第20話:慈母からの最後の期待
水の精霊と向かい合っている私達はしばらくの間睨み合っていたが、ついにシーシャさんが動いた。シーシャさんは素早く弓矢を放つと、すぐさま次の矢をつがえた。発射された矢は真っ直ぐに水の精霊に飛んでいったが、着弾した瞬間ズブズブと肉体の中に吸収されていった。
「無駄ダ。ソノ様ナ武器デ我ハ倒セヌ」
やっぱりあの体は水で出来てるんだ。シーシャさんが放った矢が効いてないって事は、物理的な攻撃は一切効かないって事なのかな……。だとしたら、ナイフで応戦しようとしても無理かもしれない。いったいどうすれば……。
「立チ去レ!」
水の精霊が両手を広げると、部屋の中心にあった貯水池から水が湧き上がり、大きな水柱となった。その水柱はまるで鞭の様なうねりを見せながらシーシャさんに襲い掛かった。シーシャさんはすぐさま近くにあった柱の後ろに隠れ、水を防いだ。しかし、かなりの力で叩き付けられたためか、炸裂音の様な音が響き、部屋が僅かに揺れる。
今の力……完全にシーシャさんを殺すつもりだった。きっと水の精霊は本気で怒ってるんだ。私達人間がいつも勝手な事ばかりしてたから……悪い事に使ってたから……。いくら慈悲深いって言われてても、それにも限度がある。それももう限界に来てるって事なんだ……。
「プーちゃん、どうしよう……」
「どーもこーも何とかしなきゃだよ。とりあえずやってみよう!」
そう言うとプーちゃんは水の精霊がシーシャさんを狙っているタイミングを見計らって、近くにある柱の一つに上り始めた。柱には経年劣化のせいもあってか所々にヒビが入っており、そこに指を引っ掛けて上っている様だった。
「隠レテモ無駄ダ」
水の精霊がその言葉を発すると同時に再び貯水池から水が湧き上がった。しかし今度は水柱にはならず、まるで水の中で爆発でも起きたかの様に水面の水が空中に飛び散った。そうして飛び散った水は空中で細い針の様な形に固まり、シーシャさんが隠れている柱の方へと向いた。
プーちゃんの方を見てみると、天井近くまで上っており水の精霊の隙を窺っている様だった。水の精霊は相変わらずシーシャさんの方に向いており、プーちゃんには気付いていないみたいだった。
「……とぉっ!!」
プーちゃんは柱を蹴り、その勢いで思い切り水の精霊に飛び掛った。プーちゃんはそのまま水の精霊に組み付くと、ヘッドロックを仕掛けた。
な、何か水の精霊って小さいからこうやって見ると小さい子を苛めてるみたいだなぁ……。何とかしなきゃいけないのは事実なんだけれど、何だか嫌な気分だな……。
「おらー! 大人しくしろーっ!」
「人ノ子ヨ、コレシキノ事デ我ヲ止メラレルト思ウノカ」
「嫌な目にあったのは分かるけどさ、だからってあたし達は関係無いじゃん!」
「イイヤ、人ハ過チヲ繰リ返ス。何千年トイウ歴史ヲ持チナガラ、ソノ間ニ何モ学ンデイナイ。タダ無意味ニ時ヲ浪費シタダケニ過ギヌ」
空中で固定されていた尖った水はシーシャさんの方からプーちゃんの方へと一斉に向いた。
まずい……このままじゃプーちゃんが……私が、私が何とかしないと……。
私は鞄からナイフを取り出すと水の精霊にそれを向ける。
「止めてください! やるなら、わ、私を! プーちゃんだけは……!」
「クダラヌ。ソノ様ナ言葉デ我ヲ騙セルト思ウテカ。人ハイツデモソノ様ニ狡賢イ。最早我ヲ騙ス事ハ何人ニモ叶ワズ」
その言葉が発された瞬間、空中で静止していた水が一斉に動き出し、プーちゃんと水の精霊に向かって発射された。着弾した水は水の精霊の体に吸い込まれ、プーちゃんに当たったものはそのまま体の表面を切り付けた。プーちゃんはバランスを崩し、そこから落下してしまったが、すぐさまその下に駆けつける事が出来たおかげで、尻餅をついてしまったものの何とか受け止める事が出来た。それを見てか、シーシャさんは柱の陰から飛び出して再び弓矢で攻撃を開始した。
「いたた……」
「ヴィーゼ、ご、ごめん……」
「う、ううん! それよりプーちゃんは!?」
「ちょっと怪我しちゃったけど、これ位は採取中になる事があるから大丈夫」
良かった……かなり危なそうな攻撃だったけれど、軽い怪我みたいだね。これ位なら軟膏で治せるかな。でも、ちょっと変な感じがするのは気のせいかな? あの攻撃なら、やろうと思えば、プーちゃんを本気で殺そうと思えば出来た筈だ。それなのにこれだけの怪我で済んでる。もしかして、手加減してくれたの……?
