第17話:水の精霊の居所
私達はお父さんの後を歩きながらシップジャーニーの巨大帆船から出た。
「ヴィーゼ、プレリエ、釜はどうしたの?」
「あー、それなら親切なおっちゃんが部屋貸してくれたからそこに置いてるよ」
「……それはその、ちゃんとお金は払った?」
「あ、えっとねお父さん? ルーカスさんっていう人がタダで部屋を貸してくれたんだ」
「……一応その人の所まで連れて行ってくれるかな? 話をしておかないと」
「う、うん」
やっぱりまずいよね……あまりにも都合が良すぎるもんね。もしかしたら本当に善意で貸してくれたのかもしれないけれど、やっぱりタダでっていうのは良くないよ。
私達はお父さんを連れてルーカスさんと出会った場所まで向かった。しかし、露店は出たままになっているにも関わらず、そこにはルーカスさんの姿は無かった。店に並んでいる商品もそのままになっており、店仕舞いをしたという感じではなかった。
「あれ? おかしいね、どこ行ったんだろ?」
「店を閉めた感じでは無いな。少し待っていろ」
そう言うとシーシャさんは近くにある露店へと近付くと、そこの店主と何やら話をしていたが、少しするとこちらへと戻ってきた。
「どうやら何か別の用事があって出ているらしい。何でも祭りがどうとか……」
「お祭りですか?」
「多分ミルヴェイユで開かれている『水祭り』だろうね」
「水祭りって何、お父さん?」
「ミルヴェイユでは年に一度、水に感謝をするための祭りが開かれてるんだ」
水祭り……確かに『水の都』って呼ばれてる街な訳だし、そういうお祭りもあるかも。ヘルムート王国でもお祭りはあったけれど、水祭りっていうのは無かったから何だかちょっぴり楽しそうだな……。
「じゃあどこに行ったかは分かんないの?」
「そうだな。話し合いはいつもどこで開かれているのかは分からないらしい」
「んー……どうしよっかヴィーゼ?」
「え? えっとぉ……どうしよっか……」
ルーカスさんがどこに居るのか分からない以上、どうしようもないよね……いつ戻ってくるのかも分からないし……。
「しょうがない。ヴィーゼ、プレリエ、僕はまた後で会いに行くよ」
「え? どういう事? お父さんも一緒に部屋に来ればいいじゃん」
「そういう訳にはいかないな。そのルーカスさんっていう人は三人に部屋を貸したんだろう? だったらそこに僕が泊まるのはおかしいよ」
「えー!? いいじゃんいいじゃん! ねーお父さん! ねぇ一緒に居ればいいじゃんかさぁー!」
私はプーちゃんをお父さんから引き離す。
「ほらプーちゃん……」
「ねぇヴィーゼもそう思うよね!? お父さんも一緒に……」
「駄目だよプーちゃん。お父さんの言う通りだよ。勝手に泊まっちゃ駄目」
「何で……?」
「……ごめんねプーちゃん。お父さんが言ってるみたいに、ルーカスさんは私とプーちゃんとシーシャさんに部屋を貸してくれたんだよ。確かにルーカスさんはお父さんが泊まってても許してくれるかもしれないけれど、やっぱりそういうのは筋が通ってないよ」
プーちゃんは納得出来ていないらしく、拗ねた様な表情でそっぽを向き、私の服を力強く握った。服には思い切り握られた影響で皺が入ってしまっていた。
「ではヴァッサさん、あなたはどこに泊まるんだ?」
「僕はシップジャーニーで少しお世話になるよ。あの魚についても色々聞いておきたいしね」
「そうか。……それなら、もしルーカスさんに会えたら私からもあなたの事を伝えておこう。そうすれば話も早く済むだろうしな」
「ありがとう。助かるよ」
そう言うとお父さんは私とプーちゃんを抱き締める。
「それじゃあ行くね?」
「う、うん。気を付けてね?」
「うん。気を付けるよ」
プーちゃんは相変わらずそっぽを向いたままでお父さんの方を見ようともしなかった。
「ほらプーちゃん」
「プレリエ、ほらこっち向いて」
プーちゃんは少しだけお父さんに顔を向ける。
「一緒に居たいって気持ちは嬉しいよ。でもちゃんと話を通す事は必要なんだよ。分かってくれるかな?」
「……ん」
「大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」
「ん……」
プーちゃんはお父さんを抱き返すとしばらくの間そのままでいた。
本当は私だってお父さんと一緒に居たい。でも、それがお父さんのお仕事の邪魔になっちゃうなら避けないと……。お手伝い出来るのが理想だけれど、今の私達の実力はそれに足りてるのかな?
