第21話:書に記された不可思議達
遺跡から出た私達は降りてきた低い崖を何とかよじ登り、ルーカスさんから貸してもらっている部屋へと戻ってきた。部屋に入ってみるとルーカスさんが椅子に座っており、私達を待っていた様だった。
「ああ、帰ってきたんだね」
「どうしたんですかルーカスさん?」
「いやね、何か事情があるんだろうと思ってね。僕から話さなきゃならない事もあるし……」
「……申し訳ないがルーカスさん、これは私達の問題だ。あなたが首を突っ込む事ではない」
「まあ、とにかく座ってくれないかな」
私達はルーカスさんに促され、全員椅子に座った。
「さて……君達に事情を聞く前に、まずは僕の事から話さなきゃね」
「えっと、それはあそこでお会いした時に既にお聞きしましたが……」
「うむ。確かにあそこでも話したね。でも、それだけじゃあないんだ」その表情はいつもよりも真剣なものだった。
「僕の一族は、あの遺跡の管理を古くからやってきたんだ。それは世界中に存在する水を管理する事にも繋がる大切な仕事だ。でも、いつだったのか僕にも分からないんだけど、僕らの一族の人間や当時の人間が水の精霊の力を悪用したみたいなんだ」
「あの、もしかしてここにある本に書いてあった事って……」
「そうだね。彼らは水の精霊の力を使って国を一つ滅ぼしたんだ。自らの手を汚す事なくね。それからなのかは知らないが、少しずつあそこの聖水が汚れ始めたんだ。それに気付いたのは僕の父さんだったよ」
「誰も止めたりしなかったのかな? だってその、さ……そういう事しちゃどうなるかって大体分かるじゃん?」
「どんな悪事でも人が集まれば大義になってしまうんだよ。彼らはあれを正義だって言うんだろうけど、僕からすれば悪事にしか見えないさ」
シーシャさんが口を開く。
「ではあなたは、水の精霊の本来の力を取り戻そうとしているのか?」
「そうだね……僕の一族はずっとあの場所の管理をしてきたし、それが僕がすべき事だとも思ってる。でもね、それ以上に……僕は一人の人間として罪を償いたいと思ってるんだ。水の精霊が怒っているのは僕達人間のせいだ。それなら僕達人間が償うしかないだろう?」
「そうだな。今のままでは、きっと世界は滅んでしまう。現にここに来るまでに枯れ果ててしまった森や水を失った川を見た。きっとあれが、彼女が言っていた危機なんだろう」
それを聞いたルーカスさんは驚いた様な表情をし、シーシャさんを見る。
「彼女……? 君は水の精霊を見たのかい?」
「ああ。私だけじゃなく、こっちの二人も見た」
「その……どんな見た目だったか覚えてるかい?」
「ああ。確か、体は水が集まって出来ているみたいだったな。それに小さな子供位の大きさだった」
「そう、かい……」ルーカスさんは悲しそうな顔をして俯く。
「あの……どうかしたんですか?」
「僕の一族に伝わっている伝承によると、水の精霊は成人した女性の様な見た目をしているらしんだ。でも今の話を聞く限りでは、違うみたいだね。力が弱くなってるんだろうか……」
「ねぇおっちゃん、おっちゃんは見えなかったの?」
「元々僕らの一族には見えていたらしいんだ。だからこそ、僕らの一族はあそこの管理を任されてた。でも、僕にも、父さんにも母さんにも見えなかったんだ」
「どうしてなんでしょう? 血筋は関係無い筈ですよね?」
「そうだな。二人が見えたのは彼女が言っていた純正の血というものが関係してそうだが、それだと私にも見えたのは謎だな……」
どうして私達だけに見えたんだろう? 普通に出てきたから、誰にでも見えるものだと思ってたけれど、何か条件があるのかな? もしその条件があるとしたら、いったい何だろう?
