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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第3章:海にも及ぶ異変
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第26話:海水を手に入れよう!

 ルーカスさんから貰った本を読んでいると、まだ私達が聞いた事も無い様な土地の名前も出てきた。一度滅亡しかけたものの持ち直し、今ではかなりの大国となったトワイライト王国、ビーバー族という一族が生息しているという小さな村など、非常に興味をそそられるものばかりだった。


「何かあれだね、世界って広いんだね」

「うん。まだまだ行った事も聞いた事も無い様な場所が沢山あるんだね……」

「ヴィーゼはさ、どっか行ってみたい所とかある?」

「私? うーん……」


 行ってみたい所かぁ……ここに載ってる国や街はどこも魅力的というか、興味をそそられる所ばかりだし、行ってみたくないと言えば嘘になる。でも、私は家族皆で平和に暮らせればそれが一番だな……。


「あはは……分かんないや」

「やっぱ生まれ育ったとこが一番ってやつ?」

「そうだね。行ってみるだけならどこも魅力的だけれど、住むとなったらやっぱり今までの家がいいな」

「まっ、やっぱりそうだよねー。住むならやっぱりあそこだよね」


 そう、住むならあそこ。でも、ただ済むだけ嫌だな……昔みたいにお母さんも居て、出来ればお父さんもあんまり遠くにお仕事に行かなくて済む様な、そんな暮らしがいいな……。

