第117話:英雄の槍
プーちゃんと共にぐっすりと眠っていた私達が目を覚ますとすっかり部屋は暗くなっていた。隣のベッドを見てみるとお父さんが眠っており、どうやら早くに寝すぎてこんな時間に目を覚ましてしまったらしい。するとプーちゃんも同じく目を覚ましていたらしく、少し二人きりになりたいと感じた私は二人で少し散歩でもしようと提案した。
深夜という事もあって船内は静寂に包まれており、安全のために船も停められているらしかった。しかしもしもに備えて廊下にはいくつか灯りが灯してあり、歩き回る分に不安は無かった。
「ねぇヴィーゼ」
「うん?」
「お母さん、会えるよね?」
「大丈夫だよ。絶対会える。だってお母さんは『新人類』を裏切ってでも止めようとしてるんでしょ? 正しい事してるんだもん。絶対会えるよ」
「そっか。そうだよね。絶対会える……」
船尾の方へと歩いていくと外へ出て月を反射させている海を眺める。海面で揺らめいている月はまるで吸い込まれそうな不思議な妖しさがあり、ふぅーっと溜息が漏れる。
「……ねぇプーちゃん」
「何?」
「プーちゃんはさ……私と家族で良かった?」
「……どしたのさいきなり」
「うん……何かね、ルナさんとかシャルさん、リオンさん達とかさ、色んな人達と会ったでしょ? それで、私……ちゃんとお姉ちゃん出来てるのかなって……」
『新人類』である私達は元々双子になる様に作られた。初めからなるべくしてなる様に作られたのだ。話が本当なら以前の私達には一種のテレパシーの様な力があったそうだ。小さい頃は『双子だからお互いの考えている事が何となく分かる』と思っていた。しかし実際は違っていたのだ。最初から私達はお互いに惹き付けられるように出来ていたのだ。
「何言ってんのさヴィーゼ。ずっとヴィーゼはいいお姉ちゃんだったよ!」
「あそこの島で話を聞いてから気になってるんだ。私達は何がどうあっても仲良くなる運命だったんじゃないかって」
「……そんな事ないよ。運命なんて知らないもん。あたしはヴィーゼの事大好きだし、ヴィーゼだってあたしの事、大好きでしょ?」
「うん……大好き。だけれど、どこまでこの想いが本物なのかなって……」
お母さんが私達をその因果から解き放ってくれたのは知っている。だが心のどこかで、私のプーちゃんを思う気持ちが最初から作られたものなのではないかと感じてしまう。違うと否定したくても何となくそうなのではないかと疑念が湧いてしまう。ヘルメスさん達に感じていた奇妙な親近感も『新人類』としての繋がりが無ければ存在していないのかもしれない。
「ヴィーゼ、手出して」
「手……?」
言われた通り右手をそっと出すとプーちゃんはそれを掴み、自身の胸に当てた。トクントクンと小さな鼓動が伝わってくる。その鼓動は少し経つと僅かに速くなった。
「あたしね、ヴィーゼの事大好き。何があっても何を言われても、あたし自身のこの気持ちは自分の気持ちだと思う」
「でももしそれが……『新人類』としての運命だとしたら……?」
「だから運命なんて知らないもん! 『新人類』だとかそんなの関係無い! あたしはヴィーゼの事大好き! 愛してる!!」
「……」
私の体は暖かな体に包まれた。
「……あたしは、プレリエ・ヴュステ。お母さんとお父さんの娘。ヴィーゼの妹。これがあたし。だよね?」
「……そうだね。私はヴィーゼ・ヴュステ。お母さんとお父さんの娘。プーちゃんの姉。何が……何があっても、今までそうだったんだ」
「どうせさ、前世の事なんて覚えてないんだし、そんなの無かったって考えちゃえばいいじゃん」
「ごめん。そうだね。私の人生は今のこれだけ。そうだったね」
少し弱っていたのかもしれない。色々な事が起こり過ぎてあれこれ考える暇も無かったが、お母さんが生きているかもしれないと分かって少し緊張が解れてしまったのだろう。よくよく考えればこんな事を考えるなんて馬鹿馬鹿しい。今私達がこうして生きていて、大事な家族が居る。それだけでいいではないか。過去に私達が何であったとしても、どうせ覚えていないのだから放っておけばいい。そんな細かい事に心を惑わされる必要なんて無い。今やるべき事は単純だ。ただ危険な錬金術の道具を壊して周り、お母さんを見つけ出す。シンプルな話だ。
「ありがとう……」
「……いいんだよ。色々あっちゃったし、疲れてたんだよきっと」
「あはは、そうだね……」
プーちゃんは私の両肩を掴み真っ直ぐに向かい合う。
「でも! まだまだあたし達が何とかしなきゃいけない場所はあるよ! こんなとこでへこたれてちゃダメ!」
「そうだね。水の精霊とも約束したもんね」
「そうそう! 後でお母さんにいーっぱい自慢出来る様に頑張ろ!」
「うん!」
二人で少しの間月を眺めると潮風を受けながら船内へと戻り、二人でベッドへと寝転んだ。決して眠くはなかったが傍に大切な家族が居ると思うと心がほっと安らぎ、不思議と目がゆっくりと閉じていきいつの間にか私の意識は安寧の中へと溶けていった。
翌日、私とプーちゃんはお父さんの手によって起こされた。どうやら私達がヴォーゲさんにお願いした一番近い島に到着したらしい。リチェランテさんと002番さんの発言によるとここにも『新人類』によって作られた錬金道具が存在しているらしい。
