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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第15章:我ら群れる故に我は個なり
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第125話:水沫たる捕食者

 突如何者かに襲われたシーシャさんと共に湿地を駆ける。一体何が起こったのか自分の位置からはよく見えなかったが、ナイフで自分の皮膚を抉り飛ばした事から何かが足へと付着していた事は想像出来た。

 シーシャさんは私達が逃げる事を優先してくれているのか、私達を先に行かせて本人は殿しんがりを務めていた。


「シ、シーシャさんっさっきのは一体……!?」

「今は真っ直ぐ走れ! まずいぞ……追跡されてる……」


 そう言われて一度振り返ってみると、所々に冠水して出来ている水溜まりから水の塊の様なものが飛び跳ねながらこちらに迫って来ていた。逃げる事を優先しているため一瞬しか視界に捉える事が出来なかったが、その謎の存在は水溜まりから水溜まりへと移動している様に見えた。

 必死に走り続けて何とか小舟まで辿り着くと、お父さんがオールを持ち漕ぎ始めた。シーシャさんはすぐさま肩に掛けていた弓を構えると、矢を一本つがえて水溜まりの一つへと放った。それは風を切りながら真っ直ぐに飛んでいき、水溜まりへと突き刺さった。


「シー姉、あ、足……」

「心配するな、軽傷だ。……止まったみたいだな」

「シーシャさん、何があったんですか? 何で急に足を……」

「何かが足に食いついてた。ヴァッサさん、人間の体に食いつく小さい虫みたいな生き物は居るか? 私が知ってる限りだとヒルくらいだが」

「僕が知ってるのもそれくらいです。ただ今までの前例を考えると……」

「錬金術で作られた生き物かもしれないね……」

「そうだねヴィーゼ、僕の専門じゃないけど有り得ると思う」

「やはりそうか……」

「あの、シーシャさん。詳しく見たものを教えてくれませんか」


 既に追跡が止まっているという事もあってか、シーシャさんは腰を降ろして傷口の処置をしながら話してくれた。

 あの時、ふと足に違和感を覚えたのだという。そしてその違和感のある場所を見てみると水滴が一滴付着しており、その部分の皮膚からグジュグジュと血が滲み出したそうだ。それは蛭の様に吸血を行っているという感じではなく、肉や皮膚を捕食しようとしている様に見えたらしい。


「じゃ、じゃあさっきあたしの足が何か変な感じしたのもそれだったんじゃっ……!?」

「っ!」


 急いでプーちゃんの足を見てみたものの、両脚のどちらにも何も付着していなかった。


「だ、大丈夫だと思う」

「もうやだぁ! 絶対もう行かない!」

「で、でも本当に錬金術で作られた生き物なら、私達が止めないと……!」

「悪いがヴィーゼ、私もプレリエに一旦賛成だ。相手がどういった存在なのか分からない以上、迂闊にあそこに上陸するのは危険過ぎる」

「僕もそう思う。現在発見されてる既存の生物にも、まだ解明されてない生態を持っている者も居るんだ。姿すらも見えない生物が相手となると、事をくのは危険過ぎる」

「でも、それじゃあどうすれば……」

「ヴィーゼ、まずは観察だよ。その生物がどんな動きをするのか、どんな生態なのかを見極めるんだ。これはあの複製を作る卵や嵐を起こしたママ・エンリルとも違う。目に見えない以上はより慎重に扱う必要がある」


 何も言い返せなかった。普段から自然の中で生きてきたシーシャさんや生物学の専門家であるお父さんが言っているのだ。そういった方面の知識は二人よりも乏しいため、この二人の意見を聞きながら対処を進めていった方がいいかもしれない。勝手な行動を取れば、成す術もなく捕食されてしまうかもしれない。

 何とかシップジャーニーの巨大船へと戻る事が出来た私達は、資料室で本を読み漁っていたヘルメスさんの所に向かうと事情を話す。すると彼女もそういった存在については知らないと返答し、話を聞いただけでは何とも言えないと言われてしまった。実際、私達が遭遇したそれから攻撃を仕掛けられ際にはその姿は確認出来なかった。似た捕食を行う蛭ですら目に見える大きさだというのに。