 そんな事を話していると、部屋の扉がノックされた。私は急いで駆け寄り、扉を開ける。


「はーい」


 開けた向こうに居たのはこの船の船員の人だった。少し古くなった様に見える木材を小脇に抱えており、どうやら私達が頼んでいた物を持ってきてくれた様だった。


「あの、これ隊長がこちらにお届けする様にと」

「あっ、ありがとうございます。助かります」私は木材を受け取る。

「いえ。それでは確かにお届けしましたので」


 そう言うと船員の人は軽く会釈をすると小走りでどこかへと走っていった。

 私は部屋へと戻り、釜の側に木材を置く。


「ヴィーゼ、それ、爆弾に使う素材なのかい?」

「うん、そうだよお父さん」


 私は塗り火薬を使おうと鞄を探り、それを取り出した。


「ほらプーちゃん、手伝って」

「はいよー」


 プーちゃんはレシピ集を持ち出すと、ベッドの上に置いてあった素焼き爆弾を取り、こちらへと近寄ってきた。


「えっと、まずはこの素焼きのやつからだね」

「待って、それ確か中に特殊な液体が入ってるってリオンさんが言ってたよね? まずは中身を取り出してからじゃないと駄目だよ」

「あーそれもそっか。えっと、どーすればいいんだっけ?」

「……プーちゃん、リオンさんの話ちゃんと聞いてたの? まずは、だよ……それを水に浸けて分解して、素焼きの部分だけを取り出すんだよ?」

「おーっそっかそっか! そーだったね!」プーちゃんはキョロキョロと辺りを見回し始める。

「でも水はどうする? ここの部屋、飲み水とかの貯蔵は無いみたいだよ?」

「どこかに貯蔵はしてあると思うんだけれど……」


 私達が悩んでいるとお父さんが席を立ち、近寄ってきた。


「水だったら、この船の貯蔵庫にある筈だよ?」

「本当? どこにあるの?」

「僕もザッと案内されただけだから詳しくは覚えてないんだけどね。確かに見た記憶があるよ」お父さんは手に持っていた紙を揺らす。

「ちょっとヴォーゲさんに話しておきたい事もあるし、何なら一緒に行くかい?」

「どうするヴィーゼ?」

「うん。それじゃあ一緒に行こうかな?」


 そうして私達は各々の目的のためにヴォーゲさんの下へと向かう事にした。


 廊下へと出た後、甲板へと向かっていると副官であるレレイさんの姿が見えた。何やら文字が沢山書かれている紙と睨めっこしており、その表情は真剣そのものだった。


「レレイさん、少し宜しいですか?」


 そうお父さんが声を掛けると、先程までキリッとしていたレレイさんの表情は柔らかいものへと変わった。


「あら? 何でしょうか?」

「実はヴォーゲさんを探しているのですが、どこか知りませんか?」

「ああ、船長でしたら甲板に居ると思いますよ? 案内しましょうか?」

「ありがとうございます。それと、もう一つ……」お父さんは私とプーちゃんに目線を向けた。私は口を開く。

「あの、貯蔵庫はどこにあるんでしょうか?」

「貯蔵庫? 食料庫の事かしら?」

「はい」

「んー……一応聞きたいんだけど、何か理由があるの?」


 プーちゃんがリオンさんから貰った爆弾を見せる。


「あのね? リオン姉から調合用にこれ貰ったんだけどさ、解体するのに水がいるみたいなんだよね。でも部屋には飲み水とかが無いから、ちょっと使わせてもらいたくってさ」


 レレイさんは顎を触り始める。


「うーん……そうねぇ……リオンからその爆弾を渡したっていう話は聞いてたんだけど、まさかそのまま渡してるなんて……」

「あの、やっぱり駄目ですよね?」

「そうね。貴重な飲み水だし、出来れば海水を使って欲しいのよね……」


 レレイさんはしばらく顎を触り続けていたが、やがて何か思い付いたらしく手の動きを止めた。


「……分かった。それじゃあこの船に乗る時に使った出入り口で待っててもらえるかしら?」

「え? いいですけれど……」

「何かあるの?」

「ええ。その時になったら教えるから待っててね?」レレイさんはお父さんの顔を見る。

「それでは船長の所に行きましょうか?」

「ええ、お願いしますね」


 お父さんはこちらを振り返ると、しゃがんで私達二人の顔を交互に見る。


「それじゃあちょっと行ってくるね? ちゃんとここの人達の言う事聞くんだよ?」

「もっちろん! 当たり前じゃんっ!」

「う、うん。大丈夫だよお父さん。プーちゃんが変な事しない様に私も見ておくから」

「ちょっとー!? どーゆー意味さー!?」

「ハハハ……それじゃあ行ってくるね?」


 お父さんは私とプーちゃんの頭を優しく撫でるとレレイさんの後に付いて甲板へと向かっていった。

 私達はレレイさんの言っていた通りにあの入り口向けて歩き始める。

 プーちゃんはさっき私に言われた事に怒っているらしく、眉を吊り上げ、こちらをジッと見詰めてきていた。


「プーちゃん、そんなに怒らないでよ……」

「だってさっきのは酷いよー! まるであたしが何かしそうみたいな言い方だったじゃん!」


 時折危ない事をする前例があったから言ったんだけれど……プーちゃん的には自覚が無いのかなぁ……。


「でもプーちゃん、時々危ない事するし……」

「大丈夫だって! このプレリエ様にとってはどんな危険も赤ちゃんみたいなもんだよ!」


 まあ確かにプーちゃんは運が良いというか、何だかんだでその場を乗り越える子だけれど、やっぱりお姉ちゃんの私からすれば心配で仕方が無いよ……。


「でもプーちゃん、海は初めてでしょ? 経験の無い場所なんだから、油断はしちゃ駄目だよ?」

「それはヴィーゼも同じでしょ?」

「う、うん。だから一緒に気を付けようね?」

「そりゃ気を付けるよ? でもあんな言い方はして欲しくなかったなぁ」

「ごめん、傷付けるつもりじゃなかったんだよ……」

「……まっ、反省してるならいいよ」


 そう言うとプーちゃんは私を睨むのを止め、前を向いた。

 何とか許してもらえたかな……? 確かにあれはちょっと言い過ぎだったかもしれない……二人だけの時ならまだしも、あの時はレレイさんが居る時だった。つまり特別親しい訳では無い人が居る時だった。あそこであんな事を言ったらプーちゃんの評価を下げる事にもなっちゃうし、プライドが傷付いちゃうよね……。

 しばらく歩いているとあの入り口へと到着した。船が出港しているからか、乗る時は開いていた部分が閉じられており、外へは出られない様になっていた。


「ここだっけ?」

「うん、確かここの筈」

「でもレレイ姉はここで待っとけって言ってたけど、何があるのかな? まだ陸は遠い筈だよね?」

「うん。まだまだ陸からは遠い筈だし、夜って訳でもなければ天気が悪い訳でもないし……」


 そんな事を話しながら待っていると、突然船外から何かの楽器の様な音が響いてきた。その音は管楽器の様な音に似ており、恐らくは甲板の方から聞こえてきているものと思われた。

 その音が聞こえると同時に船の揺れ方が少し変わった。その揺れ方は出航前の状態と似ており、どうやらその場に停泊している様だった。


「何々? 今の音?」

「何だろう……船が止まる合図なのかな?」


 私達が疑問に思っていると廊下の奥から船員数人が近付いてきた。やがてその人達は入り口の壁に触れると両側にスライドさせる様にして入り口を開いた。するとその向こうには何隻もの木製の船がズラリと並んでいた。どの船も今乗っている船と比べると小さいが、どれも漁船位の大きさはある様に見えた。

