第130話:群智虫
二人で部屋で待っているとお父さんとシーシャさんが木材を持って戻って来た。プーちゃん曰く木材さえあれば回転機構は再現可能らしく、すぐに調合へと移ってくれた。本来であれば私も手伝いたいところだったが、ヘルメスさんが教えてくれたあの回転機構は理論上は可能だとされているがまだ実現には至っていない複雑な物なのだ。理論的に調合を行う私がやれば、何らかのタイミングで僅かなミスを招く可能性がある。しかし天才肌のプーちゃんであれば、頭の中にある完成イメージ通りに調合が出来るだろう。幸い素材は木材だけのため、私が細かく分量を量る必要も無い。
「よし。じゃあ始めるよ? 絶対触ったりしないでよ? フリじゃないからね?」
「わ、分かってるよ。そんな事したこと無いと思うんだけどなぁ……」
「僕達は離れておくよ。専門外だし何かの拍子に迷惑掛けそうだ」
「必要になったら声を掛けてくれ」
プーちゃんは二人が持って来た木材を釜へと入れていき、掻き混ぜ棒を使ってゆっくりと攪拌し始める。その動きは私が頭の中に浮かべていたものと全く同じであり、それによって自分の理論が間違ってはいなかった事を確信する。そしてそれと同時に、この精密な動きは自分には難しいだろうとも感じた。頭の中に答えが浮かんでいたとしても、体がそれに付いていかない事があるのだ。
最初はゆっくり掻き混ぜていたプーちゃんだが次第にその動きは早くなり、ある程度素早く混ぜたところで以前作っておいた中和剤を滴下して蓋を閉めた。本来中和剤はそこまで使う方ではないのだが、今回は非常に複雑で僅かなミスすら許されない調合という事もあってか、珍しく姿を現す事になった。
「よ、よし」
「……大丈夫そう?」
「うん。これなら何とか大丈夫っしょ」
大丈夫だとは言っていたものの、やはりプーちゃんとしては緊張しているらしく表情からはまるで余裕が感じられなかった。しかし完成まではまだ時間が掛かるためベッドまで戻って来ると、腰を降ろして体をプルプル震わせていた。少し責任を負わせすぎたのかもしれない。
「大丈夫じゃないんじゃない……?」
「ややっ、あたしにはこのくらいよゆーだし」
「まずは、だよ……ほら、深呼吸して」
背中を擦りながら深呼吸をさせて落ち着かせる。普段はここまで緊張する事が無い筈だが、苦手な虫も関わってる事が何か関係しているのかもしれない。しかし虫嫌いの彼女からすれば話題に出されるのも嫌であろう事は今までの人生で知っているので何も言わないでおいた。
そうして背中を擦っていると蓋の隙間から漏れていた煙が消え、回転機構が完成した事を釜が告げる。
「プーちゃん、出来たみたい」
「よし、開けよっか」
二人で釜へと近付き、私が蓋を開けてプーちゃんが中へと手を突っ込んで目的の物を取り出す。それはヘルメスさんから教えられていた通りの形をした木製の回転機構であり、更に下部には物を外部から締め付ける事で固定が出来そうな機構が付いていた。これであれば『人工太陽』をしっかりと掴んだ状態で空中に浮遊する事が出来るだろう。
「二人共どうなんだい? 完成したのかな?」
「うん。これで完璧だと思う。後は実際に使ってみないとだけれど」
「じゃあさヴィーゼ、早速ちょっと付けてみようよ」
そう言うとプーちゃんは『人工太陽』を回転機構の下部へと装着し、上部の回転部分を数回手で捻るとベッドの上で解き放った。すると回転機構は『人工太陽』をしっかりと掴んだまま空中を浮遊し、しばらくその場でフラフラと浮いた後にポトリとベッドの上へと落下した。
「いい感じじゃないヴィーゼ?」
「うん。ちゃんと飛べてたし途中で『人工太陽』を落としたりしなかったね」
「まるで生物の様だったな。いや、生き物でもああいった動きをするものは珍しいか」
「プレリエ、今見てて思ったんだけど、その回転機構は浮く事しか出来ないのかな?」
「うーん……一応手から放す時に動く方向をちょっと決めたりは出来るけど、ビュンビュン動かしたりは難しいかな」
「それだと狙ってあの虫を倒すのが難しくないかい?」
