第140話:イェソド
兵器工場へと侵入した私達はコニーさんを先頭にして探索を始めた。内部には明かりが無いためほとんど暗闇に包まれているが、高所に設置されている窓から月光が差し込んで来るおかげで辛うじて行動することが出来た。
何に使うのか分からない機械や道具などがそこら中に存在しており、どこに居ても強い金属臭を感じさせる場所であり、これだけの巨大な工場で作っているものが一体何なのか見当もつかなかった。
「ここ」
「コニーさん?」
「ここから特に臭いがする。かなりきつい」
「その先にお前達が言う兵器があるのか?」
「分からない。でも他の場所と違う感じ」
そう言うとコニーさんは再び針金を取り出し、工場奥にあった扉の鍵穴へと差し込み弄り始めた。ここに入る際にも見たが、やはりコニーさんは相当手先が器用らしく、この鍵もまたいとも簡単に解錠してしまった。
コニーさんとジーナさんの二人掛かりで重そうな扉を開けてみると、その奥の部屋から巨大な影が姿を現した。
「あ、あれ何……!?」
「コニー」
「うん。これだ」
早足で扉の奥へと歩いていく二人を追って中に入ってみると、その影の正体が露わになった。
そこには四つ足の巨大な機械が立っていた。その脚はどこか動物を思わせるような関節の付き方をしており、胴体部分には大砲のような物がいくつも確認出来る。更に恐らく頭部だと思われる四角い部位は、下部が花弁のように開いており、その開いている部分の中心には同じように大砲のような筒状の機関があった。
「何なんだこれは……」
「分からない。でも作ってたのは多分これ。そのはず」
「ね、ねぇヴィーゼ。あれ……」
「あ……!」
皆が謎の兵器に目を奪われている中、プーちゃんは何かを見つけたらしく私の手を強く握り、その見つけたものの方へと目を向ける。彼女の視線を追うようにして見てみると、部屋の隅に錬金釜によく似た物が置かれていた。いや、よく似たというよりも間違いなく錬金釜だろう。
教えてもらったメモの通り、やはりこの国でも錬金術が使われていた。どの部分に錬金術を使用したのかは分からないが、これだけの物を錬金術も使わずに作るというのはかなり難しいだろう。全てではないにしても、どこかしらかに錬金術を使っているのは間違いない。
「コ、コニーさん! 消しちゃっていいんですよね?」
「いいよ。アルフレッドが何をするつもりか知らないけど、こんなもの消すべき」
「よしヴィーゼ、さっさとやっちゃおうよ!」
すぐにこの兵器を消してしまおうと『依代瓶』を取り出そうとした瞬間、こつん、こつんと誰かの足音が響く。その音がどこから来ているのか最初に気がついたのはコニーさんだった。彼女はその方向に隠し持っていたナイフを投げつけ、先制攻撃を仕掛ける。だがそのナイフが当たることは無かった。正確には当たったものの一切ダメージにはなっていなかった。
金属音が響いた後、ナイフが床へと落ちる音が部屋の中に響き渡り、その人物が姿を現した。
「やはり来たか……」
「久し振り」
「ああ、もう会うつもりも無かったんだがな」
暗闇から姿を現したのは右目に大きな傷痕がある男性だった。右手は金属製の義手になっており、まるで本物の手のように滑らかに動いていた。その動きは明らかに現在の科学技術を超えたものであり、それもまた錬金術で作られたものなのだと直感出来た。先程コニーさんのナイフを弾いたのはこの手だったのだろう。
「コ、コニーさんこの人は!?」
「アルフレッド・カーソン。わたしの、父親」
「え……」
コニーさんの口から発されたその言葉はとても信じられないものだった。目の前に居る二人はとても親子だとは思えない程に似ていないのだ。しかしその言葉を踏まえて考えると、コニーさんがフルネームを教えなかったのも納得がいく。彼女にとっては捨てたかった名前なのかもしれない。
「お前はもう娘ではない。そう言った筈だがな」
「知ってる。わたしもお前を親だと思ってない」
「アルフレッド! 何でアンタがここに!」
ジーナさんの問いにアルフレッドが不敵な笑みを見せる。
「まさか、気がついていないとでも思っていたのか? 不自然な火事、ここしばらく同じ時間帯に消えていた子供達……分からない訳がないだろう」
「別にバレてたかどうかは関係無い。これを壊せればそれでいい」
アルフレッドは静かに足音を響かせながら兵器へと近寄り、その表面に触れる。
「お前は何も分かっていない。これは世界を一つにするための力なのだ」
「何が力よ! 何人も何人も殺して! アンタのせいでこの国は、何もかも滅茶苦茶になってんのよ!」
「ジーナだったか。お前のような子供には分からないだろうから教えてやろう。真の平和を手に入れるには、絶対的な力が必要なのだよ」
「それがお前の求めたもの。この兵器?」
「いかにも。平和をもたらすための象徴。それがこの『イェソド』だ」