 私は船員の一人に話しかける。


「あ、あのっ……これはいったいどういう?」

「ああこれかい? 今から網を上げる作業があるんだよ。だから一旦停まったのさ」

「ねーねー、あそこに停まってる船は全部シップジャーニーの人達のなの?」

「そうとも。こっち側だけじゃなく、反対側にも停まってるよ」


 まさかシップジャーニーがここまでの組織だなんて……交易行ってるって聞いてたから人は多いとは思ってたけれど、ちょっと予想以上だったかな……。


「ほら、ちょっと退いて? 今から足場架けるからね」


 そう言われた通り、一番近くに見える船からこちらに木の板で出来た足場が架けられた。よく見ると他の船同士も足場を架け合っており、お互いに行き来出来るようにしている様だった。

 そんな光景を驚きながら見ていると、後ろから声を掛けられた。


「お待たせ」

「あっ、レレイ姉だ」

「あ、あのレレイさん……今から網を上げるって聞いたのですけれど、私達はどうすれば……」

「あの一番奥に見える船から網が上がるんだけどね? そこで水揚げされた魚は専用の樽に入れられてここに運ばれてくるの。その間は船は停泊したままだから、海水を汲みに行くといいわ」


 実際そう説明されている間にも水揚げ作業は始まっており、慌ただしくなっていた。


「ほら、容器ならこれを使って? その間爆弾は持っててあげるから」

「は、はい! プーちゃん、行こう!」

「はいよー」


 私はレレイさんから木製の四角い容器を受け取るとプーちゃんがレレイさんに爆弾を渡したのを確認し、急いで奥の船に向かう事にした。

 木の板はそこそこの厚みがあり、頑丈そうには見えるものの、いざ海の上でここを通るとなるとかなり勇気がいる行為だった。私は何とか落ちない様に慎重に一歩一歩進み始める。


「ヴィーゼ、落ちないでよ~?」

「わ、分かってるよ……」


 海のど真ん中という事もあってか波の影響で足場はぐらぐらと不定期に揺れていた。私はとにかく足を踏み外さない様に注意しながら進み、何とか最初の船に辿り着いた。


「ふぅ……」


 後ろを振り返ってプーちゃんの姿を確認すると、私とは正反対にプーちゃんは軽やかに駆け、すぐさま私と同じ所に辿り着いた。


「ほいっと……」

「ぷ、プーちゃん、お願いだから慎重に渡ってよ……」

「えー? でもあたしまで慎重に渡ってたら時間掛かっちゃうよ? ヴィーゼはそのペースで行けばいいからさ、こっちはあたしのペースで行かせてよ」

「……わ、分かったよ。でも絶対に気を付けてよ?」

「分かってるってば。ほら、早く」


 よ、よし……早く奥の船に向かおう。レレイさんがあの船を薦めたのも他と比べて水面との距離が近いからだよね。他の船は身を乗り出さないと水面に届きそうにないけれど、あの船は寝そべって腕を伸ばせば何とか届きそうだし……。

 そうして私は慎重に、プーちゃんは大胆に進み続け、ようやく一番奥に見えていた船に辿り着いた。そこではリーダーと思われる人物の音頭によって次から次へと網が引き上げられていた。そんな様子を見ていると、リーダーと思われる人物がこちらに気付く。


「おい! 何してんだ! 危ねぇから端に寄れ端に!」

「えっ!? は、はいっ!」


 私がプーちゃんを連れて端に移動する中、その人物はこちらに近付いてきた。その人物は胸元にサラシの様な物を巻いており、腹筋が少し割れていた。更には長くなった髪を適当に束ねており、その様はまさに海の人間を思わせた。上半身にはそのサラシ以外には何も身に付けていなかった。


「お前ぇら何しに来た? 素人は危ねぇからここに来んなって言われなかったのかよ?」

「そんな怖い顔しないでよ。あたし達はただちょーっと水を貰いに来ただけだって」

「ああ? 水だぁ?」

「あの、素材の調合用に少し使いたいんです。この容器に入るだけ貰えればすぐに戻りますので……」


 その人はやや不機嫌そうな顔をしながら私の手から容器を引っ手繰ると、引き上げられたばかりの網の側に行き、そこから滴る海水を容器に汲むと戻ってきた。


「ほらよ」

「えっ? あ、あの……ありがとうございます」

「別にあたし達だけでもやれたのにねー?」


 プーちゃんがそう言うとその人は怒鳴った。


「アホかっ!! てめぇらみたいに素人に任せられるか!! いいか!? 海ってのはな、てめぇらが思ってる以上に危ねぇんだよ! 今までにも何人も不注意で死んでんだ! 分かったらさっさと行け! このアホ共!!」

