取り、容器を見詰める。
「どうしたのさヴィーゼ?」
「い、いや……リオンさんが言ってたから大丈夫だとは思うんだけれど、ちょっと緊張して……」
リオンさんはこの中に入っている液体は空気に触れると自然に発火するって言ってた。でもその液体は水に触れると簡単に無力化されるらしい。嘘だとは思わないけれど、いざやるとなるとドキドキしてしまう。
「もー早くやってよヴィーゼー。まだ着くまでは時間掛かるだろうけどさぁ」
「う、うん……や、やるよ」
そう言ったものの、やはり私の体は緊張で震え、間違って容器の縁に爆弾をぶつけてしまいそうだった。すると、そんな私を見かねたのかプーちゃんは私から爆弾を取り上げ、海水の入った容器に向かって大声を出した。
「おおおーーーい!! 出てこーーいっ!!」
その言葉を発した直後、海水の一部が引っ張られる様に浮かび上がり小さな人型となった。その姿は以前水の精霊を呼び出した時と同じ様な見た目であった。
「何ダ、人ノ子ヨ」
「あのさ、ちょっとあたしが『いいよ』って言うまでこれを包んでて欲しいんだよね」
「……ソレハ何ダ?」
「いいから! ちゃんと約束を守るために必要な事だから!」
プーちゃんが水の精霊が言っていた『過去の人間の罪を償う』という話に関係しているという事を伝えると、水の精霊はゆっくりとプーちゃんの手に握られている素焼きの爆弾に近付くとそれを小さな手で抱えた。
「……仕方アルマイ。コレヲ包ンデイレバ良イノダナ?」
「そそっ。じゃあそれ持って容器の中に戻って」
水の精霊が容器の中に戻るとプーちゃんは手を突っ込み、解体し始めた。どうやら内部の液体を包んでいる素焼き部分は半球状の物を組み合わせて出来ていたらしく、水中で簡単に剥がれた。内部からは透明でジェル状の液体の様なものがトロリと出てきた。しかしそれは言われていた様に水中では機能しないらしく、ただのジェル状の液体でしかなかった。
「おっ、何か出てきたね」
「それがリオンさんの言ってた空気に触れると発火する液体みたいだね。どういう原理なんだろう……」
錬金術には普通では作る事が出来ない物を作る事が出来るという利点がある。どうやっているのかは分からないけれど、きっとこれも錬金術で作る事が出来るのかな。私のお母さんが発明した『塗り火薬』は息を吹き掛けると燃える。一方でこの液体は空気に触れて燃える。何だかこの二つはどこか似ている様な気がする。
「何カ……体ニ混ザッテキテイル様ナ気ガスル……」
「大丈夫だって、安心しなよ」
「人ノ子ヨ、貴様何ヲシテイル……?」
「あのさぁ~~~っ、文句言わないでよ! そりゃ酷い扱いされて怒ってるのは分かるよ? でもあたし達は本来関係ないでしょ? それなのにこうやって協力してるんだよ? 水の精霊だってならちょっとは協力してよ!」
プーちゃんがそう言うと容器の内の海水から腕の様に伸びた腕がプーちゃんの顔に海水を飛ばした。
「っ!?」
「アマリ舐メルデナイ。我ハコレデモ貴様ラノ態度ニ寛容ニシテイルノダゾ?」
「ちょっ! 危ないじゃん! これで火が点いたりしたらどーすんのさっ!」
「知ラヌ。……ソレヨリ貴様、火ダト? コノ不純物ハ火ガ点クノカ?」
「水の中なら大丈夫だって……あーあーもう……塗れちゃったよ……」
プーちゃんは分解が終わった素焼き部分を取り出すとそれを私に手渡した。私はそれを一旦机に置き、塗り火薬で釜の下に火を点けた。
「フンッ、貴様ニハソレガ似合ッテオルワ。ソレデ? モウ良イノカ?」
「あーうん、いいよもう戻って」
「……ソウカ」
水の精霊がやや不機嫌そうな声で返事をすると容器の内の海水が一瞬波立った。それから水が動く事は無く、どうやら水の精霊はミルヴェイユの神殿に戻っていったらしかった。
「全く……我が儘なんだからぁ……」
「プーちゃんがそれを言うの……」
私が素焼きの容器を釜に入れるとプーちゃんが服で手を拭きながらこちらに近寄ってきた。
「それから入れるの?」