「暴力による支配が平和。お前は昔から何も変わってない。わたしの父親だった頃から」
アルフレッドの喉を鳴らすような笑い声が部屋の中に不気味に響き渡る。
「暴力こそが動物の本質だ。争い、血を流し、そして初めて安寧を得るのだ。幸せは向こうから歩いては来ないのだよコニー。だからこれを使って歩いていく。まさにこれは平和の『基礎』なのだ」
その言葉を合図にするかのようにアルフレッドの体が『イェソド』の内部へと溶け込んでいく。まるで飲み込まれていくような動きであり、明らかに通常の金属では再現出来ない現象だった。もしかすると『イェソド』を構築している金属全てに錬金術が使われているのかもしれない。
金属が軋み、咆哮のような音を立てながら『イェソド』が立ち上がる。そこに来て初めて私達は、今まで見ていた『イェソド』の姿勢が身を屈めているものだったのだと気がついた。
「ヴィーゼ、プレリエ、急げ!」
「は、はい!」
すぐにでも止めようと『依代瓶』を取り出そうとするが、そんな私をシーシャさんがプーちゃんと共に両脇に抱き抱えた。
「ダメだ! 一旦撤退するぞ!」
「アンタ達逃げるの!?」
「わたし達も一回出ようジーナ。ここだと分が悪い」
シーシャさんの判断は正しかった。立ち上がった『イェソド』は思いの外背が高く、天井に胴体部分がぶつかる程だったのだ。それによって天井が破壊され、崩れた瓦礫が上から次々と降り注いできた。もしあのまま無理に留まっていたら、瓦礫に押し潰されていたかもしれない。
工場から飛び出してある程度離れた所でシーシャさんは足を止めて工場の方へ振り返った。まるで脱皮でもするかのように、崩壊する工場の中から『イェソド』が姿を現した。当然大きな音が鳴ったということもあって、周囲の建物の窓からは明かりが漏れ始める。
「や、やばいよヴィーゼ!? どうしよう!?」
「何とかしてあの瓶が概念を封じ込めるだけの時間を稼がないと……」
「コニー、ジーナ、ここからの策は?」
「今考えてる」
「あんなのがあるなんて想定してなかったからね……」
無理もないことだった。今まであんな兵器は見たことが無い。動物を模した一種の絡繰りのようなものだろうかとも思ったが、その絡繰りを内側に入り込んで操るなどというのは見たことも聞いたこともない。それどころか動きが滑らかすぎて、絡繰りと同一なものとして扱うのが正しいのかどうかさえも分からない。
完全に工場を倒壊させた『イェソド』が雄叫びのような金属音を響かせ、それに続くようにしてアルフレッドの声が響く。
「まだ未完だが仕方あるまい。まずは手始めにお前達を始末するとしよう。平和への第一歩だ」
『イェソド』がまるで地震のような足音を響かせながらこちらへと歩き始める。街の人々は事態を察したらしく、家から出てくると大慌てで『イェソド』とは反対の方向へと逃げていった。
「コニー、ジーナ、悪いが何も浮かばないなら二人を連れて逃げるぞ!」
「……わたし達も乗せて」
「コニー、アンタ逃げるの!?」
「違う。いいの思いついた。それだけ」
「いいのって……」
「ジーナ、ザック達を連れて逃げて。あいつはわたしを狙ってるから、そっちには行かないと思う」
「ちょっとアンタ何言って――」
「頼んだよ」
そう言うとコニーさんは、ジーナさんが反論を言う前にシップジャーニーの方へと走り出した。シーシャさんは私達二人を抱えたまま彼女を追い、やがて巨大船へと辿り着く。
船内は『イェソド』の出現によって慌ただしくなっており、レレイさんやリオンさんによって船員の人達への指示出しが行われていた。
「あっ、あなた達、無事だったね」
「レレイ、ヴォーゲに船を出すように伝えろ」
「もう出し終わってる。その人は?」
「コニー。ただのそれだけ。あいつを止めるために協力してもらってる。だからお前達にも協力して欲しい。オーケー?」
「ちょっと待って、どういうことなの?」
まだ事情を知らないレレイさんにシーシャさんが説明をする。コニーさんがアルフレッドを止めようとしており、あの巨大な金属製の動物のような物が錬金術で作られたものではないかというのまで話してくれた。
「私から見ても錬金術で間違いないと思います。私もプーちゃんも、あそこで錬金釜を見ましたから」
「う、うん。間違いなくあったよ」
「……分かったわ。リオンにも話はしておくから、あなた達は備えておいて。錬金術相手となると、私達じゃ分からない事だらけだから」
そうしてレレイさんと話し終えて少しすると船が出港した。当然他にシップジャーニーの小型船もそれに追従するようにして動き始め、私達はすぐに陸から遠ざかっていった。しかし甲板へと集まっていた私達の目に映ったのは、海の中へ堂々と歩みを進める『イェソド』の姿だった。
それを見て甲板に集まっていた一人であるヘルメスさんが声を上げる。
「まさかあの技術……!」
「ヘルメスさん何か覚えが?」
