第134話:『美味しい』は作れる
『降灰装置』を封じるための手段を考えついた私達は各々準備を始めた。まず手始めにヴォーゲさんに近場にある島へ連れて行って欲しいと伝え、オステン島から少し離れた所にあるまた別の無人島へと向かってもらった。お父さんによると粘菌は倒木や腐葉土などがある場所に棲息している事が多いらしく、名も無きその島にはそういった環境が整っていた。
島へと上陸しあちこち歩き回っていると、やがて一部が黄色く変色している倒木を発見した。近寄って間近で見てみるとまるでカビを思わせる黄色い根の様な物が張り巡らされており、それがお父さんの言っている粘菌だった。
「お父さん、これどうやって持って帰ればいいの?」
「なるべく崩さない様に周りの部分も持って帰った方がいい。その方が育てやすいからね」
倒木はその状態になってから既にかなりの時間が経っているらしく、幹の内部はほとんど空洞になっていた。お父さんによると木材腐朽菌という一種のカビの仕業らしく、それによって内部から腐らされてしまった結果こうなったのだという。
ナイフを使いある程度余裕を持って必要な部分を切り抜いた私とプーちゃんは、粘菌が付着した断片を持ち、お父さんと共にシップジャーニーの巨大船へと戻っていった。普段虫などを非常に怖がるプーちゃんだが、どうやら彼女的には粘菌やカビなどは大丈夫なラインらしい。一体どういった判断基準なのかは分からないが、落ち着いた様子で作業をしていたため一安心だった。
自分達の部屋へと断片を持ち帰った私達は次にどうするか意見を出し合った。
「よし。まずは、だよ……どうやったら金属に反応する様になるかを考えないと」
「そういやさ、お父さんが言ってたあの粘菌迷路の話って、餌を置いといたらそうなったんだよね?」
「そうだね。実際に僕がこの目で見た訳じゃないが、論文には確かにそう書いてあったよ」
「じゃあ、粘菌に金属は美味しいよーって教えてあげればいいって事か」
「簡単に言うけれど、多分この粘菌って金属は食べないだろうし、教えるにしてもどうすればいいんだろう……」
「金属の味を覚えさせればいいんだね?」
そう言うとお父さんは幼少期に粘菌を飼っていた時の事を話し始めた。どうやら当時からお父さんは生き物に興味があったらしく、一時期興味本意で粘菌を家に持ち帰ってこっそり育てていた事があったそうだ。お父さんに生き物の飼い方を教えたのは近所に住んでいたというおじさんであり、今はもう亡くなっている人らしい。
「あのおじさんから教わった話だと、確かオートミールを使ったんだ」
「オートミールって……えっと、麦か何かを加工して作るやつだっけ」
「そう。粘菌を人の手で育てる場合はオートミールを餌にする様にって言われたんだ。最初の内はすぐには食いつかないから、徐々に慣らしていく必要があるって話だったかな」
「実際どうだったの?」
「結局僕には試せなかった。母さん……いや、二人にはお祖母ちゃんって言った方がいいかな。彼女に見つかってね。気持ち悪がって捨てられちゃったんだよ」
「そっかぁ……もうお祖母ちゃんめ! 会った事無いけど困るよそういう事されると!」
お祖母ちゃんの話を聞いたのは始めただったかもしれない。いや、そもそもお父さんの両親についての話自体初めて聞いた。今まで特に気にも留めた事が無かったが、今の話を聞くと何となく話さなかった理由が分かる。お父さんにとってお祖母ちゃんはあまり好きな人ではなかったのだろう。家族とはいえ波長が合わないという事もあるのかもしれない。
「お父さん、もしそのおじさんが言ってた事が本当だったら、粘菌に食べる物をある程度定めさせる事が出来るって意味になるね」
「うん。金属を食べる細菌なんて本当に極一部だけど、二人の腕なら錬金術で何とか出来るかもしれない」
「プーちゃん、どう?」
「いけるかも。美味しそーな金属作っちゃえばいいんでしょ?」
そう言うとプーちゃんはレシピ集を開き、あるページで指を止めた。そこには釣り餌が描かれており、それはお母さんがまだ家に居た頃に時折作っていた物だった。どうやら錬金術によって生み出した餌は魚の食いつきがかなりいいらしい。素材には虫や小麦粉が使われており、これもある意味食品の加工と言える物だった。
「これこれ! あたしも一回この餌使った事があるんだけど、すっごい美味しそうなんだよね」
「そういえばそうだったね。私は釣りした事無いから効能までは分からないけれど、確かに美味しそうだった」
今改めて思えばこの餌は普通ではない。ただ作っただけではこんな物は作れる筈が無く、もちろん錬金術を使った調合でもここまでの物が作れるとは思えない。そう考えると、この道具は錬金術士の血が混ざっていたのではないだろうか。お母さんがそういった事をしていた様子は無かったが、あの人の実力ならそういった事は必要無く作れた可能性がある。
「プーちゃん、これ使えるかも。まずこの餌を使って、その『美味しそうって思わせる力』を金属に移す事が出来れば粘菌が金属に反応する様になるかも」
「やっぱヴィーゼもそう思う? という訳でヴィーゼよろしく~」
「プーちゃんはやらないの?」
「んんっ!!」
プーちゃんはわざとらしく大きな咳払いをするとレシピ集に書かれている素材の部分を力強く指で叩いた。やはり彼女にとって虫は意地でも触りたくない対象なのだろう。
