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ヴィーゼとプレリエの錬金冒険譚  作者: 鯉々
第14章:怨み募りて仇を成す
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第121話:極限まで存在しない数値

 『血吸いの槍』が持つ異常性の拡散を防ぐためにクリンゲさんが一人で戦っているという事をヘルメスさんに告げながら船内の自室へ向かう。彼は酷く衰弱しており、槍が殺した死者の亡霊が襲い掛かってくるという発言を行っていた事を話すと、ヘルメスさんからその可能性を否定された。


「ゆ、ゆ、幽霊が居るかどうかはともかくとして、ですが……リチェランテさんから聞いた話が事実なら、それはありえないと思うんです、はい」

「ヘル姉も聞いたの?」

「は、はい。あの槍は恐らくですが、死にゆく相手の恐怖や憎悪みたいな負の感情を糧として呪いを発動させてるんじゃないかと思うんです」

「つまり?」

「そのクリンゲさんという人が見ている亡霊というのは、その方の思い込み……幻覚の類です、多分」


 あのクリンゲさんの様子からして幻覚の可能性はかなり高かった。あの槍が何人もの人々を殺害してきたという経歴を知っているからこそ、その所有者である自分達の一族に報告に来ていると考えていたのだろう。衰弱によって正常な判断力を失っている彼が見ているもの、感じているものがどこまで事実なのか分からず、今すぐにでも助けなければ相当危険な状態だった。

 部屋へと戻るとお父さんもそこに居り、プーちゃんはすぐにヘルメスさんにお母さんのレシピ集を見せた。


「ヴィーゼ、どうだったんだい?」

「あの家、もう一人しか住んでなかった。今残ってるのはクリンゲっていう人だけ……」

「一人だけ?」

「うん。使用人の人も家族も、皆槍の呪いで死んじゃったみたいで……。島の人も皆それを知ってるから誰も助けにも来てくれないって……」

「そうか……それで、実際に見てきて何か分かった事はあるのかい?」

「何とも言えないかな……今からヘルメスさんと一緒に考えてみるよ」

「ああ。僕にも手伝える事があれば言ってくれ」


 何か分かった事があるだろうかとヘルメスさんとプーちゃんの所に行ってみると、ヘルメスさんはレシピ集を見ながら眉間に皺を寄せていた。


「ヘルメスさん、どうですか?」

「……お二人共、そのブレスレットの記憶は本当に無いんですよね?」

「はい。ただ、どこかで見た様な感覚はあるんです。もしかしたら、まだ『新人類』の一人として活動してた時に作ってたのかなと……」

「あたしも。どっかで見た感じはあるんだけど、それが何なのか分かんないからすっごいモヤモヤしてさ……」

「素材は……鉄と血だけ、ですよね?」

「はい」

「……」

「ヘル姉?」

「……す、すみません。私にはちょっと分からないです、はい。たったそれだけで作れる理論が私には浮かばなくて……」


 やはりこのブレスレットは『新人類』であるヘルメスさんから見ても異質な物であるらしい。私としても、何故たった二つの材料だけでここまで出来るのかが分からなかったのだ。錬金術は複数の素材が持つ特性を釜の中で混ぜ合わせる事によって新たな物を作り出す技術であり、私達『新人類』にしか安定して使えないものと思われる。そんな技術である錬金術を使ってもこの道具を作れるというのは少し奇妙だった。事実として作れてはいるのだが、これを論理的に説明しろと言われても私にもプーちゃんにも不可能だろう。


「そうですか……」

「ご、ごめんなさい……お役に立てなくて……」

「いえ、大丈夫です。私達にもよく分かってないですし……」

「そーそー。それよりヘル姉、今はあの槍だよ」

「そ、そうですね……! それで、お二人はどう考えてるんでしたっけ……?」

「えっとですね」


 私は当初考えていた槍への対処法についてヘルメスさんに話した。リチェランテさんの話が事実なのだとすれば、一年間に犠牲になる人間の数はある程度決まっているため、もしその数値を完全に弄る事が出来れば無力化出来るのではないかというものである。プーちゃんと一緒に色々と考えてはみたものの、その数値が一切不明な上にどんな道具を作ればそれを抑えられるのかが浮かんでこなかった。


「……な、なるほど。現状、何人が犠牲になる可能性があるのか分からないんですよね……?」

「そうなんです。見に行ってみたんですけれど、特に数字が彫られてる訳でもなくて……」

「パッと見、普通の槍っぽかったもんね」

「うーん…………数字を弄る……元の数値に無関係にしてしまえば……」

「どういう意味ですかヘルメスさん?」

「え、えっと……あの槍はさ、殺害した相手の数に比例して犠牲者数を増やしていくんですよね? だ、だったら、何をしても一切変化が生じない数にしてしまえば……」

「変化が生じない数~~…………ヴィーゼ、パス」

「わ、私っ!? えーと……0の事ですか?」

「そ、そうですね……それなら上手く行くかと思ってるんですけど、ヴィーゼちゃんはどうですか……?」


 確かに0という数字には何を掛けても0になってしまうし、0で割るという行為を行えば答えが定義出来ないという状態になる。足したり引いたりであれば数値に変化は発生するが、今回のあの槍に関しては足し算も引き算も適用されないだろう。人類を滅ぼす事を目的にしていたのであれば、槍の餌食になった人数に乗算していくという方法にしている筈である。もし私がリチェランテさんの立場なら、そうするだろう。