「ずっと昔……『新人類』の中に水に浮く金属を作っている者が居たんです、はい」
どうやらヘルメスさんは大昔にあの兵器に使われているのであろう金属を開発した『新人類』を見たことがあるのだという。その男は『新人類』の中でも非常に上昇志向が強く、最終的には自分達の創造主である『先駆者』さえも支配下に置こうとしていたらしい。そしてその人物は口癖のように「平和を作る」と語っていたそうだ。
「そ、それ絶対あいつだよ!」
「ヘルメスだっけ。お前、あいつのこと知ってるの? いつから?」
「え、えっと……いつからと言われるとえっと……」
「コニー、それよりお前の思いついた策っていうのは何なんだ」
「単純。浸水させる」
コニーさん曰く、あれが金属で出来ている兵器なのであれば、表面に傷をつければ浸水させることが可能だという。アルフレッドが内部にどういう風に入っているのかは分からないが、もしそこまで浸水させることが出来れば溺れさせることが可能であり、そうすれば溺死させたり、それが不可能でも脱出させて『イェソド』の動きを封じることが出来るとのことだった。
確かにコニーさんの考えには一理あるが、果たして本当に可能なのだろうか。人間の体を溶け込ませるようにして取り込むことが出来る金属を破損させるのは難しいかもしれない。仮に損傷させても、あれだけ自由に流体になれるのであれば、傷を簡単に塞がれる可能性がある。
「待ってくださいコニーさん。あの金属、そんなに簡単に傷つけられるんでしょうか……?」
「あ、む、難しいと思います、はい。高火力な武器で一気に攻撃すれば可能かもしれませんけど……」
「ならこの船に付いてる大砲で撃てばいい」
「ど、どう思うレレイ姉?」
「……私には何とも言えないわ。でも、やるとしても深追いはさせられない。部下達を任されてる副船長として、必要以上に危険に晒せない」
レレイさんの意見はもっともだった。これまで私達は何度もわがままで色々な所へと連れて行ってもらっている。もちろんヴォーゲさん達の好意によってそうしてもらっているという立場だ。レレイさんの言う通り、あの『イェソド』という兵器と正面から戦うというのは無茶すぎる作戦と言える。それこそこの船に乗っている人達の何人が亡くなるか分からない。
そんな話をしている間にも『イェソド』はその巨体からは想像も出来ない程綺麗に海を泳いできていた。そしてそんな体勢のまま頭部の開口部を開くと、そこから何かを一直線に発射してきた。発射されたそれは船には当たらなかったものの、そのあまりの勢いで海水面を大きく跳ね上げさせた。
「な、なになになに!?」
「ヘルメスさん今のは!?」
「わ、分かりません……! あんなの私も初めて……!」
「まさか今のは……」
ヘルメスすらも分からない攻撃を受けた中、お父さんは今の攻撃が何だったのかを理解している様子だった。
「お父さん何か分かったの!?」
「今のは多分だけど水圧だ。水を固めて勢いよく放出してるんだ。水鉄砲と似た原理さ。自然界にもそうやって虫を獲る魚がいるんだ」
水鉄砲と言われて自分の中でピンと来た。確かに水鉄砲は狭い発射口から勢いよく水が飛び出る。それゆえに狙いが正確につけやすく、飛距離も伸びる。あれを更に巨大化させて、更に勢いよく発射するとこんな攻撃になるのかもしれない。
「ヴァッサさんの言ってることが本当ならまずいぞ。ここは海だ。水の供給なんていくらでも出来る」
「逆に陸より動きが安定しない」
コニーさんの言う通り、陸で動いていた時よりかは動きに無駄があるように見える。シーシャさんが危惧している通り危険な状況だが、逆に言えば動きは陸に居た時よりも鈍っているということだ。何とかして攻撃が出来ない状態に追い込み、その状態で近づくことが出来れば『依代瓶』を使ってあの兵器の概念を封印してしまうことが出来る。
「……リオン、どう思う?」
「自分としては今が攻め時かとは思います。しかしレレイの言っていた通り、我々は他の船員の命を預かる身でもあります。無理はするべきでもないかと」
「アルフレッドはあの兵器を「未完」って言ってた。攻めるなら今しかない。仕掛けるしかない。それだけ」
「れれれ、レレイさん! あまりこういうの得意じゃないんですが、わ、私もここで攻めるべきだと思います……! まだ完成してない状態なら、どこかに兵器としての不備があるかもしれません、はい……!」
ヘルメスさんの意見には私も賛成だった。あの金属がどこまで出来るのか未知数な以上、少しでも可能性に賭けて勝負に出る必要がある。弱点を見つけ出して叩けるのは今だけかもしれない。
「私からも、お願いしますレレイさん」
「……分かったわ。ただし無理はさせられない。危なそうだと思ったら撤退指示を出すわよ」
こうして副船長であるレレイさんからの許可が貰えた私達は巨大兵器『イェソド』との海戦を繰り広げることになった。




