第120話:『血吸いの槍』を背負う者
かつての私達が作っていたと思しき腕輪を身につけた私達は、島の中央にある山に建てられているシュペーア一族の屋敷へと辿り着いた。二階建てのかなり豪華な屋敷であり、外部からの侵入を警戒しているのか門は頑丈そうな格子状の鉄製であり、そこから見える庭は手入れが出来ていないのか木々や植木が放置されていた。そしてこれだけ頑丈そうな門にしているというのに、門番らしき人物はどこにも確認出来ず、その点が非常に奇妙に感じた。
「変だね……こんなにお金持ちそうなのに、門番の人も居ないなんて……」
「よく分かんないけどさ、それって今がチャンスって事じゃない? これ付けてても人には見えてるみたいだし」
「うん、そうだね……ちょっと気にはなるけれど、行ってみようか」
私とプーちゃんは格子門をすり抜けると無人の庭を真っ直ぐに突っ切り、正面入り口をすり抜けて屋敷内部へと足を踏み入れた。屋敷の中も手入れや掃除がされていないのか、壁や床に埃が溜まっていた。生活音らしきものも一切聞こえてこず、本当にここに島の統治者である人々が住んでいるか疑問に思ってしまう程の静けさであった。
一応誰かが居るという可能性も考えてなるべく声を出さない様にしながら、二人で屋敷の中を探索し始めた。ガランとしたロビーを抜けて廊下へと入ってみると、壁には誰かが描いた物と思われる絵画が飾ってあり、その絵画のほとんどがどこかの景色を描いたものだった。海を描いた物もあれば山を描いた物もあり、中には動物達が野原を駆け巡る姿を描いている物まであった。そんな美しい絵画もまた埃で覆われており、その様はかつての栄光が寂れている様子を感じさせた。
廊下の途中にいくつか存在している扉から頭部だけをすり抜けさせて中を見てみると、かつて誰かの自室として使われていた部屋もあれば、物置として使われていたであろう部屋もあった。
「プーちゃん、ここ。物置みたい」
「入ってみる?」
「一応ね……」
二人でそっと中に入って色々と室内にある物を見てみると、どこかの民芸品らしき置物や何に使う物なのかまるで想像が出来ない奇妙なオブジェなどが置かれていた。木箱の中に入っている物もあったため顔だけをすり抜けさせて確認をしてみたが、どこを探しても槍らしき物は見当たらなかった。
「ここじゃないのかな……」
「他の部屋も探してみない?」
「そうだね……」
特にこれといった成果が得られなかった私達は物置から出て一旦ロビーへと戻り、他の場所も探してみる事にした。そしてロビーに戻って二階への階段付近に差し掛かったその時、ふとあるものが目についた。
「プーちゃん待って……!」
「ど、どしたの?」
「これ、見て」
私が見つけたのは足跡だった。本来であれば見える筈がないが、埃が溜まっている影響でくっきりと足跡が残っていたのだ。その足跡は階段の上とロビーにある別の扉の間を往復している様な形で残っており、その跡の上には埃が落ちていない事から割と最近になって出来たものであると窺えた。
「誰か居るね……」
「……先にこっちのロビーの方から行ってみよう。上は後からの方がいいかもしれない」
「分かった……気をつけてねヴィーゼ……」
足跡の向かう先がどこなのかを調べるためにロビーにあった別の扉を通り抜けてみると、そこはキッチンだった。しかしここも手入れがされていないのかそこら中に埃が溜まっており、あの足跡が無ければとても使われているとは思えない場所だった。足跡はそんなキッチンの奥にある別の扉の方へと続いており、確認してみるとどうやら食料を保存するための倉庫らしかった。倉庫の中には木箱が複数詰まれており、あの足跡の主はここに食料を取りに来ていたらしい。
「やっぱり住んでる人は居るみたいだね……」
「だね。でも一人だけなのかな? これだけおっきいお屋敷なのにさ」
「それは私も気になるけれど、でもまずは、だよ……あの槍を見つける事が先決だよ」
「そうだね。取りあえず二階は危なそうだし、他のとこを見てみる?」
「うん。念のためここも見ていこう」
もしもの可能性を考えて一旦倉庫へと侵入すると、顔だけを木箱の中にすり抜けさせて中身を確認する。すると中には塩らしきものがいっぱいに詰まっており、他の木箱も見てみると瓶詰にされた野菜が沢山入っていた。全て見た結果分かった事としては、どうやらここには生鮮食品は存在していないという事である。どれもこれもが保存の効く加工がされた保存食ばかりであり、ここに住んでいる人はこれらを食べるためにここへと足を運んでいたのだろう。