「多分だけどね、信仰心だと思うんだよ」
「信仰心?」
「うむ。君達も分かってるとは思うけど、水の精霊は神聖な、本来ならば僕ら人間とは相容れない存在なんだ。だけど、僕達人間はそんな存在を信仰し、崇拝する事によって力を借りていた。自分の事を心から信じていない存在に姿を見せないというのも当たり前なのかもしれないね」
「おっちゃんは信じてないの?」
「信じてるよ。でも、僕の前には現れなかった。僕らの一族を恨んでいるからか、それとも……無意識の内に信じていないのか……」
そういえば、シーシャさんは村長さんからただの御伽噺だって聞かされても、水の精霊を信じていた。語り継がれているなら、どこかに居る筈だって……。私はどこか半信半疑ではあったけれど、でも少しは信じていた。プーちゃんはどうか分からないけれど、でも多分信じてたんだと思う。
「……ルーカスさん、あなたはこれからどうしたいんだ?」
「さっきも言った様に、罪を償いたいんだ。この街で行われる水祭りのためにもね」
「分かった。なら、私達に任せてくれないか?」
「どういう事だい?」
「水の精霊から言われたんだ。かつて人間達が犯した罪を私達が全て責任を持って償うのなら、力を貸してくれると……」
ルーカスさんは少しの間考えている様だったが、やがて覚悟を決めた様に口を開いた。
「分かったよ。彼女が君達の下に現れたのも、何か理由があるんだろうね。僕では駄目だった理由が……」ルーカスさんは椅子から立ち上がると、私達に向かって頭を下げた。
「お願いしてもいいかな……? 君達に、彼女の事を……」
「は、はい! えっともののついでになっちゃいますけれど……」
「あたしもヴィーゼと同じだよ。ついでになっちゃうかもしんないかな」
「私は元から水の精霊の力を借りるために旅に出た身だ。任せてくれ」
「ありがとう……本当にすまない……」ルーカスさんは申し訳なさそうな表情を向ける。
「る、ルーカスさんが謝る事じゃないですよ……!」
「そーそー。元はといえば、悪い事に使った奴らが悪いんだし」
「気にしないでくれ。あなたはこの街がおかしくならない様に見守っててくれ」
「そう……そうだね。僕は僕に出来る事をするよ」
「そうしてください。それと、少しお聞きしたい事があるんですけれど、いいですか?」
「何かな?」
「水の精霊が言ってたんです。世界中に人間が犯した罪があるって。それがどこにあるのか分からなくて……」
「ふむ……」
ルーカスさんは本棚の前に移動すると少しの間本を眺め、やがてそこから一冊の分厚い本を取り出した。その本は他の本と比べてかなり質が良く、まだかなり新しい物の様に見えた。
「もしかしたらだけど、これに何かヒントになるものが載ってるかもしれない」
「それは?」
「これは僕が今まで旅をしてきて興味深いと思ったものをまとめた本だよ。中には遺跡も載ってるから、もしかしたら……」
表紙を見てみると『世界の不可思議探検譚』と書かれていた。
これ、ルーカスさんが自分で書いた本って事なのかな? 本をどうやって作るのか分からないけれど、これって一冊作るだけでも結構なお金がいるんじゃないのかな……? ルーカスさんはお金持ちだから、これ位はポンッと払えちゃうのかな?
私は渡された本を開く。
「今までどんな所に行ってきたんだ?」
「色々だね。そこに載ってる所以外にも行った事があるし、危険な場所にも行った事があるよ」
最初のページには海のとある海域に存在するという無人島が載っていた。そこには滝に面した大きな遺跡があるらしく、その遺跡内部にはフラスコ等の錬金術や化学の実験に使う道具が発見されたらしかった。
何で遺跡の中でそういう道具が見付かったんだろう? この遺跡、見た感じだと所々ボロボロになってるし、壁には苔まで生えている。それなのに、こんなに新しい道具が置いてあるものなのかな?
