第139話:依代瓶
船へと戻った私達はまずヘルメスさんの所へと出向き、何かいいアイデアがないだろうかと尋ねた。事情を聞いたヘルメスさんは少し思案した後、一つの案を出してくれた。
ヘルメスさんが出した案というのは、瓶の様な物を封印するための容器にして、その中に私達が考えている様に概念を封じ込めてしまうというものだ。これであればそこまで大がかりな道具にはならないため、持ち運びの段階で目立つことも無さそうだった。
「でも待ってよヘル姉、それだとうっかり瓶が割れちゃったりしたら封印が解けちゃうって事でしょ?」
「か、考え方次第です、はい。瓶を『概念そのものの入れ物』として捉えれば、どうでしょうか……?」
「概念そのもの……」
ヘルメスさんの言いたい事が何となく分かってきた。さっきまで私達はいかに対象の概念を封じ込める道具を作るかを考えていた。しかしヘルメスさんが考えた案では、概念だけを抜き取って封じ込める依り代を作るというものだった。
「も、物には、役割があるという考え方をしてみてください。もしその兵器の破壊の役割を瓶に移せば、問題になってる兵器からは、破壊の力は失われる……と、私は考えてるんですが……」
「どう思うヴィーゼ?」
「……多分出来ると思う。それにその方法なら、一切のデメリットを排除出来る」
「そ、そうです。普通の封印なら、破られたらおしまいです。だけど役割、概念を移してしまえば、二度と封印は解けません。それどころか完全に概念ごと破壊する事も可能……だと思います、はい」
どんなに強力な破壊力を持った兵器でも、それが宿っている対象が脆弱であれば簡単に無力化可能になる。そしてそこに宿っているものが概念なのであれば、一度破壊されれば二度と復活する事は出来なくなる。概念そのものを破壊する。封印するよりも、より確実な方法と言えるだろう。
ヘルメスさんにお礼を言うと部屋に戻り、急いでプーちゃんと共にレシピを作り上げた。その間、お父さんは私達が調合に必要だと考えた材料を運び、シーシャさんはもしもに備えて弓矢などの調整を行っていた。
「これなら、いけるかも……」
「うん。いけそうだねヴィーゼ」
結果的に必要になったのは、ガラス製の小瓶だけだった。当初レシピを作っている間、もっと色々な材料が必要になるのではないかと考えていたのだが、実際に書き上げていくとたったのこれだけとなった。概念というのは非常に曖昧な存在であり、それを別の物に移すなど本来は不可能な技術だ。錬金術で実行するにしても、ほんの僅かなミスなどで失敗してしまう可能性もある。そのため素材にはそれだけシンプルな物が必要だった。下手に色々な素材を加えてしまうと不純物となり、概念を封じ込めるための道具としては不安定になってしまうのだ。
「ヴィーゼ、とりあえず集めてきたけどどれが必要なんだい?」
「あ、えっとごめんお父さん……これだけでいいかも」
「その瓶だけ?」
「うん。色々持ってきてもらって悪いんだけど、多分これだけじゃないとダメな気がするの」
プーちゃんと二人で釜へと火を点け、中へと小瓶を入れると指先を少しだけナイフで切り、血を一滴だけ入れる。今までにやってきた中で最も素材が少ない調合だが、逆にこれまでの中で最も精密性が必要になる調合だった。一切の不純物やブレがあってはならないため、小瓶と私の『新人類』としての純血が確実に的確に混ざらなければならない。ほんの僅かな配合のズレがあれば、それだけで失敗品が出来上がってしまう。
「プーちゃん」
「こ、今回はパス! 何かミスしそうで怖いもん……」
感覚で調合を行うプーちゃんにとって、今回の調合は荷が重いらしい。私としてもプーちゃんの才能は誰よりも凄いと思ってはいるが、それでも過去最高レベルでの難度になるであろう今回の調合は自分でやる事にした。
普段から細かく時間や掻き混ぜ棒の速度などを計算しながらやっている私にとって、今回の調合はそこまで普段とは違うところは無かった。しかしそれでも僅かなズレも許されないということもあって、心臓の拍動がいつもよりも若干速くなっているのが自分でも分かった。
