第15話:お人好しとの出会い
シーシャさんと別れた私達は台車を広場の端の邪魔にならない場所に置き、宿を探すためにその場を離れた。ミルヴェイユは人通りが多く、誰に話し掛けるべきか、中々決めるのが難しかった。
「で、どうする? 誰に聞く?」
「この辺に詳しい人に聞くのが一番だと思う。例えば、ここで長い間お店をやってる人とか……」
「んー……じゃあ適当にその辺の人捉まえて聞いてみよっか?」
そう言うとプーちゃんは様々な露店が並んでいる通りへと進み始めた。私は離れ離れになってしまう事を避けるためにすぐに後を追った。
露店では野菜や肉などの食物だけではなく、この国で作られたものと思われる装飾品や何に使うのか想像も出来ない物も並んでいた。プーちゃんはそんな中からある露店を選んだ。そこには髭を生やし、カラフルな民族衣装の様な物を着ている男の人が立っており、いかにも胡散臭い見た目をしていた。
「ねーねーおっちゃん!」
「お? お客さんかな?」
「ちょっと聞きたい事があるんだけどさ、いいかな?」
「いいともお嬢さん方。何が聞きたいのかな?」
「あのね、この街で安く止まれる宿とか無いかなって」
男の人は髭を伸ばす様に触る。
「ふむ。旅の人かな? 泊まれる所なら沢山あるが、安くというのは難しい話だね」
「あの、高い所しか無いんですか?」
「ここは一応観光地でもあるからね。どうしても人が集まれば、それだけ値は上がるものだよ」
私は今までそういう宿とかには泊まった事が無かったけれど、どこもそういうものなのかな? 確かに人が集まればそれだけ稼ぐチャンスにはなるけれど、それだとお金があんまり無い人はどうすればいいの……?
「君達、観光でここに来たのかい?」
「んーん。お父さんの仕事を手伝うために追って来たんだ」
「あの、もし何でしたら野宿しても怒られない場所でも教えて頂ければ……」
店主さんはしばらくの間髭を触り続けていたが、やがてその手を止めた。
「……ふむ。もし何だったら、僕の持ってる部屋を使うかい?」
「え?」
「実は一つ空き家を持ってるんだよ。あんまり使ってないからそこまで汚くないと思うよ。君達が良ければだけどね?」
どうしよう……これってタダで使ってもいいって事だよね? 魅力的なお話ではあるけれど、でもこんなおいしい話ってあるのかな? あんまり人を疑うのも良くないとは思うんだけれど、ここまで都合が良過ぎるとちょっと怪しいな……。
「えっと、ありがたいんですけれど……」
「おー! ホントに!?」
「うむ。どうせ使う事も少ないし、そのままにするよりも誰かに使ってもらった方が部屋も喜ぶだろうしね」
「あ、あの……! プーちゃん、もう行こう……」
「え? いいじゃん、このおっちゃんが使ってもいいって言ってくれてんだしさ」
「気を遣わなくてもいいよ? 別にお金を取ったりはしないしさ」
やっぱりちょっと怪しい……一旦シーシャさんと合流して話し合ったほうがいいかも。私達だけじゃ決めるのは危険かもだし……。
「あの、ちょっと待ち合わせがあるのでここで……」
「おや、そうかい? まあ気が向いたらまた来てくれたまえ」
私は笑顔を向ける店主さんに愛想笑いをすると、プーちゃんの手を握り、広場へと足早に戻っていった。
広場に戻った私達は台車の所まで行き、そこで立ち止まった。
「ねーヴィーゼー、何でおっちゃんの部屋貸してもらわなかったの?」
「プーちゃん……おかしいとは思わなかった? あの話、都合が良過ぎるよ」
「んー……そう? 偶然そういう部屋を持ってるってだけでしょ?」
一緒に行って良かった……もし一人で行かせてたら、あの話に何の疑いも無く乗ってたかもしれない。あの人が悪い人って決まった訳ではないけれど、やっぱり知らない街なんだし、気を付けないと……。
「……とにかくシーシャさんと合流しよう。私達だけじゃ決められないよ」
「まー、それもそうか」
私は何とかプーちゃんを納得させ、台車を引きながら噴水の側へと戻っていった。そこで少しの間待っていると、やがて通りの一つからシーシャさんが戻ってきた。一緒に歩いている時には気が付かなかったが、シーシャさんが身に付けている服装は周囲の人と比べるとかなり浮いており、明らかに別の地域から来ている人間だという事を感じさせた。
「すまない、遅くなった」
「どうでした?」
「色々見て周ってみたんだが、やはりどこも金が要る様だ。仕事をする代わりに泊めて欲しいとも言ってみたんだが、駄目だった」
「やっぱりそうですよね……」
「そっちはどうだった?」
「あのね、露店のおっちゃんから空き家を持ってるからそこ使ってもいいって言われたんだ!」
シーシャさんは少し怪しんでいるかの様な表情をした。
「……怪しくないか?」
「ですよね? そんなおいしい話が……」
