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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第3章:海にも及ぶ異変
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第18話:潤いを司る水の遺跡

 スープを運び終えた私達はそれぞれ席につき、食事を始めた。一口食べてみると、プーちゃんが恐れている様な不味さは無かった。それどころか、普段から私が真似して作っていたお母さんのスープと遜色無い味だった。


「ど、どーかな……?」

「うん、おいしいよ。プーちゃんはやっぱりやれば出来る子なんだよ」

「ほ、本当かなぁ……? ヴィーゼ、あたしが妹だからって気ぃ遣ってない?」

「いやいや、本当だよ。シーシャさんもそう思いますよね?」


 そう話しかけてみたものの、シーシャさんは席についたまま本を読んでいた。


「シーシャさん?」

「……え?」

「プーちゃんのスープ、おいしいですよね?」

「あっ……す、すまない。今から食べる……!」


 やっぱりシーシャさんにとって水の精霊の事はかなりの重要事項みたい。でも、それもそうだよね。もし本当に水の精霊が居るなら、ダスタ村や近くの森も救えるかもしれないんだし……。

 急いで本を置いたシーシャさんはスープを口に含む。


「……ん。確かに美味いな」

「ほら、ね?」

「そ、そっか……。まあシー姉もそう言うんなら間違いないか、うん」


 プーちゃんは少しだけ元気を取り戻したらしく、自分で作ったスープを食べ始めた。

 良かった……何とか機嫌を戻してくれた。これを期にプーちゃんも料理をしてくれる様になったら嬉しいな。いつかはプーちゃんも私から離れていく時が来るだろうし、その時に料理が出来ないと困るもんね。

 そんな事を考えながらシーシャさんを見てみると、食事を中断し、再び本に目を通していた。


「シーシャさん、何か気になる事でも載ってました?」

「え? ああ、まあな。ここに『水の王は死者達と共に眠る』と書いてある。これがどうも気になってな」

「死者と共に、ですか……」

「ああ、怪しくないか?」


 どうなんだろう……『死者と共に眠る』っていうのは何かの比喩って事なのかな? それとも本当に死んでしまったって意味? もし後者なら、水の精霊は私達みたいな生死の概念がある生物って事になるけれど……。


「うーん……水の精霊は生き物なんでしょうか?」

「どうだろうか。精霊も死を迎えるという事かもしれない。そもそも精霊を生物と分類出来るのかどうか……」


 私達二人が悩んでいると、プーちゃんは食事の手を止め、口を開いた。


「何二人とも悩んでんの?」

「いや、ここに書いてある事がね?」

「それさぁ、そのままの意味じゃないの?」

「え?」

「だからさ、『死者と共に眠る』って事はこの街にあるお墓とかを探せばいいんじゃないって事」


 プーちゃんは水の精霊が生き物だっていう考えなのかな?


「やっぱり生き物って事?」

「いや違うよ! そうじゃなくてさ! 単純なヒントか何かだよこれ。例えばここの墓地に何か仕掛けがあるとかさ」

「仕掛けって……ありえるのかなぁ?」

「分かんないけどさ、今はそれを探すのが一番いいと思うよ」


 現段階では何も分かって無い状態だし、プーちゃんの言う様に墓地を調べてみるのがいいのかもしれない。少なくともここであれこれと考えているよりかはずっといい筈。


「そうだね。シーシャさん、探してみます?」

「そうだな。食事を終えたら行こう」


 シーシャさんからの同意を得た私達は、昼食を終えると鞄を持って部屋を出た。



 街中の人々にあれこれ聞きまわり、ミルヴェイユにある教会の場所を教えてもらった。実際に向かってみると、白壁の綺麗な教会が建っており、そのすぐ近くには墓地があった。私達は墓地に立ち入る。


「ここらしいな」

「あたしの考えではぁ……別に水の精霊が人間だとかって訳じゃないと思うんだよねぇ」

「それじゃあ、ここの教会は水の精霊を祀ってる教会なのかな?」

「それは無いでしょ。だったらもっとはっきりその本に書いてあると思うよ」プーちゃんはシーシャさんが脇に抱えている本を指差す。

「そうだな。これにはそういう記述が無かった。多分プレリエが言っていた様に、ここに何か隠されてるんだろう」


 隠されてるとしても、いったいどこに隠されてるんだろう? それにどうして隠すんだろう? 知られちゃいけない理由があるのかな?

