第12話:過ぎたるは猶及ばざるが如し
台車を置いていた場所まで戻ってきた私達は一旦そこで話し合う事にした。
「どう思う?」
「多分なんですけれど、ミーファさんが言ってたのってここなんじゃないかと思うんです」
「方角的には確かに合っているが、妙じゃないか?」
「ええ、妙です。でも、だからこそ余計にここだと思うんです」
ミーファさんはあの時、食物が人を殺したって言ってた。最初は意味がよく分からなかったし、信憑性が無かったけれど、今考えればここな気がする。焼け落ちてしまった街にトウモロコシだけが生えてるなんて、こんなの普通じゃないし。
「例えばなんですけれど、ここで飢餓があって、その時にこのトウモロコシを見つけたとすればどうでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「こんな状況でも生息可能なトウモロコシが見つかったんじゃないかという事です。森がこんな事になってる訳ですから、きっとダスタ村みたいに植物も育たなかった筈です。そんな中、生命力が異常に強い植物が現れたら……」
「……奪い合いが起きたという事か?」
「はい。その中の一人が独占するために街に火を放った。自分は逃げ出す。そうすれば、戻ってきた時に邪魔者はもう居ない……憶測ですけどね」
出来ればそういう事実ではあって欲しくないけれど、無いとも言い切れない。ヘルムート王国は豊かだったから、そういう事も起きていなかったけれど、そうじゃなくなった時に今まで通りになるかは保証出来ないし……。
「ねぇヴィーゼ、結局何が起きてんの?」
「私にも正確には分からないよ。でも、ここで何か良くない事が起きたのは確かだよ」
「うーん……でもさぁ、何で良くない事が起きたの?」
「え? だから今私が言った様な……」
「いやいやおかしいじゃん。お腹空いて死にそうな人達が居るんなら、皆で分ければいいじゃん。何で独占なんてする必要があるのさ?」
プーちゃんは私が挙げていた説に納得が出来ていない様だった。
そうか、プーちゃんがミーファさんに怒ってたのはそこか。盗んだりした事を怒ってたんであって、自分のが無くなった事に怒ってたんじゃないのか。きっとあの時、ミーファさんが分けて欲しいって言ってたら、分けてあげてたんだ……。
私はプーちゃんを撫でる。
「プーちゃんは偉いね」
「え? 何が?」
「お腹が空いて辛い時に、他の人にも分けようなんて考えないよ?」
「そうかなぁ? 皆で生きる事が大事だと思うんだけど……」
プーちゃんは何故自分が褒められたのか納得出来ていない様素で腕を組んでいた。
私はシーシャさんの方へ向く。
「それでどうしましょう。見て周ります?」
「その方がいいと思う。もし仮にヴィーゼの仮説が外れた場合、何があったのかは把握しておくべきだと思うしな」
「分かりました。プーちゃんはいい?」
「うん? あたし? う、うんあたしはまぁ、いいけど……」
プーちゃんはまた死んでいる人間を見てしまうのでは無いかと警戒している様だった。恐らく彼女にとって一番の懸念はそこなのだろう。
「じゃあ行ってみましょう。何か分かるといいんですけれど……」
「ああ、行こう」
私達は台車を引きながら、街の中を散策してみる事にした。
三人で街中を歩いていると、やがて広場に辿り着いた。開けた場所という事もあってか他の場所とは違い、建物の燃焼には巻き込まれていなかった。広場の真ん中には噴水が作られていたが、水は出ていなかった。川から水が無くなっていたため、噴水に使う水も無くなったという事だろう。
しかし、そんな場所にもあのトウモロコシが生えていた。あの路地に生えていたものと同一の物と思われ、異常な程に綺麗だった。
「やはり決まりだな。このトウモロコシは明らかにおかしい」
「ええ、こんな繁殖力、自然界じゃありえないと思います」
「うーん……やっぱ納得いかないなぁ。こんだけ生えてるなら食料が足りないとか、取り合いとかにはならないと思うんだけど……」
プーちゃんの言う事も分かる。ここまで繁殖力が高いとなれば、育てる事も簡単だった筈。それなら奪い合いなんてする必要が無くなるし、最低限生きてはいける。それなのに街はこんな風になっちゃってる。いったい何があったの……? 私の憶測が外れてるとしたら、何が原因でこうなったの……?