「じゃーどーすんのさ! 二人は他にいい案あるの?」
私は何とか他の案を出そうと口を開いたものの、何もいい案が浮かばず、そのまま間抜けに口を開いたままになってしまった。シーシャさんもいい案が浮かばないらしく、黙っている。
「ほら、何も無いじゃん」
「……分かった。一先ずはそこを頼ろう」
「え!? シーシャさん!?」
「ほーらね! 人の好意は無駄にしちゃ駄目なんだよ!」
そう言うとプーちゃんは台車を引き始め、私は慌ててそれに合わせる。
「行こ行こ! 早く!」
「ちょ、ちょっと……」
本当に大丈夫かな……初めて来る所だし、出来ればちゃんとした所に泊まりたかったんだけれど……。私達はまだ他の人からすれば子供も同然だ。もし暴力を振るわれでもしたら抵抗出来ない。一応シーシャさんが居てくれるけれど……。
そんな事を考えている間に私達はさっきの露店の前に辿り着いた。街の人々は初めて錬金釜を見るからか、通り過ぎる度にこちらをチラチラと見てきた。
「やあ、そちらがお連れさんかな?」
「うん! ねぇねぇ、さっきの話なんだけどさ、お願いしてもいい?」
「構わないよ」
「よっしゃ!」
シーシャさんは警戒心を顕にしながら店主さんに尋ねる。
「……どこにある?」
「案内するよ。付いて来て」
そう言うと店主さんは露店から出ると、広場とは反対の方向に歩き始めた。私達は台車を周りにぶつけない様に気を付けながら後を追う。
「シーシャさん、どう思います?」
「……敵意や悪意は感じられない。だが油断するべきではないな。警戒はしておくべきだ」
やっぱりシーシャさんもそう思うんだ……。あの店主さんは胡散臭い見た目をしてはいるんだけれど、話してみると悪い人っぽくは感じないんだよね。でも今まで国の外に出た事が無かったんだし、注意はしておくべきだよね。
それからしばらく歩き、通りを抜けると、店主さんは海沿いに建っている建物の中へと入っていった。その建物は周囲の建物と同じで石造りであり、壁は白く塗られ、清潔感のある見た目をしていた。私達は建物の横にあるスペースに台車を置き、急いで中へと入っていった。
建物の中は白をベースにした着色で壁が塗られており、木で出来た机や椅子、更にはベッドや本棚まで置かれていた。
「ここだよ。ちょっと狭いかもしれないけど……」
「いやいやめっちゃ広いじゃん! いいの、ここ!?」
「うむ。最近は露店の方が忙しいからね。好きに使ってくれて構わないよ」
プーちゃんは嬉しそうに部屋中を探索するかの様に色々調べ始めた。
「……一つ聞きたい事がある」
「何かな?」
「何故ここまで良くする? 何か目的があるのか? 私が見たところによると、部屋にある机や椅子……あれはかなりいい木を使っている。かなりの値段がする筈だ。あなたは、相当な金持ちだろう?」
「そんなに胸を張れる程の大金持ちじゃないさ。あれはどれも母の伝手で買ったものだよ。少し安くしてもらえたんだ」
そういう所に伝手があるって事は結構なお金持ちなんじゃないかな……。
「それを人に使わせるんですか? ご自分で使った方が……」
「そんなにおかしな事かな? 僕を頼ってくれた時、君達は本当に困っている様に見えたんだ。あれだけの人が居る中で僕を頼ってくれたんだ、断る訳にはいかないじゃないか」
そう言うと店主さんは笑顔を見せた。その笑顔は何ともお人好しな印象を受けるものだった。
「そ、そうですか」
「そういうものじゃないかな? 困った時はお互い様さ。さて、折角だし君達の名前を教えてもらってもいいかな?」
そういえば、まだ自己紹介をしてなかった。これからお世話になるんだし、ちゃんとしておかないと。
「えっと、私はヴィーゼ・ヴュステです。あの子は妹のプレリエです。二人で錬金術士をやってます」
「ほう錬金術を! 中々興味深いねぇ! 良ければ今度見せてくれるかな?」
「は、はい」
「私はシーシャ・ステインだ。普段は狩りをしている」
「君は猟師さんか! やった事がない職業だからそれも気になるよ。また機会があれば、君の話も聞かせてもらえるかな?」
「……考えておこう」
店主さんは私達の自己紹介を聞き終えると、身だしなみを整える。
「僕はルーカス・グアルニエリ。職業は色々だね」
「色々ですか?」
「うむ。さっきみたいに露店をやってる事もあれば、カーニバルのプロデュースをやったりもするし、またある時は探検家でもあるのさ」
「部外者の私が言うのも何だが、一つに絞った方がいいんじゃないのか?」
「何を言うんだいシーシャ君! この世界にはまだまだ僕らの知らない事が沢山あるんだよ? 全部は無理にしても、手に入れられる知識は全部知っておきたいじゃないか! 折角この世に生を受けたんなら、そうしないと損だよ!」
ルーカスさんは目を輝かせ、やや興奮した様子で話していた。その様子はまるで小さな子供の様な無邪気さを感じさせた。
