第25話:白い花の力
一緒に部屋を出た私とプーちゃんは途中でシーシャさんが見付からないかと、あちらこちらをきょろきょろしながら先程の大砲が並んでいた場所へと向かった。
階段を下った先は相変わらず薄暗かったが、他の船員の人達が居てくれるおかげもあってか、怖いという感じは無かった。奥へ奥へと進んだ私達はやがてリオンさんと一緒に入った兵器倉庫の前へと辿り着いた。扉の横にはリオンさんが立っており、船員の人達を見守っていたが、こちらに気付くと歩いていた。
「早かったですね。そちらのフラスコに入れるのですか?」
「はい。あの、お願いしてもいいですか?」
「ええ、ではここで待っていて下さい」
そう言うとリオンさんは私からフラスコを受け取ると兵器倉庫の中へと入っていった。私はリオンさんが戻ってくるまで、プーちゃんと共に壁に寄りかかって待つ事にした。
「シーシャさんどこに居るんだろう?」
「んー……この船の中に居るのは間違いないよね? 流石にこっから出てったって事は無いだろうし」
プーちゃんの言う通り、ここから出て行ったって事は無いと思う。もう船は出港してるし、そこから出ていくってなると、海に飛び込まなきゃいけなくなる。というか、そもそもシーシャさんは水の精霊の力を借りようと思ってるんだから、それは絶対にありえないよね。
「一応リオンさんにも聞いてみる?」
「そだね。もしかしたら会ってるかもだし」
そんな事を話していると扉が開き、リオンさんが戻ってきた。フラスコの中には黒色の火薬が入っており、リオンさんはそれを慎重に私に渡してきた。
「お待たせしました。気を付けて下さいね?」
「はい、ありがとうございます。あの、それと、少しいいですか?」
「何でしょうか?」
「シーシャさんを見ませんでしたか?」
「シーシャですか? 彼女でしたら、資料室に行くと言っていましたが……」
「何それ何それ? どこにあんの?」
リオンさんは階段の方を指差す。
「ここに来る前にいくつも扉が並んでいる通路を通ってきましたよね?」
「はい。確か、『海図室』とか書いてある扉があったりしました」
「その扉の中に『資料室』というものがあります。恐らくはそこにいらっしゃるかと」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってみますね?」
「ありがとねリオン姉ー!」
「いえ、お気になさらずに。あっ! それと、火薬を資料室に持ち込んではいけません! 私みたいに怒られますから!」
「そ、そうですか……」
私とプーちゃんはリオンさんに見送られ、元来た道を戻り、階段を上って上の階へと移動した。言われた通りに見て回っていると、『海図室』や『栽培室』だけではなく、『医務室』や『娯楽室』というものもあった。どれも中に入ってみたくなる魅力のある部屋だったが、私はグッと堪え『資料室』を探す。
しばらく歩き回っていると、ようやく目当ての部屋を見付けた。他の部屋と同じ様に扉の上に板が貼り付けられており、そこに『資料室』と書かれていた。
「ヴィーゼ、ここじゃない?」
「うん。ここだね」私はフラスコをプーちゃんに差し出す。
「じゃあプーちゃん、ちょっと持ってて?」
「え? 何でさ?」
「リオンさんも言ってたでしょ? 火薬を持ち込んじゃ駄目だって」
「まー言ってたけどさぁ…………分かったよ。じゃあちょっとだけね?」
「うん、すぐ戻るからね」
フラスコを渡した私は扉を開き、中に入った。部屋の中はほとんどの壁が本でぎっしり埋まった本棚で隠れており、上の方にある本を取るためか、梯子まで用意されていた。そんな本棚に囲まれた中心には大きな机と椅子が数個あり、そこではシーシャさんが本を読んでいた。
「シーシャさん」
「ん? ああ、ヴィーゼか。どうしたんだ?」
「いえ、シーシャさんがなかなか戻ってこないんで、どうしたのかなと」
「そういう事か。いや、ちょっと調べ物をしてただけだ」
「調べ物ですか?」
シーシャさんは本のページを指でなぞる。
「ああ。ちょっと精霊の事に関して調べていたんだ」
「精霊の?」
「私達が出会ったのは水の精霊だっただろう? もしかしたら、他にも居るのかと思ってな」
確かに水の精霊が本当に居たっていう事が確認出来た今、もしかしたら火の精霊や土の精霊なんかも居るかもしれないって考えるのは当然かもしれない。