「うん。まずは、だよ……この素焼きの容器から入れて、次が火薬みたいだね。……あとプーちゃん、手は服で拭いちゃ駄目でしょ?」
「ままっ、いーじゃん。それより次は火薬だよね?」
そう言うとプーちゃんは棚に駆け寄り、火薬の入ったフラスコを持ち、こちらに持ってきた。
「そーっとね?」
「はいはい」
プーちゃんは私からの警告を聞いて、ゆっくりと釜の中に入れていった。私から見れば少し速い様にも見えたものの、恐らくプーちゃんにとっては丁寧にやっているものだろうと考え、そこはツッコまない事にした。
「次は木材だっけ?」
「うん。そうだね」
プーちゃんは釜の近くに置いておいた木材を一つ持つと、釜に垂直に入れ始めた。本来なら釜の大きさを考えると絶対に入らない筈であるが、まるで釜の底からどこかに繋がっている様に入っていった。まだお母さんが行方不明になる前にそういう事を目の前で見せてくれていたため、プーちゃんも覚えていたのかもしれない。
「よしっ、任せたよヴィーゼ」
「うん、いいけど、プーちゃんはやらないの?」
「んー……やってもいいけど、こういうのは慎重にやるヴィーゼの方が向いてるかなーって」
言われてみれば、この調合をプーちゃんに任せるのはかなり勇気がいる。この子は天才肌だから任せてもきっと上手くやるんだろうけれど、今作ってるのは爆弾だ。もしもって事があるかもしれない……もしプーちゃんにもしもの事があったら……きっと耐えられない……。
「そうだね、私がやるよ」
私は掻き混ぜ棒を持ち、ゆっくりと混ぜ始める。まだ素材を入れたばかりのため、まずは素材を分解しなければならないためだ。
プーちゃんはレシピ集を読みながら話し掛けてきた。
「ねーヴィーゼー?」
「どうしたの?」
「これさ、木材は何のために入れたのかな? 今作ってるのは爆弾でしょ? 火薬とかは分かるんだけど、何で木材なのかな?」
「うーん……何でだろう? そこに描いてある絵を見るに、この爆弾って球体だよね?」
「うん、丸いね。絵を見ても木材を使ってる感じがしないんだけど……」
何でだろう……木材を使う様なところは無い様な気がするんだけれど、私が見落としてるだけかなぁ? それとも木そのものじゃなくて、それに含まれている別のものが理由とかかな?
私はそんな事を考えながら混ぜるスピードを速くした。釜の中の液体は少し泡立ち始めており、私は鞄に入れておいた残りの中和剤を全て入れた。
「あっ、それもう空なんだね」
「うん。この調合が終わったら新しいの作っておこう」
それから数分間、私は釜の中に入れた素材達が完全に融合し、一つの爆弾の形になるまで掻き混ぜ続けた。そして混ぜるのを終えた私は蓋を閉める。
「これってどれ位置いておけばいいんだっけ?」
「んーとねー……大体半日位だって」
半日かぁ……今日の夜位には出来上がるって事だよね。取り出すのを忘れないようにしないと。作るのは今日が初めてだったんだし、放置したら何が起こるか分からないもんね。
私はいつの間にかベッドへ腰掛けていたプーちゃんの隣に座る。
「何個位出来るんだろーね?」
「一応2個分出来る様に入れてるんだけれど、初めてだから失敗してるかも……」
「大丈夫っしょ? ヴィーゼはいっつも慎重過ぎるって位にやってるんだし、問題無いって」
そんな事を話していると、再び管楽器の様な音が響き渡り、船がゆっくりと停泊した。私は立ち上がる。
「どうしたんだろう?」
「さぁ? また網でも引っ張るんじゃない?」
「そうなのかな?」
気になった私は釜の様子を見ているようにプーちゃんに頼み、部屋の外に出るとそのまま先程のあの出入り口まで向かった。
辿り着いた時には既に出入り口は開放されており、足場が架けられている状態だった。そしてその足場が架けられている船からは次から次へと人が乗り込んできた。私はその中からスバルさんを呼び止めた。
「あ、あの!」
「……んだよまたかよ。今度は何だよ……」
「え、えっとすみません。今度は何をするんですか?」
スバルさんは面倒くさそうに頭を掻く。
「この時間は飯の時間なんだよ……分かったか?」