「ううん、そこは大丈夫だよお父さん。そのために色んな方向を一度に照らせる様にしたんだから。どこに逃げてもある程度は光が届くと思う」
「ねぇねぇ早く行こうよ! あんなのちゃっちゃとやっつけちゃお!」
プーちゃんのその言葉に従う様に私達は部屋を出る。今の私達に止まっている時間は無い。お母さんを探さなければならないのもそうだが、水の精霊との約束も早く果たさなければならない。シーシャさんの村を守るためにはあの約束を必ず守らなければならないのだ。あの村の水涸れ現象を止められるのは水の精霊だけだろう。
甲板へと出てきた私達はヴォーゲさんにこれからの行動を話し、早速行動に移す。プーちゃんが回転機構を起動し、二人で『人工太陽』に触れて活性化状態にしてから前方に放る様にして放った。空中へと解放されたそれは湿地帯の方へと真っ直ぐに飛んでいき、丁度湿地帯の真ん中辺りで停止し光を放った。離れていてもはっきりと見える程の光であり、想定通りかなりの高温になっている筈である。
「結構眩しいね」
「うん。一応太陽を参考にしたんだからあれくらいは出ないと困るよ」
「それもそっか。効果出てるかな……あっ」
プーちゃんと共に湿地帯の地面の方を見てみると、水溜まりのいくつかがその場所から動き始めており、どれもが『人工太陽』の光から逃れる様な軌道を取っていた。恐らくその水溜まりの中にはあの虫が存在しており、水が干からびない様にと放射状に逃げ出している。このまま照射していれば水溜まりを住処にしている謎の虫が全滅するのも時間の問題だった。しかし彼らもそれを理解しているのか、すぐに行動に移した。
「まさか……」
空中に突然小さな黒い塊が出現した。それは段々と大きくなったいき、そこそこの大きさになったところで突如こちらに向かって飛翔してきた。
「二人共下がれ!」
それの正体はすぐに分かった。あの小さな虫達が何百何千と寄せ集まり、一つの塊になっていたのだ。私達はその群れに何も対処が出来ず甲板への侵入を許してしまった。それらはやがてその形を変形させて人型へと変化していくと、羽根を振動させているのか何やら音を出し始める。
「お、お父さんあれは……」
「見当もつかないよ。確かに群れで行動する虫はいくつも確認されてる。だけどこんな、人の形を真似する様なのは一切報告例が無い」
「自然界の生物には環境や他の生物に擬態するものが居る。実際に虫の中にも擬態するものは多く見られるが……」
「じゃ、じゃあシー姉何とかならない!?」
「すまないが少し待ってくれ。まだ思いつかない」
船上には防衛部隊の人々も集結し、いつ何が起きても即座に攻撃出来る状態が整った。そんな中、ずっと鳴っていた羽音が少しずつ音を変えていき、やがてまるで人間の声の様なものへと変化していった。
「ナゼ、コウイッタ、マネヲスル」
「喋った……」
「ワレラ、ハ、オマエタチノ、ナカマ、デアロウ」
「仲間……?」
話を聞いてみると、虫達曰く彼らを作ったのはやはり『新人類』である錬金術士らしい。特定の地域を殲滅する事を目的に作られた存在であり、自分達をそれを全うしていただけなのだから殺される道理は無いというのだ。
虫達は喋っている間にも『人工太陽』の影響を受けているらしく、人型の一部が時折ポロポロと崩れていた。やはり水を住処とする彼らにとって、高温や乾燥は命に係わる事らしい。
「わ、私達は、錬金術で作られたものを壊そうと思っています」
「ナニユエニ」
「私達『新人類』は今まで他の人達を傷つけるためにその力を使ってました。そのせいで数えられないくらい被害が出てるんです」
「ソレガ、オマエタチノ、ノゾミデアロウ」
「そうだったんだと思います。でも、少なくとも今の私は違う。大切な人達を守るためにこの力を使いたいんです」
「そ、そーだそーだ!」
「……オマエタチハ、ワレワレニ、チカラヲアタエタ。『コ』デハナク『ムレ』トシテ。ワレオモウ、ユエニ、ワレナリ。ツドエバ、チセイヲ、エラレルト」
その言葉の直後、人型の大きさが急激に変化し更に大型のものへと姿を変えた。どうやら話している間に船外に居た他の虫達が集まって来ていたらしく、それによって体を補強した様だ。羽音は更に大きく明瞭になっていく。どうやら彼らは単体であれば知性のほとんど無い虫だが、集まって群れになるとそれだけ高い知性を獲得するらしい。
