第129話:太陽生誕
ヘルメスさんから『人工太陽』を浮遊させるための知恵を貰った私達は、まずは本体となる部分を作るために自室へと戻った。私達と一緒にあの虫に関する話に参加していたシーシャさんは、素材として必要なランタンを用意してくれていた。どうやら私とプーちゃんが素材をどうしようかと話しているのを聞いていたらしく、すぐにでも調合が出来る様にと準備をしてくれたらしい。
「他に何が要るのか分からなかったし、これしか用意出来なかったが大丈夫か?」
「はい、ありがたいです! 実は他の材料もいまいちピンと来てなくて」
「どういうのがいいんだろうね。太陽って丸いし、やっぱ丸いやつ?」
「丸い物……丸い物かぁ……」
何かいい物がないだろうかと部屋を中を見渡していると、ふとある道具が目に入った。それは普段から私達がよく使っている物であり、一つだけでなく複数個持っているので一つくらいは素材にしてしまっても問題無い物だった。
「プーちゃん、あれ使おうよ」
「あ~~いいね! あれなら確かにいいかも!」
「お父さん、それもう使ってもいいかな?」
「え? ああ、もう全部死んでるだろうし、元々二人のだろう?」
私達が目を付けたのは、いつも使っているフラスコだった。普段は中和剤などを入れたりしている道具であり、球状になっている部分があるため上手く太陽らしく出来そうである。それにヘルメスさんから教えてもらった飛行用の回転機構を付ければ、上空から安全に光を照射出来るだろう。
フラスコ内の水を全て出し、それを持って釜の前へと立つ。塗り火薬を使って火を点けると、シーシャさんが調達してくれたランタンと普段使いしているフラスコを釜の中へと投入した。ゆっくりゆっくりと掻き混ぜ棒で攪拌しながら二つの特性を融合させていき、超常的な力を発動させるために指先を小さく切って二人分の血を数滴落とす。
「どうヴィーゼ、上手く行きそう?」
「うん。多分大丈夫そう。イメージも上手く湧いてるし」
ある程度混ぜたところで蓋をし、しばらくそのままの状態で待つ。そうして煙の量が落ち着いたのを確認してから蓋を取り、釜の中に手を突っ込んで球状の物を取り出した。
それは球状のガラスによって形成されており、内部には小さな灯火の様なものが小さく揺らめいていた。とても太陽の様な眩しさは無かったが、自分で作ったという事もあってこれが完成品なのだというのは理解出来た。
「真ん丸だね」
「うん。これで間違いないよ。これなら上手く行く」
「後はヘル姉から教えてもらったやつだね」
「うん。ねぇお父さん、シーシャさん、ちょっと意見が欲しくて……」
私はお父さんとシーシャさんにヘルメスさんから教わった回転機構の事を話した。私達は一度もああいった物を見た事が無く、普段から仕事や狩りで色々な所に行っている二人なら何か知っているかもしれないと考えたのだ。
結果として分かったのは、あの回転機構は理論上可能ではあるがまだ実際に使われている所は見た事がないというものだった。風車も見た目は似ているが、あれを使って空中に浮かせるのは難しいそうだ。つまり、まだ誰も実装出来ていない未完全な技術なのだ。そのため前例は一切無く、もし完成させれば革新的な技術となる。
「確かに理論的には可能だと思うよ。ただ、今の技術じゃ出来ないと思う」
「そうだな。自然界には存在しない技術だ。生物の中には空中に滞空する鳥も居るが、それを再現するには今の技術じゃ難しいだろうな」
「でも錬金術なら出来る……?」
「僕は専門外だからはっきりとは言えない。でも今までの二人やブルーメの事を思うと、きっと錬金術に不可能は無いんだと思う」
「私もそう思う。二人なら出来る。今までを見てればそう思う」
どう作ればいいかという意見は貰えなかったが、二人の言葉を聞き錬金術なら再現可能だろうと確信した。何を素材にすればいいかは上手く浮かばないが、少なくとも回転機構の構造はヘルメスさんから教えてもらっている。
「……プーちゃん。さっき教えてもらったあの構造、ちゃんと覚えてる?」
「あたしの事バカにしてない? 流石にまだ忘れてないよ」