「……」
ゆっくり、ゆっくりとミスが無い様に混ぜる。私達の血が持つ不思議な特性と小瓶が持つ『何かを入れる』という道具としての特性、この二つが寸分の狂いも無い様にと計算しながら正確に掻き混ぜ棒を動かしていく。
調合に掛かる時間はそれほどでもなかった。道具そのものの大きさが小さく、一度に作る量も一つだけということもあってすぐに完成した。釜の中身を覗かない様に取り出したその小瓶を見てみると、その中に吸い込まれてしまいそうな奇妙な感覚に襲われた。
「ちょっ、ヴィーゼ大丈夫!?」
「あ、う、うん。ごめんごめん」
「完成したのかい?」
「うん。急ごう。そろそろ日が暮れそう」
自分達の作ったこの道具が持っている潜在的な危険性を直感した私は、小瓶を見ない様に懐に収めると船内の自室に居るシーシャへと声を掛けに向かった。幸いシーシャさんの準備は既に終わっているらしく、出発前に全員で資料室に居たヘルメスさんの所へと出向いた。
「ヘルメスさん。出来たので、行ってきます」
「で、出来たんですね……」
「ヘルメス、お前に一つ頼みたい事があるんだがいいか」
「な、何でしょう……?」
「これからのこの街で、騒ぎが起こる。下手をすればとんでもないものが出てくるかもしれない。もし攻撃がシップジャーニーに及びそうになったら、その時はヴォーゲさん達に逃げる様にお前から伝えてくれ」
「で、でもそれだと皆さんが……」
「こっちは私がどうにかする。ヴィーゼもプレリエも、必ず守る」
シーシャさんが言う通り、メリアンナ王国で作られているという兵器の攻撃がこの船団を襲わないとは限らない。どんな兵器なのか分からない以上、少しでも攻撃と見られる行為が確認された場合はすぐに逃げるのが賢明だろう。
ヘルメスさんは何か反論をしようとはしていたものの、何もいい案が浮かばなかったのか俯いて「はい」とだけ答えた。
「悪いが頼むぞ」
必要な事を告げたシーシャさんはお父さんにも船に残る様に伝えた。シーシャさん曰く、メリアンナ王国の細かい地理が分からない状態で私達三人を守るのは難しいらしい。特に学者であり戦闘能力を持たないお父さんが下手に介入しても、むしろ足手まといになってしまうとの事だった。今この問題を解決するのに必要なのは戦力となるシーシャさんと、錬金術とそこから生み出された道具への知識を持っている私達姉妹だけだという。
「……分かったよ。シーシャさん。娘達を頼んだよ」
「きつい言い方をしてすまない」
「いいんだ。実際、生物学者の僕には今回は何も出来そうにない」
お父さんは少し姿勢を低くすると私達を抱き締めた。
「必ず戻ってくるんだよ」
「うん」
「絶対戻ってくるから安心してってお父さん!」
そう告げると私達はシップジャーニーの巨大船から出てメリアンナ王国へと再び降り立った。コニーさん達の隠れ家へと続く路地の方へと向かっていると、路地の入り口にボロ布をまとったコニーさんが立っていた。
「待ってた」
「遅れてすみません」
「平気。まだ始めてない」
路地裏の奥を見てみるとジーナさんやザック、その他の子供達が数人集まっていた。しかし昼間に地下で会った時とは人数が少なくなっている様に見える。
「あの、人数が……」
「ここに居るのは夜でも動けるメンバーだけ。親がいる子は家に居てもらってる」
「そういう事ですか……」
「あ、あのさ。それで計画はさっき聞いたのそのまんまで行くの?」
「そう。ザック班が資材置き場に火を点ける。火事が起こったとなれば、警察や消防隊に鐘で連絡が行くようになってる」
どうやら何らかの事件が起こった際に速やかに伝えるため、街にはいくつかの箇所に鐘が用意されているらしい。それが鳴れば警察や消防隊は現場へと向かわざるを得ないという方式になっているのだという。
「鐘は街中にあるけど、今回は資材置き場一点に絞らせる。そこに注目が向いてる隙に兵器工場に侵入する」