キッチンから出て他に扉が無いだろうかと色々探してみたが、どうやら一階ロビーにある扉はキッチンの物と廊下へと続く物だけであるらしい。他に見るべき場所が無くなった私達は意を決して二階へと続く階段に足を掛けた。上へと上がってみると一階部分が見える吹き抜け構造になっており、足跡が続いている扉の方へと向かった。扉をすり抜け、一階とほぼ同じ構造になっている廊下を歩いて行くと、やがて足跡がある扉の向こうへと消えていた。
「……ここに居るのかな?」
「多分……」
「どうするのヴィーゼ……?」
「プーちゃんは後ろに居て。私がちょっとだけ見てみるから……」
なるべくバレない様にとそっと顔だけをすり抜けさせてみると、この屋敷に入って初めての人の姿が見えた。その人物は20代程の頬がこけた男性であり、天井を見上げる様にしてベッドに横になっていた。室内には他と違って埃が無く綺麗に掃除されており、テーブルの上には様々な置物やオブジェが置かれており、壁には絵画が飾られていた。そして、彼のベッドの横に立て掛ける様にして一本の槍が置かれており、その形は島にあったあの像の槍と酷似していた。
「誰か……」
槍の事をプーちゃんに伝えようとした私の耳にその男性の弱弱しい声が聞こえてきた。
「誰か……居るんだろ……」
「……」
「頼むよ……助けてくれ……」
その敵意も何も感じない弱弱しい声を聞いた私は、彼が悪人ではないと信じて話を聞いてみるために全身を部屋の中へと侵入させた。プーちゃんはそんな私の行動に動揺した様子で後を追ってきた。
「あぁ……ああ、やっぱり……やっぱりだ……」
「ちょっとヴィーゼ何してんの……!?」
「……勝手に入ってごめんなさい」
「そんな事、そんな事どうでも、いいんだ……それより、それを……」
「……槍ですか?」
「それを壊して、くれ……頼むよ……」
「あーえっとさ、あたし達って実は幽霊的なアレでさ? そういうの頼まれてもー……」
「頼む……頼む……」
男性は虚ろな瞳をこちらに向けて今にも消え入りそうな声で懇願してきた。そんな彼の目線に少しでも近くするために姿勢を低くする。
「色々教えて欲しい事があるんです。あの槍はどこから来て、あなたは誰ですか?」
「僕の……先祖、祖父、いや、もっと前か……誰かが持ってきた……って」
「……あなたはシュペーア家の人なんですか?」
「僕は……クリンゲ……クリンゲ・シュペーア……父様が、付けてくださった……」
小さな声で途切れ途切れに話すクリンゲさんの話を詳しく聞いてみると、彼がまだ幼かった頃にはシュペーア一族は栄えていたらしい。しかし、この一族は短命であるとされており、更には使用人にも不可解な事故や病などの厄災が降りかかる事から、少しずつ周囲から孤立していったという。クリンゲさんはあの槍が原因なのではないかと考えて父親に捨てた方がいいと意見したそうだが、彼の父親は聞く耳を持たなかったという。元々島で不可解な死者が多発している事によって島民から顰蹙を買っている事を理解していた父親は、反乱を起こされる事を恐れていたのだろう。
「分かってる……分かってるんだ……! これが、僕らを……皆を殺めているのだと……!」
「クリンゲさん、他の方は?」
「皆……皆居なくなった……僕が最後だ……この槍に殺された死者が殺しに来るのだ……!」
「ちょっと待って。何でそう思うの? 例えばだけどさ、それこそ偶然かもしれないよね?」
「そんな訳が、ない! 父様も母様も! 使用人も皆! ……亡くなる前に言っておったのだ。血塗れの誰かが迫ってきていると……!」
「それってクリンゲさんにも見えてます……?」
「時折見える……窓の外に! クローゼットの影に! 食糧庫の中に! ……僕を、殺しに来ている……!」
どうやらリチェランテさんが作ったあの槍は、人を殺害する時にそういった幻覚らしきものを見せるらしい。もしかすると、そうやって相手を精神的に弱らせて事故や病を誘発させているのかもしれない。
「でもさ、死にたくないならその槍遠ざけといた方がいいんじゃない?」
「そうはいかない……この部屋は屋敷の中で一番端にある……ここなら他の民が苦しまずに済む、のだ……」
「まさか……他の人を助けるために自分でここに閉じこもってるんですか……?」
「僕は……死ぬのは怖くない……誇り高きシュペーア家の者だからな……だが、だが……これが僕ら一族のもたらした厄災だと言うのなら……その因果は、ここで断ち切らなければならない……」
「やっ……だからってそこまでしなくてもさ……。それこそ地下室を作ってそこに入れとくとか……」