 私達はそれぞれ離れて周囲を探索し始めた。墓石の裏を覗いてみたり、草を掻き分けてみたりと、とにかくあらゆる場所を探した。そうしていると、ついにシーシャさんが私達を呼んだ。プーちゃんと共に向かってみると、シーシャさんは墓地から少し離れた教会の裏手に立っていた。教会の裏は崖の様になっており、海が見える綺麗な場所だった。


「何か見付けたんですか?」

「ここを見てみろ」


 シーシャさんはその場にしゃがみ込み、地面の一部を指差す。足元は土であり、僅かな雑草が生えている程度で他には特に何も見当たらなかった。


「どこ見ればいいの?」

「少し見難いが、ここの草が生えてる所だ」


 言われた所を見てみたものの、ただ雑草が生えているだけで、何もおかしいとは思えなかった。


「すみませんシーシャさん、私にはただの雑草にしか……」

「あたしもそう思う」

「……よく見てみろ。ここの草だけ、周りのものと比べて少しだけ傾いているだろう? 他のは普通に生えているにも関わらずだ。そして、この草の少しだけ先だ。ほんの少しだが、地面が窪んでいる所がある。これはつまり、誰かがここを通ったという事だ」


 確かに周囲の他の雑草と比べてみると、そこの雑草は僅かながら傾いていた。生えている場所などから考えてみると太陽の光が当たる方向に傾いているという訳でも無く、不自然な傾き方をしていた。


「もしかして他の雑草もこうなってました?」

「ああ。だがここは教会や墓地だ。礼拝に来た人間に踏み潰されてもおかしくない。だが色々と見ていておかしかったのはここだけだったんだ」


 言われてみれば、ここに人が来るとは思えない。礼拝しに来た人がこんな教会の裏に来る理由が無いし、ここの神父さんが来るとしても理由が考えられない。でも、ここからどこに行ったんだろう? すぐ目の前は崖だし、まさか飛び降りたなんて訳は無いし……。


「でもこっからどこ行ったのかな? まさか海にドボンッて訳じゃないよね?」

「海では無いだろうな。だがここの下なのは確かだ。これを見てみろ」


 そう言うとシーシャさんは少し前に出ると崖の端に寄り、ナイフを抜くと崖の端の一部を示した。


「分かり難いかもしれないが、ここに手の跡が残ってるんだ。この残り方からすると、恐らくここからぶら下がって下に降りたんだろうな」

「んー……て事はぁ、この下に洞窟か何かがあるって事かな?」

「その可能性はある。位置的に気づかれ難い場所ではあるしな」

「で、でもどうするんですか? まさか降りるんですか……?」

「まさかも何も、そうするしかないだろう?」

「そーだよヴィーゼー」


 こ、ここから降りるの? これって船とかに乗っていった方が安全なんじゃ……あ、いやでもそれじゃあ駄目か、他の人に知られるのはまずいよね。でも怖いなぁ……ここから降りるの……他にやり方とか無いのかな……。

 そう考えていると、シーシャさんは崖にぶら下がり始めていた。


「え!? ちょちょ、ちょっと!?」

「心配するな、私が先に見てくる。大丈夫そうなら下で受け止めてやる」

「そういう事じゃなくて! ほ、他に道があるんじゃないかって話がしたくて……」

「あるかもしれないが、それを見つけるのは土地勘の無い私達には到底無理な話だ。そういうのを探すよりも見付けた場所から行くのが一番いいだろう」


 だ、駄目だ……もうシーシャさんの中ではここから行くって流れになっちゃってる……。何とか反論したいけれど、シーシャさんの言ってる事が正し過ぎて言い返せない……確かにそういうのを見付けられるかと言われれば無理だ……。うぅ……怖いけれど、我慢しよう……。