「……さて、それじゃあ行くね?」
プーちゃんとの抱擁を終えたお父さんは私達に手を振り、港の方へと戻って行った。残された私達はルーカスさんを待つために一先ず部屋に戻る事にした。
部屋に戻った私達は各々自由に過ごしていた。私は本棚から適当に本を出して読み、プーちゃんはベッドに寝転がり、シーシャさんはナイフや弓矢の手入れをしていた。
ここに置いてある本、あんまりお店とかじゃ見ないような本ばかりだ。かなり古びてるものもあるし、中には古代文字で書かれてる様なものもある。ルーカスさんはいったいどこでこういう本を見付けてきたんだろう? ここまで古そうなものだと結構な値がしそうだけれど……。
「……これは」
私は数ある本の中から一冊の本を取り出した。表紙は長い年月の影響からか、ボロボロになっていたが、かろうじて『妖精伝承』というタイトルが見て取れた。中を見てみると、紙の端は所々経年劣化のせいでボロボロになっていたが、内容自体は問題なく見る事が出来た。
もしかしたらこれに水の精霊の事が載ってるかもしれない。もし本当に水の精霊が居るんだとすれば、ダスタ村を元通りに出来るかもしれない。それに上手く行けばあの砂漠みたいになってた森も、また緑豊かな森に戻せるかもしれない。
そう考えた私は本を読み始めた。そこには各地に伝わっている精霊や妖精に関わる伝承が書かれていた。妖精に助けてもらったという話もあれば、逆に危害を加えられたという記述もあった。中にはそれらの精霊や妖精がどこに祀られているのか書いてあるものもあり、崇拝の仕方も書いてあった。
これを見る限り、全部の精霊や妖精が祀られてる訳じゃないみたい。中には決まった定住場所を持たずに、色々な場所を徘徊しているものも居るみたいだね。その違いは何なんだろう?
そうして読んでいると、ついにシーシャさんが言っていたものと同じものだと思われる『水の精霊』について記載されているページに辿り着いた。そのページによると、水の精霊はその名の通り水を司る存在で、私達がこうして水を使えているのもその精霊のおかげらしい。その力は絶大なもので、大昔にその力によって一つの国を滅ぼした事があるらしい。
でもおかしいなぁ……ここに書いてある事は矛盾してる様な気がする。だってここには『水の精霊は慈悲深い性格をしている』って書いてある。それなのにその力を使って国を一つ滅ぼした……それってどういう事なんだろう? 優しい性格をしている精霊がどうしてそんな事をしたんだろう?
