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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第16章:舞い散る死
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第135話:寄生流体と粘菌達

 部屋を出た私達はヘルメスさんに与えられたという部屋へと向かい、ドアを開けて室内に居たヘルメスさんへと声をかけた。


「ヘル姉ー。こっちは取りあえず終わったよー」

「そっちは大丈夫そうですか?」

「あ、は、はい。問題なく出来ました」


 こちらへと振り返ったヘルメスさんの両手の上には半透明の弾性のある液体の様なものが蠢いていた。それはただヘルメスさんの体の揺れに従って揺れている様でもあり、何らかの意思を持って自分で動いている様にも感じられた。


「それが……」

「降灰装置を止める道具です、はい」

「ん~よく分かんないんだけど、それってどうやって使うの?」

「これは、ですね」


 ヘルメスさんによると、それは『寄生流体』という道具であり、物質の動きに反応してその表面に取りつく様にして自動的に移動する特殊な液体なのだという。それ自体に意思などは無いが、一定以下の速度の動きに反応するため、これを持っている時はあまりゆっくり動きすぎない方がいいらしい。もし反応条件を満たしてしまうと、体の表面に取りついてきて取り除くのが困難になってしまうそうだ。そうやって金属製品まで移動すると、急速な酸化現象を発生させて腐食させてしまうという。


「あの、それって持ってて大丈夫なんでしょうか……?」

「だ、大丈夫です。今お話したように、一定以下の速度にしか反応しない様にしてますので、はい」

「じゃあさじゃあさ、それをあたし達が作った金属の味を覚えた粘菌に付ければ……」

「理論上はあの降灰装置まで運んでくれる筈です、はい」

「よし! そんじゃ後は粘菌が味を覚えてくれるのを待つだけだね!」


 こうして私達の準備は整った。お父さんが言っていた通り、粘菌達が金属の味を『美味しい』と認識する様になったのは二日後の事だった。生物が持つ食欲に関する認識を歪める力を付与されたあのナイフにまとわりつく様に粘菌が付着しており、その効果は絶大なものだった。あくまで認識を歪めるだけであるため、粘菌達が金属を捕食出来るようになった訳ではない。しかしヘルメスさんの『寄生流体』を組み合わせれば、あの装置を上手く機能停止させられるだろう。

 調合から二日後、私達はすぐにオステン島へと向かった。次に火山が噴火するのがいつなのか不明な以上、あまりのんびりしている暇は無かったのだ。


「ヘルメスさん持ちましょうか?」

「い、いえっ……もしもがあってはいけないので自分でやります……!」


 粘菌が付着した倒木の断片を持ったプーちゃんはすいすいと岩場を上っていき、その一方でヘルメスさんは体の動きがゆっくりにならない様にフラフラしながら上っていた。私も何か手伝おうかと声をかけてはみたものの、私よりも運動神経がいいプーちゃん曰く「ヴィーゼに持たせると落っことしそう」との事らしい。ヘルメスさんの方も製作者としての責任感からか『寄生流体』を私に持たせようとはしなかった。


「ヴィーゼ、ヘルメスさんは僕の方で見ておくから、プレリエの方を頼んでもいいかい?」

「う、うん。ありがとうお父さん」

「頼むよ。それとこけない様に気をつけて」


 情けない話だがプーちゃんと違ってごつごつとした岩場に私は苦戦した。もしもに備えて鞄も持ち出していたのだが、それを背負って更に倒木まで持っているのにバランスを崩す事なく上って行くプーちゃんと比べると、私は何とも不格好な動きだった。

 やがて全員が火口付近まで到着すると、いよいよ『降灰装置』を停止させるための作戦を開始した。まずプーちゃんがその場に身を屈め、倒木に掛けていた布を取り除く。その倒木が向いている先には『降灰装置』の姿があり、僅かにだが粘菌が動き出した。それを見たヘルメスさんは手に持っていた『寄生流体』を粘菌へとそっと移し、素早く手を放した。


「こ、これで上手くいく筈です、はい」

「ちゃんと行ってくれるかなお父さん?」

「多分問題無いと思うよ。僕の方で何回か確認したけど、粘菌はちゃんと金属に反応するようになってたからね」


 粘菌は倒木の断片から非常に緩慢な動きで火口の方へゆっくりと動き始めた。その微細な体を繋ぎ合わせて紐の様に細く伸びながらじわじわと火山の内壁に沿いながら降下していく。それに合わせて『寄生流体』も粘菌の表面を移動していた。

 ヘルメスさんの手の上にある姿しか見ていなかったが、こうして動いているところを見ると本当に一つの生き物と言われても違和感が無い。『寄生流体』という名前が示している様に、粘菌に寄生している生物に見えた。