「諦めなってヴィーゼ、もう無理だよ」

「う、うん。覚悟決めるよ……」

「いやそんな大袈裟な事?」


 完全に下へと姿を消したシーシャさんは少しの間戻って来なかったが、やがて私達を呼ぶ声が聞こえてきた。


「行けそうだ! 一人ずつ降りてきてくれ!」

「はーい! さて、そんじゃヴィーゼ先に行きなよ」

「えっ!? い、いやプーちゃん先に行きなよ」

「でもあたしが先に行ったらさ、ヴィーゼ『やっぱり怖い……!』とか言って来なくなるかもじゃん。その時誰がヴィーゼの背中押すの?」

「そ、そんな事言わないよ! ていうか、押すってそのままの意味じゃないよね!? 心を押す的な意味だよね!?」

「ほらいいから行きなってば。そーゆーツッコミ今はいいから」


 うっ……い、行かなきゃいけないのは分かってはいるんだけれど、ここ結構高さがあって怖いんだよね……シーシャさんを待たせちゃいけないのは分かってるんだけれど、それでもやっぱり……。


「ご、ごめんプーちゃん先に行って! ちょちょ、ちょっと落ち着くから……!」

「えー……分かったよもう……ちゃんと来てよ?」


 プーちゃんは呆れた様な顔で私を見ると、崖の先に立ち、下を覗きこんだ。


「行くよー?」

「ああ、いいぞー」

「よっ!」


 シーシャさんからの返事を聞いてプーちゃんは何の躊躇も無く飛び降りていった。どうやら下では上手く受け止められたらしく、二人が私を呼ぶ。


「ヴィーゼ、いいぞ」

「ほらヴィーゼ! 早く!」


 ぷ、プーちゃん思いの外早く降りちゃった……時間稼ぎにもならなかった……やっぱりそういうズルは駄目って事なんだね……。で、でもここで私だけ行かないのは絶対駄目だよね……そういうのは、駄目だ、うん……。よし……! 簡単な事だよ! まずは、だよ……崖先に立つ、後は飛び降りる……そう、それだけ……。


「ヴィーゼーッ!!」

「……っ! 行くよっ!」


 私は覚悟を決め、目を閉じて飛び降りる。私の頬を一瞬風が撫で、髪がふわりとなびくのを感じたと思うと私の体にガクリと軽い衝撃が走った。恐る恐る目を開けてみると、私の体はシーシャさんに支えられていた。


「大丈夫か?」

「え、ええはい……何とか……」

「ヴィーゼ~、上見てみ~?」


 ニヤニヤしているプーちゃんに言われた通りに上を見てみると、私自身が思っていたよりもかなり低く、普通に飛び降りても怪我はしそうにない高さだった。

「……え?」

「アッハハハハッ!! ヴィーゼってばかーわいいっ! こーんな高さにビビッてやんのー!」

「い、いやちがっ! 違うよ! しし、知ってたよ!? 知ってて言ったんだよ!? 怪我! 怪我とかしちゃいけないから! プーちゃんが怪我しちゃいけないからっ!?」

「はいはい、顔が真っ赤だよー」


 最悪だ……こんな……こんな形で恥をかくなんて……まさかこんな……低いなんて……分かる訳ないじゃん……こんな足場みたいに出っ張ってる所があるなんて、分かる訳がないじゃんか……。