「だよね……もしかしたら私の推測は間違ってたのかも……」
「ねぇヴィーゼ、あのトウモロコシ調べた方がいいんじゃない?」
「そうだね……ミーファさんが言ってた事が何か分かるかも……」
「私がやろう。下がっていてくれ」
シーシャさんは腰に付けていたナイフを抜くとトウモロコシに近付き、警戒しながら一本採取した。
見た感じ採取は出来るみたいだね。だとすると、採取出来なくて困ったなんて事は無さそう。
「一応気を付けてくれ。触った感じは大丈夫だと思うが……」
私は手袋越しにトウモロコシを受け取り、観察する。
見たところおかしいな所は無く、色合いも健康的なトウモロコシだった。ナイフで切られた切り口を見ても何らおかしい所は確認出来ず、瑞々しかった。
「どうヴィーゼ?」
「特に変な所は無いと思う。プーちゃんはどう?」
「んー……あたしもトウモロコシを採取した事は無いからなぁ……。市場とかで見るのと似てると思うけど……」
「だよね」
私は実を一粒取り、顔を近付ける。
実にもあまりおかしい所は見られない。色合いも形も何も異常は無い。
「普通のものと同じだと思うけれど」
「ますます意味分かんないね? ただ生命力が高いトウモロコシってだけじゃないの?」
もしかしたらプーちゃんが言う様に生命力が強いだけのトウモロコシなのかもしれない。だとすればこの街がこうなった理由は何なんだろう? ミーファさんが言ってた『食物が人を殺した』ってどういう意味になるんだろう?
「ねぇプーちゃん。プーちゃんはこういう生命力が強い植物って見た事ある?」
「どうだろ? あたしは採取してきた素材は全部ヴィーゼに渡してるし、今までに渡した物の中にはそんなの無かったと思うな。あったら言ってる筈だし」
「持って帰ってない物の中にはそういうの無かった?」
「うーん……基本的に決まったやつとか、ヴィーゼに頼まれたやつしか採ってなかったなかったからなぁ。他のものはあんまり調べたりはしなかったし……」
確かにプーちゃんは基本的に私が頼んだものか普段からよく使うものしか採ってきてなかったかな。プーちゃんって私が居ない所だと基本的に怖がりだし、余程気にならないと触ったりはしないかも。
その時私はある事に気が付いた。
「プーちゃん……あれは?」
「あれ?」
「ほら、プーちゃんが見つけてきたあの白い花」
「あっ!」
プーちゃんは思い出した様で私の鞄を開けると中に手を突っ込み、あの白い花を入れている容器を取り出した。
「そうだこれ! この花も群生してた! ここまでじゃなかったけどさ!」
「それは何なんだ?」
「ヘルムート王国から少し離れた所にある廃墟に生えてたんです。何故か地面から引き抜けなかったんですけど……」
「少し見せてもらえるか?」
そう言うとシーシャさんは私から花を受け取り、観察を始めた。
「初めて見る花だ」
「シーシャさんも見た事無いですか?」
「ああ。これが地面から抜けなかったのか?」
「はい。どんなに引っ張っても駄目で……」
「……これは私の推測なんだが、全て繋がってたんじゃないのか?」
「シー姉、分かりやすく言ってよ」
シーシャさんは私がナイフで切った切断面から下を指差した。
「植物はここから根が生える。それは分かるな?」
「当たり前じゃん」
「その根が地面の下に広がっていき、そこから同じ種が生えていた、こうは考えられないか?」
どうだろう? 今まで私が図鑑で見た中ではそんな植物があるっていう記録は無かった。でももし、まだ見つかってない植物だとしたら? お父さんが言ってた未知の生物の仲間だとしたら? あまり考えられないけれど、もしそれが本当だったとしたら、納得はいくかも……。この植物にはめしべとおしべが無い。もし根から増えていくならどっちも必要無い。
「……ありえなくは無いかもしれません」
「何でさ?」
「あの花にはめしべもおしべも無かったでしょ? シーシャさんの説が事実なら納得がいくよ。花粉での繁殖を必要としてないなら、めしべもおしべも要らない」
「……なるほどね。まぁ確かにそうかも」
「だろう? だとしたらあのトウモロコシも……」
そう言ったシーシャさんと共にトウモロコシの方を見た私達はある違和感を感じた。さっきまで少し離れた所に生えていた筈のトウモロコシがさっきよりも近くなっていたのだ。
「あれ……?」
「何だ……?」
「お……?」
違う……違う……近寄って来てるんじゃない……増えてるんだ……。どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。この街がこんな事になった理由が今分かった。別に食べ物の取り合いになった訳じゃないんだ。この繁殖力……これから逃れるためだったんだ。僅かに目を離しただけで一気に増殖する程の異常な繁殖力から逃げるために火を放ったんだ。でも、その結果がこれ……街全体に火を放っても死なない生命力……。
「マズイんじゃないか……」
「ヴィーゼ……ヤバイよこれ……」
「と、とりあえず退こう!」
私達は台車を引いてこの場から急いで撤退する事にした。