甲板に出て島を見てみるとそこそこ栄えているであろう島だった。見たところ島の中央には大きな像が建っており、その手には槍らしき武器が握られていた。ヴォーゲさんに聞いてみると、ここの島にはある英雄の伝説があり、島を占領しようとしてきた敵達をたった一人で殲滅したそうだ。その人物が使っていたのが槍だったという。
「お父さん、行ってみよう」
「待ってプーちゃん。先にリチェランテさんに何か知ってる事がないか聞いてみようよ」
「あ、そうだね。じゃあお父さんちょっと待ってて!」
「ああ、分かったよ。僕は先に港に行ってるよ?」
一旦お父さんと別れた私達は船内にある牢獄へと向かうと、未だに牢の中で寝そべっているリチェランテさんに声を掛けた。本来であればもう釈放の許可が出ているらしいが、彼自身贖罪のためにここに留まっているのかもしれない。
「リチェランテさん」
「おやおや、どうかしたのかな?」
「実は前にリチェランテさんに教えてもらった島に着いたんです。槍の英雄の伝説がある所で……」
「……なるほど。いきなりそこに着くとは、やれやれ……」
「どしたのさ?」
「その槍は私の作った道具さ。それも、まだ私が裏切る前にな」
リチェランテさんによると、まだ彼が『新人類』としての本来の役目を果たすために活動していた時に作った道具らしい。その槍には『前兆を予知する』という力が備わっているらしい。それを持って戦っていると頭の中に自然と相手が次にどう動くかという未来が見えてくるのだそうだ。つまり次にどう動けば効率的に相手を殺害出来るかというのを直感的に理解出来てしまうという事である。
「でも何か変じゃない? だったら何で『新人類』が持ってないのさ?」
「君はやはり馬鹿だな」
「何ぃ!?」
「いいか。私が重要視してるのは、あの槍が人間の手に渡る事なんだよ」
「あの、それってどういう……」
「あの槍にはもう一つの力がある」
槍が持つもう一つの力、それは『殺した人間の血を吸い、自身の呪力を高めていく』というものらしい。大体10人も殺害すれば、槍の周囲に居る誰かが一年に一人というペースで死亡していくそうだ。つまり人を殺せば殺す程、毎年所有者の周りで誰かが死んでいくという道具なのだそうだ。
「事故、疫病、手段は様々だ。だが確実に着実に被害者を増やしていける。時間は掛かるが逆に気づかれにくい」
「じゃあ今も……」
「あれがどれだけ人を殺めたのかは知らない。だが人間があんな便利な道具を使わないとは思えないな。どうせ年に数十人は死んでるんじゃないかな?」
話を聞いていると隣の牢に入っていたレイさんが顔を覗かせる。
「今の話、本当なのか?」
「おやおやこれは海賊君。まだ頭に蛆が湧いていなかったのか」
「答えろ。本当なのか?」
「本当だとも。なんせ私が作ったんだからな。どうしたんだ急に? やはり蛆が湧いてか?」
「……俺が前に居た海賊団で、仲間の一人がそういう伝説があるって話してたのを聞いた事がある。あの時はよくある伝説の一つだと思ってたが……」
「結構有名だったんですか?」
「ああ。あくまで伝説という形だったが……」
「それはそうだろう! 伝説というのはいつの時代も人を惹き付けて止まないものだろう? だからこそ犠牲者を増やすのに丁度いいのさ」
確かに私が今まで家で読んできた本の中にもそういった伝説について書かれた物があった。あの時は別段そういったものを信じていた訳ではなかったが、あくまでそういう一つの話として楽しんでいる自分が居た。御伽噺の様なものだと思って読んでいた。皆が皆信じる訳ではないかもしれないが、それでも是非一目見てみようと現地に行こうとする人は居るだろう。
「じゃあさ、下手に島に上がったらまずい感じ……?」
「いいや、一応効果範囲は狭くしてある。だが逆に言えば範囲内に侵入すれば死亡率が一気に上がると言ってもいい」
「それじゃあどうやって壊せば……」
「毎年呪い分の人間が死ぬ事は運命づけられている。これだけは変えられない。しかし逆に言えば……その人数を越えていれば、その年はもう誰も呪いの影響を受けないという事でもある」
「その人数を弄れれば……」
「そう考えるか。まあそれも一つの手段かもしれないな。君達に出来るならの話だが」
「出来るよ! ねっヴィーゼ?」
「う、うん。多分ね」
「それじゃあ見せてもらおうか。ちなみに私は違う手段を思いついてるぞ。そっちの方が確実だ」
「……一応聞いたげる」
「君達がどうしても出来ないってなったら教えるさ。正直私のやり方の方が調合は難しいしな。君達チビッ子には厳しいだろう」
「~~! べーっだ! 行くよヴィーゼ!」
「えっあっ、ちょ、ちょっと!?」
リチェランテさんの挑発に腹を当てたプーちゃんは私の手を掴むとドカドカと床を踏みながら廊下へと出た。リチェランテさんの考えている方法というのがどんなものなのか少し興味があったが、私達のやり方の方が調合が簡単らしいのとプーちゃんをこれ以上刺激しないためにそれにはこれ以上触れない事にした。