「あーごめんごめんヴィーゼ、泣かないでよ」

「泣いてないよ……」


 正直少しだけ目元が潤んでいたものの、それを誤魔化したくて目元を拭う。


「ヴィーゼ、大丈夫か? まだ怖いならもう少しこのままでもいいが」

「い、いえ! 大丈夫です! もう降ろして頂いても大丈夫です!」

「そうか?」


 シーシャさんは少し心配そうな顔をしながらも私をその場に下ろした。少しだけ足が震えていたが、それに気付かれない様に岩壁に手を付く。


「どしたの、何してんのそれ?」

「いや……ほらここの岩の手触りとか、そういうのも調べといた方がいいかなって……」

「あーなるほどね……うんうん、まあ……そうだね」


 プーちゃんは何かを察した様な声色で返してきた。

 ……これ以上弄ってこなかった事を感謝しよう……一応私のプライドを保ってくれたんだろうし……まあ、もう色々手遅れかもだけど……。

 少し経ち、足が大分落ち着いてきた私は岩壁から手を離す。


「もういいのか?」

「え、ええ大丈夫です。行きましょう」

「そうか。よし、こっちだ」


 そう言うとシーシャさんはすぐそこにあった洞窟へと進み始めた。私達はその後を追う。

 洞窟内には明かりは無かったものの、まだ昼過ぎという事もあってか、外からの光が差し込み、薄っすらと明るかった。


「……何かひんやりするね」

「そうだね。プーちゃん、寒くない?」

「うん。全然平気」


 しばらく進んでいるとやがて岩壁が無くなり、代わりに人工的な壁になった。汚れなどは見られず、誰かが定期的に掃除しているかの様に綺麗だった。


「……妙だ」

「え?」

「おかしいと思わないか? もうかなり入り口からは離れている。それなのにまだこんなに明るい、明かりになる物が無いのにだ」


 言われてみればそうかも……入り口から明るさが全然変わってない……こういう洞窟には今まで入った事が無かったけれど、それでもおかしいのは分かる。いったいどうやってこの明るさが保ててるんだろう?


「どこにも無いですね、明かりみたいな物……」

「あれじゃない? ここの壁がちょっと光ってるとか」

「フッ……面白い発想だなプレリエ」

「あー、シー姉馬鹿にしてるでしょ? 分っかんないよー? 当たってるかもよー?」

「フフッ、そうだねプーちゃん。意外とそうかも」

「ヴィーゼまで馬鹿してー!」

「さっきのお返しだよ」


 でもプーちゃんの言ってる事も間違いじゃないかも。明かりになる物が無いのにこれだけ明るいっていうのは、意外とそういう事だったりするかもしれないもんね。


「全く……お姉ちゃんだからって調子に乗っちゃって……」

「ごめんごめん。でも意外とそうかもって思ったのは本当だよ?」

「……まっ、そういう事にしといたげるよ」


 プーちゃんは少しだけ機嫌を直したらしく、微笑んだ。

 奥へ奥へと進んでいくと、やがて壁に何かの絵の様な物が現れ始めた。人や動物、植物などを表しているかの様な絵であり、それらは図鑑などで見た事がある古代文字に少し似ていた。


「ねぇヴィーゼ、これ見た事無い?」

「あるよね。家の図鑑で見たよ」

「やっぱりそうだよね?」


 シーシャさんが口を開く。


「古代文字だな。何が書いてあるのかはよく分からないが……」

「シー姉も知ってるの?」

「ああ。あくまでこういうものがあると聞いていただけだがな」


 ここにこういうものが書いてあるって事は、ここはかなり昔に作られた場所なのかな? こういう古代文字を使う古代文明がこれを作ったって事なのかな?


「でも何で昔の人はこんな文字使ってたんだろうね? これってもうほとんど絵じゃん」

「図形というのは言葉が伝わらない相手にも使える便利なものだ。それが文字として栄えたのは当然とも言える」

「そうですね。文字が読めなくても、物の形は基本的に同じですもんね」

「ふぅ~ん……そういうもんなのかなぁ」


 地頭がいいプーちゃんにとっては少し理解し辛いのかもしれない。この子からすれば、今私達が使ってる文字の方が使いやすいんだ。それは産まれた時から周りにそういう文字があったからなんだけれど、きっとプーちゃんは古代文字しかない時代に生まれたとしても、今みたいな文字の方が使いやすいって言うんだろうなぁ……。


 次々と現れる古代文字に囲まれながら進んでいくと、ついに開けた場所に出た。何らかの意味があると思われる装飾が施された柱がいくつも立っており、中央には水の張ってある大きな穴が作られていた。そしてその奥の壁には祭壇の様な物が作られており、その前ではルーカスさんを始めたとした複数の人々が何やら話し合っていた。


「ねーねーヴィーゼ……あれってさ……」

「うん……ルーカスさん、だね」

「……聞いてみよう。何か知っているのかもしれない」


 私達はこの場所について尋ねるべく、ルーカスさん達の下へと歩き出した。

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