「待て。簡単に言うがどうやって侵入するんだ。お前達の話を聞く限りだと侵入も用意ではない筈だ」
「それは問題無い。調査済み」
段々と街全体に影が掛かり始める。
「そろそろ行こう」
「ちょ、もう行くの!? まだちょっと明るくない……?」
「工場内には明かりが無い。深夜に行けば探索すらも出来なくなる。それに今日はもう労働が終わる時間」
コニーさんによると、週に一度だけ早く労働が終わる時間があるのだという。何故週に一度だけ早く終わるのかは不明らしいが、その日はいつもよりも街に漂う臭いが強くなるのだという。この変化に気づけているのはコニーさんだけらしいが、鼻が利くという彼女が言っているという事は本当に何かあるのだろう。
「ザック、ジーナ。開始」
コニーさんがそう告げるとジーナさんは手に持っていた折り畳みナイフを懐に納め、こちらへと近寄る。そしてザックは連れている他の子供達と共に素早く路地から飛び出すと、街に差している影の中を進む様にして姿を暗ました。
「い、いきなり……!? あ、えっとさ、道具についてなんだけど……!」
「それはあんたらに任せる。信用する。皆まで聞かない。それだけ」
「アタシもコニーもアンタらを信用してる。いや、信用するしかないって感じかしらね」
「それだけわたし達には後が無い」
そう告げるとコニーさんは先頭に立ち、建物の影に潜むようにしながら歩き始めた。私達は二番目に立っているジーナさんの背中を追う様にして並び、問題の兵器が作られているという工場へと向かった。
その問題の工場へ着くのにそこまで時間はかからなかった。街の隅に立っている大きな横長で煙突の立っている建物がそれだった。しかし想定通り正面のスライド式の門は一目見ただけで分厚く頑丈である事が伝わり、持ち手の部分には鎖付きの分厚い錠が掛けられていた。
「それでどうするんだ?」
「ジーナ、任せていい?」
「最初からその計画だったでしょ」
そう答えると、ジーナさんは近くにあった別の居住用の建物へと駆け寄ると、そのままの勢いを活かして壁を軽く駆け上がり、窓枠などを掴みながら上へ上へとよじ登り始めた。それと同時に遠方から鐘の音が響き始める。
「コニーさん、一体何を……」
「ジーナが内鍵を開ける。煙突からなら簡単に入れるから」
「でも、その鍵はどうすんのさ……?」
「わたしが開ける。それが決まり」
そう言うとコニーさんは懐から二本の曲がった針金の様な物を取り出すと、鍵穴へとそれを差し込みカチャカチャと弄り始めた。住居を見上げてみると既にジーナさんが屋根まで上っており、そこから勢いをつけて工場の屋根へと飛び移っていく姿が見えた。既に暗くなってきている街の中で、下から見上げたその姿はまるで人間ではない別の何かの様に見えた。
「コニーさん、ジーナさんが工場の屋根に飛び移りました」
「知ってる。タイミング的にそんな気はしてた」
そこから少しするとコニーさんのピッキングによって鍵は施錠され、更に屋根から侵入したであろうジーナさんによって内鍵が開けられた。ほぼ同時とも言えるタイミングであり、それだけ綿密に計画を立てていたのだろうという事が伝わる。
工場の重厚な扉が少しだけ開かれ、コニーさんを先頭に素早く中へと入る。
「完璧だジーナ」
「あんたもねコニー」
「えっと……ジーナさん大丈夫ですか?」
「え? ……ああ、気にしなくていいわ」
ジーナさんは全身が煤などで真っ黒になっており、体からは街に漂っているものと同じ臭いがしていた。どうやらコニーさんが言う通り、ここの工場で作られている何かが煙の原因なのは間違いないらしい。
「ヴィ、ヴィーゼ……離れないでね……?」
「うん。ほら」
外以上に暗い工場内ではぐれない様にプーちゃんと手を繋ぐ。
「ここからどうするんだ?」
「作られてる物が何なのか探す。それが最初」
「全員で動きましょう。アタシが一番後ろに立つから、シーシャだっけ? アンタはその二人の後ろに立ちなさい」
「……分かった」
扉の隙間から響く鐘の音を聞きながら、私達五人は工場の奥へ奥へと進んでいった。