「それで、どうだったんですか?」
「この本に記述によると、存在はしているらしい。この世界のどこかに同じ様な祭壇や遺跡があるみたいなんだが……詳しい場所までは載ってないな」
「そうですか……でも、それはあんまり気にしなくてもいいんじゃないですか? あの森や川が枯れてたのも水の精霊の力で何とかなる筈ですし」
「本当にそうなんだろうか……」
「え?」
「これは、あくまで私の推測に過ぎないのだが、事態は私達が思っていたよりも深刻な気がするんだ。ヴァッサさんが調査をしている未知の生物……あれと今回の水涸れや森林の消失は全くの無関係では無い様な気がする」
私がその根拠を聞こうとしたその時、扉の向こうからプーちゃんの声が聞こえる。
「ヴィーゼーーッ! まだーーー!?」
「あっ、ご、ごめんね! すぐ行くね!」
「プレリエも来てるのか。これ以上待たせるのは良くなさそうだな」
シーシャンさんはそう言うと本棚に本を納め、私と共に部屋の外へと出た。廊下ではプーちゃんが眉を吊り上げ、いかにも怒っていますよという風を出していた。
「遅いっ!」
「ごめんごめん。持っててくれてありがとう」
「すまないなプレリエ。あと、それは何だ?」
「爆弾作るの。あの遺跡をドカーーンと派手にやれるやつをね!」
私達は部屋へと歩き始める。
「爆弾を? そんな事も出来るのか?」
「えっと、作るのは初めてなんです。ただ、お母さんが残したレシピによると出来るみたいです」
「その……錬金術の知識の無い私が聞くのも何だが、大丈夫なのか? その……間違えて爆発したりだとか……」
「んーーーーまあ大丈夫でしょ。一回だけなら誤爆扱いで済むって」
「いや誤爆も駄目なんだよプーちゃん!? 故意か事故かは関係無く駄目だよ!?」
「じょーだんだって。流石に本気でそんな事思ってないよ」
ほ、本当かなぁ? プーちゃんだったら本気でそういう事言いそうな雰囲気があったからちょっとドキッとしちゃったよ……。ちゃんと私が見てないと……。
「まあそれは置いといてさ。シー姉、あのてーとくさんとこに何しに行ってたの?」
「ああ、その事なんだがな。もう一部屋借りようと思ってな。頼みに行ってたんだ」
「え? あの、一緒の部屋なんじゃ……?」
「私はそれでもいいかと思ったんだがな、私が居るとヴァッサさんも気を遣うだろうと思ったんだよ。だから部屋をもう一部屋借りる事にしたんだ」
プーちゃんがシーシャさんの服を抓む。
「えー!? 別に大丈夫だよー! お父さん色んなとこ行ってるからそういうの慣れてるってー!」
多分だけれど、シーシャさんはお父さんだけじゃなくて私達にも気を遣ってくれたんだと思う。普段なかなかお父さんと過ごせない私達が、少しでもお父さんと一緒の時間を過ごせる様に……。
「プーちゃん、我が儘言っちゃ駄目だよ。その……シーシャさんがそうしたいんだから」
「すまないな。あれだ、私もその、気を遣うからな?」
「……分かったよー。でも約束! 一日一回は絶対に会う! 約束ね!」
「ああ。部屋は隣だし、いつでも会えるさ」
シーシャさんはプーちゃんが突き出していた小指に自らの小指を絡ませ、約束した。それで納得したのか、プーちゃんの表情も少し柔らかくなっていた。
しばらくの間歩いていた私達はついに部屋の前へと戻ってきた。
「じゃあ私はこっちの部屋に居るからな。用事があれば呼んでくれ」
「はい。それでは」
「約束ねー?」
部屋へと入ると部屋に置いてある机に向かって広げた紙にお父さんが何かを書いているのが目に入った。
「ただいまー」
「帰ったよー」
「ああ、おかえり。どうだった?」
「一応火薬は貰えたよ。木材は後で持ってきてもらえるって」
「そうか。それじゃあそれまで、ちゃんと危なく無い様に火薬を管理してなきゃ駄目だよ?」
「うん」
私は部屋にあるまだ物が置けそうな棚にフラスコを置いた。
多分ここなら多少揺れても大丈夫だよね。手が当たっちゃう様な場所でも無いし、結構平行な場所だし。
「ねーねーお父さん、それ何書いてるの?」
「この前プレリエが見つけてきたあの花の事だよ。どの図鑑にも載っていなかったし、それにどの種とも一致が見られなかったからね」
それを聞いた私はあの廃墟で見付けたあの花の事を思い出した。
