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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第3章:海にも及ぶ異変
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第14話:水の都 ミルヴェイユ

 無人となった国から出てきた私達は周囲を見渡す。相変わらず植物はどこにも生えておらず、広がっているのは砂漠だけだった。

 もしかしたらだけど、あのトウモロコシとこの森の砂漠化は関係してるのかも。あの繁殖力から考えると、どこからか栄養を吸ってなきゃいけないと思う。あれは明らかに異常な植物だったけれど、植物であるという事には変わらない筈。


「さて、ミルヴェイユってとこに行くんだよね?」

「ああ。しかし、森がこんな事になっている現状、ミルヴェイユがどうなっているか……」

「それって、水が涸れちゃってるかもしれないって事ですか?」

「ああ。これが私達の手の及ばない現象だった場合、恐らくミルヴェイユの人間にも止められないだろうしな……」


 私達は台車を引きながらミルヴェイユに向けて歩き続ける。足元が砂場のせいもあってか、少し足をとられてしまい台車を引くのも少し困難だったが、手袋のおかげで何とか歩き続ける事が出来た。

 本物の砂漠っていうのもこんな感じなのかな? 私が本で読んだ時には針が沢山生えてる植物があるとか、生き物も居るって書いてあったけれど、ここには見当たらない。しかも砂漠はとても暑いって書いてあった。でもここはそうじゃない。本が間違ってるのかここがおかしいのかどっちなんだろう?


 長い間歩き続けていたが中々街には辿り着かず、ついには日が落ちようとしていた。黄昏色に染まった砂原の上で私達は立ち止まる。


「ヴィーゼ、プレリエ、今日はここで野宿しよう」

「どーしたのさ? 歩いたら行ける距離じゃない? こっから見えてるあの街みたいなのがミルヴェイユなんでしょ?」

「……私も噂に聞いていた程度だからどんな所なのかは知らない。プレリエの言う様に行けなくも無いかもしれない。だが、もう日が落ち始めている。これ以上下手に動くのは危険だ」

「シーシャさんの言う通りかもしれないよプーちゃん。ここは元森だし、夜に動くのは危険だよ、明かりも無いしさ」


 プーちゃんは少しの間腕を組んで目閉じて何やら考え込んでいたが、やがて納得がいったのか口を開いた。


「なるほどね、そーゆー事ね」

「本当に分かった?」

「うんうん。今まで夜は家に居たし、そういう発想が無かったよ」


 そういえばそうかもしれない。今まで私達は朝やお昼に仕事をして、夜はゆっくりと家で過ごす事がほとんどだった。お父さんが家に居ない事が多かったし、夜に家を開けるのは防犯上良くないもんね。それに、夜は出歩いちゃ駄目って、お母さんとの約束だし。


「じゃあここで野宿としよう。火はどうするか……」

「まだ塗り火薬が残ってますからそれを使いましょう。予備で後二瓶はありますから」

「じゃあすまないが、今日はそれで過ごそう」


 私は塗り火薬を砂だらけの地面の上に塗り、息を吹き掛けて火を点けた。正直砂場でこれを使うのは初めてで経験が無かったため、使えるかどうか不安があったが何とか問題なく使える様だった。

 そうこうしている内にやがて日は沈み、夜が訪れた。周囲は完全な闇に包まれ、その中で私達が居る場所だけが火によって明るさを保てていた。私達は火を囲む様に座る。


「何かさ、こういうのってワクワクするね!」

「え?」

「こうやって外で夜を過ごすなんて初めてじゃん!」

「そうだね。何かちょっと悪い事してるみたいだね」

「へへへっ……今日のあたしはちょっぴりワルなんだね」プーちゃんは悪そうな表情で笑う。


 プーちゃんのワルの基準が何なのかは分からないけれど、悪い事してる気分ではある。いつもだったら絶対にこんな事はしなかったし、しようとも思わなかった。でも嫌な感じじゃないかな。むしろちょっとドキドキする……こういうのって背徳感って言うんだったかな?