私は本に貼り付けられている写真を見る。
私達が生まれる前に映写機という物が作られた。今までは本に載ってるのは、字かスケッチしか無かったのに、映写機が作られてからこういう風に写真が載せられる様になっていた。でも、確か映写機は結構な値段だった筈……やっぱりルーカスさんは結構なお金持ちなんだね。
「ヴィーゼ、あたしにも見せて」
「うん」
「……これおかしくない?」
「プーちゃんもそう思う? こんなに綺麗な道具が残ってるの、ちょっとおかしいよね?」
「僕もそこがおかしいと思って写真に残したんだ。明らかに何百年もの歴史がある遺跡に見えるのに、そこに残されていた道具はかなり新しい物だったんだ」
「この写真を撮ったのはどれ位前なんですか?」
「そうだね……三年程前だったかな?」
「三年前……」
うーん……誰かがこの遺跡を最近まで利用してたって事なのかな? でも、そうだとしたらいったい誰が何のために? わざわざこういう場所で作業を行う理由は何なんだろう? 無人島だと物資を確保するのも大変だろうし、いったい何が目的なんだろう?
「誰かが使ってたんじゃないの~?」
「それも考えたんだけどね、でもそこで何をするっていうんだい? 僕は錬金術にも化学にも特別詳しい訳じゃないから、何か見落としてるのかな?」
「いえ、ルーカスさんが言う様に、わざわざここで作業する理由が無いです。私達も錬金術士としてはまだまだ見習いみたいなものなので確証はありませんけれど……」
「ではヴィーゼ、他に何か考えられる理由は思いつくか? 私にはよく分からないんだが……」
他に考えられる理由……何だろう? ずっと昔に使われてた道具が今もまだ残ってたとかかな? でもフラスコはそんなに昔からは無かった筈……それとも、私が学んだ歴史が間違ってる……?
「ごめんなさい、分からないです」
「別に謝らなくてもいい。私もさっぱりだしな」
「そうだよ。分からないからこそ、調べる意味があるんだ」
「まっ、あたしにもよく分かんないんだし、ヴィーゼも分かんないよね」
プーちゃんからちょっぴり馬鹿にされた気がしたけれど、まあ気にしない様にしよう、うん。
「じゃあ調べるのはそこからか?」
「そうですね。でも、どうやって行けば……」
「おっちゃん船とか持ってないのー?」
「持ってたんだけどねぇ……今はちょっと修理に出しててね。それに船員達も雇ってた人達だからね、今すぐに集まれって言っても無理かなぁ」プーちゃんからの図々しい質問にも嫌な顔一つせず、ルーカスさんは優しく答えてくれた。
「ではどこかで借りるしかないか」
「僕としては危険だから止めた方がいいと思うよ。海には海賊が出る事もある。君達だけじゃ危険だよ」
「じゃあどうすれば……」
ルーカスさんは髭を弄りながら答える。
「今港にシップジャーニーが来てるよね。もし君達が良ければだけど、僕の方からお願いしてみようか?」
「え? お知り合いなんですか?」
「うむ。彼らは世界中で交易を行ってる。時には他の国からの輸入品を売ってくれたりもするんだよ。それによくお世話になっていてね」
「おー、いいね! ねぇヴィーゼ、折角だしさ、頼もうよ!」
部屋まで貸してもらってる手前、これ以上迷惑を掛けるのは良くないと思うけれど、でもチャンスではあるよね……。お父さんもシップジャーニーに居る訳だし、上手く行けば、お父さんにも協力してもらえるかもしれないし、それに当初の目的通りお父さんも手伝える。
「そう、だね。それじゃあお願いしてもいいですか?」
「うむ、いいよ。それじゃあ善は急げだ。今から行ってくるよ」
そう言うとルーカスさんは笑顔で手を振り、部屋から出て行った。
「意外だね」
「え?」
「ヴィーゼの事だから渋るかと思ってたよ」
「そうだな。私もそうなると思ってた」
「そ、そんなにおかしかった?」
「うん。まっ、ヴィーゼも素直になってきたって事かな?」
二人の中の私のイメージってそんな感じだったんだ……まあ確かに普段の私だったらそういう反応してたかもしれないけれど、そんな驚かれる様な事かなぁ……?
「い、いいでしょ? ほら、今の内にもっとこれ読んでおこうよ」
「んっ、そうだね」
「ああ、そうしよう」
私達はルーカスさんがいい返事を持って帰ってきてくれる事を祈りつつ、渡された本を読み始めた。