「我ニハ分カラヌ、何故人ガ同ジ過チヲ繰リ返スノカ。何故ソノ様ニ家族ヲ守ロウトスルノニ、他ノ仲間ハ愛セヌノカ」
「愛せない訳じゃない。お互いを知るのに時間が掛かるだけだ」
「デハ掛カル時間トハドノ位ナノダ? 人ハイツマデソノ言イ訳ヲ繰リ返スノダ」
何も言い返せない……実際に水の精霊が言ってる事は正しい。私も歴史の本で勉強したりしたけれど、そこには戦争についての歴史が書かれていた。私達が生まれる何百年も前から同じ様に戦争が繰り返されていた。そのせいで何百何千、何万人という人達が亡くなった。本当なら止められた筈なのに、結局繰り返されていた。
「あなたの言う通り、人は愚かな生き物だ。だからこそ、理解するのに時間が掛かってしまっているんだ」
「哀シキ獣ヨ。イズレオ前達ハ自ラノ過チデ滅ビル事ニナルゾ」
「……ああ。だが、まだその時じゃない」
貯水池からは再び水が湧き上がり、水柱を作り出した。その水柱はやがて大きな手の様な形になり、シーシャさんを掴み上げると自らの顔の前に持ち上げた。
「イイヤ、既ニ時ハ迫リツツアル。コレハ我カラノ警告ダ。コレカラ起コルオ前達ヘノ危機、イヤ、コノ世界全体ヘト及ボウトシテイル危機ヘノナ」
「世界の、危機ですか……?」
私が尋ねると水の精霊はこちらを向かずに答える。
「愚カナ人ノ子ヨ。ヤハリ何モ知ラヌノダナ。身近ニ迫リツツアル危機ニモ気付カヌトハ……誠ニ愚カナリ」
「ちょ、ちょっとさー! そうやって濁さずに教えてよ!」
「オ前達ハ、錬金術士ダナ?」
「え? どうして……」
「オ前達二人カラハ匂イガスルノダ。錬金術士ノ、ソレモ純正ノ血ガ入ッテイル」
「純正の血……?」
「…………人ハ便利ナ力ヲ手ニ入レルト、ソノ力ヲ用イテ様々ナ知識欲、ソノ他ノ欲ヲ満タソウトスル。例エソレガ、世界を滅ボス切欠ニナロウトモナ」
何を言ってるんだろう……錬金術が世界を滅ぼす? 確かに危険な道具はあるけれど、でもどれもこれも世界を滅ぼすだけの力なんて無い筈……あくまでただの道具に過ぎないんだもん。
「何を言ってるんだ……」
「……人ノ子ヨ、オ前ハドウシテモ村ヲ救イタイノカ?」
「ああ……あの村は、私の故郷なんだ。またあの村で、皆と一緒に暮らしたい」
「ソノ言葉、本心ダナ?」
「ああ、太陽と大地に誓って本心だ」
少しの間水の精霊は黙っていたが、ついに話し始めた。
「……良カロウ、オ前ノ意思、確カニ理解シタ」
そう言うとシーシャさんをその場にゆっくりと下ろし、こちらを向く。
「ヴィーゼト、プレリエダナ?」
「は、はい」
「そーだけど」
「モシモオ前達ガ、カツテノ人ガ犯シタ罪ヲ償ウトイウノデアレバ、我ノ力ヲ貸シテヤロウ」
「かつての罪って……」
「人ガ錬金術ヲ用イテ犯シタ罪ダ。ソノ罪ハ今ヤ世界中ニ広ガリ、コノ世界ヲ飲ミ込モウトシテイル。ソレヲ止メラレタナラバ、我ノ力ヲ貸ソウト言ウノダ」
「ん~でもさ、どこに行けばその罪ってのが見付かるの?」
「ソレハオ前達デ探セ。心配セズトモ、我ハ水ガアレバドコニデモ行ケル。オ前達ガ必要トシタ時ニ姿ヲ現ソウ」
そう言うと水の精霊は体から水滴を垂らし始め、ついには体全体が完全に消失した。それと同時に遺跡の壁から噴出していた水は完全に停止し、遺跡の床は少しずつ乾いていった。
「……いったいどういう……」
「ねぇヴィーゼ、錬金術って危ないものなのかな?」
「そ、そんな事は無い……と思うけれど、でもどうなんだろう。私には分からないよ……」
シーシャさんは立ち上がり、私達の側に来る。
「……とにかく今は水の精霊の言う通りにするしかない。彼女は情けを掛けてくれていた」
「手加減してくれてたって事?」
「ああ。もしあれが本気なら、今頃私達はとっくに命を落としていた。どれだけ憎しみを抱いていても、慈悲深い存在という事だろう」
シーシャさんの言う通りだ。きっと水の精霊は手加減してくれていた。私達にチャンスをくれたのも、私達人間に最後のチャンスをくれたって事でもある。だったら何をしなきゃいけないのかは、もう一つしか無いよね……。
「そうですね。行きましょうシーシャさん、このチャンスを逃がしたら、もう次は無いと思います」
「ああ、そうだな」
「って言っても、どーすんのさ?」
「まずは、だよ……一旦部屋に帰ろう。そこから話し合おうよ」
そうして私達三人は人類に与えられた最後のチャンスを逃がさないためにも、部屋に戻って作戦会議をする事にした。