 更なる意見を求めるために、私達は未だに牢から出てこようとしないリチェランテさんの下へと向かった。そもそもこの場所を教えてくれたのが彼であり、自動人形オートマタだった人達が観測していた残りの錬金術関連の存在とも一致していたのだ。少なくとも何らかの情報を知っている筈である。


「リチェランテさん。リチェランテさん!」

「……何だ君達か。槍の件ならもう褒めてやった筈だが?」

「その事じゃないんです。実はさっき……」


 牢の奥から座ったままの姿勢でこちらに視線を向けるリチェランテさんに、先程起こった一連の出来事について話す。


「なるほど、ルステン湿地に居るのか。全くここに居ると場所の感覚がおかしくなっていけないな」

「だったら出ればいいじゃん」

「不思議なものだな。ここの人間も君達も私を犯罪者として捕えた筈だろ? それがここ最近、出てもいいだのなんだのと……」


 リチェランテさんはもしかすると自分を罰そうとしているのかもしれない。少なくとも彼の復讐は既に遂げられている。世界に害を成す錬金存在を全て破壊するという使命を受け継いだ私達が居る以上、彼にはもう活動する理由が無いのだろう。


「私は国際的に手配されている犯罪者だ。下手に解放されてもどこかの国に捕まって極刑は免れん。そこの彼みたいにな」


 隣の牢に居るレイさんの方へと視線を動かす。


「なあそうだろう海賊君? 返事の一つでもしたらどうだ? 喉にフジツボでも湧いたのか?」

「……うるさいなお前は。用が無いならちょっかいを掛けてくるな」

「嫌われてしまったか。まあとにかく私も出るつもりはない。それにその湿地に住む奴の事は知らん」

「えっ? でも教えてくださったのはリチェランテさんじゃないですか」

「ああ、確かに私が教えたな。だがあくまで何かがそこにあるという情報を持っているというだけだ。槍は偶然私が作った物だったから知恵を貸してやっただけだ。全部は知らん」

「リチェランテ、嘘は言ってないな?」

「怖い顔するなよ狩人君。ここで嘘をついてどうする? あの愚か者共を殺すために確かに君達を利用した。そして私の意志の一部を彼女達は受け継いでいる。それなら私はただこの作り物の余生を過ごすだけさ」

「じゃあほんとに何も分かんないんだよね?」

「だからそう言ってるだろう? 私は武器の類が専門だ。生物関連は以前あのデカブツに呑み込まれていた彼くらいしか居ない。少なくとも私は彼しか知らん。そこに居る君達の父親の方が詳しいんじゃないか?」


 結局それ以上リチェランテさんから情報を手に入れる事は出来なかった。彼にもヘルメスさんにも分からないとなると、自分達で一から調べる必要がある。しかしはっきりと目に見えない存在である以上は、まずはそれをどうやって観察するかというところから始めなければならない。

 牢がある部屋から出た私達は一旦自分達の部屋へと戻った。あの謎の存在について皆で意見を交わしたかったのだ。


「まずは、だよ……分かってる事からまとめてみよう。まずシーシャさんが見た限りだと、水滴だったんですよね?」

「ああ、間違いない。ただ少し気になったのは、手で払った後の事だ」

「そういえばシー姉、ナイフ使う前に手でパッてやってたよね」

「最初は虫か何かだと思ってそうしたんだ。だがその程度じゃ落ちなかった」

「水滴なのに落ちなかったから、ナイフで皮膚ごと落としたんですよね?」

「そうだ」

「今の話を聞いた限りだとシーシャさんが見たそれは水滴じゃないのかもしれませんね。今まで学者をやってきて、他のものに擬態する生物を見た事があります」

「確かに私も家にあった図鑑で見た事あるかも。葉っぱに擬態する虫とかが居るんだよね?」

「そうだね。捕食者の目を欺くための生存戦略の一つだよ」


 何か別のものに擬態する。自然界で生きる生き物にとっては非常に効果のある方法だろう。私達人間の目から見ても分からない者も居れば、逆に人間には丸分かりな擬態の者も居る。だがそのどちらも他の生物から見ればほぼ完璧な擬態となる。水滴に擬態する生物というのは聞いた事が無く、それは擬態として効果があるのだろうか。


