第19話:怒れる慈母
ルーカスさんの下に辿り着いた私達は声を掛ける。
「あの、ルーカスさん」
「おや? 君達……どうしてここが……」
「え、えっとごめんなさい……後を付ける気は無かったんです」
「いやいや、別に謝る必要は無いよ。それより、僕に用かな?」
ルーカスさんと共に居た人達は私達の出現に驚いている様だったが、そんな中シーシャさんが答える。
「単刀直入に聞く。ここは『水の精霊』の遺跡か?」
「……何故そんな事を聞くのかな?」
「質問をしているのはこっちだ、答えてくれ」
ルーカスさんは少しの間髭を弄りながらシーシャさんを見つめていたが、やがて口を開いた。
「……そうだね。ここが水の精霊を祀っている遺跡さ」
ルーカスさんの隣に居た初老の男性が慌てた様子で口を挟む。
「ルーカス氏、何故言うのです……!」
「まあ、落ち着きたまえよ。君はこの遺跡が悪用されるのを恐れているのだろう? 彼女の目を見て御覧よ、嘘をついている目じゃないよ?」
「どういう事だ? 悪用される可能性があるのか?」
「ううむ……実際に僕がそういう現場を見た訳では無いんだけどね、かつて水の精霊の力を使って国を滅ぼそうとした者が居たらしいんだよ」
あの本に書いてあった伝承の事なのかな? 国一つを消し去った事があるって書いてあったけれど、あれは水の精霊が自分でやった事というよりも、人から利用されてやった事なのかな?
「ほ、本で読みました! そういう事があったって……」
「ほう、あの部屋にあった本を読んだのかな?」
「そーそー。ヴィーゼとシー姉がその本を見つけて、んでそこに書いてあった事を基に探してここを見付けたって訳」
「なるほど。それじゃあ君達の目的は水の精霊に会う事なのかな?」
「……本当に居るのか?」
ルーカスさんの横に居る男性が話す。
「かつては居た。しかし、何年前からなのかは私にも分からないが、ある日を境に姿を現さなくなったそうだ。そのせいかは分からないが、年々水祭りに使える水の量が減ってきている」
「ん? 普通に海とかから採ってきちゃ駄目なの?」
「水祭りに使う水は神聖なものでなければならない。いつもここの神殿の水を使っている」
確かに底の見えない大きな貯水池みたいなものはあるけれど、そこまで水が減ってる様な感じはしないんだけどなぁ……。
「彼が言ってくれた様に、僕達は毎年こうやってここに集まって祭りをやるかどうか話し合ってるのさ」
「今年はやるんですか?」
「難しいところなんだ。実は量が減ってるだけじゃなく、神聖さも失われつつあるんだよ」
「神聖さ?」
「うむ。パッと見では分からないかもしれないけど、少し水が汚れ初めているのだよ。原因を探ったり対処法を使ったりしてるんだが、どうにも一向に良くならないんだ」
「何も理由は分かって無いんですか?」
「そうだね。街の水から汚染された水が見付かった事は報告に無いから、それでは無いのだろうし……」
「じゃあさ、祟りってやつじゃない?」
その言葉に、一斉に全員がプーちゃんの方を向く。
「昔悪用されたんでしょ? だったら何もおかしくはないじゃん。そんな事されたから怒ってるんでしょ?」
「うむ、僕らもそう考えてね、一応礼拝に来たり捧げ物を置いたりはしてるんだけど、何も効果が無いんだよ」
あの本には確か、水の精霊は慈悲深いって書いてあった。だけど、誰しも絶対に許せない事っていうのがある。もし悪用された時に、そこに触れてしまっているのかもしれない。もしかしたら水の精霊は、水を使えなくする事で私達人間を滅ぼそうとしているのかもしれない。精霊にとっては人間なんて取るに足らない存在の筈だし、私達人間が何人死んだところで一切困りはしないのかもしれない。
「いやあでも考えてもみなよ。自分を悪用した人間が貢物持ってきてもさ、ご機嫌取りに来たとしか思えないでしょ」
「しかしこうするしか手立てが無いのも事実なんだ。僕らにはこうするしか出来ない」
本当にそうなのかな? 本当にこうするしか方法が無いの? ただ貢物をするだけしか無いの? 他に何かあるんじゃないの……?