「ヴィーゼ、プレリエ、もう今日は寝た方がいい。明日にはすぐにミルヴェイユに入りたいしな」

「えー、もうちょっと起きててもいいでしょ? 折角のキャンプなんだからさぁ、話とか色々しようよ!」

「じ、実は私もちょっとだけそうかなって……」

「……そうだな。まあ少しだけならそれもいいかもな」シーシャさんはリラックスした体勢に座り直した。

「それで、何を話すんだ?」

「そーだねー……じゃさじゃさ! シー姉は将来何になりたい?」

「将来か?」シーシャさんは弓を手に取る。

「今と同じだな。猟をしていたいな」

「えー? 何かこうさぁ……もっとこうおっきい夢とか無いの?」

「プーちゃん失礼でしょ!」

「いや別に気にするな。確かにそこまで大きい夢では無いかもしれないしな」シーシャさんは怒る様子も無く、優しく微笑んだ。

「そうだな……大きい事を言うなら、やはり村を元通りにする事だな。また皆で笑い合える村に戻す事だ」

「やっぱりそーなんだね! 『猟をしていたい』とか言い出した時は、もしかして村の事は諦めちゃったのかと思っちゃったよ」

「ふっ、まさか。あそこは私が生まれ育った場所だ。何があったって戻って行きたい場所だからな」


 私にとってはヘルムート王国がそうだ。多分これから先も変わらないと思う。プーちゃんとお父さんと、出来ればお母さん……また皆であそこで暮らしたい。


「そう言うプレリエはどうなんだ?」

「あたし? あたしは勿論! ヘルムート王国一の錬金術士になる事だよ!」

「ほう、それは立派な夢だな」

「でしょー? ヴィーゼも同じだよね?」

「そうだね。皆から頼られる様な錬金術士になれたらいいな」


 この技術はお母さんから受け継いだものだ。だからこそ、それを色んな人の役に立てたい。皆から頼りにされたい。皆を笑顔にしたい。お母さんとお父さんに胸を張れる様な、自慢の娘になりたい。


「その志は忘れるなよ?」

「どういう事?」

「人というのは夢を追い求めて成長していく。それ自体はいい事なんだ。だが夢を叶えた人間はやがて自分が手に入れた立場や権力に溺れて、結果悪事を働いてしまう事が多い。二人にはそうなって欲しくない」

「ん~? 何かよく分かんないなぁ……。何で偉くなったら悪い事するの?」

「……それなら心配は無いか」


 シーシャさんは頭を悩ませているプーちゃんを見て笑った。その顔は普段凛としているシーシャさんとは違って、まるで娘を見ている母親の様な笑顔だった。


「ヴィーゼも忘れないでくれ」

「は、はい! 勿論です!」


 それから私達は他愛の無い雑談を続け、時間を潰していった。



 どれ位の間話し続けていただろうか。プーちゃんは疲れからかいつの間にか鞄を枕にして寝てしまっており、起きているのは私とシーシャさんだけになった。


「ヴィーゼは寝ないのか?」

「そうですね。そろそろ寝た方がいいですよね」

「ああ、周囲への警戒は私がしておくからもう寝た方がいい」

「はい。それじゃあ少しお願いします」


 私はプーちゃんと同じ様に鞄を置き、それを枕にして横になって目を閉じた。

 まだ家を出て二日位だけど色々あったなぁ……外の世界も今まであんまり見てこなかったし、他の国や村の人とも接する事が少なかった。猟師の人は皆男の人だと思ってたし、シーシャさんみたいな女の人も居るなんて知らなかった。まだまだ世界には知らない事だらけだ。いつかこの世界中に散らばってる知識を全部知る事が出来る日は来るかな……?

 そんな事を考えている内に、やがて私の意識は夜の闇の中に吸い込まれていった。



 意識が覚醒した私は上体を起こして、まだ眠たい目で周りを見る。

 まだ日は昇ってはいなかったものの、少しずつ明るくなってきており朝が訪れようとしている事を感じさせた。

 シーシャさんは地面に座り込んだ状態で弓の手入れをしている様だった。私は目を擦りながらシーシャさんに近寄る。


「起きたか」

「おはようございます……」

「まだ眠いのなら寝ていていいぞ? まだ日が明けるまでは時間がある」

「いえ、起きてます……」私は大きく伸びをして体を起こそうとした。

「なぁヴィーゼ」

「何ですか?」

「ヴィーゼにとっての家族とは何だ?」


 あまりにも予測してなかった質問に思わず体が固まってしまう。それでいて脳の眠気は一気に吹き飛んだ。


「家族、ですか?」

「ああ」

「えっと……掛け替えの無い存在でしょうか?」

「なるほどな」シーシャさんはナイフの手入れを始める。

「あの……どうしたんですかいきなり?」

「プレリエの事だ」

「プーちゃんの?」

「あの子は……その、部外者の私がこんな事を言ってもいいものか分からないが……彼女は、君に依存してると思うんだ」


 確かにプーちゃんは私に依存している。でも、それは家族なら当たり前なんじゃないのかな? 大切だから、家族だから依存してるんだろうし。


「えっと……それが何でしょう?」

「あの依存の仕方はちょっと特殊な気がするんだ。あの子は、母親の姿を君に重ねてるんじゃないのか?」


 プーちゃんは寂しがりやだ、シーシャさんが言ってる事は的を得てると思う。お母さんが行方不明になった時に一番悲しんで大泣きしてたのがプーちゃんだった。今でも家族や人の死に関して異常な程に怯える事がある。多分プーちゃんはあの頃から変わってないんだと思う。自分の側から人が居なくなってしまうのが怖いんだ。だから時折私に甘えるんだ。