「最早誰もシュペーア家の言う事を聞く者は居ない……僕らは島の爪弾き者だ。そんな依頼をして、受けてくれる者など、もうどこにも居ない……ただここで朽ちていく事しか出来ない……」
この槍に危険性に一早く気が付いていた彼は、ずっと孤独にここで戦い続けていたのだ。自力で槍の異常性と効果範囲を突き止め、これ以上の犠牲者が出ないで済む様にこうして屋敷に閉じこもっている。今彼がこうして辛うじて生きているのは奇跡と言ってもいいのかもしれない。風前の灯火と言ってもいい程に衰弱してはいるが、それでも生きているのだ。
「頼む……頼む……壊してくれ……狂将軍など知った事か……何が『血吸いの槍』だ……称号が何になるというんだ……」
「ちょっと待ってください。今何て……?」
「『血吸いの槍』……」
「その前です!」
「狂将軍……」
「あれ、ヴィーゼそれって……」
「うん……リュシナの提督とシュトゥルムさんと同じだ……」
以前、水の精霊から聞いた事のある名前だった。彼女の言っていた『最近』というのがいつ頃からなのかは分からないが、不思議な力を持ち、戦局を一人で引っ繰り返せる程の人々が居るという。全身が炎に包まれても生きていたリュシナの提督、自らを生贄として捧げる事で海を操る存在『海原の矛』となったシュトゥルムさん、いやシュトゥルムさんは私の憶測に過ぎないが、少なくともそういった人々を実際に見てきた。
「え、あのおっちゃんもそうだったの?」
「ごめん、私の勝手な憶測だよ。何となくそんな気がしただけ。……あのクリンゲさん、その称号って誰がそう付けられてたんですか?」
「世襲制だ……お爺様も父様もそうだった……次は僕だったのだ……。だが、だがあんなものが欲しかった訳ではない……人殺しの称号に何の意味があるのだ……! 頼む、その槍を……」
「……分かりました。何とかしてみます。なるべく急ぎますけれど、今は一旦帰ります。後で必ず来ますから待っててください」
「……あたし達に任せて。絶対に何とかするからさ」
今の状態であれば槍を触れず、かといって下手にブレスレットを外せば呪いの影響を受けてしまうという事もあって私達は槍をそのままにして一旦船へと戻る事にした。去り際にクリンゲさんが私の手を掴もうと腕を伸ばしたが、その手は当然触れる事無くすり抜けていった。
「あぁ……幻が見えるとは……僕もいよいよか……」
自身を嘆くクリンゲさんの声が私の胸を締め付けた。
何とか町中へと戻って来た私達はブレスレットを外して船へと入った。すると私達を待っていたのかヘルメスさんがこちらを見るなり駆け寄って来た。
「あ、あのあの……だ、大丈夫でしたか……!?」
「ごめんなさいヘルメスさん、大丈夫ですよ。お父さんから聞いてますよね?」
「は、はい。ここで語られているあの槍……リチェランテさんが作った物、なんですよね?」
「そそ。全くアイツほんと最悪だよね」
「それでですねヘルメスさん。さっきちょっと槍がどんな物なのか見に行ったんです」
「そ、それです! 下手に近寄れば危ないと聞いたんですが……」
「あーそれはね、この作ってたから大丈夫だったんだ」
そう言ってプーちゃんがブレスレットを見せてその力について説明する。正直私でも上手く説明出来ない代物な上に、説明下手なプーちゃんが話しているせいかヘルメスさんの顔は困惑し続けていた。しかし、かなり特殊な道具である事は理解したらしい。
「あの、それって……どうやって作ったんですか……?」
「え? 大砲に使う弾とあたし達の血だけだよ?」
「そ、それだけ……?」
「やっぱりおかしいですよね? この道具、お母さんのレシピ集に載ってた物なんですけれど、何故か細かい説明が全然書かれてなかったんですよね」
「ブルーメさんのレシピ……あの、後でそれ見せてもらえませんか?」
「いいですけれど……もしかしてまずかったですか……? 実は私もプーちゃんもこの道具に妙な既視感があって……」
「まずいかは分かりませんが、一応見せてください……」
「分かりました。それで、私ヘルメスさんに教えて欲しい事があって」
「槍の対処法ですよね?」
「そうそう! あの槍の呪う数値を弄ればいいって事は分かってるんだけど、いい感じの道具が閃かなくてさ~……」
「そ、そうですねぇ……一緒に考えてみましょう、はい」
「ありがとうございますヘルメスさん。急ぎましょう、今あの槍を抑えようと一人で頑張ってる人が居るんです」
「一人で?」
ヘルメスさんの力を借りて槍を機能停止させる道具を作るために部屋へと向かいながら、クリンゲさんとの出会い、そして彼が一人で背負い込もうとしている事柄についてをヘルメスさんに話す事にした。