「あっ! あのねお父さん! 私達、あの廃墟に行ったんだけれどね、そこでちょっと気になった事があって」
「何だい?」
「あそこの廃墟の中、異常な程に真っ白になってたの。それこそ、壁と天井、床と壁の境目の区別がつかなくなる位に……」
「なるほど……僕もあそこには立ち寄ったけど、中には入らなかったな……。ヴィーゼ、プレリエはそれを見てどう思った?」
プーちゃんはこめかみに指を当てながら答える。
「あたしはあの白い花がやったんだと思うなぁ。だってさ、その部屋の奥にあったもう一つの部屋の真ん中にポツンと生えてたんだもん! あれは間違いなくクロだよ! 白くってもクロだよ!」
「私もそう思うかな。もう結構使われてない筈の建物なのに、あそこまで綺麗に真っ白っていうのは考えられないよ」
お父さんは私達の意見を聞くと、紙にそれを書き加えた。
「……他には何か気になった事はあった?」
「他? ん~どうだろ? ヴィーゼは何かあった?」
「えっと……花が地面から引き抜けなかった事かな?」
「あっ! 確かにあたしが最初に見付けたときも全然抜けなかった! ヴィーゼもそうだったの?」
「うん。まるで地面に固定されてるみたいに動かなくて、仕方なくナイフで切ったんだけれど……」
お父さんは筆を進める。
「あっ! 後さ、あの部屋の真ん中にあったやつ、あれとかタンポポみたいだったよね!」
「タンポポ? どういう意味だいプレリエ?」
「あのね、何かあの花、床にヒビを入れてそこからニョキッて出てきたみたいだったんだよ。よくタンポポってさ、道の端の方に生えてたりするじゃん?」
確かにあの時、あの花は床を押し退けるように生えてきてた。ただ生命力が高いだけなのか、それとも……何か別の理由があるのかな?
「なるほど……うーん……そうか……」お父さんの筆が止まる。
「……ヴィーゼ、プレリエ、僕は今、あの花について突拍子もない事を思い付いたんだ。聞いてくれるかい?」
「ん? うん、いいけど」
「どうしたの?」
「これは、あくまで今までの二人からの証言から思い付いた憶測に過ぎないんだけどね? あの花はもしかしたら、種を必要としていないのかもしれない」
種を必要としない? どういう意味だろう……。
「あの花にはおしべと雌しべが無かったのを覚えてるかい?」
「うん。何か変な感じだったよね」
「あの時プレリエは胞子で増えるんじゃないかと言ってたよね? あれから僕も色々観察してみたんだけど、やっぱりどこにも胞子を飛ばすための器官が見当たらなかったんだ」
お父さんは紙の余白に小さく花の絵を描き始める。そしてその根の部分を横へと伸ばし、その先からまた植物が生えてるかの様な絵を描いた。
「あの花は受粉を必要としない。更に胞子も使わないとなると、こういう風に考えるのが妥当じゃないかな?」
「えっと……つまり、それぞれの根がお互いに繋がってて、そこからまた新しく生えてきてるって事?」
「そういう事。あくまで憶測だし、正直今まで似た例を見て無いからはっきりとそうだとは言えないけど、もしこれが真実なら、ヴィーゼの言ってた地面から引き抜けなかったっていう証言にも理由が付けられるんじゃないかな?」
確かにそれだと引き抜けなかった理由になるかも。あの廃墟の周りに生えてた花全部が同じ根を共有してるんだとすれば、あの地面の下には凄い量の根が敷き詰められてた事になるし、その内の一本を引き抜けないのにも納得がいく。
「た、確かにそうかも……」
「あっ、でもさでもさ! あの白くなってたのは何なんだろね? あの花が白くしてたのかな?」
「僕は現場を見てないから何とも言えないけど、もしそうだとすればあそこの川が急激に綺麗になったのにも納得がいくかもね」
あの川は確か染料が大量に混ざってて凄い色合いになってた筈……。しかも完全に綺麗になるまで何年も掛かるって言われてた様な場所だった。それなのに、あんなに綺麗なるのが早かった。
「じゃあお父さん、あの花はそういう力があるって事でいいのかな?」
「推測だけどね。もしかしたらあの花には、漂白する力があるのかもしれない。まあ最も、試してみない事にははっきりとは出来ないけどね」
そこで私はある事を思い出した。
そうだ! あそこで採取した時、容器の中に入れて、そのまま鞄に入れてたんだ! 荷物整理をする時に出すのを忘れてたけど、まだそのままの筈!