「……悪いが擬態の類ではないと思う」

「どういう事ですか?」

「私が足を手で払った時、手には確かに湿った感覚があったんだ。しかし水滴は足に付いたままだった。つまり、これは私の推測なんだが……あれは水滴の擬態をしているのではなく、水を纏っている生物なんじゃないだろうか」

「なるほど、考えられない話じゃありませんね。ヤドカリは巻貝を纏う生物ですし、最近学会で発見された生物も半透明の樽の様な物の中で暮らしていました。水滴を、正確には水を自らの住処とする生物が居ても不思議じゃない」

「んーあたしよく分かってないんだけど~……水の粒をお家にしてるって事?」

「今の仮説が合っていればそういう事だねプレリエ」


 その時、ある記憶が思い浮かぶ。


「そういえばお父さん、私逃げてる時に一回後ろ見たの。その時に水溜まりから水が跳ねるのが見えた」

「水が跳ねた?」

「うん。本当に一瞬しか見えなかったんだけれど、水溜まりから水溜まりにジャンプするみたいに動いた気がする。シーシャさんは見ませんでした?」

「いや悪いが見てなかった。撤退するのを優先してたからな……」

「ねぇねぇお父さん。ヴィーゼが見たのが正しいなら、シー姉に攻撃した時とかあたしが足に変な感覚した時も、そうやってジャンプしてきたんじゃないかな?」

「少し待て、目には見えないのに水を動かせる程の力がある生物という事か?」

「……もしかするとだけど」


 そう前置きした上でお父さんは持論を語った。

 どうやって水を動かしているのかは分からないが、確認した限りでの行動パターンを見るに、その生物は水がある場所で無ければ活動出来ないのではないかとの事だった。もし水が無い場所でも動けるのであれば、無理に水溜まりを渡ってくる必要も無い筈である。真っ直ぐに向かって攻撃すればその方が確実に獲物を仕留められるのだ。


「いや待ってくれヴァッサさん。もしそうなら水棲生物しか襲えないんじゃないか? 水を絶対に必要とする生物が、わざわざリスクを冒してまで陸上の生物を襲うだろうか? 昆虫類を狙うならともかく人間相手だとハイリスク過ぎないか?」

「……いえ、今の僕の中にある仮説が正しいのなら、むしろ大型の生物を積極的に狙う筈です」

「どうしてお父さん? 私もシーシャさんの言う通りだと思うんだけれど……」

「あたしも。虫とか狙う方がいいと思うんだよね。ほんと人間とか狙わなくていいからほんと……」

「よく考えてみて。あの生物は多分水がある場所にしか移動出来ない。多分生態の問題でね」

「えぇーっと……ごめんよく分からないんだけれど……」

「ここは湿地帯だよ? 湿気も強いし何かの拍子に足元の水が体に跳ねる事もある。それに高温多湿なこの環境……汗をかきやすいだろう?」


 それを聞いてゾッとした。何気なく踏み込んだあの場所は、まさに彼らの狩場だったのだ。体表に水滴が付着する要因がいくらでも存在する場所だ。今こうして私達が生きているのはもしかしたら奇跡的なのかもしれない。


「もしそうなら、ど、どうすれば……」

「まずはこの仮説が正しいのかを立証する必要があるね」

「立証って……どうやるの?」

「サンプルを手に入れればいいんだ。一匹でも手に入れば確認出来る」

「ヴァッサさん正気か? あなたが思っている以上にあれは獰猛で危険な生物だ。捕まえるなんて無茶だ」

「そうだよお父さん! 大変だけれど何か道具を作って順番に試していくのが一番安全だよ……!」

「……いや待ってヴィーゼ、シー姉」

「プーちゃん?」

「ふふふーん。あたしいい事思いついちゃったー。危険な目に遭わずにサンプルを捕まえる方法があるんだな~これが」

「え、何それ……一体何するつもりなの……?」

「まーまー見てなさいって~」


 そう言うとプーちゃんは床の上に置いていた鞄の中をゴソゴソと探り始めた。

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