「……悪くありません。そ、想定通りにいってます」

「後は上手く『降灰装置』を包んでくれるかですね……」

「は、はい。それさえ済めば何とか――」


 突然ヘルメスさんは口を閉じ、その言葉を止めた。


「ヘルメスさん?」

「……下がってください。一旦……」

「ど、どーしたのヘル姉?」

「灰が……」

「えっ……」


 ヘルメスさんは私達がそれ以上前に行かない様に手で制しながら下がり、最終的には島の中腹辺りまで降りる事になった。

 ヘルメスさん曰く右手の人差し指に何かが接触した感触があり見てみると、彼女が知っている灰にそっくりな物質が付着していたらしい。ヘルメスさんが言っていた様に未完成の錬金道具だった事もあってか灰の効果はやや薄まっており、右手人差し指が動かなくなる程度で済んだようだ。


「こ、この下に……!」


 ヘルメスさんは自身が身に着けていた鞄の中から折り畳まれた大きな布を取り出し、その下に私達全員を隠した。灰はあくまで生命体にしか効果が無いため、こうして直接体に触れない様にしていればその毒性の影響を受ける事は無いらしい。


「へ、ヘル姉大丈夫……?」

「私はだ、大丈夫です。ど、どうも不規則に起動してたみたいですね。ここの島がこうなったのもやっぱり……」

「その可能性はあるよ。いくら火山島と言っても、ここまで生物の姿が無いのは専門家として見てもおかしいからね」

「ど、どうすればいいんですか?」

「と、とりあえずはここで動かない方がいいです、はい」

「で、でもさ。粘菌だって生き物なんでしょ? もし灰が当たったら……」

「いえ。わ、私の記憶通りなら、むしろこれはチャンスかもしれません。灰は放出される時はゆっくり動いて、そのまま速度を上昇させながら上に舞い上がる様に設計されてるんです。だ、だからもし粘菌から『寄生流体』が外れても、ゆっくり放出された灰の動きだけを追って装置まで近づける筈、です……!」


 それからどれくらいそうしていただろうか。隙間から外を覗いたヘルメスさんに言われて立ち上がってみると、周囲には灰一つ残っていないオステン島の景色が広がっていた。まるで灰など初めから降っていなかったかの様な状態だったのだ。

 ヘルメスさんによると、灰は無機物へと降下してしばらくするとそのまま雪の様に消滅する性質があるらしい。これはその危険性故に当時の『新人類』が付与した特徴であり、消滅してしまった灰が付着した場所にも毒性は無いそうだ。


「お、終わったの……?」

「み、見に行ってみましょう。『寄生流体』が到着したのかもしれません」


 ヘルメスさんと共に再び火口まで戻って下を覗き込んでみると、火口の奥に鎮座していた『降灰装置』を包み込む様にして『寄生流体』が蠢いていた。金属特有の色をしていた『降灰装置』の色は腐食によって茶褐色に変色しており、距離が遠いため確信は持てないが一部が欠損している様に見えた。


「ど、どうヘル姉?」

「なんとか……な、なんとか成功です、はい……!」

「もう灰は降らないって事ですよね?」

「はい。あの『寄生流体』は、一度腐食を開始させたら、た、対象が完全に無くなるまで機能し続けるんです」


 粘菌は倒木の断片にまだ付着はしていたが、先端の一部は完全に『寄生流体』の内部に取り込まれており戻れなくなっている様だった。お父さんによると粘菌が断片まで戻ろうとする可能性があるため、すぐにその場から引き離した方がいいらしい。もし粘菌が戻り始めれば、『寄生流体』が反応してしまう事も考えられる。そうなればまた『降灰装置』が剥き出しになっちゃ状態になり、破壊されていなかった場合再び降灰現象が発生するかもしれないそうだ。

 私は急いで断片を持ち上げる。するとそこから長く伸びていた途中でポロリと崩れ、手元に残ったのは以前よりも少ない数の粘菌だった。


「あっ……」

「ごめん粘菌……世界のためだけど、酷い事しちゃった……」

「……プレリエ。悲しいかもしれないけど、彼らは群であって個でもあるんだ。自分達の子孫を残すために時に犠牲になる事だってある。確かに今回のは僕達の都合で利用した形だけど、その木に乗ってる粘菌が完全に死んだ訳じゃないんだよ」

「……うん、ごめん。そうだよね。この子達は残ったんだもんね」

「あ、あの……念のためそろそろ戻りませんか? 装置は破壊出来ましたが火山の噴火自体はいつ起こるか分からないので……」

「それもそうか。じゃあ船まで戻ろう。ヴィーゼ、プレリエ、足元に気をつけてゆっくり降りるんだよ」

「う、うん」


 こうして何とか『降灰装置』を止める事に成功した私達は、小舟に乗ってオステン島から脱出していった。

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