「……それじゃあ頼みたい事があるんだけど、いい?」
「いいけど、何すればいいの?」
私が頼みたい事、それはあの回転機構の調合をプーちゃんに完全に任せたいというものだ。天才肌であるこの子であれば頭の中にあるイメージ通りに完璧に調合が出来るだろう。あくまで理論的にしか調合出来ない私では僅かなミスを招く可能性がある。しかし感覚に任せて最適解へと近付けるこの子ならミスを防ぐ事が出来る。一切の前例が無く他人の考えたレシピを使うのであれば、これ以外にいい方法が思い浮かばない。
「え~……何か凄い期待してくれてるけど、ほんとにあたしで大丈夫なの?」
「むしろ私じゃダメなの。プーちゃんじゃないと出来ないと思う」
「ん~、分かった。んじゃ、ちょっくらやるかぁ!」
プーちゃんは期待してもらえたのが嬉しかったのか、意気揚々と釜の前へと移動した。そのままそこで立ち止まると数秒程目を瞑り、やがて回転機構に必要な材料をレシピ集へとまとめ始めた。プーちゃん曰く、木材があれば再現出来るかもしれないらしい。木材であればまた船内から余った物が調達可能である。
「お父さん、シー姉、今から木材とか持ってきて。そんなにいっぱいは要らないからさ」
「少しでいいんだね?」
「うん。だってさっき作ったのがこれだよ? ちっちゃいので丁度いいって」
「分かった。少し待っていてくれ」
二人は言われた通りに材料を手に入れるため部屋から出ていき、私とプーちゃんだけが残された。
「えーと、私は何をすればいいのかな?」
「ヴィーゼは離れずに近くで見てて。一応何かあった時のためにさ」
「何かって……別にここに居る分には何も無いと思うけれど……」
「いや……ほら、あれがまた動くかもだし、うん」
「アレって……もしかして、あの虫?」
「……そ」
どうやらプーちゃんはあの虫をまだ警戒しているらしい。とっくに生命活動は停止している様だが、虫嫌いの彼女にとってはそれでも怖いのだろう。同じ部屋の中であの虫と二人っきりになるのが嫌なのだ。完全に未知の生物を相手にしているのだから怖いのは当然と言えば当然だが、少し過剰に怖がり過ぎな気もしてしまう。
「プーちゃん流石に大丈夫だよ」
「だってもう見た目がキモイもん! 生きてるとか死んでるとかじゃないよ!」
「筋金入りだねほんと……」
「どーせヴィーゼには分かんないよ……虫が好きな人には分かんないよ」
「別に私も好きじゃないけれどね?」
「でもあたしみたいにダメな人はほんとにダメなの!」
「ごめんごめん。そうだよね、プーちゃんにとっては怖いんだよね」
小さな頃から怖がりで甘えん坊だった。私達家族が傍に居ないと怯える様な子だった。きっと彼女はこれからもこうだろう。私が傍に居てあげなければならない。別にそれが嫌な訳ではない。しかし、もし何かあった時を考えると少し不安になってしまう。普段が明るい分、沈んだ時の反動が大きい。
「……ねぇヴィーゼ」
「何?」
「あたしさ、虫嫌いだし正直家族の誰かが居なくなっちゃうの、怖い」
「うん……」
「でも、でもヴィーゼが居てくれたら頑張れる。ちっちゃい頃からずっと一緒に居てくれたヴィーゼが居れば、怖くないんだ」
「……そうだね。分かってるよ。私だって怖い物はあるけれど、プーちゃんやお父さんが居るから怖くない。一緒だよ」
「……やっぱあたし達双子だね」
「うん。同じだね」
これから何が起こっても私達に出来ない事なんて無い。心が繋がっている家族が居れば、それが原動力になってくれる。全ての錬金術による危険物を破壊し、必ずお母さんを見つけ出して平和に暮らす。例えどんな未知が待ち構えていようと関係無い。私達は一番最後に作られた『新人類』なのだ。記憶には残っていないが、今まで何度も生き死にを繰り返してきた。それが何度繰り返されたものなのかは分からない。だがその経験は間違いなく心のどこかに刻まれている。長い年月によって刻まれた繋がりと経験は、絶対に全てを上手く行かせてくれる。仮にそうでなくても今は家族が居る。不可能なんて無い筈だ。
言葉に出さずともお互いの考えている事は伝わってきた。心を確かめ合った私達は二人の帰りを待つ事にした。