「そうですね……確かにそれなら上手く行くかもしれないです。数値を弄る事だけ考えてましたけど、それだけじゃなくて今後何かあっても大丈夫な様にするにはそれが一番いいと思います」

「んあ~……よく分かんないけどヴィーゼが大丈夫って言ってるならあたしも異論無いよ」

「あ、ありがとうございます。それでレシピについてなんですけど……」


 ヘルメスさんは必要となる二つの素材を教えてくれた。まず必要なのは鎖であり、これは完成品の素体となるらしい。対象に巻き付けてその力で永遠に縛り付けるという意味を与える事で、効果が永続的に続く様にするためだそうだ。そして二つ目が0を体現するものだという。一番重要な素材であり、一番入手が困難になるであろう概念だった。


「鎖は分かったけど、0を体現って……どゆこと?」

「うーん……0、0ですよね……? 確かに数学とかだと理論的に存在する数字ですけれど、現実にそんなもの存在するんでしょうか?」

「じ、自分で言い出した事ですが、私にもよく分からなくて……」

「おとーさーん。助けて~……」

「……そうだねぇ……二人は氷の作り方は分かるかい?」

「え? えっと、温度が下がれば出来るんだったかな? 冬とかだと作りやすいみたいだし、そういう魔法が使える人も居るって聞いた事あるかな。私達には使えないから分からないけれど……」

「そうだねヴィーゼ、科学的には水が凍るのは0度だとされてる。あくまでこれは僕達人間が勝手に定義した数値ではあるけど、少なくとも一般的にはそういう理論で通ってる」

「じゃあじゃあ、温度を下げちゃえばいいって事?」

「いや待ってプーちゃん、それだとダメだよ。そこから0っていう概念を抽出しないと意味が無い」


 もし仮に氷を素材として使ったとしても、それは0という概念によって作り出された物体に過ぎない。それだけだと氷としての特性しか引き出す事が出来ないだろう。しかし、お父さんが出してくれた意見はかなり重要であった。もしその水を凍らせる温度が0度という概念が一般的なものなのであれば、それは一つのことわりとしてこの世界で知られているという事である。


「……ねぇお父さん。お母さんって街の色んな人から依頼を受けてたんだよね?」

「うん? ああ、そうだね。生活に役立つ道具を作っている事が多かったかな」

「だよね。あたしもそんな感じだった記憶あるし。このレシピ集に載ってた手袋もかなり便利だしね!」

「ありがとうお父さん。もしかしたらだけど、お母さんのこれが役に立つかも……」


 お父さんとプーちゃんの発言を信じてレシピ集をペラペラと捲ってみると、やがて自分が求めていた道具が目に入った。それは木製の縦長の直方体といった見た目をした道具であり、図の上には『氷室ひむろ箱』と書かれていた。どうやらこれはアシが早く鮮度が落ちやすい食材などを長期間に渡って保存するための道具らしい。お母さんが残したメモによれば、極端に内部の温度を低下させてその状態を維持する事によって長期保存を可能にしているらしい。


「これ! これだよプーちゃん!」

「何これ?」

「食べ物を長い間保存出来る様にする道具だよ! 理屈はよく分からないけれど温度が下がれば下がる程保存が効くみたい!」

「な、なるほど……そ、その道具なら氷を作れる程の低温を作れるかもしれないです、はい」

「気温の低い地域では食べ物を雪中に埋めて保存する事もある……確かにその道具なら氷も可能かもしれないね」

「でも待ってよヴィーゼ! これ見て。素材に氷がいるって! これじゃ本末転倒ってやつじゃん!」

「……ううん。あの人なら出来るかもしれない」

「あの人?」

「プーちゃん、リチェランテさんに利用されて、この船にリシュナの提督が乗り込んできた時の事覚えてる?」

「当たり前じゃん! ほんっとムカつくよねあいつ!」

「その時にさ……」


 私が示したのは、あの戦いの最中に提督を吹き飛ばしたレレイさんである。あの時のレレイさんは棍棒の様な武器しか所持していなかったにも関わらず、提督の腹部に棍棒を当てた瞬間、凄い勢いで吹き飛ばしていた。あれは恐らく魔法と呼ばれるものである。元々使える人間が限られている技術であり、私達には『新人類』だからなのか一切の適性が無かったため覚える事も無かったが、一時的にとはいえ人智を超えた現象を引き起こせる魔法であれば氷を作る事が出来るのではないだろうか。


「そ、そんな事あったっけ……?」

「あったよ。レレイさんが前線に立つ事自体あんまり無いから私もさっきまで忘れてたけれど、でも間違いなくあの時、そんな技を使ってた」

「ま、魔法ですか……わ、私は専門外なので何とも言えないです……」

「僕も若い頃に少し齧った事はあるけど適性が無かったし全然だね……」

「えーと、じゃあレレイ姉に頼めば作ってもらえるかな?」

「魔法がどこまで出来るのかは分からないけれど、聞いてみる価値はあると思う」

「よし! じゃあ行ってみよ! 急げばあの人も助けられるかもだしさ!」

「うん! お父さん、悪いんだけれど鎖をどこかで貰える様に頼んでみてくれないかな? そんなに長いやつじゃなくていいと思うんだけれど」

「分かった。こっちは僕がやっておこう」

「わ、私もお手伝いします、はい……!」


 まずはお母さんが作っていた『氷室箱』という道具を作る必要があると判明した私達は、レレイさんの魔法が氷を作る事が出来るものだという事に期待しつつ、部屋を飛び出し船内を探して周る事になった。

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