「そうかもしれません……でもプーちゃんはあのままでいいと思います。私があの子の心を癒せるならそれで」

「……そう、か。ヴィーゼがいいならそれでいいが……」シーシャさんはそう言うと私から視線を逸らし、ナイフの手入れに戻った。


 多分シーシャさんはプーちゃんが私に依存し過ぎてしまう事を心配してるのかな。プーちゃんが将来一人で仕事をする事になったりした時に、何も出来なくなったりしないかって……。


 私はシーシャさんから離れ、まだ眠っているプーちゃんの隣に座る。

 可愛い寝顔……私と同じ顔なのに何故だかそう思えてしまう。自分の事はこんなに可愛いとは思えないのに。姉だから贔屓目に見ちゃってるだけかな。


 頭に手を伸ばし優しく撫でると、プーちゃんは嬉しそうに気の抜けた顔をする。

 プーちゃんの事を羨ましいと思った事は何度もある。可愛くて、特に整えても無いのに髪が綺麗で、甘え上手で、目で見ただけで完璧に素材の量も量れて……挙げだしたらキリが無い。だけど、でも……憎いなんて思った事は一度も無い。普通の姉妹っていうのがどういうものなのかは分からないけれど、私はプーちゃんの事を愛してる。大事な大事な家族だ。姉の私に甘えてくれる、可愛い可愛い妹だ。

 そんな事を考えながら撫でていると、小さな呻き声と共にプーちゃんは目を覚ました。私と同じ様に眠たげに目を擦り、ウトウトしながら上体を起こした。


「……お母さん……?」

「プーちゃんおはよう。私だよ、ヴィーゼだよ?」

「ん~……?」


 プーちゃんは覚束ない手付きで私の顔をベタベタと触りまくった。そうしている内に徐々に目を開けていき、しっかり目が開くと手を離した。


「ああ……ヴィーゼか……」

「ごめんね、お母さんじゃなくて」

「んーん、別にいいよ謝らなくて。ちょっと寝惚けてただけだし」


 プーちゃんは体全体を起こすと軽い体操の様な動きをする。


「おはようプレリエ」

「シー姉、もう起きてたんだ?」

「起きてたというよりも寝てないだけだ」

「えっ?」


 まさか、私達が寝てる間ずっと起きててくれたの……?


「あー、気にするな。獲物を狩るために何日も寝ないのは猟師の基本だ」

「あ、あぁー……そういう事ですか。それならいいんですけれど……」

「うっへー……猟師って大変なんだね。あたしには無理だなぁ……」


 シーシャさんは弓を肩に携え、ナイフを仕舞うと立ち上がった。


「それよりも早く出た方がいい。早目に宿も見つけて起きたいしな」

「そうですね、行きましょうか」

「おっし! そんじゃ朝から頑張るか!」


 私達は荷物を整理し軽く身支度を整えると、台車を引きながら遠くへ見える国へと歩き出した。


 しばらく歩いた私達は少しずつ増えている緑に囲まれながら、ついにミルヴェイユに辿り着いた。あのトウモロコシにやられてしまった国とは違い、壁などは設けておらず、城門を潜ってすぐに入る事が出来た。

 建物はどれもレンガなどを使って作られている様で、所々に見られる小さな橋もまた同じ様に石で出来ている様だった。橋の下には水路があり、街の至る所に水が流れていた。街中には人々が行きかっており、ヘルムート王国と同じ位に栄えている様に見えた。


「はぁ~、こういう街なんだねぇ」

「初めて来たが、かなり栄えているみたいだな」

「ですね。何というかこう……街全体が生き生きしてる感じがしますね」


 歩いて周ってみると様々な屋台が並んでおり、そこには果物や野菜、肉や魚などが並べられていた。街は海に面しているという事もあってか港があり、そこには大小様々な船が並んでいた。


「交易が盛んなんだな」

「だから色んなものが売ってるんだねー」

「うん。見た事無い物も沢山……」


 一通り見て周った私達は邪魔にならない様に開けた場所に移動してきていた。そこは広場になっており、真ん中には噴水が置かれていた。人が居なくなってしまったあの国とは違ってちゃんと機能しているらしく、綺麗な水が吹き上がり、それが太陽に照らされてキラキラと輝いていた。


「まずは宿探しだな」

「どこにあるんでしょうか? 道が入り組んでて見つけ難いですね」

「適当にその辺の人に聞いてみればいいんじゃない?」

「そうだな……土地勘の無い場所だし、それが賢明か」


 もしここで迷子になったら大変な事になりそう……。


「じゃあそうしましょうか」

「ああ。手分けして捜そう。5分後にここで再集合だ」

「はい」

「オッケ!」

「よし、あまり遠くには行くなよ?」


 私達は宿を探すために街の人々に聞いて周る事にした。

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