「ちょっと待って!」
私は急いで鞄を開けると中に入っていた荷物を引っ張り出し、奥から白い花の入った容器を取り出した。それを持ち、急いで二人の下へ駆け戻る。
「これっ! サンプルとして取っておいたやつがあったんだ! お父さん、これなら実験に使えるんじゃないかな?」
お父さんはそれを受け取ると何故か容器を逆さまにして中を見る。
「……いや、実験の必要は無いみたいだよ」
「どういう事?」
「ここを見て御覧?」
そう言うとお父さんは蓋の裏を私達の方へと向けた。示された場所を見てみると、蓋の裏側の部分だけが真っ白になっていた。丁度その位置は、縦に入れられた花が接触している場所だった。
「あっ!」
「どうやらヴィーゼが気付いていない間にこの蓋を漂白していた様だね」
「お手柄じゃんヴィーゼ!」
「あ、ありがとう……」
まさかあの時の取っておいたものがこんな形で役立つなんて……。まあでも、ただサンプルとして取ったつもりだったけれど、役に立ったなら良かったのかな?
「でもさ、これが何であそこだけに生えてたのかな? ここに来るまでに通った場所には生えてなかったよねヴィーゼ?」
「そうだね、どこにも生えてなかったと思う。でも何でだろう?」
お父さんは容器の中の花を見詰める。
「自然発生したもの……と考えたいところだけど、それだと都合が良すぎるね。恐らくこれは、誰かが人為的に作ったものなんだと思う」
「じ、人為的にって……そんな事出来るのかな? 人が生き物を作るなんて……」
「分からない……あくまで僕の推測だからね。もしかしたら本当に自然発生したのかもしれない。でも、だとしてもそれはそれで問題なんだ」
「んっと、何で?」
「今現在存在してる生態系に新たな生物が入るという事は、即ちその生態系が大きく変化するという事なんだ。今までに見た論文には、ある生態系に存在しているある種の生物が居なくなった時、他の生物までそこから一匹残らず消えてしまったというものがあった。つまり、一種類だけ居なくなるだけでもそういう事になりかねないんだ。それなのに、そこへ新しい種が入ったらどうだい? もしこの植物を捕食出来る生物が居なかったら? もしこの植物が際限無く増え続けたら?」
増え続ける……ここに来る途中に立ち寄った誰も居ない街と同じだ。あそこで見付けたトウモロコシは場所を選ばず、明らかに異常な速度で繁殖し続けていた。一応あの時は枯葉剤で何とかなったけれど、あの枯葉剤がこの花にも効くとは限らない。もしこの花が増え続けたら……何もかもが真っ白になって、大地が全て埋め尽くされてしまうかもしれない……もしかしたらこの植物は、存在しちゃいけない命なのかもしれない……。
「……と、脅す様な事を言ったけど、現状はどうしようもないよ。まだ調べるべきところがあるかもしれないしね。これ、ありがとうヴィーゼ。少し預かっておいてもいいかな?」
「う、うん」
「何か思ってたよりもヤバイ花みたいだね、それ」
「そうだね……何とかなればいいんだけれど……」
プーちゃんは話が終わったからか、ベッドの方へと移動し、私が衝撃が加わらない様にとベッドに置いておいた素焼きの爆弾を触り始めた。
「プーちゃん、危ないから意味も無く触っちゃ駄目だよ」
「大丈夫大丈夫。それよりも遅いねー? 木材まだ来ないのかなー?」
「そういえばまだ来てないね。使ってもいい木材がまだ見付かってないのかな?」
「んー……ねっヴィーゼ。暇だしさ、ルーカスのおっちゃんから貰った本読もー」
「そうだね。今の内に見ておこうか」
そうして私達は、木材が届けられるまでの間、二人でルーカスさんから貰った本を読んで過ごす事にした。