更に続きを読んでいくと、水の精霊の居場所が書かれていた。それによると、どうやら水の精霊は私達が今居る場所、ミルヴェイユに祀られているらしい。しかしその祀られているという祭壇の場所までは書かれておらず、どこに居るのかまでは分からなかった。
私はシーシャさんを呼ぶ。
「シーシャさん」
「どうした?」
「ちょっと来てもらってもいいですか?」
「ああ」
私はシーシャさんに本を見せる。
「ここに水の精霊について書いてありました。どうも今居るこの街に祭壇があるらしいです」
「この街に……?」シーシャさんは本に目を通し始める。
「でも妙なんです。書いてある事が矛盾してるっていうか……」
「ここの部分か? 慈悲深い性格をしているのに国一つを滅ぼしたという……」
「ええ。おかしいと思いませんか? もしその記述が事実なら危険な存在の可能性もありますよ?」
「これはあくまで伝承に過ぎない。大体こういうのは時代が進むごとに様々な話が付け加えられる。これもその可能性が高いな。見たところ、この本は伝承を集めただけの本らしいし、内容の精査は行っていないのだろう」
「そうなんですかね?」
「あくまで可能性だがな。しかしこの街にか……。すまないが、少しこれを一人で読ませてくれないか?」
「は、はい」
私は本に集中し始めたシーシャさんから離れ、プーちゃんの下へと行く。プーちゃんは顔を向こう側に向けていたが、寝ている訳では無いらしかった。
「ねぇプーちゃん」
「……何?」
「そろそろお昼にしよ? お腹空いてるでしょ?」
「……うん」
やっぱりお腹が空いてたんだ。お腹が空いてると機嫌が悪くなる事ってあるし、お父さんが一緒に居られないってなって余計にイライラしてるんだね。
「待っててね。今作るからね」
私は台所に向かうと、木箱の中に入れられている食料を確認する。食材はどれもまだ新鮮な物らしく、腐っている物などは見られなかった。
ルーカスさんは好きに使っていいって言ってたし、多分これも使っていいよね? 今から買いに行くにしても、まだこの街の事詳しく無いし、下手に買わない方がいいよね、ぼったくられたら嫌だし……。
私は箱の中から人参やじゃがいもなどを取り出し、塗り火薬を用意すると早速調理を始めた。水も備蓄がしてあり、調味料などもあった。そうして調理をしていると、プーちゃんがベッドから置き、こちらに来た。
「どうしたの? 寝ててもいいよ?」
「うん……いや、偶にはその、あたしもやろうかなって……」
珍しい……! あのプーちゃんが、料理を作りたがらなかったプーちゃんが自分からこういう事を言うなんて……!
嬉しくなった私はプーちゃんを台所に招き入れる。
「おいでプーちゃん! こっちこっち!」
「うん。あのさ、あたし下手だけどいい?」
「いいよ。分からないところは私が教えるからね」
そうして私はプーちゃんに料理を教え始めた。教えるのはプーちゃんも私も好物な、お母さんが作ってくれていたスープだ。このスープは人参やじゃがいもなどの野菜を茹でた際に出来たお湯に調味料を混ぜるというシンプルな物だ。お金はあまり掛からないし、作るのにそこまで時間は掛からない、かなりいい料理だ。
「えっと……これを切ればいいんだよね?」
「うん。……そうそう、そんな感じそんな感じ」
やっぱりプーちゃんは作りたくなかっただけで、やれば出来る子なんだ。初めて作った時においしくないものを作っちゃったから怖がってただけで、こんなに綺麗に包丁も使えるんだ。やっぱりこの子は天才型だ。私とは違って大体の事を一発で上手に出来ちゃう。
「ねぇヴィーゼ、これで合ってるよね? 大丈夫だよね?」
「うん。心配しなくても大丈夫だよ」
プーちゃんは茹でられている野菜をじっと見詰めていた。どうやら茹で過ぎてしまう事を恐れて、いつでも火を止められる様にしているらしい。
「プーちゃん大丈夫だよ、そんなに見なくても」
「珍しいね、調合の時にいっつも慎重派なヴィーゼがそんな事言うなんて」
「いや……こういう料理は大体でいいんだよ? お菓子を作る時はそういう細かい計量とかは必要だけれど……」
「そ、そっか……じゃあ、そうする。大体で……」
そうしてしばらく経ち、ついにスープが完成した。見た目もいつも私が作っているものと同じで、問題は無さそうだった。
「こ、これでいいの?」
「うん。大丈夫だと思うよ。作ってる時に変な事は無かったし」
「そっか」
「うん、じゃあ運ぼうか」
私とプーちゃんは、私達とシーシャさんの分のスープを机へと運び始めた。