「我らに知性を与えたのはお前達だろう。身勝手ではあるまいか」
「そうなのかもしれません。でもあなたは危険すぎます……」
「てゆーかあたし達があんたみたいなの作る訳ないじゃん! む、虫とかほんとに無理なんだって!」
「愚かな。ならばやってみよ。我らとてただでは死なん」
虫達は人型を爆発させる様にしてバラけ、周囲に飛び散り攻撃を開始した。水が少ない場所とはいえ暑い場所であるため、全員大なり小なり汗はかいている。そこに付着出来れば彼らにとってはラッキーという事なのだろう。個では群れを大切にする彼らにとって、多少の犠牲は屁でも無いという事なのかもしれない。
しかし意外にも勝負の決着はあっさりとしたものだった。防衛部隊の人達は彼らが普段使っている素焼き爆弾を色々な方向へと投擲し、甲板の様々な場所を炎上させた。すると虫達はまるで火を恐れるかの様に群れで移動し、ついには甲板の端へと追いやられてしまった。
「総員! 鎮火準備を!」
隊長であるリオンさんの指示を受け、防衛部隊の人達が桶に入った水を構える。
「忌々しい人間共……何の入れ知恵だ」
「これは入れ知恵ではありません。多くの生物は火を恐れる。生きていればいずれ気付く事です」
リオンさんの言う通り、火を恐れる生物は多い。むしろ火を生活のために使う人間が特殊なのだ。あの虫達の反応の方が生物としては正しいと言える。
「……我らは」
「その場で静止してください」
「我らを作った分際で!」
突然一つの虫の塊が火をものともせずに私の方目掛けて飛んできた。あまりにも予想外の動きに反応が遅れてしまい、何も抵抗が出来なかった。だが、空を切る音と共にその塊は勢いを失い崩壊していった。前方に広がる海へと小さな光が落下していくのが見える。
「シ、シーシャさん……」
「どうやら火が怖いというのは本当らしいな。納得だ」
シーシャさんが甲板に上に落ちた種火の様な小さな火を足で踏み消す。どうやら火矢を放ったらしく、それがあの塊を射抜いた様だ。先程海へと落下していった光はその火矢なのだろう。
虫達は全体の総数が減った事が原因なのか、最早喋らなくなっていた。そして私達が作った『人工太陽』と防衛部隊の素焼き爆弾によってじわじわとその数を減らしていき、ついには船上で一切の反応が見られなくなった。
「や、やっつけたの?」
「総員! 鎮火!」
「あ、あの待ってください! 真水だと生き返る可能性があります! 出来れば海水で!」
「そうなのですか? ……すぐに海水を汲んで鎮火作業に!」
その後、防衛部隊の人達によって甲板の火はすぐに消し止められた。どうやらこの程度の炎上では影響が無い様に頑丈に作ってあるらしい。そしてあの虫達による被害も一切出なかった。『人工太陽』による熱や素焼き爆弾による炎上、そして海水による鎮火。これら全てに耐性が無かったのが災いし、ついに絶滅したのだ。
「二人共怪我は無かったかい?」
「うん、大丈夫だよお父さん」
「し、心臓飛び出るかと思ったよあたしは……」
私達はやるべき事をした。それは分かっているつもりである。だが、あの虫達の立場で考えてみるとかなり身勝手な事をしてしまったという想いもあった。彼らはただ使命を与えられて生み出されただけなのだ。人類を滅ぼす、あの地域を壊滅させるという使命を。だが『新人類』である私達は自分達の都合でその命を奪った。勝手に生んで勝手に殺した。そうするしかなかったとはいえ、少し同情してしまう。
「ねぇヴィーゼー」
「えっ、あ、何?」
「あれ回収しに行かない?」
「あれ?」
「太陽だよ太陽ー。一応多めに回して長い間飛ぶようにはしてたけどさ、そろそろ落っこちると思うんだよね」
「あ、そうだね。回収しに行こうか」
「念のため私も付いて行こう。もしもがあるからな」
「僕も行くよ。最初に行った時はあまり見れなかったし、何か見つかるかもしれない」
こうして何とか知性ある群れである虫達を倒した私達は、今一度あの湿地帯へと出向く事になった。