「……よく分からないな」
「まああくまで僕の考えだからね。君達に強制するつもりは無いよ? さてと、あんまり店を開けておくのも良くないだろうし、僕は戻るよ。何か用があったら明日の朝また来るから言っておくれ」
そう言うとルーカスさんは私達に手を振りながら外へと出て行った。私は錬金釜を部屋に入れるためにプーちゃんに声を掛ける。
「プーちゃん!」
「あっ、見て見てヴィーゼ! この壁に掛かってるお面! プププッ! 変な顔!」
「ほら、そんな事は後で聞くから。錬金釜運ぶの手伝ってよ」
「うん。あれ? あのおっちゃんは?」
「……プーちゃんが部屋をウロウロしてる間に自己紹介して出て行ったよ」
「はっ!? い、いつの間に……」
……やっぱりあの時プーちゃんに声を掛けておくべきだったな。優しそうな人だったから大丈夫だとは思うけれど、人によってはプーちゃんの印象が悪くなるだろうし。
「また明日来るみたいだから、その時にでもまた自己紹介すればいいよ。それよりほら」
「はーい……」
プーちゃんは悔しそうな返事をし、私と共に外に出た。釜はちゃんと台車に乗せられたままであり、盗まれていない事から治安の良さが感じられた。
私達は手袋を付け、釜を持ち上げると家の中へと運び込んだ。あまり使っていないという話通り空いている所があったため、一先ずそこへと釜を設置する。ベッドからも食卓に使うであろう机や椅子からも離れているため、万一にも中身が飛び散ったりしても大丈夫な場所である。
「はっー……一先ず泊まる所は見つかったけど、こっからどーしよっか?」
「ミーファさんが言ってた事を信じるならお父さんもこの街に来てる筈だけれど……」
「やっぱあいつの言う事信じるしかないかぁ……。ここ結構広いし、見つけるの大変そう……」
それを聞いたシーシャさんが口を開く。
「それなら港に言って聞くのが一番かもしれないな」
「何でですか?」
「ここは水の都と呼ばれている程の観光地だ。外部から船に乗って観光に来ている人間も多いだろうし、水揚げされている魚が最初に揚がるのは港だ」
「そっか、お父さんは未知の生物の調査をしてる訳だから、人が多くて尚且つ実際に生き物が多く見られる所に居るかもしれない……そういう事ですね?」
「ああ。恐らく捜すのであればこれが一番手っ取り早い筈だ」
未知の生物の中には魚みたいに水の中を泳ぐものも居るかもしれない。私でも思いつくんだから、きっとお父さんも最初にそれを思いついた筈。
「そんじゃ行ってみる?」
「そうだね。また先に街を出られたりしたら大変だし……」
私達はお父さんを見つけ出すために借家から出ると、街中を歩き回り、港を探した。どこを通っても人通りが多く、街全体が常に賑わっている様だった。そして数十分歩き回った私達はついに船が複数停泊している港を見付けた。ヘルムート王国でも見た事がある様な観光用の蒸気船や漁をするための小船、更には見た事もない様な巨大な帆船まで停まっていた。港では漁師の人々が魚を陸地へと運んでおり、丁度漁が終わったばかりの様だった。
「凄いねヴィーゼ、あんなおっきい船初めて見たよ!」
「うん……凄いね、あれ……」
「どうやらシップジャーニーが来てるみたいだな」
私は聞き慣れない名前を聞き、尋ねる。
「何ですか、シップジャーニーって?」
「二人の住んでいる国には来た事が無いのか? 海の上で暮らし、漁で獲った魚を売る事を主な生業としている集団だ。いや、最早一つの国と言ってもいいかもしれないな」
シップジャーニー……聞いた事が無いなぁ……。もしかしたらうちの国にも来てたのかな? あんまり港の方へは行ったりしなかったし、私が気付いてなかっただけかも。
「初めて知りましたよ」
「あたしも」
「そうなのか? 結構名は知れているものだと思っていたが。あの巨大な帆船は有名だぞ?」
「……ん? 待てよ?」プーちゃんは何か思いついたのか港で働いている人達の方を見始める。
「どうしたの?」
「いや、もしかしたらお父さん、あの船の中に居るんじゃない?」プーちゃんは巨大な帆船を指差す。
「お父さんが探してる未知の生物の中には水棲生物も居そうじゃない?」
「居そうではあるけれど……。もし仮にそこに居るとして、どうやって入るの? 部外者の私達を入れてくれるとは思えないけれど……」
「確かに彼らが理由も無く私達を入れてくれるとは思えない。だが、ヴィーゼ達の父親、ヴァッサさんが居るかもしれないというのはありえる話だ。試しに行くだけ行ってみてもいいかもしれない」
「ほらヴィーゼ! 何事もやってみなきゃだよ!」
「う、うん。まあ、そうだね」
私はうあうあ不安に思いながらも、お父さんについての情報を得るためにプーちゃんとシーシャさんと共にシップジャーニーの巨大帆船へと近付いていった。