「君達が水の精霊に何を頼むつもりなのかは知らないけど、止めておいた方がいいよ。無駄だと思うし、仮に姿を現したとしても、僕ら人間に敵意を持ってる可能性が高いしさ」
「忠告はありがたいが、私にもやらなければならない事があるんだ」
「……そうかい。何か相当な事、なんだね」
「ああ」
「分かったよ。それなら僕は止めないさ。だけど、もし何か困った事があったら、その時は声を掛けてくれるかな? 僕に出来る事なら力になるよ」
そう言うとルーカスさんは他の人達を連れ、遺跡から出て行った。残された私達は祭壇を見る。祭壇の上には器に入れられた水が置かれており、その横には儀式的な意味合いを持っていると思われる宝石の組み込まれたペンダントの様な物が置かれていた。
「さて、どうやって話を聞いてもらおうか」
「そうですね……多分相当怒ってるんだと思いますし……」
「まあ一番手っ取り早いのはさぁ……」
そう言うとプーちゃんは貯水池の方を向くと、思い切り声を上げた。
「やーーい!! 水の精霊のバーーカ! 出て来い! 出てこないとまたお前の力悪用してやるからっー!!」
な、何やってるの……!? そんなんで出てくるとは思えないし、仮に出てきたとしてもそんな言い方したんじゃまともに話を聞いてもらえないよ……! 余計に怒らせちゃうだけだって……!
私が急いでプーちゃんを止めようとしたその時、突如遺跡がグラグラと揺れ始めた。その揺れに合わせて貯水池に溜まっていた水も波打ち始めていた。
「プレリエ、これはまずいんじゃないのか?」
「こういうのはとにかく引っ張り出さなきゃ話になんないんだもん」
揺れに合わせて水の波もどんどん大きくなっていたが、ついには水がバシャンと大きく跳ね、その跳ねた水達が空中で集まりだした。水達はお互いに引っ付きあい、少しずつ一つの形に変化していった。それは人間の形だった。
「あっ!」
「あれが……」
空中には幼子の様な小ささをした人型の存在が現れていた。頭の所には薄っすらと目の様な形が見え、更に髪の毛を思わせる様な形をした水の触覚がいくつも伸びていた。
「人ノ子ヨ。ドウイウツモリダ?」
「どーもこーもないよ。全然話聞く気が無いみたいだからこうやって呼んだだけ」
「マタ我ノ力ヲ悪用シヨウトイウノダナ?」
「詳しい話はシー姉がするよ」
プーちゃんがそう言うと、シーシャさんは口を開く。
「水の精霊であるあなたに頼みたい事がある」
「ホウ……今更人間ガ我ニ頼ミ事トハノ」
「私の村で土地枯れが起きていて植物が育たなくなっているんだ。あなたの力を貸して欲しい」
「何故我ガ人ノ子ヲ助ケル必要ガアル? 今マデノ事ヲ忘レタ訳デハナイダロウ?」
「あなたが怒っている理由は分かる。だが私も必死なんだ。村を守るためには何でもしなくてはならないんだ」
突如遺跡の壁から水が漏れ始める。
「人ハイツモソウダッタ。自分達ニ都合ガイイ時ダケ利用スル」
「どうか落ち着いて欲しい。私はただ村を守りたいだけなんだ」
「デハ示シテミヨ。我ニ対シテオ前ガ本気デ頼ンデイルナラバ、ソノ力見セルノダ」
それを聞いたシーシャさんは弓矢を手に取ると、臨戦態勢をとる。
「それはつまり、私があなたに勝てばいいと、そういう事なのだな?」
「出来レバ、ノ話ダガナ?」
ど、どうしよう……もう完全に戦う感じで話が進んじゃってる。私としてはちゃんと話し合いをするべきだと思うんだけれど……。
私は一先ずナイフを抜き、最低限自分の身を守れる様にしておくためだ。
「デハ行クゾ、人ノ子ヨ!」
こうして私達は、ダスタ村で起こっていた現象を食い止めるために、水の精霊と一戦交える事となった。