「すす、すみません! ありがとうございました!」


 私はその人の覇気に脅される様に元来た道を戻ろうとしたが、動こうとしないプーちゃんを見て足を止めた。


「ぷ、プーちゃん! 帰るよ!」

「いやぁちょっと見てこうよヴィーゼ。面白いよ? 見た事ない魚がいっぱい居る」

「おいてめぇ聞こえねぇのか! オレはさっきてめぇに『戻れ』って言ったんだ!」

「まーまーいいじゃんかさ。そんな怒んないでよ」

「てめぇ……!!」


 その人は荒々しくプーちゃんの体を抱き上げると足早に足場を渡り始めた。私は慌てて後を追う。

 その人はここに住みなれているという事もあってか、不安定な足場であるにも関わらずスイスイと進んでいった。本当は慎重に渡ろうと思っていた私も置いていかれない様に、いつの間にか同じ位のスピードで渡っていた。


「おぉー、女の人なのに力持ちだねー?」

「うるせぇなてめぇは……!」

「鍛えてこうなったの? それともここで暮らしてたら自然とこうなる感じ?」

「いいだろそんな事どうでも……」

「ぷ、プーちゃんお願いだから静かにして……」


 私はいつこの人がキレてしまうだろうかと戦々恐々としながら足場を渡り、何とか元居た船に辿り着いた。


「あらスバル、運んでくれたのね」

「クソ……何でオレがこんな事を……ガキのお守はオレの仕事じゃねぇってのに……」

「ふふっ、でもそうやって文句言いながらもちゃんと面倒は見てくれたのよね。ありがとう」

「あーはいはい……あ、それとてめぇ、副官だか何だか知らねぇけど、ここじゃオレの方が長いんだからいい加減敬語使えよ?」


 このスバルさん、レレイさんよりも長くここに居るんだ……という事は、レレイさんって結構後からここの副官になった人なのかな?


「もー……もうちょっと見たかったのにな~……」

「てめぇらには早いんだよ」

「スバル姉は厳しいなぁ」

「おい待て何だよその呼び名? いつオレとてめぇはそんな仲良しになったんだよ? ああ?」


 私はこれ以上スバルさんの機嫌が悪くならない様に慌ててプーちゃんのフォローに入る。


「あっ、えとえとその……こ、こういう呼び方をする子なんです! あの決してスバルさんを馬鹿にしてたりする訳じゃなくて……!」


 私がとにかく思いつく限りの弁明を行っていると、やがてスバルさんは諦めたかの様に溜息をついた。


「……もういい。用事が済んだんならオレは戻るからな」


 そう言って戻ろうとしたスバルさんをプーちゃんが呼び止める。


「あっ、スバル姉!」

「んだよ、まだ何かあんのかよ……」

「さっきは抱っこしてくれてありがとね! お胸が無い事以外は完璧だったと思うよ!」

「……このアホンダラッ!!」


 スバルさんはプーちゃんの頭を軽く引っぱたくとドカドカと戻っていった。プーちゃんは若干涙目になりながら頭を擦る。


「あいたたた……何で打つかなぁ……」

「いや……今のはどう考えてもプーちゃんが悪いよ……」

「ええ……そうね、今のは……プレリエが悪いわね」


 ああ……レレイさんもどこか遠い目をしてる……そういえば今まで気にしてなかったけれど、レレイさんもその……小さいんだよね……だから余計に身長と相まって幼く見えてるし……。……ああ、でも私も人の事言えないかな……。


「事実を言っただけじゃんかね?」

「プレリエ……事実でも言っちゃいけない事ってあるのよ……」

「……というかプーちゃんも私と同じ位だし人の事言えないじゃん!?」


 私がそうツッコミを入れると、プーちゃんは何故か自信に満ち溢れた顔で、恐らく本人がセクシーだと思っているのであろうポーズをとった。


「あたしはほら、成長期だからね。これからボンキュッボンのセクシーボディになってくから!」


 その自信はどこから来るんだろう……私は最近身長が伸び悩んでるからそんな自信、天地が引っくり返っても持てないよ……。


「そ、そうね、そうなれるといいわね。ほら、これがいるんでしょ?」

「あっ、そーだったそーだった! ありがとレレイ姉!」


 プーちゃんは爆弾を受け取ると笑顔を見せた。レレイさんもそんなプーちゃんを見ると幾分か普通の表情に戻った。


「どういたしまして。ちゃんと気を付けて使うのよ?」

「大丈夫大丈夫! ねっ? ヴィーゼ?」

「え? あっ、うん。そうだね」


 私はレレイさんに頭を下げる。


「ありがとうございましたレレイさん」

「いいのよ。またしばらくしたらこの船も動き出すから、その時は転ばない様に注意してね?」

「はい。ありがとうございました!」

「じゃーねーレレイ姉ー!」


 レレイさんに別れを告げた私達は爆弾の調合を実行に移すために部屋へと戻っていった。

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