仕方なく一人で釣り餌を作る事にした私はお父さんに尋ねる。
「お父さん、あの虫の死骸ってまだ持ってるかな?」
「持ってるよ。サンプルとして取っておきたいから、少なくとも一匹は残してくれると僕としては嬉しいかな」
「一匹あれば大丈夫だと思う。後は小麦粉が必要なだけだから食堂まで行ってみるよ」
「その間、何かしておいた方がいい事はあるかな?」
「ううん。後は小麦粉さえ手に入れれば調合するだけだから大丈夫」
私は釣り餌を作るための最後の素材である小麦粉を手に入れようと食堂へと向かった。これまで毎日の様に利用し続けている場所だが、流石に食事時ではないという事もあってか利用している人の気配は無かった。しかしここで調理を行っているあの男性だけはカウンターの奥で何やら作業をしていた。
「あ、あのぉ……」
「……何」
「え、えっと……小麦粉を少しお貸し頂けると嬉しいんですが……」
「何で?」
「調合に必要なんです……お願いします」
男性は分かりやすく溜息を吐くとその場から離れ、少しすると袋詰めになっている小麦粉を持って戻ってきた。彼はその袋をぶっきらぼうにカウンターの上に放ると、こちらを無視する様に再び作業へと戻った。
「こんなにいいんですか?」
「……要らないなら返せ」
「いえいえ! ありがとうございます!」
「……」
相変わらず不愛想な人ではあったが、頼めば貸してくれるというのは少し驚きだった。てっきり部外者である私達の事は一切信用していないものと考えていたが、考えを改めるべきかもしれない。信用していないから不愛想なのではなく、元々あまり愛想を良くするのが得意ではないというだけなのだろう。
こうして小麦粉を借りる事が出来た私は部屋へと戻り、釜の下に火を点けると早速作業を開始した。まず錬金術で作られたと思しき未知の虫の死骸を一匹投下し、続けて借りてきた小麦粉を適量入れる。そして道具の力をより強力なものにするためにナイフで指先を軽く切り、釜へと数滴落とした。この時ばかりはプーちゃんも心配したのか、同じ様に血を数滴落とした。
材料を全て入れた後は掻き混ぜ棒を使いゆっくりと攪拌し、それぞれが持っている成分を釜の内部で融合させた。その後しばらくの間蓋を閉め、数分程待つとついにお母さんが作っていた釣り餌が完成した。
「こ、これはなかなか……」
「プーちゃんよだれ出てるよ……」
「いやヴィーゼも出てるじゃん……」
お互いの反応を見て問題無く想定通りの物が完成した事を確認すると、今度はプーちゃんが一人で調合をし始めた。どうやら私が小麦粉を取りに行っている間にリオンさんの所へと向かい、もう使わなくなったというナイフを一本貰って来ていたらしい。
プーちゃんは刃こぼれした古いナイフと釣り餌を釜に入れ、何とも計算を感じさせない精密な動きで二つの素材を混ぜ始めた。この調合自体はあくまで釣り餌に与えた特性を金属へと移すだけのものであるため、そこまで難しいという訳ではないのだが、やはりこうして見ているとあの子は間違いなく天才肌なのだと実感した。私であれば慎重に計算しながらやるところを、彼女は自分の勘だけでやってしまうのだから。
「よしよーし。そろそろかなー」
「プーちゃん出す時には気をつけてね。間違って食べちゃダメだよ?」
「あたしの事バカにしすぎじゃない!? 流石にそんな事する訳が無いじゃんか」
そう言いながら蓋を開け、釜の中からナイフが一本取り出される。見た目は釜に入れる前から一切変わっていなかったが、見ているだけでよだれが出始め、急に空腹を感じてしまった。明らかに食べ物ではないと分かっているにも関わらず、私もプーちゃんも、そしてお父さんまでもがそのナイフを『美味しそうな物』として認識してしまっていた。
「オッケ……うっ……かっ、完成ッ……!」
「よ、よしプーちゃん……早く、早く上げちゃおう!」
「だね……もう持ってるだけで、口入れちゃいそうッ……!」
「お、お父さんさっきの粘菌!」
「分かったよっ……ほらこっちの隅、置いたからっ……!」
プーちゃんはナイフを持っている腕を反対側の手で必死に押さえつけて全身を震わせながら倒木の断片へと近付くと、粘菌達が付着している場所にそのナイフを置いた。するとお父さんは手早く布を被せ、断片やナイフが見えなくなる様にして遮った。
「あれ……?」
「見えない状態なら反応は起こらないみたいだね……」
ナイフが見えなくなった途端に先程まで感じていた空腹感は消失し、当然だがナイフを食べたいなどというおかしい考えはなくなっていた。どうやらあの釣り餌に付与されていた特性は、生物の視界を通して認識を歪める効果があるらしい。もし悪用されれば事故や自殺に見せかけて人を殺す事まで出来てしまう危険なものである。
「後はどうなるかだね」
「少なくとも一日か二日は様子を見るべきだと思うよ。粘菌の世話は僕に任せてくれていいからね」
「ありがとお父さん。さてと、こっちは終わったし、そろそろヘル姉のとこ行ってみる? 粘菌取りに行ったりなんだりして、あれから数日は経ってる訳だしさ」
「そうだね。そろそろ完成する頃会いかもしれないから行ってみようか」
何とか粘菌に金属の味を覚えさせる行程が出来上がった私とプーちゃんは、ヘルメスさんの進捗を確かめるために部屋を後にした。