そっか、もうそんな時間だった。調合に夢中になって忘れてたけれど、もうお昼なんだ。今までは何とも無かったのに、言われた途端にお腹が空いてきた様な気がする……。
「えっと、ありがとうございます」
「……そんじゃあもう行くからな? てめぇらもさっさと行けよ」
そう言うとスバルさんは足早に船の奥へと消えていった。
他の人達も皆この船に来てるみたい……という事は、この船の中に食堂みたいな場所があるって事なのかな? だったらプーちゃんを連れて行ってみてもいいかも。
私は部屋へと足早に戻り、扉を開けた。すると話を終えていたらしく、お父さんの姿が部屋の中にあった。
「おかえりヴィーゼ。調合は順調みたいだね?」
「うん。ねぇお父さん、この船って食堂みたいな場所があるの?」
「そうみたいだね。僕もさっき船員の人から聞いたよ」
「何それ何それーっ!?」
プーちゃんが『食堂』という言葉に食いついた。私もそうだが、私達は今まであまり外で食事をするという事が無かった。一旦調合を始めると迂闊に側を離れる訳にもいかなくなり、私達自身も集中してしまって食事を忘れてしまうという事が多かったからだ。
「色んな人が集まって食事を食べる所だよ」
「集まって食事、かー……」
プーちゃんは目を閉じて腕を組むとその光景を思い浮かべているらしく、口元から涎が出そうになっていた。
「行ってみたい! ね、ね、お父さん! ヴィーゼ! 行こうよ!」
「駄目だよプーちゃん、今調合中だよ。塗り火薬だから引火したりとかは無いとは思うけれど、念のために近くに居た方がいいよ」
「えー!? そんな面白そうな場所があるって聞かされて、いざ行こうとしたら駄目ってそりゃ無いでしょー!?」
プーちゃんの気持ちは分かる。私だってお腹は空いてるし、食堂というものに行ってみたいという気持ちはある。でも今私達が作ってるのは爆弾なんだ。ただでさえ調合に失敗すると爆発が起きる事があるのに、爆弾作ってる最中に別の爆発が起きたら大事だ。
「後はもう待つだけなんでしょ!?」
「それはそうだけれど、初めて作る物だし、油断は出来ないよ」
「そんなぁ……」
プーちゃんはガックリとうなだれた。するとそんな様子を見かねてか、お父さんが口を開いた。
「それじゃあ僕が釜を見てるよ。二人はその間に行ってきなさい」
「え? でも……」
「大丈夫さ。僕だって錬金術の知識がゼロな訳じゃない。もしもの時の対処位は出来るさ」
「えー、でもあたしはお父さんとヴィーゼと三人で生きたいんだけど……」
「また別の日でもいいじゃないかプレリエ。まだしばらくはここに居るんだから」
そう言ってお父さんはプーちゃんの頭を撫でた。プーちゃんも最初は納得がいかない様だったが、やがて納得出来たのかベッドから立ち上がった。
「しょーがない。じゃあ今度はまた一緒に行こうね?」
「うん、そうしよう」
プーちゃんは私の側に来ると私の服を抓んで軽く引っ張った。
「行こうヴィーゼ」
「う、うん。それじゃあお父さん、行ってくるね?」
「ああ、気を付けて行っておいで」
私達は釜をお父さんに任せて部屋を出た。廊下にはまだ他の船員の人達が歩いており、どうやらその人達も食堂に向かっている様だった。
「ねーねーヴィーゼ、シー姉も連れてこーよ」
「あ、そうだね。一緒に行ってみようか」
私達は隣の部屋の扉の前に立ち、ノックする。返事は無かったものの、しばらくしてシーシャさんが扉の向こうから姿を現した。
「どうしたんだ?」
「あのねシー姉、今からご飯食べに行くんだけど、一緒に行かない?」
「ああ、構わないが……ヴァッサさんはどうしたんだ?」
「お父さんは今、釜を見てます。何かあっちゃいけないので」
「ああ、そういう事か」納得するとシーシャさんは部屋から出てきた。
「それじゃあ行くか。場所は分かってるのか?」
「ぜーんぜん! でもまっ、他の皆に付いてけばいいでしょ!」
そう言って元気に歩き出したプーちゃんの後を追う様に、私とシーシャさんは歩き出した。




